第二十話 合成獣
「……」
俺とエキナシア、それにアルバート子爵は言葉を失っていた。
エントランスの屋根の一部がパラパラと崩れて、綺麗なお星さまとお月様が「こんばんは」している。
俺が絶句しているのは────それをバックに、お留守番しているはずの我が家の三人冒険娘がいたからだ……。
「よっ……と」
そこから何ともないように三人とも俺の側に着地する。3階くらいからの高さから落ちたというのに平気そうだ。いよいよ人間離れしてないか?
「いなくなって一週間……ようやく見つけました。ご主人様……」
ローリエが沈黙を破りながら、俺の腕に抱き着いてきた。珍しく鎧ではなく外着なため、ふんわりとした甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
しかしロマンチックな雰囲気にはなれない。いやいやいや無理だろこの場で。
「本当に心配しました……何か事件に巻き込まれたのかと思って、夜も眠れなかったんですよ……」
いやまぁ……現在進行形で事件に巻き込まれてるんだけどね。
そう言いながら、俺に微笑みかけてくれるローリエは涙ぐんでいるし、目の下には濃いクマができている。こいつ、マジで俺のことを心配してくれてたし眠らなかったな。
……危うく罪悪感を覚えかけたが、まぁ待て。俺なんも悪いことしてないんだぞ。それなのにちょっと後ろめたさを感じるのはなぜだ。
「お、俺はちゃんと書置きしたじゃないか……お前には文字の読み書きを教えただろ」
「書置きって……これの事ですか?」
ローリエがペラリと紙を見せつけてきた。
そこには『探し物をしてきます。すぐ帰るからお留守番お願い』と書かれている。間違いなく俺があの日、我が家を発つ前にローリエ達に向けて書いた書置きだ。
「すぐ帰るって……一日以上も帰って来なかったのに……?」
リコリスが『☆』を捨てて能面のような顔をしながら聞いてきた。もはや目深帽子もしてないので真っ赤な目が怖い。
確かに、一日以上家を空けたら『すぐ』とは言わないし、それは長期的に家を空けるなら文法としては変かもしれない。だが、こちらも平穏なスローライフを送るためには一刻を争う事態だったんだ。
「さ、最初はエキナシアから事情を聴いて終わらせる予定だったんだ! あ、エキナシアっていうのは俺の隣にいるこの女の子で────」
「マスター様も浮気性ですねぇ……また女……おや、しかもその耳……エルフでしたか……。また新しい子を囲うつもりですか?」
リコリスは、ちょこんと息を潜めていたエキナシアをギロリと睨んだ。
睨まれたエキナシアは「ピイッ」と小さく叫び、俺の陰に隠れるようにして視線を切ろうとする。しかしそれは逆効果で、リコリスは犬歯をむき出しにして威嚇した。
「まてリコリス、人聞き悪いことを言うな! と、とにかく!! 一日二日帰らないくらいなんでも無いだろ!!」
「でも一週間もいなくなってましたよね……?」
エルダーが、タートルネックに隠れた首輪をカリカリと爪で引っ掻きながら冷めた目で見つめてくる。俺より少し身長が高く、そしてあれだけ毎日笑顔を絶やさない温和なエルダーとのギャップに、少しだが恐怖心が芽生えた。
いやいやいや一週間でも別によくない?
ちゃんと「出かけてきます」って書置きしたんだしさ。それに、仮に俺がどっかで野垂れ死んだとしても君たち二人は奴隷から解放されて万々歳じゃん。
「しゃーないだろ、当初は本当に一週間も家を空けるつもりはなかったんだ! でも思い立ったが吉日って言うだろ!? だからエキナシアを連れて馬車を乗り継いで王都に────ていうかそうだよ! お前たちどうやって来たんだよ!?! どう考えても王都までは昨日今日で着くような距離じゃないだろ!!」
「飼い主様の匂いを辿ればすぐでしたよ?」
「いや、痕跡を辿ったとかそういう話じゃなくてここに来た方法────いやまて、今匂いを追って来たっつったか?」
「えぇ、匂いを辿って速度上昇のバフをかけながら来ました」
突っ込みどころが多すぎる。
まず匂いを辿ったってなんだ。俺そんなに臭くないぞ。……いや匂いってのは体臭ではなく比喩表現であって、十中八九リコリスが探知魔法で居場所を探ったんだろうな。それか、もしかしたら俺には見えない何かがエルダーには見えていたのかもしれない。
次に速度上昇バフって、それ使える奴かなり希少なんだぞ。
どれくらい希少かって言うと、勇者パーティの中でも速度上昇バフの魔法が使えたのは、《風の勇者》という、文字通り風を自由自在に操る勇者しか見たことがないレベル。それをかけながら来ただと?
