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第十三話 来訪者と



「ふぅ……」


 洗濯ものを干し終わった俺はロッキングチェアにどかりと座った。庭(仮)を作る作業は午後からにしよう。


 ちなみに先週に植えた夏野菜の種はもう芽を出してすくすくと育っている。


 『これで貴方も園芸マスター!』という本によれば、トマトなどの夏野菜は2~3ヶ月で収穫可能になるらしいのだが今は6月……予定では収穫するのは7月だったのだが、このままでは収穫できるのは8月になってしまう。


 少し種を蒔く時期が遅かった気がしなくもない。これは反省しよう。自由を謳歌するあまり少しのんびりしすぎた。キャベツとかの冬でも問題なく育つ野菜は少し早めに種を蒔くよう意識しよう。


 それとレモンや葡萄などの実がなる木は、もう苗から植えたので放置していても問題ないだろう。実がなるまで10年くらいかかるらしいのでこちらは気長に待つとするか。


 さて、ちらりと時計を見ると午前9時になろうとしている。既にうちの奴隷────というか居候共は冒険者ギルドにクエストを受領しに行っているため家の中には俺一人だけだ。


 とりあえず今日も今日とて新聞をぺらりと捲った。



 『勇者パーティ初の敗北!! 分裂の危機か!?』



 ……見出しで一番、今日も勇者パーティについての記事が載っていた。やはりこの地域の新聞は特殊で、普通の新聞では書けないような勇者をけなす記事を書いている。


 記事を読み進めていくと、どうやら勇者パーティが初めての敗北を喫したらしい。


「……ついに来たか」


 いつか負けるだろうなとは思っていたのでそれほど驚きもしなかったが、こんなに早いとは思わなかった。


 元勇者としていろいろ思うところもあるのだが、それは飲み込んでひとまず読み進めていく。


 要約するとこうだ。



 勇者パーティのリーダーで《光の勇者(パラディン)》のハルが、ゴブリンの一件以来リーダーにふさわしいのかどうかという疑念が勇者パーティの中で高まっていたらしい。(独自調査)


 その上、世論でも《斥候の勇者》を追放したことが裏目に出てしまったのではないかという論調が主軸にあり、それがハルのプレッシャーとなって自ら首を絞めているのだとか。(独自調査)




 そして先日、たった30体のオークの一団に敗北したという────。




 幸いなことに死者こそ出なかったものの、殿を務めた《盾の勇者(シールダー)》のスーが重傷を負ってしまい療養のため王都へ一時帰還。


 敗因は、勇者同士の間に不信感や蟠りがあるまま戦ってしまい、その結果ハルとフェンネルが立てた作戦がまともに機能しなかったと書かれている。


 また記事の続きによれば「《闇の勇者(ダークネス)》が弱体化魔法をかけられなかったことが敗因の可能性として高いのでは~~────」と書かれている。



 しかしそれが真実だとしたらハルとフェンネルが立てた作戦が根本から間違っていたのだろう。



 《闇の勇者》の扱う弱体化魔法はオークの集団相手には弱い。なぜなら継続ダメージや五感を著しく奪うデバフは強力だが、範囲はとても狭く、図体の大きなオーク相手なら一度にかけられる人数は2~3体が限度だろう。それなら弱体化系ではなく攻撃系の魔法を使った方が遥かに効率的だ。


 だから作戦が根本から間違っていたことにもなる。


 大方ハルが弱体化魔法(デバフ)を細分化せず一括りに考えていたんだろうな。


「……まだあるのか」


 記事にはまだ続きがあった。例の『分裂の危機』についてだ。


 ここからも要約していく。



 この敗北によって、取り巻き以外の勇者によって「勇者パーティ全体で会議もせず仲の良い勇者とほぼ独断で《斥候の勇者》を追放した責任」がハルに問われたんだと。(独自調査)


