第十六話 見えてきた真実
「……事前に断っておきますが私は無関係ですよ」
「それはお前の言い分を聞いてから俺が判断することだ」
俺は更に一つの巾着袋を奴隷商人に放り投げた。
「今ここで死ぬのと、明日も酒を飲んでいられるのとどちらがいい?」
「……ッ!」
奴隷商人は逡巡したが、覚悟を決めたようにエールを一気に飲み干した。
「一つ補足情報を追加しておくが、そのクエストに情報を提供したのは王都に住まうとある貴族様らしい。名前は明かしてもらえなかったがな」
「プハァ! ……先ほども断っておきましたが、おそらくその貴族様と私は無関係でしょう。私には貴族様や王族様のようなパトロンはいませんからね。その上でお聞きください」
「話してみろ」
「私がこの仕事を始めたのは三年前、そのころからある有名な噂が奴隷商の間で流行っていました。王都に住むとある子爵様は色事を好むお方であるそうです。それも対等の相手ではなく、完全に屈服し見下せられる人間を相手に優越感に浸りながらするのを好んでいらっしゃると。そしてその子爵様は三か月に一回のペースで名指しのクエストを発注するそうですが……大概は美女や美少女がいるパーティが選ばれるそうです。そしてそのクエストは、成功した時の見返りは大きいが失敗した時の違約金はそれを遥かに凌ぐほど高いと」
「……何が言いたい?」
「分かりませんか? 違約金を払えなかった者は《普通奴隷》に落とされます。つまり────」
奴隷商人は身を屈めて小声で告げた。
「────子爵様は意図的にクエストを失敗させるよう裏で手をまわし、好みの奴隷を生み出してそれを買い取るマッチポンプをしているんですよ」
「ッ!?」
頭に電撃魔法が落ちたかのような衝撃が走った。
ようやく点と点が線で結ばれた。
子爵はローリエ達がいるパーティにクエストを名指しで発注させた。子爵という貴族様から名指しされれば名前が売れるチャンスにもなる。それに自分たちの実力を鑑みてなんとか成功できるラインのクエストだ。そりゃあ嬉しくなって一にも二もなく受託するだろう。
そしてわざと冒険者を失敗させるよう細工を施し、罠にはまった冒険者を奴隷に落としてそれを自分が買う────。
完璧なマッチポンプではないか。
「旦那が一番気にしていた、ローリエ、エルダー、リコリスの三人が奴隷だったという情報はその子爵様が金にものを言わせて調べさせたんでしょうな」
「だが待て、今回のエルフの少女はケースが似通っているが、どうしてフェンネル────じゃなかった。《弓の勇者》様の名を借りたんだ? 今までのやり口だと回りくどいことしないんで、堂々と自らクエストの発注をしていたんだろう?」
「……おそらく奴隷の供給が途絶えてしまったから焦っているんでしょう。なにしろ狙っていた獲物は貴方に買われてしまいましたから。それに、今や《弓の勇者》様はそれどころではないほど現場であたふたしているでしょうから、一瞬であれば名前を借りてもバレないと思ったんでしょうね」
なるほど。
フェンネルはさっきも話題に出たが、あいつは勇者パーティの中でもハルに次いでとりわけ人気が高い。その美貌もさることながら知的、かつ老若男女貴族市民問わず誰にでも区別なく接する公平さを併せ持っている。
そこでフェンネルの名前を出せば信用性が上がると踏んだ訳か。
だから普段は絶対にしないであろう尻尾を出したと。
……いやいやいや、その子爵バカじゃなかろうか。
フェンネルの名前を使った報いはいつか受けることになるぞ。
なにしろ勇者の名前を騙るのは重罪だ。
一瞬であればバレないとの話だったが、エキナシアが「《弓の勇者》様に頼まれて~────」って言いふらしてる時点で無理だぞそれは。
それに絶対に成功しないだろうと踏んでクエストを発注したんだろうが、エキナシアが《斥候の勇者》と運よくコンタクト取れてしまい、その結果クエストを成功させてしまったらどうする?
