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第二十一話 育成成功…?



 おそらくこのキマイラがローリエのパーティを壊滅に追い込んだのだろう。


 しかしこいつは、魔族が配合に配合を重ねて生み出した究極のモンスター────のはずなのだが、その実クソ弱い。


 というのも、前方に頭が二つ、後方には大蛇が数匹もいるせいで体の制御が難しく、少しでも各々の気が散るようなことが起こるとそちらへ気がとられてしまい、別々の方向へ舵を取りたがるのだ。


 もちろん、魔族が研究して生み出しただけあって殲滅力は半端ない。ネコのような獰猛さと俊敏さ、山羊のような高い耐久力と慎重さに加え、尻尾の大蛇が背後をサポートし熱源センサーも持っている。


 そのため、前述したような弱点があってもDランクを代表するモンスターとして君臨しているのだ。


 ────だが、こいつは他のキマイラと違う。


 当時Cランクのローリエがいたパーティが敗北し、壊滅にまで追いやられたのだ。ただ人間の言うことを聞くだけで、その弱点が補完されるとは考えづらい。


 何かしらカラクリがあるのだろう。


「グヒャハハハハハ!! ようやく来たか! 私の可愛い可愛いキマイラちゃんが! 聞いて驚け! 他のキマイラと違い、このキマイラの尻尾の蛇に噛まれたものは『失声』する呪いをかけられるのだ! さらに私の命令に従順に従うよう手なずけられている……こいつさえいれば、『遺物』の持たない元勇者ごとき一捻りよ!」

「グルルルルゥ……」


 ……別に他にカラクリはなかったのだが、それでも油断大敵には違いないだろう。瓦礫の上を闊歩するキマイラは喉を鳴らし、ご主人様からの合図を今か今かと待っているようだ。


