第十話 意外と順調
「う~ん……これくらいかな……」
俺は耕した畑周辺に柵を設置するため、伐採した木を適当な長さの杭に切り出していく。設計もサイズ調整もあったもんじゃないから長さもサイズもバラバラな杭が量産されていくが、とりあえず畑とその他の区切りができればそれでいい。
もう初夏に差し掛かっているのでそろそろなんか夏野菜の種を植えたいね。キュウリとかトマトとかピーマンとか。
ちなみに今、家には俺しかいない。
他三人はみーんな冒険者ギルドで冒険者として働かせ、三人でパーティを組むよう指示しクエストをクリアさせている。今頃なんらかのモンスターと戦っているだろう。彼女たちの服とか日用品はローリエに買い出しに行ってもらったので問題はない。
リコリスとエルダーの冒険者ランクはどうなっているのかって?
二人は最初からCランクスタートという異例なスタートダッシュを切りました。
というのも、ずーっとソロでやっていたローリエが『町はずれにある居候先の例の怪しい小屋』からいきなり二人を連れてきたため怪しまれてしまい、ギルドに入る際に腕試しとしてギルドマスターとの1vs1をやったんだと
しかも終始接戦だったことで実力が認められ、新参ではあるがCランクからのスタートとなったのだとか。
ヴァンパイアのリコリスはともかく、エルダーもそれなりに実力があったとは意外だったな。まぁ獣人だから人間よりも遥かに身体能力が高いことくらいは知っていたが、それにしても同等くらいの力だったとは。
……というか、俺が住んでいるこの家はやはり変な風に町の人たちから見られているらしい。まぁそっちから変に干渉してこなければなんて呼ばれてもいいよ。うん。
ちなみに三人ともパーティ内での役割はそれぞれ違う。
エルダーは獣人。獣人というのは須らく身体能力が高い。そのため前衛にて拳で戦う格闘家として、守りよりも攻めに特化しバーストダメージを叩き出す役目を担っているそうだ。壁役は、剣士であるローリエが張るので立ち位置は被らないんだと。
リコリスは、ヴァンパイア一族特有の高魔力を生かすため、DPSが期待できる魔法使いとして後衛を担当している。またヴァンパイアであることを隠させるために、鍔付き帽子を目深に被ってもらって瞳の色を隠させている。そうすれば犬歯が発達した言動のおかしい女性としか思われないだろう。言動というのは会話の端々に飛ばす『☆』のことだ。
あと二人について語るとしたら、奴隷の首輪をバレさせないよう防具の下にタートルネックを着させているくらいだろうか。しかし出るところは出てて引っ込むところは引っ込むナイスバディなせいで、私服になられた時に目のやり場に困るという話だ。
しかも、俺の視線に気づいたエルダーは恥ずかしそうに体をモジモジさせるというおまけ付き。高身長で美人ながらも恥ずかしがり屋というギャップの暴力によって破壊力が天井知らず。……その横で俺をジト目で睨むローリエは見て見ぬふりをしたが。
え? ローリエはあれからどうなったかって?
えーっとですね……────ローリエさんは無事にAランクになってました。はい。
……いやおかしくね?
俺は勇者をやってたから冒険者には詳しくないが、ローリエから冒険者の話を聞いていると、ランクアップをするためには指定された強力なモンスターを倒す『ランクアップクエスト』をクリアしなければならないらしい。
だからどれだけ新参であったとしても、ランクアップクエストをバンバンこなしてクリアしていけばランクは自然と上がっていくシステムだ。金やコネでは買えない実力者のみが行ける高み。それが冒険者のランク。
しかし、それにしてもたかだか一か月とちょっとでなれるほど甘くないことも知っている。いくら元Cランク冒険者としての下地が出来上がっていたとて、あの若さでAランクというのは明らかに異質だ。スピード出世なんて言葉で片づけてはならない。
しかし予兆はあった。
ローリエがフラッド町の冒険者ギルドに入りたての頃に、こんなやり取りをしたことがある────。
「ご主人様、今日は《カオスドラゴン》の肉を手に入れたので食べませんか?」
「お、いいねぇ。どこで手に入れたの?」
「クエストをクリアした帰り道に出会ったので倒してきました! 本体はギルドに全部渡しちゃったのですが、お肉をおすそ分けしてもらいました! それとお金もいっぱい手に入りましたよ!」
「へー倒す────いやいやいや待てよローリエ、お前確かソロでやってたよな?」
「はい! 頑張りました! それにしても『オリハルコンソード』の切れ味って凄いんですね! 鱗ごと一刀両断でしたよ!」
「フンス」と鼻を鳴らしてどや顔するもんだから可愛くてスルーしちゃったけど、オリハルコンソードがあるからと言って勝てるような相手ではないぞ。
《カオスドラゴン》はAランクのモンスターであり、同ランク帯の冒険者がパーティを組んで役割を分担してようやく倒せるような強いモンスターのはずだ。俺たち勇者パーティも数匹同時に戦ったことはあるが、初めて死を覚悟したくらいには苦戦したんだぞ。
それをソロで倒しただと? 改めて凄すぎだろう。
あと、ローリエはカオスドラゴンの肉をちょろっとだけもらってあとは冒険者ギルドに売り払ったそうだが、全部で15万ガルになったそうだ。……安すぎだろう、これはランクが低いから買いたたかれたな。ちゃんとしたモンスターの相場を教え始めたのもあの時からだろうか。
しかし多分、本当にこれは憶測の域をでないけど、彼女もまた勇者としての素質があったんだと思う。ぶっちゃけこんな辺境な町の冒険者なんてやってる場合じゃない。王都で勇者の適性検査を受けて勇者パーティ候補になれ。今すぐに世界の平和に一役買ってこい。
……ま、何はともあれ三人はギルドでパーティを組み仲良くやっているよ。
────というか俺が『仲良くやれ』という命令を下したからやってる、という方が正しいか。
なぜならローリエが二人に嫌悪感をむき出しにしているからだ。
理由はなんか「純情なご主人様を誘惑してるから許せない」だそうだ。別に俺は誘惑されてるつもりはないし、そんな理由で敵視されている二人がかわいそう。
確かにあの胸は時々見てしまうことがあるが……だからと言って手を出すほど色狂いになった覚えはないぞ。
「周りに家は何もないから大声を出しても誰にも怒られないからいいね☆ 姦淫系の☆」とはリコリスの弁である。やかましいわ!