 普段から、俺とハルの関係を遠巻きに見ていただけの勇者たちにも責任があるんじゃないかと思ったりもしないが……まぁそれは黙っておこう。


 で、ハルは依然として尊大な態度をとり続けていた結果、勇者パーティの中で『親ハル派』と『もうハルをリーダーとは認めない派』に大きく分かれたらしい。(独自調査)


 確かにこの騒動が長引けば勇者パーティの分裂は免れないだろうな。魔王を倒すっつー共通の目的があるのに何やってんだか。


「ハルもリーダーなんて面倒な役職に就くと大変だよなぁ……」


 追放してくれたおかげで、こうしてのんびりとした日々を送れているためハルに対して特に恨みつらみはない。むしろ追放してくれたことに感謝しているまである。だからこうして同情する余裕が生まれていた。


 ま、記事の一部は(独自調査)と書かれてるし記者や筆者が拡大解釈しただけだろう。


 特に「《斥候の勇者》を追放したハルの判断が悪かったという論調が、ハルの調子を妨げている」という点だ。


 だって勇者パーティは人々の希望の星だからプロパガンダ規制がかかっている。


 それを前提に考えると、勇者パーティに届く市民からの声は励ましや感謝の声ばかりだ。とてもじゃないが勇者様を乏しまくるような情報がハル達の意味に入り、それが原因で不和が広がるとも思えない。


 これは完全に書いた人のただの感想だ。


「……ま、いっか」


 しかし勇者パーティの件はぶっちゃけどうでもいい。


 なぜなら手を切ったから。


 そこで俺は別の記事に目を移した。


「お」


 そこには家の三人娘についてが書かれていた。


 小さな記事ではあるが、三人が蛇型のBランクモンスター『スカイバイパー』を討伐したことを、この町に生まれた小さな希望であると褒めちぎられている。


 定宿をとらず、町から外れた小屋に、経歴不明の怪しい男と共に住んでいることにも突っ込まていたがそれについては笑って誤魔化したらしい。


「先週聞いたクエストのやつかー……あいつらも有名になったもんだ」


 嬉しくなった俺は新聞を畳み、記事に取り上げられたというささやかながらお祝いとしてケーキ作りに取り掛かる。


 のんびりしすぎたせいで家庭菜園づくりが遅れたと言ったが、その原因の一つが『お料理』である。


 元勇者という肩書にはあまり似つかわしくないが、これもスローライフには欠かせない要素だ。


 自分で栽培した野菜を自分で料理する。


 それもスローライフの醍醐味の一つだ。


 今までの俺も料理はできていた。ただあまりにも大味すぎる味付けが多すぎた。


 肉はとりあえず塩味にして煮るか焼くかのどちらかだった。魚もまぁ……スープにぶち込むか焼くか。野菜も……スープにするかそのままサラダにするかである。


 ちょっと手の込んだものになると鍋やパスタもできるっちゃできるが、それ以上には発展しない。


 つまりバリエーションがあまりにも乏しすぎたんだよな。うん。


 それを裏付けるように、俺が料理担当の日は必ず三人の内誰かが俺と一緒に料理していたのである。


 このままでは彼女たちが去った後に苦労するのが目に見えているので、それはまずいということでこうして料理本を読みながら料理するようにしているのだ。


 ちなみにエルダーに食べさせてあげた自作クッキー。あれもその一環で作られたものである。


「まずはスポンジ生地からだから、卵を4個くらい割ってっと……」


 しゃかしゃかと順調に卵を混ぜてスポンジ生地の下地を作る。


 暢気に鼻歌でも歌いたくなるような牧歌的な昼下がりだ────





 バキバキバキバキバギバギバギィ!!!!





