第十五話 敵か味方か
「……久しぶりだな」
俺はフラッド町にやってきた。前に来たときは卵のついでにエルダーとリコリスを買って以来だ。
買い出しは全て家の居候美人三姉妹に任せているから大体一ヶ月ぶりになるのかな?
……思い出したけどあの二人、料理に使う卵のついでだったんだよな。今更言ったら怒りそうだし黙っておこう。
とりあえず俺のすべきことは決まっている。
明らかに俺を殺そうとしていた黒フードの男について、エキナシアが知っているかの確認だ。あの男、中々軽やかな身のこなしだったから影の者だろう。その筋だった元《斥候の勇者》をなめるなよ。
まぁ、エキナシア本人は身に覚えはないだろうがこちらは被害者なのだ。フェンネルも絶対にこんなことはしてこないから除外しよう。
必然的にそのクエストに情報を提供した貴族とやらが怪しいので、何が何でもエキナシアからその貴族様の情報を聞き出せるだけ聞き出してやる。
そいつが裏で糸を引いてるに違いないと第六感が告げている。
そして全ての障害物をクリアし俺のスローライフを盤石なものにするのだ!
「おや旦那!」
決意のガッツポーズをした瞬間、後ろから嫌な声がした。
この声には覚えがある。人に見下されることに慣れた、少し上ずった声だ。
「……げ」
俺は意を決して振り向くと、そこにはある意味で忘れられない顔があった。
「お久しぶりですねぇ。その後変わったことはございませんか?」
ちょび髭がトレードマーク、久方ぶりの奴隷商人がゴマをすりながら俺に近寄ってきた。
「いやはや、噂にはお聞きしましたがあの奴隷三人娘は冒険者として元気にしているらしいですなぁ。しかも奴隷であることを隠しているとか! ああご安心を、それについては誰にも話しておりませんからな! しかし私から買っていった奴隷が冒険者として大成するのは、彼女たちに奴隷としてのイロハを教え込んだ身としては嬉しい限りですよ」
……よく口の回る奴だと、そこだけは感心する。
「生憎、新しい奴隷はまだ仕入れておりませんが……立ち話もなんですしそこの食堂で世間話でもどうです?」
「すまんが急いでいるのでまた今度な」
俺は今度こそスッパリ断って奴隷商人をスルーしようとした。
しかしそこであることに気づく。
俺を襲った男は、なぜか俺の家に住むあの三人を奴隷だと知っていた。今も三人には冒険者ギルドに隠し通せと指示を出しているんだぞ。
ローリエは薄汚い奴隷時代の外見とは見違えるほど綺麗になったから同一人物だとは気づかれないだろうし、エルダーとリコリスの時はそもそも観衆が片手で数えるほどしかいなかった。それも二人がお披露目されたのはほんの5分前後、そのあと俺が買い取って頭からローブを被せて家まで帰ったから顔もバレていないはずなのに。
三人が奴隷、そして元奴隷であることは誰にも知られる余地はない……。
誰にも喋っていないと前置きしていたが、もしやこの男が横流ししたか?
「いや……少しお前に聞きたいことができた」
「へえなんでもどうぞ……。しかしどうやら旦那……よからぬ事件に巻き込まれたようですねぇ……?」
奴隷商人は怯むことなく逆に俺の周辺を探りに来た。
「その事件にお前が関係している可能性があるのさ。ある男が俺の屋敷を襲撃してきた。その男は俺が奴隷を三人買ったことを知っていた。町で冒険者をさせている三人にはそのことを言いふらさないよう伏せさせている……情報が漏洩するとしたらお前からとしか考えられん」
「おや怖い怖い……。しかし先ほども申しました通り私は誰にも話していません。私にだって、腐っても奴隷商人としてのプライドはあります。お得意様の個人情報くらい遵守いたしますよ」
そう話し終えてから一息ついた奴隷商人は顎にちょび髭をつまみ、何か思案するような仕草をする。
「いやでも……お酒が入ってしまったらどこかで話してしまったかも……?」
「どこで喋った!?」
「さぁ……貴方からもう少し詳しく話を聞ければ思い出せるかもしれませんなぁ?」
この男……確信犯だ!
