表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/27

第六話 保護者ごっこ


「ご主人様、ただいま帰りました」

「ん、お帰りローリエ」


 俺が雑草をぷちぷち抜いていると、軽くてスマートなプレートアーマーに身を包んだローリエが俺を見下ろしていた。あのプレートアーマーは町で適当に買ったクソ安い防具だ。いつか自分で上位の鎧に買い替えろと言ったのだが、『せっかくご主人様が買ったものだから』って使い続けているんだと。


 まぁ律儀というか、物持ちが良いというか……。


「今日は早かったね」

「はい。特に旨味のあるクエストはなかったので、とりあえず簡単な収集系のクエストを終わらせてきました。……それよりも、草むしりくらい私がやりますよ」

「いやいや、お前が草むしりしてるところを誰かに見られたら俺があらぬ噂を立てられるだろう」


 ローリエは、俺の家に居候する『ただの冒険者』として振舞っており、彼女が奴隷であることは伏せられている。


 言っただろう。人と人との無用な争いは避けたいって。


 もしも俺が、今や飛ぶ鳥も落とす勢いで知名度を上げているローリエを草むしり如きに扱き使うところが誰かに見られて、これ以上変な噂を立てられたらどうするんだ。


「誰も見に来ませんよこんなところまで……。あ、それに関してですが一つ残念なご報告を……」

「ん?」

「首輪のことが……ちょっと気を抜いた隙に誰かに見られてしまったようで……。一部の冒険者に私が奴隷であることが勘付かれてしまいました」

「マジか……」

「申し訳ありません……私の不注意で……」


 おうふ……。


 実を言うと、ローリエは今まで冒険者ギルドにおいて奴隷とバレなかった。


 彼女は首元までプレートアーマーに被われていたし、髪や肌などは毎日清潔に整えていたから、檻に入っていた頃の薄汚い奴隷時代の彼女なんて覚えている人はいなかった。《町の外れに住んでいる変な人》は滅多に町に顔を出さないので、奴隷を買ったのが俺だということを覚えていない。


 奴隷を買う際あれだけ野次馬に見られていたというのに、ちょろっと見た目が変わったり時間が経過すれば、もう人々の記憶から忘れ去られているのだ。


 みんなも町で歩いていて、通りすがった路上ミュージシャンやパフォーマーを一々覚えているか?


 それを一週間後に思い出したとして、「あぁ先週は珍しいことをしている人もいたね、それで顔や名前はどんなだっけ?」で終わりだろう。


 人間という生き物は、自分が興味のない赤の他人に対して記憶力を働かせたりはしない。勇者パーティにいたころの俺が、まさしくそういう類の人間だったからな。ぶっちゃけ主要だった勇者以外の勇者はもう顔と名前が一致しないレベル。


 だからローリエが奴隷としてはバレることなく冒険者稼業を続けていられたが、バレたらバレたで面倒だ。


 何しろ奴隷は"奴隷"なのだから冒険者からは白い目で見られてしまう。


 そうなると面倒なあれこれが起こってイジメられたり、最悪ギルドからの追放だってあり得る。やっぱ最後の最後で首を絞めるのは人間関係なんだよ。勇者パーティを追放されて正しかった。


 しかしこうなった時の対策は立ててある。


「まぁ何とか誤魔化して隠し通せるかと────」

「じゃあローリエ、首輪外せ。ほら鍵」

「────思い……え?」



 目を点にするローリエに鍵を放って、俺は話しを進める。



「もう俺の奴隷辞めて好きなところに行ってもいいよ」



「へ……? あ、あの……は……? ご主人様……?」



「前に言ったじゃん、50万ガル稼いだら自由になっていいよって。数えてみたら三日くらい前にもう稼ぎ終わってんだよ。────俺の想定してた予定よりもめちゃくちゃ早かったけどな。冒険者って凄い稼げるんだね。それに『とりあえずの将来設計の一つとしてそういう生き方をしばらくしてもらう』とも言ったけど、その場しのぎの生き方はおーしまい! 貴方は今日から晴れて自由です! おめでとう!!」

