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閑話2《エルダーの独白》



 (エルダー)は森の中で生まれた。


 その森は獣人がコミュニティを築いてできた隠れ家みたいなもので、何本もの巨大な樹に洞を掘り、そこに家族で住まう集合住宅みたいな感じ。豊かな自然が恵みをもたらしてくれる代わりに、獣タイプのモンスターが多いのが少し気にかかる点かな。


 でも私たち獣人は人間よりも身体能力が高いから、人間たちが取り立てて騒ぐほど気にはならなかったけどね。これが文化の違いっていうのかな。


 私も小さい頃は、獣人の血を色濃く受け継いでいたからとても活発な女の子だった。


 けれど物心ついた時から普通の女の子より背丈が大きくって、やがて成長するに連れて周りの女の子の身長をどんどん追い越しちゃうし、そのたびに男の子達からからかわれて、それが原因で引っ込み思案になっちゃった。飼い主様は「高い背もチャームポイントなのに」と褒めてくれたけど、やっぱり今でも少し気にしちゃう……。


 けれど私は一つ大きな決断をすることになる。大きくなった私はお父さんとお母さんに恩を返すため、そして育んでくれた森を守るためにある仕事をすることをした。



 それは兵士さん達のお手伝い────魔族領との境目で監視をする役目。



 私たちの住まう森の隣には、広大な平原と、そして魔族の中でも極めて危険性の高い《ヴァンパイア族》の領土が広がっていたの。


 平原の中にぽつんと小さな石垣で作られた領境の向こう側はもう敵地。いつ攻め込んでも、そして攻め込まれてもおかしくないような危うい境界線。


 だからとても大事な役割だと自覚していた。


 それと同時に、周りの人たちと積極的に話しかける必要がないから引っ込み思案な私にとってはピッタリの仕事だと思った。


 だってやることは領境を監視して、不審なことがあったらそれを紙に書いて提出するだけ。凄く簡単で、それに人と関わることが少ないからうってつけ。


 趣味の読書をして、少しくらいさぼったって誰にも怒られやしない。そんなお仕事。


 と言っても迷い込んできたモンスターとは戦う必要があったから鍛えていたし、実際に戦って勝ちを収めてきたけれどね。


 けどやっぱり、ずっと何もなくて暇な時間の方が多かった。



「暇だなー……」



 その日もモンスターが出てくることはなく、日課である読書を始めようとして本を開いた、まさにその時だった。



「水……お願い……」



 魔族側の茂みをかき分けてやってきたのがリコリスだった。


 頬がこけて上品そうなお洋服はボロボロ。鞭のようなものに打たれたのか、足や腕には蚯蚓腫れの跡があった。見ているだけで痛々しくなるその様相に驚いたけれど、私は気づいてしまった。



 紅い瞳に発達した犬歯────それは私が担当していた近くの魔族領に屋敷を構えているという《ヴァンパイア族》と外見が一致していた。


 多分、すぐに上官に報告するべきだったの。



「だ、大丈夫!?」



 けれど、私はできなかった。



 気が付いたら彼女を小屋に運んで看病していた。だって同い年くらいの女の子がボロボロで、しかも明らかに人為的な仕打ちを受けていたんだもの。


 それがもしかしたら、勇者との戦いで逃れてきたヴァンパイアって可能性もあったけれど、やっぱり上官に報告することはできなかった。


 任務に私情を挟んじゃう時点で見張り失格よね。


 匿って看病を続けている間もリコリスはずっと警戒しっぱなしだったわ。そんなの当たり前、本来なら敵対している種族だもの。


 けど、疑心暗鬼ではありながらも敵愾心は感じなかったから、やっぱり悪い女の人じゃなさそうだなーって思いながら回復するまで匿い続けた。


 そしたらだんだん心を開いてくれて、ある日訥々と彼女の方から身の上話をしてくれたの。


 ヴァンパイアと人間のハーフで、自分はどっちに味方するべきなんだろうって毎日板挟みで、悩みに悩んでいる中でヴァンパイアと人間のハーフであることが周囲に知られて追放されて────。


 最後にはずーっと独りぼっちで悲しかったって泣いてたわ。


 そしたら他人事なのに胸が締め付けられるような、言い知れない孤独感に共感してしまった。私も同じ。私もこの身長のせいで友達がいなかったから。



 それでついついこう言っちゃったの。『私が友達になってあげる』って────。



 目をまん丸くして驚いていたけれど、ケタケタと笑いながら受け入れてくれて、その日から私たちは唯一無二の親友になった。


 そこから心の距離も縮まっていったけど、ある日何の前触れもなく勇者パーティがやってきたのを見て、リコリスの存在がバレたのだと早とちりした私がリコリスだけを逃がそうとしたところを兵士様に見つかり、奴隷まで落とされて、家族からは叱られて────はいお終い。


 勇者パーティがやってきた本当の理由は、魔族領と距離が近かったから中継ポイントに寄ってきただけなんだって。それでたまたま勇者パーティを遠目に見ていて、その中に飼い主様を見つけたっていうだけ。


 本当にそれだけで、《斥候の勇者(スカウト)》様を拝見できたのはほんの僅か。今思い返せば、飼い主様にお披露目された時にあそこで二人して《斥候の勇者》様のお顔を思い出せたのはもしかしたら運命だったのかも。


