第十九話 じゃじゃ馬
俺たちは兵士たちに付き従い客間を出た。
先ほど俺が透明になって見ていた、豪華なシャンデリアの飾られているエントランスを通り、二階のダイニングルームに通される。
そして長い長いダイニング机の一番奥の椅子にはアルバート子爵が座っていた。俺たちも兵士に促されるまま、向かい合った席に着く。
「遠路はるばる、よくぞお越しくださいました」
アルバート子爵は口を開いた。先ほどまでの慌てふためいた姿とは打って変わって別人である。素晴らしい変わり身の早さだ。
「ほっほっほ……。エキナシアさんは久しぶりですが、そちらの元《斥候の勇者》様は初めましてですな。私が貴方を探していた《弓の勇者》様に情報を提供したアルバート・アッカーソンと申します。以後お見知りおきを……」
「初めましてアッカーソン子爵様。僕が元《斥候の勇者》のユウトです。それにしても早速ですが、よく僕がフラッド町にいるという足取りを掴めましたね。かなり隠していたのですが……貴方がフェンネルに情報を提供したと聞いて驚きましたよ」
「ほっ……────ほほほほほほ! いやいやいや、私を子爵だからと言ってなめてもらっては困りますよ! こう見えても情報網の広さには自信がありますからね! あなたも何か困ったことがあれば、是非私をお便りください」
情報網ってそれ、奴隷に関することだけだろう。彼を今後頼ったとしても大した見返りは得られないだろうな。
とりあえず、あくまでも情報提供者という立ち位置で話すアルバート子爵に乗っかって話を進めていこう。
「ところでフェンネルはどちらに……? 追放された身ですが、勇者パーティが内部分裂するのは心苦しいのでね……。一刻も早く彼女と勇者パーティの今後について話し合いたいのですが……」
「あぁええぇとその……《弓の勇者》様は、今日はこの屋敷にはおりません。何分《斥候の勇者》様が来られたのが急でして……」
よし、早速口を滑らしたな。
「では彼女が来るまで待ちますよ。口ぶりから察するにしばらく待てばここに彼女が来るのでしょう? 滞在費はこちらで持ちますから構いませんよね?」
「えええぇと……それは……」
「……何か問題でも?」
「い、いえ滅相もありません! 《弓の勇者》様が到着されるまでどうぞ心行くまでごくつろぎください!」
危うく拒否しそうになったな。
しかし当然と言えば当然の反応だ。
なにしろ、本物のフェンネルがこの場に来ることなど一生無いのだから────。
それなのに「待っていればフェンネルが来る」というニュアンスを含ませて喋ったのは失敗だったな。やはり表面上は取り繕っているが内面はかなり焦っていることが窺える。
「ところで先日、私が隠居している屋敷に黒フードに身を包んだ男が襲撃してきたのですが……ご存じありませんか?」
「ほっ!? いっ、いえ! 《斥候の勇者》様がそのような参事に見舞われていたなど、初耳でございます!」
「そうですか、その男が貴方の名前を出していたので何か繫がりがあると思っていたのですが……」
「ッ────!?!? い、いえ……私は本当に知りませんよ。聞き間違いではありませんかな?」
表面だけは冷静だったアルバート子爵の額に脂汗が滲み始めた。
もちろんあの男は最後まで忠義を尽くしたため、ただ鎌をかけただけなのだが、しかし中々致命的なボロを出さないな。
もう少し押し問答を続けておちょくるのもいいが……。
「ふぅー……大丈夫、僕はやれる。大丈夫……僕には勇者様が付いている……」
隣で大人しくしていたエキナシアがそろそろ緊張のあまりあることないこと言い出しそうだ。彼女の心労のためにもそろそろ終わらせるべきだろう。
「ところで僕をここまで案内してくれたエルフの少女、エキナシアはクエストを達成したことになります。報酬が支払われて然るべき……そう思いませんか?」
「え!? えぇと……それは……そうですが……」
「さすがにそれくらいのお金、フェンネルが用意していないはずがないですよね。あいつそういうところ律儀だから、今この場にいなくても、僕たちがいつ来ても良いように貴方にクエスト報酬金を預けていると思うんですが……?」
「それはそのう……へ、兵士に確認させてまいりますのでしばらくお待ちください!!」
額の脂汗が顎を伝って机に落ちた。
え? クエスト報酬金くらい出せるだろうって?
まぁ貴族様なら出せるだろうと考えるのが一般論だが……なんとなんとこのアルバート・アッカーソン子爵────クエストの報酬金に『2500万ガル』と書いたのだ。
2500万だぞ2500万。そんな大金俺だって一度も……いや一度くらいしか手にしたことないぞ。うん。まぁ手にした金は悉くコレクションになっているんだが。
だが本物の依頼者である《弓の勇者》フェンネルなら現金で用意できただろうが、そんな大金、いきなり現金で捻出できるはずもないだろう。
まぁ子爵ともなれば出そうと思えば出せるだろうが時間はかかる。おまけに子爵レベルの財産を考えると全財産の半分くらいの額になる。
それをいきなりポンと目の前の小娘に出せるか?
