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第十二話 幸せなひと時



「ご馳走様」


 箸を置いてエンシェントボア鍋……もといボタン鍋を食べ終えた俺は、まだ肉や野菜の入った鍋を魔法で火をつけるタイプのコンロに持って行った。


 イノシシ肉にしては臭みが全然なくて非常に美味、おまけに骨の出汁がめちゃくちゃ美味いと来たもんだ。さすがはCランクのモンスター。これは出汁を捨てずに一夜寝かせて、明日の朝ごはんとしておじやにするしかあるまい。


「~♪」


 俺は、既に食べ終わっていたローリエ達の食器もシンクに片づけて食器を洗いだした。


 やっていることは主夫そのものだが相違ない。家事は日にちごとに彼女たちと分担しているからだ。今日は俺がすべての家事をする当番な日なので炊事・掃除・洗濯は全て俺担当だ。


 奴隷と主という身分なのだから彼女たちにやらせるのが正しいのだろうが、それでは彼女たちが全員居なくなった時に苦労する。


 ローリエにはいつまでも家にいていいと言ったが、裏を返せば彼女がここを出ていくのはいつでも自由だ。リコリスもエルダーも俺に金を払い終えたら出ていくだろう。


 ちなみに食器の類はソファやベッド同様、勇者パーティから去るときにかっぱらった────もとい退職金としてありがたく頂戴したものの一部である。意趣返しにしてはまだまだ足りないくらいだが。


「マスター様、食器を拭くのは私がやってあげる☆」


 なんてことを考えていたら、リコリスが無理やり俺の洗い終わった食器を奪い去り食器用の布巾で拭き始めた。ありがたいから良いのだが……奴隷としてのイロハを叩き込んでいた奴隷商人曰く、リコリスは今まで貴族暮らしをしてきただけに家事雑用には難があるという話を聞いていた。


 実際にその通りで、彼女がこうして積極的に家事をやるなど明日は雹が降るレベルにレアなのだが急にどうしたのだろう。


 しかもやたら距離が近いのは気のせいか?


「なんだかこうしていると……夫婦みたいだね☆」

「そうかなぁ?」

「ッ!!! そこをどけヴァンパイア!! 代わりに私がやるから! 長年連れ添った私たちなら阿吽の呼吸ですよ! ねぇご主人様!?」

「長年って、お前と俺は出会ってまだまだ二か月くらいだろうに……まぁ代わりにやってくれるっていうなら俺の代わりに食器を洗ってよ」

「え……?」

「は……?」


 俺はいきり立ったローリエにスポンジを渡した。


 だってそうだろう。面倒臭がりのリコリスが珍しくやる気を出したのだからそのやる気を無碍にするのは忍びない。


 だから俺の担当をローリエに代わってもらう。何もおかしいところはないな。


「ローリエちゃんが余計なことを言わなければ……☆」

「アンタが余計な事をしなければ……!」


 こうして二人して食器を洗っていると、つくづく主という立場に甘えてしまう自分が嫌になる。今だからこそ良いのだが全員去ったら家事をするのはお前なのだぞ、ユウト。


 なんて自分を戒めながら、俺はお茶とお菓子を暖炉前の小さな丸机に用意した。


 日課である彼女たちの冒険譚を聞くためだ。


「飼い主様」


 準備を終えたところで、縮こまって椅子に座っていたエルダーが俺に話しかけてきた。


 『飼い主様』というのは奴隷商人がそう呼ぶよう仕向けたんだと。そうした方が主が喜ぶからだとかなんとか言いくるめてな。


「飼い主様、私も何か手伝った方が……」

「いいのいいの、あの二人は放っておいて。それよりエルダーは最近どう? 何か不自由なこととかある?」

「め、滅相もないです! リコリスといるところを捕まって奴隷になってもう普通の生活は送れないと覚悟していた私に手を差し伸べ、しかも飼い主様は私が嫌がることは一切しませんし、私個人の部屋までいただいてしまって……これ以上何かを望んでしまったら罰が当たってしまいますよ!」