「え、えと、あの……そ、その場しのぎなんてことはありません! 順調にランクが上がっていますし、ギルド内でも凄く評価されてるんですよ!?」

「……じゃあ益々俺の奴隷であることが足枷じゃん」

「うぐっ……! こ、これからだってお金はご主人様に捧げます! 私を手放してもいいんですか!?」

「いやまぁ特に金に困ってないしね」

「うぐぐっ……! 幼気な少女を野に放つ気ですか!? パーティだってずっとソロ活動でしたし、ご主人様以外に頼れる人はいないんですよ!」

「奴隷になる前はパーティを組めてたってことはコミュ力高いでしょ? 冒険者ギルド内でだってそれなりに仲の良い人とかできてるでしょ」

「いませんよッ!! 腕の立つ女冒険者ってだけで毎日言い寄られて鬱陶しいだけです!! 思い出すだけでも腹が立ってきましたよあのセクハラクソ男共めッ!!!」

「あ、そ、そうなんだ……話しかけられただけでか……」


 どうやら本当に仲の良い人はいないらしい。しかし、なぜか奴隷でいたがるローリエの迫力に押されながらも、俺は何が何でも首輪を外させるために奥の手を使った。


「じゃあ聞くけどその首輪って何のためにあるの?」

「それは……奴隷として……ご主人様に忠誠を尽くすために……」


「そうそれ。そもそもさ、奴隷らしいことなんもしてないじゃん」


「ッ!?」


 くらえ!


 勇者パーティにいるときに散々身に味わった必殺技────その名も『理不尽の暴力』!!


「だ、だって……それは……ご主人様が……自分の分は自分でやるって……」


 そう、しどろもどろするローリエの言う通り『奴隷としての職務をなんもさせてない』のは他ならぬ俺なんだよね。


 掃除や洗濯は各々が勝手に自分でやることにしているし、勇者パーティにいたころからそうだったから飯の準備も全部俺がやっている。要するに家事は殆ど俺がやってんだよな。


 ローリエの奴隷活動と言えば、せいぜい町に行って日用品や食品の買い出しと、あと50万ガル分のお金巻き上げてるくらいか。まぁそれも終わったんだが。


 というかなんでこんな頑なに奴隷でいたがるんだろう。意味が分からない。


 生活の基盤も整って、冒険者としてやり直せて、ギルド内でも幅を利かせられるようになって……もう俺の奴隷を続けるメリットがローリエに無いのは明白じゃないか。町中に定宿でも見つけてそこに通えばいいだろう。


「まぁ端的に言うとさ、奴隷はいらないんだよ。自分の分は自分でできちゃうから」

「そ……そんなぁ……グスッ……」

「おいおい泣くなっての……。このままお前が奴隷を続けてそれがバレるとな、お前の将来に傷がつくわけ。今ならまだ引き返せるタイミングだから社会的に死ぬ前にもう一回考え直そう? な?」

「────……せんよ……!!」

「へ?」

「────社会的に死んでも構いませんよ! ご主人様の元を離れて奴隷じゃなくなるくらいなら、私は死んでも構いません!! 社会的にだろうが、私の命的にだろうが、死んでも構わないんですよ!!」



 ローリエが逆ギレしたその瞬間、首輪がビーッと重低音の警告音を鳴らす。




 これ前もあったけど……首輪が爆発する寸前の合図じゃね!?




「い、いやいやいや構えよ! ちょっとは構え! 死んだらダメだって!!」

「私は────私は既に死んでいたも同然です!! あの時、ご主人様に拾ってもらわらなければ、私は、どこの誰とも知らない貴族に買われ、冒険者として再起することなく、慰み者として飼い殺しの一生を過ごしていたでしょう! 私はもうあの時に死んでいたんです! 今の私があるのは!! ご主人様がいたからこそです!!!」


 ローリエがヒートアップすればするほど、警告音が徐々に速度を増していく。


 や、ヤバい!


