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第十四話 招かれざる来訪者

 

 とりあえず、アイアンリザードに追いかけられていたエルフの少女・エキナシアが大きな怪我をしていないか診る。


 幸いにも上手く逃げおおせていたようでモンスターによる怪我はしていないようだが、ところどころ擦り傷があったようなので、いつもローリエ達に持たせているポーションの予備を使い消毒してあげた。


 さらに治療中、エキナシアのお腹がグ~と鳴ったのでお昼に作っておいたサンドイッチを出してあげた。燻製にしておいたエンシェントボアの肉を、キュウリとマヨネーズで挟んだサンドイッチだ。このキュウリもいずれ自家製にしたいなぁ。


 エキナシアは「いただきます」と言ってから一心不乱に食べ始めた。アイアンリザードに手を出すだけあって、どうやらよほどお腹が空いていたみたいだ。


「モグモグ……!」

「はいミルクティーもどうぞ」

「もごもご……あ、ありがとうございます!! ところで僕はフラッド町に用事があるんですけど、ここから近いですか!?」

「あぁ近いとも。家の前に一本の道が通っているだろう? そこを15分ほど歩いていけばすぐさ」

「おぉ本当に近いですね! 森の奥でアイアンリザードに追われた時はもう終わりだと思っていましたが……怪我の功名ですな! おまけにこのような施しまで受けてしまって、本当にありがとうございます!」


 上品さの欠片もなく、サンドイッチをミルクティーで流し込みながらエキナシアは俺にお礼を言う。


 ……この子本当にエルフの少女か? なんかあまりにも俺の中のエルフ像とはかけ離れている気がするんだが……。


「さ、これで怪我は大丈夫だよ。ところでちょっと気になったんだけどその用事って何?」

「これは命の恩人である貴方にしか教えませんが……なななんと、元勇者である《斥候の勇者(スカウト)》様を探すよう頼まれました! なんでもこの町にいるとの噂があるのです!!」

「……へぇそりゃ本当かい。しかしどうして今になって《斥候の勇者》様を探すんだい?」


 俺は緊張で痛くなるお腹を押さえながら聞き返す。


「僕は人探しのクエストを受けたのです! なんでも《弓の勇者(スナイパー)》であるフェンネル様から、その《斥候の勇者》様を連れ戻さないと勇者パーティが空中分解するからと申されたので大至急探し出すようにと、なんとなんと名指しで僕を指名してくださって────あ! こ、このことは内密に、他言無用でお願いしますね! クエストを成功させた時の報酬金は多額ですが、もしもクエストに失敗したらそれと同じくらいの違約金を支払という契約を結んでおりますゆえ!」

「あーはいはい。わかってるよ。誰にも話さないって」

「さすがハルさん! 命の恩人は話が分かる御仁ですな!」


 どうやらフェンネルが俺を連れ戻そうとしているらしい。


 しかも俺がここにいることがバレてるんだと。




 ────最悪だ。




 どこから情報が漏れた?


 俺が勇者だと知っているのはエルダーとリコリスだけだろう。だが今になって二人を怪しむような真似はしたくない。というかそういうのを言いふらせば首輪が「ボン!」である。二人が情報源なら首が胴体からおさらばしているはずだ。


 じゃあ一体誰が俺が勇者であることを突き止めたんだ……?


 しかも居場所まで……。


 しかし失敗したら違約金を払えというのは、どこかで聞いたことがあるようなないような……。


 おまけに、ハルほどではないがそこそこプライドの高いフェンネルが、誰かに俺を探すようクエストを委託するなどとは考えづらい。どちらかというと彼女は自ら探しに来たがる性分のはずだ。


 疑問が降っては消えないな。


「……ちなみにその情報提供者は誰なんだい?」

「王都にいらっしゃるとある貴族様ですが、それ以上はいくら命の恩人様でも言えませぬ!」

「ふーん……」


 エキナシアはバッテンマークを作って口を閉ざしたが、すぐにサンドイッチに齧り付いて美味しそうに咀嚼する。こういう能天気で元気いっぱいな子は見ていてこちらも元気になるな。