「……だから俺の独り言も無くならないのかも」
俺は木の杭を畑予定地周辺に埋め終わり、汗をぬぐいながらそう一人ごちた。
確かにリコリスの言う通り、家の周辺は見渡す限り木、木、木────全てが緑で覆われている。
の枠組みの外に建てられているこの家周辺には雑木林以外に何もない。長閑と片づけるにはあまりにも静かすぎて、世界中で生きているのは俺だけではないかと錯覚してしまうほどだ。
「しかし……本当に静かだ……」
そう、余りにも静かすぎる────。
普通ならばあり得ない。小鳥の囀りやモンスターの嘶きくらいは聞こえてもいいはずだ。それすらも聞こえてこない。
こういう経験は勇者パーティにいたころに嫌というほど経験してきた。
言うならば嵐の前の静けさという奴だろう────。
「Ghhhhh……」
────噂をすればなんとやら、そーらモンスターがでて来たぞ。
二本の巨大な牙に、俺の背丈の倍以上はあろうクソどでかい猪────『エンシェントボア』だ。確か、竜の鱗の固さに匹敵する毛皮を持ち、積極的に人間を襲うからモンスターランクはCだっただろうか。
正直な話、元勇者パーティの一員として世界を見分してきたから、こういう長閑で開発が手つかずの森林にはいるだろうなと思っていた。また新聞によれば、暖かくなった最近になって《ボア系》や《ウルフ系》のモンスターが人里を襲うという事案が多くなっていたそうだし、こういう手合いがやってくるのは時間の問題だろうと予測はできていた。
しかしよりによって俺一人の時に来るか。
────こうなると俺が戦うしかないんだよなぁ。
俺は『万能バッグ』から鎌のように湾曲した短剣────《ダーム》と、刀身が歪な形状をしていて凹凸のある短剣────《フラウ》を取り出し、それぞれ片手に持ってクルリと一回転させた。よし、しばらく戦ってなかったけど勘は鈍ってないぞ。ずっと使い続けた愛用の武器だけあって手に馴染む。
この二本のダガーは昔々、鍛冶に精通するドワーフ一族が「誰が一番強い武器を作れるか」という比べあいをしたときに作られた内の二品である。本来は一本一本が独立した短剣なのだが、俺はその場の用途に応じて使い分けたいため双剣として使っている。もちろんこの二本はオークションで買った。合わせて600万ガルはしただろうか。
「BRAAHHHHHHHH!!!」
エンシェントボアは暢気に武器で遊ぶ俺に痺れを切らしたのか、馬鹿正直に正面から突っ込んできた。
俺は、突進してくるエンシェントボアを姿勢を低くしながら凹凸のある《フラウ》でいなし────
「よっ────と」
すれ違いざまに逆手持ちにした《ダーム》で後ろ足を付け根から切り落とす。
「ブゴオオオオォォオオオ……!!」
エンシェントボアは慣性に逆らえず派手に転がり木に激突した。
《ダーム》は鎌のように湾曲しているが切れ味はえげつないほど鋭い。素材はオリハルコンと同等のレア度を誇る『ヒヒイロカネ』で作られており切れ味を増させるエンチャントも施されている。鉄くらいならスッパリ切れるだろうな。
各分野の名匠が「一番強いと思う武器」を他者と競い合いながら作ったのだ。ただのアンティークな訳がないだろう。
ちなみに《フラウ》も『ヒヒイロカネ』で作られているが、こちらは『硬度』に特化した造りになっており、凹凸の刀身も相まって攻撃を受け流すのにもってこいな武器だ。
「ブググウウウウウゥゥウウウ……」
俺は転倒したエンシェントボアが立ち上がるよりも早く距離を詰め────
「じゃあな」
────巨大な牙ごと首を切り落とした。
『《斥候の勇者》たるもの、殺されたことに気づかれないほど鮮やかに速やかに殺すべし』とは勇者パーティ候補生の頃に教わった言葉だ。
勇者パーティにいた頃はフェンネル以外に勘違いされていたが、俺はモンスターと一対一で戦えないほど弱くはない。俺一人でもこれくらいのランクのモンスターなら楽に殺せる。
どうして実力を隠していたかというと、他の勇者の顔を立てるためにあれこれと指示を飛ばしてトドメを譲ったり、また前衛が下手して死なないようデバフを中心に使っていたからだ。
もっとも、それが最後の最後まで誰にも看破されず「実力不足」と見なされて追放させる言い訳の一因となるとは思わなかったが……。
あちらを立てればこちらが立たず。人間関係を良好に保つのは本当に面倒くさくて仕方がない。
「勇者パーティを抜けて正解だったなぁ……」
俺はエンシェントボアを解体するためにナイフに持ち替えた。今日はボタン鍋だ。食べきれない分は燻製とかにして日持ちする食べ物にしちゃおう。
今ちょっと気づいたが……今日はちょっとしたアクシデントが起きたが、開墾や料理ってスローライフの基礎だし意外と順調じゃないか?
やれやれ……俺はまたスローライフの階段を上がってしまったようだ……。