 だが、それらを大人しく聞いているだけのローリエではなかった。


「あぁ……会えて嬉しいです糞猫。よくも────よくも私のパーティメンバーを殺ってくれましたねぇッ!!! あの時の借りを返してあげますよ!」



 ローリエは何も警戒することなく、怒髪天を衝く勢いで『オリハルコンソード』を振るう。



 いや……少なくとも俺には振るったように見えた。振るっていたという自信がない。



 元《斥候の勇者》をしても、その太刀筋、その挙動を見切れなかったのだ。




「ガッ────」




 気づいたら、ヤギの頭は胴体からずり落ちて、地面とキスしていた。



「フッ────!!」



 更にローリエはキマイラの背後に、トンと柔らかく着地する。


 それだけで、キマイラの両前足と尻尾の蛇は────文字通り細切れになった。言葉を上げることも許されずに。



「ハアアアァァ……」



 しかも、追い打ちをかけるようにして、前足を失い倒れ伏したキマイラの正面にエルダーが飛び立ち────。




「ハアァッ────!!」




 最後に残ったライオンヘッドの鼻っ面に、思い切りストレートパンチを叩き込む。


 これも拳が顔面に到達するまで早すぎて見えなかった。


 その証拠に、「パァン!」と置き去りにされた破裂音と共に、キマイラの下半身にはケツよりも大きな穴が開いた。そこから内臓(モツ)と血が垂れ流しになっている。




 ……やべーな。




 こいつらバケモンになっちまった。




「は……はれ……?」


 今まさに指示を出さんとしていたアルバート子爵は、茫然自失になっている。


 多分あれが切り札だったんだろう。それが数秒足らずで細切れミンチになれば誰だってそうなるわ。


「ふぅ……仇は討ちましたよ……。アカネさん、リューネさん、リームォさん……」

「……もしかして私、手を出さない方が良かったかな……?」

「いえ……ああも無残になったキマイラの姿を見られたので溜飲は下がりました。殺された私のパーティメンバーも浮かばれたはずです。ですから大丈夫ですよ」


 などと二人して話し合う中、唯一何もしなかったリコリスだけが杖を構えて固まっていた。


「あ……あれ二人とも……? 私の出番はどこかなー☆」

「そんなのありませんよ」

「ごめんねリコリス」

「そ、そんなぁ!? ようやくマスター様に私の実力を見せられる良い機会だったのに~……☆」


 ガックリと肩を落として落ち込むリコリスを、よしよしとエルダーが頭を撫でて慰めている。


 ……しかし、好き放題に血と臓物をぶちまけたキマイラが臭すぎて百合百合しい絵面が台無しだ。


「『遺物』も持たずにあの腕前……まるで《剣の勇者(ソードマスター)》様みたいだ……」

「あの獣人もすげぇ……《体術の勇者(バーサーカー)》様に勝るとも劣らない威力の業だ……」

「何なんだこいつらは! まさか勇者候補生なのか!?」

「あわわ……あわわわわ……」


 遠巻きに見ていた兵士と、俺の陰に隠れていたエキナシアが、一瞬でキマイラを処理した二人を恐れ戦いている。


 勇者に例えるのはなかなか筋が良い。俺も概ねそれに近い推論をしていたからな。


 だが早くその生ごみを片づけてくれ。臭くてかなわん。



「ば……バカな……私が手塩をかけて育てた人工キマイラが……こんな……あっさりと……夢でも見ているのか……?」



 ようやく我に返ったアルバート子爵は、膝から崩れ落ちた。


 自業自得ではあるのだが同情を禁じ得ない。


 俺も夢を見ている気分だよ。何だったんだよアレ。


「お前が……お前が……勇者パーティから追放されなければ……ローリエちゃんとエキナシアちゃんは私の物になっていたのに……」


 打ちひしがれたアルバート子爵は、顔を伏せながらも俺に呪詛を吐きかけてきた。


「お前さえ……お前さえいなければああああああぁぁぁぁあああ!!!」

「違う違うそりゃ逆だ。お前がこんなことしなければ良かったのさ」

「だああああぁぁぁまれええええぇえぇッ!!!!」

「いいや黙らないね。俺だってスローライフを邪魔されたんだ。こっちにも異議を主張する権利くらい────」

「ウオオオオオオオォォオオッ!!!」

「────え、ちょっ!?」


 そう俺が一つでも反論し返してやろうかと口を開いたのだが、なんとアルバート子爵は、レイピアを手に逆上して襲い掛かってきた!


 少し腹の出た、だらしない中年のような体格からは似つかわしくないほどの俊敏な動きだ。


 俺は慌てて《フラウ》を万能バッグから取り出そうとしたが、アルバート子爵が俺のもとに辿り着くことはなかった。


「アガッ────!?」


 ゴンッ!という鈍い音を立てたアルバート子爵は、まるで見えない壁にでもぶつかったかのようにその場にズルズルと崩れていったからだ。俺を貫かんとしていたレイピアも、先っちょがポッキリ折れている。


「やりィ☆」


 振り向けば、真っ赤な瞳をどす黒く変貌させたリコリスが杖をアルバート子爵に向けていた。


 瞳が赤から黒に変わるのは魔法を使った合図である。おそらく、俺の周辺に障壁を張ってそれにアルバート子爵が激突したのだろう。


「よくやったリコリス、助かったよ……」


 俺はリコリスにサムズアップする。


「ついでで悪いんだけど、ある筋から聞いた話ではそいつは数多くの女性の奴隷を抱えているらしい。おそらく屋敷のどこかに幽閉されてると思うんだが……探知魔法で探し出して助けてあげてくれ」

「了解したよー☆ えへへーマスター様に褒められちゃった……☆」


 大人びた体に似つかわしくない、可愛いジェスチャーで嬉しがったリコリスは、杖を地面に立てて意識を集中させた。俺も『遺物』があれば、広範囲に渡って生物の気配を察知できるが……無いものねだりをしても仕方がない。


 ここはリコリスに任せよう。俺はまだやらねばならんことがある。


「さてと」


 俺は『万能バッグ』からどす黒い液体の入った瓶を取り出して、倒れたアルバート子爵の口に注ぐ。上手く注げず噴出されて結構無駄になってしまったが、まぁ少しは体内に流し込めたから良しとしよう。


 これは『ロストメモリー』という記憶を消させる薬だ。


 もしも、使っているところを勇者仲間にでも見られたら怒鳴り散らされるだろう。なぜなら今飲ませたほんの少しの量であったとしても過去一か月くらいの記憶は吹っ飛ぶほどの劇薬だからだ。