 二人一緒のセットで、ちょび髭が記憶に残る奴隷商人さんに買われたのは不幸中の幸い。これで離ればなれになってたら心がもたなかったもの。



 そんな私達を、これまた一緒に買ってくれた飼い主様には頭が上がらない。


 ……本当は私たちが飼い主様を《斥候の勇者》であることを知っていたから、その口封じのために買ったんだろうけど……。


 それでも、買ってから殺さずに生かしてくれているのは温情という優しさを感じるし、なによりも《斥候の勇者》様が私やリコリスと同じ追放された身分だから"運命"みたいなのを感じるなぁ……。



 そう────他に例えようのない……もの……。




 これは"運命"。




 あの日リコリスが私の見張り小屋に現れたのも、兵士に見つかって奴隷に落とされたのも、あの奴隷商人にセットで買われたのも、フラッド町で初売りに出されたのも、その相手が《斥候の勇者》────飼い主様だったのも全部……全部運命。



 それは飼い主様が私たちに与えてくださった言葉の数々が証明してくれている。



「家事全般は日にちごとに分担して決めておこっか。自分の服とか食べた食器とか勝手に洗われて気持ち悪いかもしれないけど、それは我慢してね。それとお風呂があるから毎日使っていいよ、俺とローリエも毎日使ってるし。部屋? 確か一階にと二階に二つずつ空き部屋があったから好きなの使っていいよ。え……俺の性処理!? 年頃女の子がそんな話はしちゃいけません!」



 奴隷とは思えない好待遇を施してくださったのも。




「……首輪は君たちが冒険者になって、お金を返してくれれば外して自由にしてあげるよ。これは絶対に保証する。嘘だと思うなら後でローリエに聞いてみるといい。……あ、首輪はバレないように首元まで隠せる服を着ていってね」




 私たちを、いずれ奴隷の身分から解放してくださると確約してくださったのも。




「え……背がでかいことについては何もないのかって……? うーん……確かに女の子にしては背が高いとは思うけど可愛さとのギャップがあっていいんじゃない? それに脚が長いから女王様みたいな衣装が似合いそうだし。今度そういう服とか着飾ってみたらどうよ、それで椅子にふんぞり返って足組とかしてさ。それやったらもう男はイチコロよ」




 コンプレックスだった身長を褒めてくれたのも。




 普通はしない。


 奴隷に対してそんな待遇などありえない。


 身の回りの世話から、その……あっちの……下の世話まで、身も心もぼろ雑巾のようになるまで扱き使われるのが奴隷。人間ではなく家畜と同じ扱いをされてしかるべき。


 私が読んできた本での奴隷はそういう扱いをされていたから、私はそういうものだと覚悟していた。


 だから良い飼い主様に巡り合えたのは運命と信じて疑う余地がない。


「あーずっと頭撫でていたい……耳も撫でさせて……」


 それに……飼い主様に頭を撫でられると体がぽかぽかと暖かくなるの。


 お母さんに撫でられた時はこんな気持ちにならなかった。ただ安心感を覚えただけ。それなのに飼い主様に撫でられると、下腹部と胸の奥がキュンキュンして止まらなくなる。


 それに、飼い主様以外の男にそんなことをされると────そう思っただけでゾッとする。



 これを"運命"と呼ばずしてなんと呼べばいいの?



 リコリスは最近、飼い主様に熱い目を送ることが目立ってきた。その度にローリエちゃんと喧嘩するのはよくないから、私は仲裁に入ることがある。



 だって……二人が喧嘩して、それを私が仲裁した時に飼い主様が見ていたら────



「止めてくれてありがとな」



 そう言ってまた頭を撫でてくれるから。



 それで心の中でこう思っちゃうの。



「二人とも喧嘩しててありがとう。飼い主様を独り占めさせてくれてありがとう」



 って、とても、とっても感謝しちゃった────。



 吊り上がった頬に気づいたとき、私は目の前が真っ白になって罪悪感に押しつぶされそうになったけど、飼い主様に頭を撫でられたらそれも全部忘れて甘えちゃった。


 そうしていると、世の中の悪意という悪意から飼い主様が守ってくれているような気がして、私一人しか見ていないという独占欲が満たされて凄く幸せな気持ちになれるから。


 本当なら逆────。


 私たちが飼い主様に幸せと安心をあげなくちゃいけない。それが奴隷として買われた私たちの役目。けれど飼い主様は私たちに逆を望むの。



 だから私は、背が高くてリコリスみたいに抱き着いたりできなくても────



 どれだけローリエちゃんみたいに女の子っぽい服が似合わなくても────



『良い子だなぁエルダーは』



 ────飼い主様に「良い子」って言われることを誰よりも望み始めちゃった。


 だからリコリスにもローリエちゃんにもこのポジションは譲れない。


 ちょっと違うかな?





 ────"絶対に譲っちゃいけない"。





 そう本能が告げている。


 今は奴隷だから便宜上"飼い主様"と呼んでいるけれど、いつか本当の"飼い主様"になってほしい。それが私の願い。


 ……多分飼い主様は嫌がるでしょうけど。


 けど……飼い主様が本当に飼い主様になってくれたら……ううん、きっとそうさせてみせる。



 だって私たちの出会いはそう────"運命"だから



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