「じゃあフラッド町はあっちだから、暗くなる前に早く行って宿を見つけるといい」

「はい! いろいろとありがとうございました! この御恩はいつかお返しに参りますので!」

「……別にいらないよ。というか君からは厄介ごとの匂いがするからもう来ないでほしいな」

「そんな!?」


 ショックを受けるを半ば強引に敷地から押し出して町に続く道へと送り出した。


 会えるといいな、その《斥候の勇者》ってやつに……。





「……ところで、さっきから俺の家の周りをうろちょろしてるのはお前か?」





 俺はエキナシアが去っていったのとは逆の方角に問いかける。そちらは木が立ち並ぶ森の中なのだが、そこからは全身真っ黒い衣装に身を包んだ男が現れた。明らかに影の者である。


「……よく気づいたな」


 元ではあるが《斥候の勇者》を嘗められては困る。痛々しいほどに注がれた視線ならすぐ気づけるよ。


「お前がこの屋敷の主人か」

「違うよ」

「……三か月前、ローリエという女奴隷を買ったな」

「買ってないよ」

「更にその一か月後、新しい奴隷を二人買った……」

「だから買ってないって」


 のらりくらりと否定を連ねるが、男は問答無用と言わんばかりにスラリと帯刀していた剣を引き抜いた。


 この男はエキナシアの仲間なのだろうか。それともただ利用されているだけなのか。


 真相は神のみぞしるだ。


 俺も自衛のため、凹凸に打たれた刀身の短刀フラウを抜き放つ。


「……」


 男はだらりと脱力しきって体を重力に任せたその瞬間────俺との距離が一気に縮まった。


 一瞬の間に剣はすぐそこまで迫ってきている。


 初見であれば予備動作のないその動きに翻弄されて接近を許し、致命的な一撃を受けてしまうだろう。だがこちらは伊達に元勇者ではないのだ。残念ながらそんな搦手は死ぬほど経験してきた。


 俺は男の剣を《フラウ》で難なく受け止め────


「ふッ────」


 ────手を捻る。たったそれだけで《フラウ》の凹凸に挟まれた剣はパキリと音を立てて砕かれた。


 《フラウ》の刀身に凸凹が作られて歪なのは適当に打たれたからでも、ましてや美的センスからでもない。レイピアや剣などの武器を受け止めてへし折るためで、いわゆる《ソードブレーカー》だ。


 『切断』が弱く、『突き』しか攻撃手段がないという防御一辺倒の短剣ではあるが、伊達にドワーフ族が最強の武器を目指して作られた一振りではないということだ。しかも素材はヒヒイロカネ。硬度は鉄や銅などそんじょそこらの鉱石に遥かに勝る。


「バカな……────ッ!!」


 奇襲に失敗し、悔しそうに歯噛みした男はゆらりと姿を消した。姿を消す魔法インビジブルだ。


 身に着けている服ごと姿を消せる魔法で初見であればかなり手こずるのだが、生憎と俺は元《斥候の勇者》。その手の斥候に有用な魔法は俺自身が使い慣れている。


 実はこれには弱点があるのだ。目に見えなくなるが、歩けば足跡が残るし、通った跡には空気が歪む"揺らぎ"が発生するのだ。


 よほど注視しない限りすぐ見失ってしまうのだが、《インビジブル》は俺が《斥候の勇者》だったころに敵影視察のために散々使いまわしていたからかなり目が肥えているし、なによりどういう立ち回りがしたいのかということも分かっている。