その瞬間にお前の計画がお天道様の元に暴かれて破綻するぞ。
……まぁそこら辺の詰めの甘さは、それだけ新規の奴隷を欲していたということでここは片づけておこう。
「しかしそれだといくつか辻褄が合わないがまず一つ……。奴隷に落として自分で買う理屈は分かる。だったらなぜこの町に買いに来なかったんだ?」
「さぁ……どうしてでしょうねぇ……?」
奴隷商人はにやりと笑った。やはりこの男、肝が据わっている。
一瞬ピキっと来たがすぐ冷静になって背もたれにもたれかかった。
あぁ認めよう。認めようとも。
この男はかなりのやり手だ。
フェアに行こう、奴隷商人だからと言って、そして自らへりくだっているからと言って見下すのは止めだ……────俺も対等な目線に立つ必要がある。
「……今更だがお前の名前はなんて言うんだ?」
「オレガノと申します、旦那様」
「そうかオレガノ……俺の名は『ユウト』という。唯一無二の名前だ」
周りの客にバレないよう小声で伝える。
その瞬間、奴隷商人────オレガノは顔を引き攣らせた。
「それはッ────……なるほど。どうやら私は旦那の信用を買えたということですね?」
「そうだ。その上でもう一つやるよ」
俺は巾着袋をさらに一つ追加した。これで300万ガルもの出費になる。この出費を痛いとみるか、それとも妥当であるとみるかは人それぞれだろう。
「旦那は話が早くて助かります。おっと《斥候の勇者》様……とお呼びすべきでしたかな?」
「今まで通り旦那で通してくれ」
「ククッ……わかりました。それでは旦那様、その合わない辻褄の一つ目の答え合わせと行きましょう。私は子爵────アルバート・アッカーソン子爵とは何の繫がりもありません。ただ《普通奴隷》に落とされたローリエを競り落としてフラッド町に売りに来たに過ぎません。そして私はフラッド町……この町を一番最初に奴隷を売る場所に決めているんです。そこから王都へのルートを辿りながら売り渡る……ここまで話せはもうお分かりですね?」
「つまり……アルバート子爵は気に入った女の子を奴隷の身分に落とすが、どの奴隷商人がどの奴隷を買うかまでは干渉していなかったということか?」
オレガノは満足そうに頷いた。
「左様でございます。一貴族様が特定の奴隷商人と繫がりを持ってしまうと、あまりにも美しい奴隷ばかり手に入ってしまうことに感付かれて調査の手が入りかねませんからな。そこでマッチポンプをしていたとバレては元も子もありません。ですからアルバート子爵様なりにそこはノータッチだったんでしょう」
オレガノはエールのお替りを注文した。俺は締めの珈琲を頼む。
それを待っている間もオレガノは話す口を止めなかった。
「私を含めて大概の奴隷商人は王都から遠く人気のない町から始まり、最終的に王都へと売り渡るんです。なぜなら王都というのは売れ残りが出てしまっても……捨て値で売り捌くにはもってこいの場所でしょう? しかしそのルートは奴隷商人によって異なります。私みたいにフラッド町から始まる者もいれば、もっと遠くの町からスタートする奴隷商人がいますし、もっと王都の近くから始める人もいらっしゃいます。おそらく、アルバート子爵は私がどのルートから始まるかを存じ上げていなかったのでしょうな」
「だが子爵ともなれば動員できる影の者も多い。だから一日目に奴隷が買われなければ、販売ルートの最初の町を探り当てることは可能……ということか」
「そうです! ですから一日目にあなたが奴隷を買ったとき、それはそれはたまげたものですな。普通はあり得ませんよ、一日に奴隷が売れるなんて。なにせ閑散とした土地からスタートしますからなぁ!」
「それも二回連続で!」と言いながらオレガノは再びエールを煽った。
なるほど。
長々と話していて頭が混乱してきたが、要点を纏めるとアルバート・アッカーソン子爵が全ての元凶ということか。
「じゃあ二つ目の辻褄が合わない点についてだが……エルフの少女はクエストを失敗する。その手筈だよな?」
「そうですな。失敗させて金が払えない冒険者を奴隷に落とすのが常套手段ですから」
「この店に入る前に俺が言ったことを覚えているか?」
「『ある男が襲撃してきた』と……」
「その男は俺が勇者であることを知らなかった。お前と同じく貴族のボンボンだと思ってたよ。しかしその実態は……襲ってしまった相手は追放された元勇者様だった。そしてエルフの少女は元勇者だった人を探してここに来たという」
俺は運ばれてきた珈琲を飲んでオレガノの反応を試す。
しかしオレガノはかなり字頭が良いようで、すぐにピンと来たようだ。
「なるほど……矛盾点が分かりましたよ。『エルフの少女が教えられた情報は合致していて、襲撃してきた男が教えられた情報は間違っている』……ということですか?」
そうだ。やはりこの男察しが良くて助かる。
普通逆だろう?