 マジでヤバいぞ!


「貴方の傍にいられなくなるくらいならいっそのこと死んだ方がマシですよ!! むしろそれで死ぬなら本望です!!」

「わ、分かった! 分かったから落ち着け! じゃないとマジで爆発するぞその首輪!」

「何が分かったって言うんですか!?!??! 何も分からない癖に?!!??」

「め、面倒くせぇ……! お前の言い分を半分飲んでやるっつってんだよ! 折衷案だ!! 首輪を外してもここから出ていかなくていい!!」


 その瞬間、肩で息をしていたローリエが落ち着きを取り戻していく。それと同時に首輪の警告音も徐々に小さくなっていき収まった。


「……本当ですね?」

「あぁ約束するよ」

「できれば、私はこの首輪をずっと付けていたいんですが……」

「それは飲めない。お前は誤魔化せる自信があったらしいが隠し続ければ不信感は募る一方だ。ローリエの今後を考えれば、お前は奴隷ではないと身の潔白を証明しておく必要がある。だから首輪は外して、明日にでも首元を晒しながら奴隷ではないことをアピールするんだ」

「……どうしてもですか?」

「んでそんなに外したがらねぇんだよ! どうしても、どうしても外せ! じゃないと、お前を居候させていることにしている俺にまで変な噂がたっちまうんだよ!」

「……わかりました。ご主人様に迷惑をかけるわけにはいきませんもんね……。よく考えれば迷惑だって分かることなのに……少し興奮してしまったようです」


 ローリエは少しずつ息を整えながら、ヒートアップしていた頭を冷やしていく。


 うんうん。フェンネル以外の勇者たちは自分の主義・主張を通したがる自己主張野郎ばかりだったけど、ローリエは話が通じるからいいな。


「……一つ、ご主人様は勘違いしています」

「うん? 勘違い?」

「……ご主人様は先ほど私に『誰にも頼らなくても大丈夫』と申されました。ですが……私は……誰かに頼らないと生きていけない弱い人間なんです……」


 ローリエは俯き、心情を独白をした。俯くその体は────いつもの彼女より小さく見えた。


 俺はそれを静かに聞く。


「前のギルドでパーティを組んでいたのは私が文字の読み書きができなかったというのもありますが……寂しさの裏返しだったんです。けど仲間がキマイラに殺されて、命からがら逃げだしたけど呪いまでかけられて、もう……もう『私の人生はお終いだ』って……この世の終わりだと思っていたんです……。けどご主人様にこうしてチャンスを与えられて、それどころか主従の立場にあるにも関わらず温かみのある関係すら築いてくださって……」


 うーん、温かみって何だろう。徹底したのはバックアップくらいで、あとは放任主義よろしくローリエのやりたいようにやらせてただけなんだが。


 そう考えていた俺に、目頭を押さえたローリエがポスンと体を預けてきた。


「お願いです……私をお傍に……グスッ……お傍に置いてください……ヒグッ……」

「……」


 俺はスンスンと泣くローリエを抱きしめ────ようとして、止めた。代わりに目頭を押さえていた手を包み込むように握る。


 そうして、小さい小さい掌を握ってようやく思い出した。


 そうだった。彼女はうら若い少女なのだ。本当なら母親や父親に甘えたい年ごろなのだろう。


 それがどういう境遇で冒険者をしているのかは知らんが、少なくとも甘えられない対象がいないのは精神的に辛い時期だ。それも前までいた冒険者パーティが崩れ、声を奪われ、奴隷として売られ、いくら一人で暮らしていける基盤が整ったからと言って、一人にしていい訳ではない。




 ……あぁ、こういうごちゃごちゃした人間関係が嫌いだったから俺は勇者パーティを抜けたのに……意味ないじゃないか。学習しないバカだろう、このユウトという人間は。




 だが────。





「ハァ……わかったよローリエ。気が済むまで傍にいろ」




 たまには、『保護者ごっこ』も悪く無い。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