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第一話 追放されました


「お前には《勇者パーティ》から抜けてもらう」

「……え?」


 長机の向こう側に座っている《光の勇者》────ハルの言葉に、俺は耳を疑った。


 俺は魔王を討伐することに適性のある《勇者》だけで結成された魔王討伐パーティ────通称《勇者パーティ》に所属している。ハルはその勇者を纏め上げるリーダーを務めている。ちなみに長机の両サイドに座ってたその他大勢の取り巻きも俺を睨んでいた。


 しかし今こうして魔王討伐のためダンジョンを攻略してきたばかりだというのに、なぜこうもウキウキした気分をぶち壊されなければならんのだ。


 そもそも唐突すぎて腑に落ちん。


 そんな俺を置いてハルは追放した理由を語り始めた。


「ユウト、お前には何度も言ってきたはずだ。リーダーである俺の言うことは絶対だと。今日も俺の命令に背いて勝手にお前が指示を出したな?」

「ハル、なら言わせてもらうがあの指示は悪手だった。最下層でミノタウロスと戦っていたが、途中で上階から来たゴーストが乱入するアクシデントがあっただろう。あの時お前は何を指示した? "構うことはない突撃しろ"だと? バカだろ」


 そう言い放つとハルは机の上に身を乗り出してきた。


「黙れッ!!!」

「いいや黙らないね。何度でも言うぞ、お前の指示は的外れにも程がある。ゴーストは俺たちを"恐怖(フィアー)"に陥れる魔法を使ってくるんだ。もしもあそこで突撃を敢行したとして、"恐怖(フィアー)"に耐性のない勇者がどれだけの被害を被ることになってた?」

「そんなのは後からどうとでもすればいいだろう!! いいか、俺たちのパーティに撤退の二文字があってはならない! 俺たちは民衆と貴族・王族の期待を背負った勇者パーティなんだぞ!!!」

「時と場合によるだろう」

「その時と場合があの時だったんだ!! ミノタウロスを前にしてちょっとしたアクシデントで、わざわざ立て直すために上層に引き返すだと!? 僕たちは腑抜けでも腰抜けでもない、前に進み続ける勇者パーティだ!! だから臆病な君は勇者パーティに相応しくない!!」

「なんだそりゃ……お前らそれでいいのか?」


 俺は周りの勇者────もといハルの取り巻きを眺めた。どいつもこいつも俺から目を逸らすばかりで沈黙を貫いている。


「エリーはどうなんだ」

「……」


 一番手近にいた白髪の女勇者に尋ねるが、やはり無視されてしまった。


「……なるほどね」


 どうやらこいつらは俺が抜けることを良しとしているらしい。


「大体、《斥候の勇者(スカウト)》なんて格好が悪すぎる! 斥候なんて誰にでもできることだろう、勇者である必要があるか!? それに君がいなくても僕たちの力さえあればどんな困難も切り抜けられた場面はいくらでもあった! 君はいてもいなくてもいい存在、そうだろうみんな!」


 そうハルは他の勇者に問いかけた。


 勇者の俺達には適性に応じた二つ名がある。


 例えばハルは《光の勇者(パラディン)》で、エリーは《賢者の勇者(ロード)》。賢者なのか勇者なのかどっちかにしろと言いたくなるが、そんな俺は《斥候の勇者(スカウト)》。


 モンスターへのデバフから、宝箱の開錠やトラップの解除はお手の物。それから作戦の立案に重要になるモンスターの索敵に、地理・地形の把握に至るまで全てを俺が担当していた。それらの功績は計り知れないと我ながらに思っていたんだが、どうやら彼らからしてみればそんなのは無くてもどうにかなるらしい。


 しかし格好悪いから抜けろと言われれば身も蓋もないが、こじつけるにしろもう少しマシな文句はないものか。


「そ、そうだ! 前々から君は僕の動きにいつも文句ばかり言っていた癖に、かくいう君もデバフをばらまくだけだったじゃないか! 一度でも一人でモンスターを倒したことがあるのか!?」


 《剣の勇者(ソードマスター)》であるシュラウドが便乗して俺に食いついた。確かに俺は彼の動きに口を挟んでいたが、俺がモンスターにデバフをかける前に突っ込もうとしていたり、綿密に立てた作戦を無視した行動が多かったからだ。それにデバフをばらまくのが俺の役割であって、ただその仕事に徹していたことの何が悪いのだろう。