 これで俺が来たことも、《弓の勇者》の名を騙りエキナシアにクエストを発注したことまで綺麗さっぱり忘れてくれているはずだ。


 これによって、俺のスローライフは守られることとなるだろう。もしもクエストを発注してたのが一か月より前ならお手上げだが……。


 ちなみに素材収集者、俺。


 調合者、俺。


 値段=プライスレスとなっております。


 そして俺は、兵士たちに向かって声を張り上げた。


「聞いてくれ、兵士たちよ! 俺からお願いがある!」


 ぼけーっと顛末を眺めていた兵士たちが背筋を伸ばした。


「俺は王都より南に位置するフラッド町から来た。だがみんなで口裏を合わせて反対の……つまり北に位置するノトーリア町から来たという口裏を合わせてほしい! これは元《斥候の勇者》である俺からのお願いでありみんなに強制はしない! だがもしよければ、ノトーリア町から勇者を連れてきたと口裏を合わせてくれ! 頼んだ!」


 俺は3秒ほど頭を下げてお願いした。


 これで良しと。


 どちらに味方をした方が賢明かは、皆まで言うまでもないだろう。


 十中八九、兵士たちは俺に味方してくれる。どうせこいつに忠誠を誓ってるやつなんていないんだから、叩けば埃が出るようなアルバート子爵に味方する必要はない。むしろ元勇者である俺に恩を売っておいた方が利があることは誰でもわかる。


 それに、少なくとも半分くらいは彼の奴隷なのだ。その奴隷がアルバート子爵を助けるはずがない。


 これで兵士たちは俺の味方につけた。これから先、もし俺を探そうとする者が現れたとしてもフラッド町に調査の手が入ることはない……と、思う。


 もしも来たら、今度こそ他国にでも逃げようかな。


 今の土地気に入っているんだけどなぁ……。



 あとやらなくちゃならないことは────


「……」

「……」


 ────このぐりぐりと俺の肩に頭を押し付けるエルダーとローリエをどうするかだ。


 こういうアピールされるのは初めてだから、どう接すれば正解なのか分からないが……頭でも撫でてやれば満足か?


「んふふー……」

「むふー……」


 どうやら正解だったようだ。褒められて喜ぶリコリスを見て、多分二人とも褒めてもらいたかったんだろう。


 二人とも勝手なことをしたっちゃしてたけど、全ては俺の身を案じてしてくれたことだ。鉄球に封印されてる『ランページ・オルトロス』も温存できたことだし。君たちのおかげで兵士たちが委縮して俺たちと刃を交えることもなかったし。


 ……なんだかんだで結構助かってるな、俺。


「で、エキナシアは大丈夫?」

「は、はひ……大丈夫です……」


 俺の陰に隠れていたはずのエキナシアは、地面にペタンとお尻をついている。表情は強気に笑っているが、あまりの衝撃的シーンに腰が抜けたんだ。


 やっぱりこの子、怖がりというか緊張しいというか……その癖好奇心は人一倍ある。冒険者をやるよりもエルフらしい凛々しさと少女らしい可愛らしさを両立させた見た目を生かして接客業でもやってれば人気になれただろうに。


 なんで冒険者なんかになったのか甚だ疑問である。


「とりあえずお疲れ様……ふわああぁぁ~……」

「ご主人様、欠伸ですか? おねむですか?」

「見りゃわかんだろ……あー疲れた……」


 俺は瓦礫とキマイラだったもの(・・・・・・・・・)を避けながら屋敷の外に出た。手持無沙汰になった兵士たちは何をすればいいのか分からず戸惑っているか、もしくはアルバート子爵の体を揺すって無事を確かめていた。


 今、俺の自由を遮るものはいない。


「……綺麗だ」


 空には無数の星が瞬いている。雲一つないこんな日は、星でも眺めながら紅茶を飲んで、今手掛けている庭(仮)の完成予想図をイメージするのが最高のひと時なんだ。



「それなのに……」



 それなのに────こんなにもスローライフ日和なのに、どうして俺の裾はモンスターの血と埃で塗れているんだろう。



 なぁ、一体どこにあるんだい?



「俺のスローライフよぉ……」




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