エルフの少女────エキナシアは、敷かれたレールを走っていればクエストを順調に失敗するだろう。しかしその実、敷かれたレールを走っているのにクエストは成功しかけている。
なぜなら探し人の、元《斥候の勇者》は間違いなくフラッド町のはずれにいるのだから。
そして襲撃してきた男は俺が貴族のボンボンだと思い込んでいて勇者だと知らなかった。だからこそ襲撃に失敗して返り討ちに合ったのだ。
アルバート子爵の目論見を成功させたければ逆の結果……。
つまり影の男に正しい情報を与え、エキナシアに誤った情報を与えなければならない。
「────それはどう説明するんだ?」
「それは……」
「それは……?」
「うーん……それは……」
「それは……!?」
「たまたまでしょうな」
椅子からずっこけそうになった。
お前、溜めに溜めて身もふたもないことを言うなよ。
しかしそうか、たまたまなのか。
……って納得できるかっつーの!!
「えぇ……? オレガノ、お前、せっかく信用しかけてたのに……」
「だ、旦那そりゃないですよ! この質問、今までの前提を踏みしめた上で答えると『偶然』としか言いようがないじゃないですか!」
まぁ言われてみればそうである。
たまたま適当に教えた虚偽の情報が、たまたま本当にそこに元《斥候の勇者》がいた。そしてたまたま男は俺が貴族のボンボンだと思い込んで襲い掛かってきた。
……情報を照らし合わせるとそうなんだろう。なんとも間抜けなオチだ。
多分思い付きで急造したな、この穴だらけの作戦。どんだけ性欲に溺れているんだその貴族様は。
「まぁその男がどうして旦那を襲ったのかはわかります。主である貴方を始末して奴隷であるローリエを奪うためだったんでしょう。生憎とローリエは奴隷を卒業していますが……。ですから貴方の始末のついでに、エルフの少女に『フラッド町に行け』という情報を渡して、クエストが失敗するかどうかの観察も兼ねてたんでしょうな」
「なるほど」
最後の最後でこちらから聞いていなくても足りない部分を補完し、信用を回復させる発言をするのはさすがだ。
「貴重な情報ありがとうオレガノ。おかげで尻尾が掴めた。また何かあった時は頼む」
「えぇえぇ、こちらとしても貴族様とは比べ物にもならない太いパイプができて何よりです。こちらも何かあった時は頼みますよ? 勇者────いえ、旦那様」
俺は後ろ手を振りながら大衆酒場から外に出た。
支払い? そんなのアイツに死ぬほど金をやったんだから俺が払う義理はないね。
とりあえずやるべきことができた。
俺を、そして親友のフェンネルを、エキナシアを奴隷に落とすためにダシに使った代償は高くつくぞ。
そのためにまずやるべきことは────。
「エキナシアを捕まえるか」