「そっか」


 俺は徐にエルダーを手招きして暖炉前に来るよう促す。エルダーは少し恥じらった後に椅子から立ち上がり、てこてこと歩いて俺の目の前でしゃがみ、こちらに頭を差し出す。


 俺はぺたんとしおれた耳ごと頭を撫でた。


「んゆぅ……」


 ああ癒される……。こうしていると心が洗われるようだ。


 最近はエルダーのことを本気で小動物のように可愛がってしまう。


 身長は175近くあり、BWHもそんじょそこらの女性には勝るのだが、感情を露わにする耳と尻尾がいじらしいほどかわいい。それに加えて"ご主人様"の代わりに"飼い主様"という一際珍しい呼び方が余計にそうさせてしまうのだ。


 そう、決して、決して彼女に俺が現を抜かしているとかそういうのではない。


 だから────


「いいなぁ……☆」

「ズルいなぁ……」


 ────だから、洗い物を終えたリコリスとローリエは羨ましそうにエルダーを睨みつけるのはやめなさい。今すぐに。


「これは俺の癒しの時間だぞ。二人とも邪魔すんなよな」

「マスター様ぁ……癒しと言えば私ぃ……マスター様にならなんでも捧げる覚悟が────」

「わ、私も!! ご主人様! 私も何もかもを捧げる準備はできております!!!」

「ちょっとまだ私が言ってる最中なんですけど!?」

「別にいいじゃない。それにヴァンパイアが捧げるって、貴女本来は捧げられる側でしょ! 捧げる側の気持ち考えたことなんてない癖に、ご主人様が本当に望んでいることをしてあげられるとでも!?」

「なによ!」

「やる!?」

「二人とも────止めろ」


 俺はエルダーの顎を掻きながら「待った」をかけた。


 そうすると二人とも睨みあいながらも矛を収める。こういう従順なところは良いんだけど、その癖俺が命令を下すまで喧嘩をやめないのは欠点だ。


 その点、エルダーは手がかからなくて楽ちんちん。


「飼い主様ァ……」


 見ろこの気持ちよさそうにぷるぷると震えるエルダーを。口には出さずとも、尻尾をぶんぶんと千切れんばかりに振り回し嬉しさをアピールする健気なエルダーを!!


 可愛すぎて思わず抱きしめたくなる衝動に駆られるくらい、俺はエルダーにぞっこんだ。


 と言っても性的欲求等ではなくとてもピュア、言うならば小動物を愛でる感覚に近い。


 俺は快適なスローライフを送るにあたって『ペット』が欠かせない存在だと思っている。


 わんこしかり、にゃんこしかり、ハムスターやフェレットなんてのもいい。


 とりあえずモフモフしていて柔らかい感じのペットがいいな。


 それをエルダーで代用するのは彼女を人扱いしていなようで心苦しいのだが……愛らしいエルダーがいかんのだ!!


 無自覚に嗜虐心を煽るエルダーがあああぁぁ!!!



「よーしよしよし、エルダーは手がかからなくて良い子だ……今日はクッキーを焼いたんだよ。料理もスローライフには必須スキルだからね。ほら、あーん……」

「あ、あーん……モグモグ……」

「どうよ?」

「お、美味しいです……! チョコが練られていて甘くて、紅茶にとっても合います!」

「「ぐぬぬ……!」」


 目をキラキラさせながら上目遣いでこちらを見るエルダー。そしてそれを悔しそうに見つめる二人。


 しかしいつまでもこうしていたいのは山々だが、今はそういう時間ではない。今日のクエストがどうだったかを聞く時間だ。


 俺はエルダーから手を引いた。


「あ……飼い主様……?」

「さ、エルダーはもうソファに座って……。リコリスとローリエも喧嘩すんな。ほら、紅茶を飲んでクッキーも食べながら今日の冒険譚を聞こうじゃないか」


 そう俺が呼びかけると、三人は渋々と言った様子で暖炉の前のソファに座り今日のクエストについて語りだした。


 中でも一番語りの上手いエルダーが、モンスターとの戦いを、時に真に迫ったり、また冗談を交えながら聞き手を飽きさせない工夫を凝らしつつ進めていく。彼女の趣味は読書だそうで、それが語り口調にも色濃く反映されているんだろう。


 俺はロッキングチェアに深くもたれる。膝掛をして紅茶を飲み、目をつぶった。


 時々ローリエとリコリスが、彼女二人からの視点によって足りない詳細部を補完しながら物語が綴られていく。




 まさしく俺は今、幸せの絶頂にいる。勇者パーティなんぞにいれば味わえない最高級のスローライフ。




 俺はようやく上り始めたのだ……スローライフという果てしなく長い坂道をよ……!!




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