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第五話 スローライフ始めました



 コーン、コーン────。



 ローリエを迎え入れてから一か月が経った。読み書きを覚えて服も新調し、毎日お風呂に入って清潔感を取り戻したローリエは今日も元気に冒険者ギルドで冒険者をやっている。



 コーン、コーン────。



 そして彼女を見送った俺は、斧を手に庭にする予定の雑木林を切り拓いていた。雑木林に斧を打ち付けた音が木霊して心地いい。切り落とした木は枝を落として丸太にし、薪として有効活用させてもらっているぞ。


 そういえばこの屋敷は、差配人によると二年ほど前に住居者が立ち退いてしまったが、予想に反してかなり綺麗に手入れされていた。というのも、差配人が所持してる奴隷に指示をだして三か月に一回掃除に来させていたらしい。よく気が利いている。


 そのため、屋根に穴が開いて雨漏りしていたり、あるいは小動物たちが住処にしていたりもしていなかった。手入れが簡単で非常にありがたかったなぁ。



 コーン、コーン────。



 とりあえず、最終的には切り株を引っこ抜いて土も耕す必要があるが、今はとにかく木を切り倒すことに集中しよう。


 それにしても、今のところなんの弊害もなく暮らせている。かなり順調にスローライフを送っていると言ってもいいんじゃないか?



「ふぅ……」


 丸々一本木を切った俺は、何本か薪木入れから薪木を手にし、家に入って休憩することにした。薪木も『万能バッグ』に入れればいいのかもしれないが、それじゃ風情が無いだろう?


「さてと、今日は何が書いてあるかな」


 暖炉に薪をくべて火をつけると、パチパチと小気味好い音がする。それをBGMにロッキングチェアに座り、寛ぎながら新聞を読み始めた。


 見開きの一面には、でかでかと《光の勇者》ハルとその取り巻き勇者たちが、ゴブリンに剣を突き立てられて涙を流す絵がコミカルテイストに描かれていた。風刺(カリカチュア)という奴だな。


 見出しはこうだ。




『勇者パーティ、《斥候の勇者》を追放してから初めての敗北を喫す』




 そこから先は、『勇者パーティが低級モンスターの代表であるゴブリンの一団に挑み、ボロボロになりながらも辛勝した』ことが綴られていた。しかしながら俺が抜けるまでの戦績を鑑みた上で、「勝ち」と見なすには余りにも酷すぎる結果に終わったために、この新聞的には実質的な「負け」ということにしたんだと。


「珍しいな……」


 勇者パーティはあちこちの地域を転々としながら魔族と戦う。そのため新聞が手に入るのは稀だったが、それでも手に入れば読んでいた。


 それらはプロパガンダ記事が中心の構成だったはずだ。勇者パーティの中で、メディアに対応する受付口は《土の勇者》(アースマスター)が担当し、主に《光の勇者》(パラディン)とその取り巻きたちを褒め称える記事が多かった。


 俺がこうしてのんびりと暮らしていられるのはそのお陰だ。なにしろ一か月も経つが、俺の人相書きが新聞に掲載されているところを見たことがない。そもそも素顔をこそこそ隠しながら生きてきたから、訪れた町や村などでも俺のことを知っている人など少数だろう。


 ……そういえばローリエはどうして俺が勇者なのを知らないのに、俺に買うよう訴えかけてきたのだろう。勇者ということは忘れていて顔だけ覚えられていたのだろうか。


「まぁいいか」


 ま、勇者だったころを振り返ったりする優先度は低い。なぜなら俺は既に彼らとの関係を断ち切ったからだ。


 それよりも俺が大事にしているのは、フラッド町周辺でモンスターによる事件が起きているかとか、起きたとしたらそのモンスターの詳細は何なのかとか、俺が目下の目標にしている開拓に影響が出るモンスターが出現するか否かが重要なのだ。


 一応勇者パーティに属し旅をしていた経験で、町周辺の地形を鑑みるにモンスターの種類に傾向の偏りがあることくらいは見抜くことはできる。


 例えば、「フラッド町は年間を通して過ごしやすい長閑な気候に恵まれている。しかし町周辺は開拓が進まず森林が多いため、農作物を荒らす《ボア系》や《ウルフ系》のモンスターが頻繁に出現する傾向だ。時折、《ゴブリン系》や《オーク系》のように人型のモンスターが町を襲うこともあるだろう」と、お天気予報ならぬモンスター予報は容易に立てられる。


 だがそれらはあくまでも予測であり確定事項ではない。だからこうして新聞を読んで、見分を広げることが大事なのだ。



 なに……? それをするくらいなら地元の人と会って話せばいいだろうって……?



 ヤダヤダヤダ!


 人と会うのヤダヤダヤダ!!!


 絶対にヤダー!!!!



 なんのために俺がスローライフを送りにこの田舎町を選んだのか分からなくなるだろう!



「……そろそろ外に出るか」



 心の中で駄々をこねつつも、一通り新聞を読み終えた俺は、暖炉の火を消して外に出る。春先とは言えまだまだ外は寒い。


 現在の俺の生活サイクルはこうだ。


 朝起きて朝食を作り、ローリエを見送ってからのんびり過ごす。


 昼には家周辺の木を切って畑用に土を耕し、夜になってローリエがクエストから帰ってくればそのまま夕食を共に取り、風呂に入って就寝。帰ってこない長期クエストなら無事を祈って就寝。


 ちなみに風呂は五右衛門風呂。各地をキャラバンで転々としていた勇者パーティにいたころ、一人につき一つ支給されていたのでありがたーく頂戴してきた。水は川からくみ上げてきた水を使っている。


 もちろんローリエにも使わせてあげてるぞ。そのお陰で汚らしかった外見は一転してとても綺麗になった。伸びすぎた髪も本人のリクエストでボブカットし、もはや奴隷時代の彼女と同一人物だと気づく者はいないだろう。


 俺は完璧なまでにスローライフを満喫していると言っても過言ではない。


 おまけにローリエがフラッド町で一から冒険者を始めて、たったの二か月でもうDランクという凄まじいスピードで出世している。しかもソロ活動で、だ。これなら来年までにはAランク冒険者も夢じゃないぞ。


 全てが順調。


 それこそ勇者パーティにいたころなんかよりも……。



「……」



 いかん、勇者パーティにいたころを思い出したらイライラしてきた。



 なーにが《斥候の勇者(スカウト)》じゃ! んなクソダサい二つ名なんかより《田舎町の外れに住む変な人》の方が安定した生活が送れるんじゃい!!


 ……ちなみに《田舎町の外れに住む変な人》というのは、こないだローリエが町に買い出しに行ったときにご婦人方が井戸端会議で俺をそう呼んでいたそうです。


 間違ってないけどさぁ……。


「……作業に戻るとするか」


 俺は再び外に出て、今度は草むしりをすることにした。


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