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第三話 家を買い、呪いを解く


 あの後、俺はバッグの中から昔から愛用していたフードを引っ張り出し、奴隷の少女に俺が今着ているのとは別のお古のローブを頭から被せ、差配人がどこにいるのかを町人に尋ねまわりながら空き家を探した。


 しかし意外にも、お気に入りの空き家を見つけるより、昼食と情報収集がてらに立ち寄った大衆酒場で差配人と会うことができたのは幸運だった。


 あちらも「自分を探している奴隷を連れた金持ちの旅人がいる」という話を聞き及んでいたようで、「空き家はないか」から始まった家探しはとんとん拍子で進んでいき、昼食を食べ終わった俺と奴隷少女を連れてすぐに空き物件へと案内された。


「こちらはどうでしょか。ご要望に応えられると思いますが」


 差配人から紹介されたのは、町の中心からかなり外れた端の方にある────というか、もはや町の囲いから外れた森の中にある廃墟と化した屋敷だ。


 外観はボロクソでお化け屋敷レベルだが、部屋数が多いことと、周りに民家のない離れた立地はぶっちゃけかなり俺好み。


 他人との関係性は自然と希薄になることが望めるし、15分ほど歩けば町なので日用品などの調達にも困らない。それどころか、今買えば辺り一帯の空地を、町人に迷惑さえかけなければ自由にしていいとまで保証書を出された。


 スローライフにはうってつけだ。最高だろう……。


 例えば雑木林を切り拓いて『あそこに炉や石窯でも作って料理や装備の創作に興じるか。それとも開拓して田畑を耕し農作に勤しむか。はたまた離れの小屋を作って今までの冒険でため込んできたコレクションを陳列するプチ博物館にでもするか』なんて妄想が膨らむ。


 ……そんな夢心地に浸る俺を、奴隷少女が若干引き気味で見られたのは納得いかないが。


 肝心の値段は空き家と空地含めて300万ガル。これを安いと思うか高いと思うかは、時間にゆとりのある人間なら冷静に判断できていただろう。何しろ俺は奴隷を連れていたのだから、足元を見られて少し高めに設定されていたのには違いない。


 だが俺は、なによりも早く傷心した心を癒したかった。価格を交渉する時間すら惜しい。



 あぁ……即決だったよ……。 



「つーわけで家の中を見て回ったわけだが、俺の部屋は二階の突き当り、君の部屋は……どこが良かった?」

「……」


 机を挟んで対面のソファに座る奴隷少女は、おずおずと言った様子で壁越しにリビングの隣の部屋を指さした。ならばそこが今日から彼女のテリトリーだ。


 ちなみにこのソファは勇者パーティの設営テントからかっぱらってきた。まぁ無断で持ってきたが退職金みたいなもんだ。ちなみに最後の腹いせ────もとい『退職金』はまだまだたんまりあるぞ。俺が使っていた家具や調度品はほとんど『万能バッグ』に入れて運んできたからな。


「しかし喋れないっていうのは不便だな。……そうだよ、俺、まだ君の名前すらまだ聞いてないんだ。何か書くものを……」

「……」

「え、必要ない? なんで? じゃあなんで必要ないのか理由を書いてよ」

「……」

「いやだからなんで必要ないのかを書いてほしいんだけど……」

「……」


 俺は名前を書いてほしくて羽ペンと紙をバッグから取り出したが、彼女はそれを首を振って拒否反応を示した。しかしそうなるとなぜ必要ないのかが気になるが、その問いにすら彼女は書くのを拒否しているため答えられない。


 八方ふさがり。どうすりゃいいんだ。


 しばらく五分ほど押し問答した後、俺はようやくある一つの結論に至った。


「……もしかして文字を書けない?」

「……」


 彼女は力強く頷いた。どうやら彼女は力だけで未来を切り開く脳筋族のようだ。


「がああああぁぁぁ……マジかああぁ……」

「……」


 がっくりと肩の力を抜いた俺はソファに深く沈んだ。


 言葉を発せない彼女とコミュニケーションをとり続けるためには筆談以外に身振り手振りのみしかないから────


「しゃーなしだな……」



 ────ではなく、"アレ"を使わなければならないからだ。



「まぁ……いいか。買ったのは俺で決定権は俺にある」

「……?」

「今回だけ特別だぞ」

「????」


 まだフードに頭からすっぽりと被っている少女は、可愛らしくコテンと首を傾ける。


 俺の記憶が正しければちょび髭の奴隷商人は「少女は呪いによって声を失った」と言っていたな。


 俺はバッグの中から、エメラルドグリーンの液体が入った瓶を取り出した。薄く発光するこの液体は、俺のコレクションの一つ。


「これはルダーニ国の、ある活火山の火口近くにしか生えない『インフェルノ・グラス』と、ベヒーモスの心臓を正しい分量で混ぜ合わせるとできあがる薬で、俺があいつらとパーティを組んでいた時に……あっ」