 それに経験則も合わさって男がどこへ姿を消したのかはすぐに分かった。



「……」



 ────男は俺の背後に息を潜めているな。まぁ俺でもそうするだろう。定石だ。


 不意を突いたつもりなのだろうが視線までは殺せてないぞ。それに僅かに吹いていた風の流れもだ。男はどんどんこちらへと忍び寄ってくるのが分かる。



「ちっ……逃げ帰ったか」



 俺は気づいていないフリを続けた。しかしながら《フラウ》を腰の鞘に仕舞うフリをして────。



「ゲボッ────」



 振り向きざまに、背後へと忍び寄った男へ《フラウ》を突き刺した。


 意趣返しがてら、今度は俺が予備動作なしでの仕掛けだ。


 男は、完全に《インビジブル》で俺の目を誤魔化したと慢心し、避けきれずどてっぱらに手痛い一撃をもらっている。


「よっと」


 複雑に凹凸がついた刀身を思い切り引き抜くと、それらに合わせて肉片が飛び散った。切断には向いていない形状のため攻めに使うことはないのだが刺突にはもってこいなのも《フラウ》の良い点である。


「ぐああああああぁぁぁぁっ!!!」

「おーおー痛そうだね」


 俺は痛みのあまり絶叫する男の首根っこを掴んで無理やり持ち上げた。


 腹からは血と肉が飛び散り、あたりの草土を鮮血に染め上げる。


 敵愾心を露わにする人間を殺すことに躊躇はない。



 そんなもの(・・・・・)は勇者時代に捨て去った。



「な、なぜだ……お前はただの金持ち貴族だと聞いていたのに……」

「その"ただの金持ち貴族"にお前は負けたのさ。つまりお前はそれ以下の実力っつーこと」


 瀕死の男にこういう皮肉を言っても窘める奴はいないのはストレスフリーだ。


 勇者パーティにいたらハルが「勇者らしくない言動は慎め!」って怒るからなぁ。鬱憤は飲み込むのが常だったからきつかったよ全く。


「それで? お前はそのなんとかっていう貴族様の下手人か? それともフェンネルの差し金か? あの子が受けたクエストとやらは────本当にフェンネルが受注したものか?」

「……俺たちが何かを話すと思うか?」


 男は全身をぶるりと身震いさせると糸の切れた人形のように動かなくなった。


「あ、おい!」


 慌てて手首に手を当てて脈を測るが反応はない。男は既にこと切れていた。俺は殺さないように手加減していたから多分口の中に毒でも仕込んであってそれを飲み込んだか。


 見上げた忠誠心だと感心はするが自害するほどか?


 それともそういう契約を結んでいたのか?


 いずれにせよ真相は闇に葬られてしまった。こういう人間同士のゴタゴタが嫌だから俺は勇者パーティから離れたのに……どうしてこういうのに巻き込まれるんだ……。


「……」


 しかし死体を放置するのもアレなので、家からもフラッド町からも遠く離れた森の中に、手ごろな木材をロープで十字に結び墓を建てて埋めてやった。棺桶も碑もない土葬と呼ぶのも烏滸がましいただの埋葬になってしまうが、そちらから殺そうとしてきたのだからこれで勘弁してほしい。


「……今後もこういうことは増えるんだろうか」


 俺は勇者を辞めた。


 しかし世間は俺を逃がそうとしてくれない。


 フェンネルも、その貴族様も、そこまで俺に固執する理由はなんだ?


 俺は『遺物』を手放している。勇者候補生の中から手ごろな新しい《斥候の勇者》でも誕生させればいいだろう。なのになぜいつまでたっても元勇者を探すんだ。


「考えても埒が明かない」


 どれだけ思考を巡らせても俺の知ってる情報には限りがあり、このままでは永遠に答えに辿り着くことはなさそうだ。


 唯一情報を知っているのは────。


「あのエルフ……エキナシアならまだ知ってそうだな」


 フェンネルから名指しでクエストを受注し、《斥候の勇者》を探しに来たというエキナシアがいるではないか。しかも俺の住処を当てられたのは貴族様が情報源と来たもんだ。




 なんだ────ほしい情報がそこに眠っているではないか。




「しゃーねぇ、俺も町に行くか」


 俺はフード付きローブを羽織った。もう初夏に差し掛かるというのにこのままでは一目を引くので、そろそろ別の方法で顔を隠す手段を考えなければならないだろう。


 ローリエ達とすれ違った時用に机上に書置きを残して、町へと繰り出していった。



 全ては我が家を────そしてスローライフを守るために!!



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