「……は?」


 だったのだが、ふいに木々が撓り割れる音が家の空気を揺らした。



 何事かと外に飛び出てみればそこには────。




「GAOHHHHHHH!!!!」

「ひいいいぃぃぃいい! 誰か助けてくださいー!!!」



 体長4mはあろうバカでかいトカゲと、それに追われているエルフの少女がいた。



 トカゲの方は『アイアンリザード』だったか。鱗が鉄のように硬いことからその名が付けられたんだよな、確か。


 しかし、本来気性は穏やかで人間を襲ったりせず、また森の奥の奥のさらに奥の方にしかいないようなモンスターだったはずなんだが、どうして人里近いこんなところにまで迷い込んでしまったのか……。


「誰かー!!! 誰か、お助けおおおおオォォーッ!!」

「……」


 どうやらあのエルフの少女が原因のようだ。あの逃げっぷりと慌てよう、何も準備せずに手を出したんだな。


 しかしこのまま放置しては庭(仮)が荒らされる可能性がある。


 仕方がない。


 俺は万能バッグから金色の鈴を取り出した。爬虫類系のモンスターの心を静める効果のある『マナンの鈴』だ。


 これは勇者パーティからかっぱらってきた────もとい拝借してきたものである。まぁあいつらモンスターに敵対心があろうがなかろうが、とにかく背中を見せたがらないからすぐ討伐したがるんだよな。そのせいでまともに使っていたのは俺だけだから持ってきても問題はないだろう。


 というか、勇者パーティの中にこの鈴の存在を覚えていたやつがいたかどうかすら怪しいレベルに空気が薄いアイテムだ。


「おぉーい!! エルフの少女!! 助かりたければ耳を塞げ!!!」

「へ? ひ、人ですか!? た、助けてください~!」

「いいから耳を塞げ~!!」


 二度に渡る忠告をした俺は、『マナンの鈴』を投げやすいよう巾着袋に入れてアイアンリザードと少女の傍に放り投げた。


 さらに俺は魔力が芳醇に溜まった『魔力の石』を万能バッグから取り出して放り投げる。


 すると────。




 キイイイイィィィィイイイン!!!!




 『魔力の石』から発せられる魔力にあてられた『マナンの鈴』から、共鳴するように金属を釘で擦ったような甲高い音が周囲に鳴り響いた。


「ピィッ!!」


 エルフの少女は俺の言いつけ通り耳をふさいでいたが少しは聞こえてしまったのだろう。その金属音に体を震わせている。


「ギャオオォォ……」


 一方のアイアンリザードは興奮が静められ、やがてエルフの少女から興味もなくし森の奥へのっそのっその戻っていった。


 俺はぶん投げたを『マナンの鈴』と『魔力の石』を拾うためにエルフの少女の元へ歩み寄った。


「ふぅ……菜園の方に被害が無くてよかった……。こんなところで暴れられたら適わねーっつの……」

「あ、あの……助けてくれてありがとうございました……」


 おっかなびっくりこちらの顔色を伺いながらエルフの少女がお礼を言う。


 別に取って食ったりしないっての。


「気にするな。こちらとしても折角芽を出し始めた菜園を荒らされたくないからな。……それにしてもエルフの少女よ、どうしてアイアンリザードなんかに手を出したんだ?」

「エルフの少女じゃなくて、僕の名前はエキナシアと言います。その……実はとあるクエストを受託して旅をしていたのですが、食料が尽きてしまって空腹で……。そこでたまたま目に付いたあのトカゲなら食べられそうだなーと思ってつい……あのトカゲも見つけたときは寝ていましたし……」


 助けたエルフ少女は名前を名乗りながら、恥ずかしそうに「てへへ」と笑った。名はエキナシアと言うらしい。しかし僕っ子とは中々萌えポイントが高そうだ。


「俺は────そうだな、ハルとでもしておこうか」

「おぉ、かの有名な勇者パーティのリーダーさんと同じ名前なんですね!」

「そうだな。まぁそういう事情があるなら仕方が無いか。外で立ち話もなんだし家の中へどうぞ」


 俺はエキナシアを家の中に招待した。


 彼女は誘われるがままホイホイと付いてきたのだが……少しは警戒しろよ、と思わなくもない。


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