「……?」

「あいつらってのは……まぁ昔の仲間みたいなもんで……。そこら辺は省くけどようはまぁあれだ、簡単に言うと────どんな呪いにでも効くという『解呪薬』。50万のお値打ちもんさ」

「……!」


 少女は目を大きく見開き、興奮気味にソファから身を乗り出してきた。


 え? どうしてそんなのがあるなら早く飲ませずにもったいぶったのかって?


 簡単だ。彼女がかけられた呪いに効くかどうかの保証が無い。


 できれば少女が、何のクエストで、何のモンスターに、どんな呪いをかけられて言葉が発せなくなったのか原因を追究して、『解呪薬』が効くか聞かないのかを判断しておきたかった。古今東西ありとあらゆる呪いを解いてくれると言われているこの薬だが、何事にも例外がある可能性が潜んでいる。


 もしも効かなければ50万ガルの値打ちもする『解呪薬』は完全に無駄になってしまうだろう。だから渋ったんだ。本当は数本あったんだけど、これ以外ぜーんぶ他の勇者に使っちゃったからこれしか残ってないんだよね。あいつらマジでなんも考えずにハルの命令にホイホイと従うから『解呪薬』を使うこっちの身にもなれってんだ……!


「けどまぁ、君の情報が正しければこれを使う価値に値すると思っている。情報が正しいかどうかというのは、君が元Cランクの冒険者という一点だ。これは本当か?」

「……」


 少女は赤べこのように何度も頷いた。


「よし、なら使っても良いだろう。俺の見立てによると君はまだ20代にもなってない。それでCランクにまでたどり着けたのであれば、20代後半になる頃にはAランク……果てはSランクまで上り詰めることができる……と見ている。だからこの『解呪薬』は先行投資みたいなもんだ」

「……!!!」

「そんな必死にジェスチャーされてもわかんないって……。いいか、この『解呪薬』が効く保証はない。それで効かなかったとしても、君にはいつか薬代の50万ガルを返してもらう。例え────例え未発達な体を使ってでも、ぼろ雑巾のようになっても、路傍で物乞いをしても、だ。それでもいいか?」

「ッ────……!!!!」


 薬が効かなかった未来を予想して赤面し、恥じらったが、やはり少女は力強く頷いた。


 言葉も発せず身売りまでされた彼女にとって、これは最初で最後のチャンスになるだろう。選択の余地がない少女に今の質問は酷だったかもしれない。


 どっちにしろ頷くしか道はないのだから。


「じゃあはい。飲んでみて」


 俺は瓶の上に机を置いた。ほどなくして彼女は瓶の蓋を開け、俺の目の前でそれを飲み干す。


「……」


 少女は味が気に入らなかったのか、思い切り顔をしかめたが、一生懸命に首輪の上から喉に手を押し当てつつ、口をパクパクと動かして発声しようとしていた。


 だが、5分、10分経っても何も発することはない。


 やはりこれは例外中の例外だった可能性がある。元勇者という地位を活用し、もっと詳しく彼女の身辺を精査してから試すべきだったか……?


 ……いや、俺は誰とも関わり合いになりたくないんだ。元勇者と出しゃばりたくはない。後悔しても仕方がないから運が無かったと受け入れよう。


「……残念だが治らなかったみたいだな。まぁモンスターに呪いをかけられるケースなんてめったに無いから仕方がないんだ。普通、呪いというのは人間からかけられる。モンスターが呪ってくるなんてアンデッド系だけだろう。この薬もルダーニ国では対人間を想定した戦争用として開発されたが────」

「────ァ……ァ!」

「え……?」


 今、確かに、蚊の鳴くような細い声で、彼女の口から空気に交じり何かが聞こえた気がする。


「……ハァ……アッ────!」


 喋るのが久しぶりすぎて喉から声を出すのが難しそうだ。掠れ掠れで何を喋ろうとしているのかわからない。


 だが少女は驚愕と安堵の表情を浮かべると、すぐに顔を手で覆って泣いた。


「どうやら……50万ガルは無駄にならずに済んだようだな」

「ハ……イ……」


 俺は泣きじゃくる少女の気が済むまで、傍にいてやることにした。


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