奴隷にするはずだった少女に、だ。
「まさかエキナシアを────ローリエと同じ道を辿らせるつもりですか?」
とりあえずおちょくるだけおちょくったので、そろそろ頃合いだと見計らった俺は核心に切り込んだ。
「ロ、ローリエ……!? どこでその名をッ!?」
「ローリエは貴方からクエストを名指しで受けて失敗してしまい、奴隷に落ちた。しかし貴方は知らなかったみたいですがローリエを買ったのはほかでもない僕なんですよ。今では首輪を解いてフリーの冒険者をやっていますがね」
「そ……そうでしたか……」
「えぇ。そして先ほど僕が『男が襲撃してきた』と言いましたが、その男はこんなことも言っていましたよ? ────ローリエをアルバート・アッカーソン子爵の元へ連れていくってね」
もちろんブラフである。
「あ……あぁ……ああああぁ……」
だがアルバート子爵はわなわなと震え始めた。
「アルバート子爵────貴方もしかしてわざと奴隷を生み出すよう仕向けていませんか?」
そしてこれがトドメとなり、アルバート子爵は机をダン!と叩いて椅子から立ち上がった。
俺の隣に座っていたエキナシアがビクリと体を震わせる。
「きっ……────貴様ァッ!! 全てを承知の上でここに来たのか!?」
「全てを承知の上で……? 僕は身に覚えがありません、何のことですか?」
激昂するアルバート子爵はさておき俺は最後の最後まで知らんぷりする。
俺は一応、鉄球に入ったモンスター『ランページ・オルトロス』にも、事態の収縮を図るために奥の手を用意してある。
それを使った場合、後でこの場にいる兵士が証人となりそうだし、『《斥候の勇者》がアルバート子爵の逆上をわざと誘った』なんて発言はさせないように最後まで知らんぷりを続けるぞ。
「貴様は私がしていたことを……奴隷のことも全て知ったうえでエキナシアちゃんの誘いに乗ったのかァ!!」
「は……? 何をそんなに興奮しているんですか? 僕はただフェンネルと会って勇者パーティの実情を知りたかっただけなんですけど……」
「ッ────あくまでもしらを切りとおすか!!!」
困惑するフリをした俺に遂に怒り心頭に達したのか、アルバート子爵は床を踏み鳴らしながら部屋から出て行ってしまった
残された俺は兵士に聞く。
「なぁ、なんでアルバート子爵は怒ってどこかに行っちゃったんだ? これから俺とエキナシアはどうすればいい? つーかトイレ行きたくなったんだけどトイレどこ?」
「と、トイレですか……? それでしたら────」
「バカ! アルバート様から勇者様たちを部屋から出すなと申し渡されただろう!」
「いやしかしトイレくらいなら遠くないんだから……」
「アルバート様の申しつけは絶対だ! 部屋から出したら俺たちもどうなるか……。お前だって首をはねられた同僚の二の舞は御免だろう」
「だがここでトイレに行かせないのは不自然じゃないか……? 俺、本物の勇者様を敵には回したくないよ……」
兵士たちが何やら言い争いをしている。言いつけを守るか融通を利かすかという言い争いだ。
しかし俺はその会話に不穏な空気を察し、エキナシアの肩をたたいた。
「エキナシア、俺たちだけで勝手に行こうぜ」
「え!? いえ僕は別にトイレには行きたく────」
「いいから行くぞ。ほら」
「あ、こ、困ります! 勝手に部屋から出られては!」
「別にいいじゃないかトイレくらい」
俺は制止する兵士を振り切り、エキナシアの手を引いて部屋から踊り場に出た。
ここからは豪華なシャンデリアが飾られているエントランスが一望できるのだが、そこからはアルバート子爵が兵士たちに指示を出している様子が窺える。
「えぇい! 早く『アレ』を持ってこないか!!」
「げ、現在地下から引っ張ってきている最中であります!!」
「急げ!! あれならばいくら元勇者と言えども手も足も出ないはずだ!!」
口ぶりから察するに、どうやらアルバート子爵は何か隠し玉を持っているらしいな。
「あ、アルバート様、アレを!」
「この大事な時になん────!?」
ヤバい、アルバート子爵に見つかった。しかしあちらはまだ隠し玉を地下から連れてこようとしている最中らしい。
まだ余裕はあるはずだ。
「やあアルバート子爵、何やらお取込み中のようですがトイレはどこにありますかな?」
俺はびくびくするエキナシアの手を引き、さながらお姫様のようにエスコートしながらエントランスの階段を降りた。
兵士たちが出口を固めているのを見るに俺たちを外に出すつもりは毛頭ないらしい。
「と、トイレだと~!? この期に及んでふざけたやつだ!! 貴様、本当に勇者なんだろうな!?」
「えぇ元勇者ですとも。なんならこんな物も持っていますよ?」
なれば先手必勝、こちらも隠し玉を使うときは今しかない!
俺は万能バッグから鉄球を引っ張りぬいた。
「行っけー!! 俺の封印されたモンスター! その名も『ランページ・オルトロス』の暴れん坊────」
ガシャアアアアアアァァァアアアン!!!
エントランスに飾られたシャンデリアと、屋根の一部が派手な音を立てて落ちた。
俺は『ランページ・オルトロス』というモンスターが封印された鉄球を振りかぶっていたが、ピタリと止まり、パラパラと、俺たちの頭上に小さな屋根の破片が降り注ぐ。
「────いた」
────屋敷の中だというのに上空から声がした。
その声は聞き覚えがあったが、ここにいないはずの声だった。
幻聴かと思って振り上げたまま、ギギギと首を軋ませて上を見上げる。
「旦那様……」
「マスター様……」
「飼い主様……」
「「「見ーつけた」」」
今世紀最大風速の台風が現れた。