明らかに俺周辺の情報を手に入れようとしている。
俺のことは元勇者ではなく金持ちのボンボン貴族ということで話が通っているから、おそらく金の通り道を嗅ぎつけたんだろうな。
俺は思わず降参のポーズをとってしまった。
「全く……肝の据わった男だ」
「そうでなければ奴隷商人なんて務まりません」
言われてみれば一理ある。
彼は一人で奴隷商をやっている。となれば数多く扱える《戦争奴隷》よりも《普通奴隷》を扱うことを中心にしている。それに一人でやってるならば奴隷を仕入れるためには危険な橋を渡らなければならないだろう。
特に同業他社は多く、貴族や王族などをパトロンにつけている奴隷商人もいるはずだ。勇者パーティにいたころはそういう奴隷商人と繫がりを持った貴族や王族を何度も見てきた。
しかし彼の語り口調からするとバックには誰もいないように感じる。
それを前提に考えると、独り身でここまで奴隷を仕入れ、その奴隷に一から家事雑用全般を仕込むのは大変な苦労があるはずだ。
なるほど、だから彼が扱う奴隷は毎回毎回少ないのか。
なによりも肝が据わるのも頷ける。
「少し聞きたいことがあるのだが……幾らで売れる?」
「逆に聞きましょう。幾らまで出せます?」
俺は無言で万能バッグから巾着を一つ取り出して渡した。100万ガルという大金を手放すのは惜しいがスローライフを送るためだ。背に腹は代えられない。
「これは前金だ」
「……では、とりあえず場所を移動しましょうか」
どうやら交渉の席には着けたらしい。
俺は奴隷商人に案内されるがまま美味しそうな匂いの漂う大衆食堂へと連れていかれた。
◇
俺と奴隷商人は丸机に向かい合って座り、それぞれ飲み物と食べ物を一品ずつ頼む。
注文した食べ物が来るまでは世間話に興じ、丸机に料理が並べられたところで駆け引きが始まった。
「それで、聞きたいことってのは何ですかな?」
「勇者パーティがのっぴきならんことになってるってのは知ってるな?」
「えぇ、えぇ、ご存知ですとも。勇者パーティが、今まで何度も倒してきたオーク如きに初の敗北を喫したのはとても驚きましたからな! おまけに内部分裂するんじゃないかとあっちこっちで騒がれておりますとも。まったく《斥候の勇者》様を追放などするべきではなかったんだ……彼が抜けた途端にあの腑抜けよう……判断ミスだと言わざるを得ません」
それは《斥候の勇者》を買いかぶりすぎだ。
多分俺があのままパーティの中にいても負けていたと思うよ。
だって根本的な問題点は勇者たちの実力不足だけではなく、ハルが増長して暴走していたのが問題だからね。俺がその場にいたからと言ってハルの手綱を握るのは限界だっただろうさ。
ま、民衆の希望の光である勇者パーティのリーダー様がめんどくさい性格に育っちゃったなんて大手振って言えないわな。だからどの新聞もハルの性格には突っ込まず別の角度から切り込んでいるんだ。
あの新聞が突っ込めるところまで突っ込んでるのがマジで異端すぎる。
まぁハルのその性格を矯正できるのは王様だけだろうけど、王様は輪をかけて《光の勇者》様に甘いからなぁ。
なにせお姫様がハルに一目ぼれしてるから、王様もハル相手には甘くするしかないんだよ……。
けどハルが本当に好きなのはフェンネルなんだよなぁこれが。そのくせしてお姫様の好意を無碍にできないからって言って返事を保留したまんま。
だから面倒臭い三角関係が生まれて拗れに拗れて今に至るんだが、本人たちは気づいていないんだろう……あのまま勇者パーティにいたら胃が死んでたかも……。
……思わず内心で愚痴ってしまったが話を元に戻すとしよう。
「そこで解散を防ぐために、《弓の勇者》のフェンネル様が独断で《斥候の勇者》のユウトを呼び戻そうとしてクエストを発注したってのは知ってるか?」
「ほぅ……? そいつぁ初耳ですな……出所は確かで?」
「それが分からないからお前に聞きたいんだ。俺の印象だとフェンネル様────もとい《弓の勇者》様は他人に丸投げするようなクエストは発注しない性格をしていると思う」
「私も《弓の勇者》様に対する印象はそのような印象が強いですな。何人もの詩人から輝かしい武勇伝を聞いていて、とても気が強く、全ての悪行を射抜こうとする気持ちの良いお方だ」
「だろう? だがついさっき俺の家にあるエルフの少女が訪ねてきたんだ」
「まさか『魔窟の屋敷』にですか!?」
「……あん? 『魔窟の屋敷』だ?」
「あっ────……へへへ、その、旦那が買っていかれた奴隷が冒険者として大成したじゃないですか。それで、その、旦那の家から大型の冒険者が三人生まれたことから巷ではそう呼ばれているみたいで……へへへ。も、もちろん名付けたのは私ではありませんよ!?」
ギロリと睨むと罰が悪そうに肩を竦める。小物なのか大物なのか判断に困る男だ。
「……まぁ呼び名はどうでもいいよ。それでそのエルフの少女が王都でクエストを受けてきたんだと」
「話の流れから察するに、『《斥候の勇者》様を探し出してこい』というクエストですな?」
「あぁそうだ。察しがよくて助かる」
「となると《斥候の勇者》様がフラッド町に……?」
しまった。察しが良すぎるのも問題だ。俺が勇者であることを探られるのは危険すぎる。
すぐに別の話題にシフトさせよう。
「まぁ待て、俺が聞きたいのはそこじゃない」
「ほぉ……?」
「そのエルフの少女がこう言っていた。────『名指しで受けたこのクエストに失敗したら、違約金を依頼者に払わなければならない』という旨の契約をしたんだ」
その一文を聞いた奴隷商人の眉が密かに吊り上がる。
そうだ奴隷商人よ────。
「まるでどこかの奴隷少女と同じじゃないか」
この一文は────
「なぁ? 奴隷商人よ」
ローリエが奴隷になった経緯とケースが似ているではないか────。