益々こいつらに、勇者候補の素質がある疑惑が俺の中で高まって来た。
「も、もしかして……ローリエちゃん!? ローリエちゃんじゃないか!?」
それまで腰を抜かしていたアルバート子爵がいきなり大声を出した。
「私だよ! 三か月前に会ったアルバート・アッカーソンだ!! 君たちのパーティにクエストを名指しで委託した貴族だよ! 君はその男に買われたんだろう!? 可哀そうに……今すぐその男から解放してあげるからね!!」
そうだ、こいつローリエが欲しいばかりに、俺に暗殺者を仕向けたくらい執着してるんだった。しかし恐るべき執念である。この期に及んでなおも諦めていないとは。
つーか可哀そうってなんだよ。こっちの実情も知らないで。
「……? ご主人様、誰ですかコイツ?」
「アルバート・アッカーソン子爵。またの名を『ローリエを奴隷にしようとしてクエストを委託した元凶』。お前のクエストはマッチポンプで、討伐対象だったキマイラはこいつが意図的に操っていたんだと」
「……あぁ思い出しました。ありましたねぇそんなことも……」
「そ、そんなこと……?」
アルバート子爵の顔が困惑に染まる。
そして俺も頭が混乱した。味方にデバフをばらまくな。
お前が奴隷に落とされた元凶だぞソイツ。それを『そんなこと』で済まそうとするのは軽すぎない?
「……そんなことで済ますのは失礼すぎましたかね。短い間とはいえ仲良くしてくれたパーティメンバーを屠られましたから。まぁそのお陰でご主人様に出会えましたが……」
やめろ。なんだその熱っぽい視線は。隣でエルダーとリコリスが若干ピキってる対比は面白いけども。
「そう……私のパーティメンバーを……マッチポンプで……」
しかし、俺の言葉を反芻していくに連れて、徐々に瞳に憎悪の炎が灯り始める。
「そう……そうです。すっかり思い出しましたよ。なるほどキマイラは人為的に飼いならされたもので背後から操っていたと……通りで格下だったはずのキマイラに私たちが負けたはずです」
「ロ、ローリエちゃん! 私はそんなことをするはずがないじゃないか!」
アルバート子爵は、様子がおかしくなったローリエに気づいて慌てて訂正していたが、すでに時遅し。
「……よくも私のパーティメンバーを殺ってくれましたね……。ご主人様のおかげで幸せな日常を送れていましたから忘れてましたよ。……久しぶりです、ええ久しぶりですとも────こんなにも"復讐心"が燃えるのはッ!!!」
そうだった。
最近の楽しそうなローリエを見ていて忘れていたが、彼女は故郷を焼き払ったモンスターを探し出すために冒険者になったんだ。だから元々復讐をすることに抵抗心はなく、むしろ積極的に行おうとする姿勢である。
そして眠っていたそれを叩き起こした復讐相手その1は目と鼻の先にいる。
答えは導き出されたな────?
「ご主人様と過ごす毎日はとても幸せです、全てを失った私の空虚を埋めてくれましたから。時の流れは緩やかで平和でした、傷ついた心を癒してくれましたから。……私はそれで良いと思っていましたが……」
少女らしいなりとは裏腹に、勇ましく腰から『オリハルコンソード』を引き抜いた
「いつか過去と決着を付けなければならない時が来る────それが今ッ!!」
今完全に、瞳に憎悪の炎が灯った。
「ッ────! そ、そこまでだ!」
「アルバート様はお下がりを!」
アルバート子爵の前に兵士たちが立ちふさがる。だが青く透き通った剣を見て、その素材が何でできているのか分かったのか、どいつもこいつも及び腰だ。
まぁ、オリハルコンソードにローリエほどの技量が加われば、鉄などトマトをスライスする間隔でスパスパ斬れるだろうからな。
しかし、それでも立ち塞がる胆力には天晴である。
俺なら一も二もなく回れ右して逃げ出すね。
だってもう誰がどう見たって泥船だろう?
さっきアルバート子爵が兵士に怒鳴り散らしていたが、そのうちフェンネルの名前を騙ったツケとしてギルドからの手が入る。そうなればもう沈んでいくだけだ。
それでも兵士たちは、ここである程度は忠誠心を見せなければ次の就職先が困難になるから、こうして涙ぐましく俺たちの前に立ち塞がるのだろうな。
「……」
いや……よく見たら兵士の中にもちょろちょろとエルダーやリコリスと同じ首輪が見え隠れする奴がいるな。
つまりこの場にいる半数くらいが奴隷の兵士で、嫌々ながらも立ち向かうしかないって訳か。
まぁよく考えればそのパターンもあったか。
奴隷と一口に言っても、貴族たちが扱う奴隷は見た目麗しい女性だけではなく、闘技場で力を競わせる剣闘士のような見世物用の奴隷も青田買いしていると聞く。
多分彼らも、私用の兵士として使うために買われた奴隷なんだろう。
「アルバート様! ご用意ができました!」
「お……おぉようやくか! よし、解き放て!」
そしてローリエが、どう切り込もうかと兵士の一人一人を値踏みしている間に、兵士の一人が鎖を引きずりながら現れた。
その先にいたのは────。
「ギャオオオオオオォォォオオオン!!!」
山羊頭とライオン頭の双頭、ネコ科とウシ科の特徴を併せ持った強靭な胴体、そして尻尾には数匹の大蛇が犇めき合っている。
魔族が生み出した忌まわしきモンスター────『キマイラ』だ。