「そうよ! 他の後衛が時には前に出て体を張っていた時も、貴方ときたらずっと後ろにいたじゃない! 腰抜けもいいところだわ!」


 《盾の勇者(シールダー)》のスーまで俺に文句を言う。いやいやいや、斥候の俺が盾より前に出るのが頭おかしいだろう。そりゃ時には前に出るが、それこそ先ほども言った通り時と場合によるだけで、あくまても俺はセオリー通り後衛にて戦っていたに過ぎない。

 それに後衛陣が前に出ていた場面もあったが、アレは出るべきではないと踏んだから前に出なかっただけだ。


「ハァ……」


 しかし……俺は魔王討伐よりも目先の戦い方しか気にしない勇者に、ほとほと呆れ果ててしまった。


「わかったよ。抜けるよ抜ける。それでいいだろ」

「ずいぶんアッサリしてるな……。だがテントから出るその前に勇者の証────《遺物》を置いていけ。それがある限り君は勇者になってしまう」

「……」


 俺は言われなくてもするつもりだったのでピキピキ着ていたが、大人しく、両手に馴染んだ宝石の埋められたグローブを外した。


 このグローブを《斥候の勇者》に適性のある人物がつけていると、ありとあらゆるバフ・デバフを自分自身、もしくは敵につけられることができるのだ。


 それ以外にも五感を鋭くする効果も付与されている。事実、これを外した時妙な浮遊感が一瞬だけ体に受けた。


「……」


 俺は無言のままグローブを机に放り投げて設営されたテントを抜け出す。去り際のテントからは笑い声が聞こえていた。


 鬱屈とした俺と違って、今日も空は晴れ渡っていた。







「ちょっとユウト! 勇者パーティを抜けるって本当なの!?」

「そうだよ」

「そうだよって……ちょっとは考え直しなさいよ!」


 《弓の勇者(スナイパー)》であるフェンネルが、荷物をバッグに詰め込んでる最中の俺のテントに怒鳴り込んできた。


 ちなみにこのバッグは少々特殊で、容量を超えようがサイズが不釣り合いだろうがなんだろうが、ありとあらゆる物が収納できる《万能バッグ》。これも勇者の素質があるものにしか使えないとされているため、彼らとの繋がりをスッパリ切り捨てるなら置いていくべきだろうが、中には俺が旅をしてきた中で貯めてきたコレクションが詰まっている。


 これを おいていくなんて とんでもない!


「ちょ、一旦手を止めなさいよ! 真面目に私と向き合って話して!!」

「話なら顔を合わせなくてもできるだろう……。で、要件は何?」


 俺はフェンネルと向かい合った。


 絹のようにさらつく金髪を揺らす彼女は優れた美貌の持ち主で、その前にはダイヤモンドの輝きすらくすんでしまうと評される。他の男勇者や貴族・王族のみならず、女には困らないであろうハルすら夢中にさせるほどだ。


 だから俺は他勇者と軋轢を生まないように彼女とはなるべく距離を取りたかったのだが、そうは問屋が卸さなかった。


 彼女は直観任せの他の冒険者とは違いかなり理的な女性で、俺が作戦を立案するときは必ず彼女とああでもないこうでもないと会議する。そのよしみがあるからこうして引き留めに来てくれたのだろう。


 ……というかハルが俺をパーティから脱退させる本当の理由が、まさか俺とフェンネルと仲がいいからか?


「……」


 まぁ今となってはどうでもいいか。俺はこのパーティを抜けるんだから。


「ね、ねぇってば! 考え直しなさいって! 私からも冷静に考え直すようリーダーに持ち掛けてあげるから!」

「……」

「ちょっと聞いてるの!? 大体、なんでアンタもそうやってハイハイって素直に頷くのよ! 抵抗する意思くらい示したらどうなの!?」

「……いや、実は俺も勇者パーティはやめようと思ってたんだ」

「え……?」


 そう何を隠そう俺にとってパーティ脱退を持ち掛けられたのは渡りに船だった。だからあれだけ大人しく従ったのだ。


「ハルが増長しすぎててもう制御が効かないのは今までも兆候としてあったが、今回の件でハッキリした。今まで勇者パーティはお互いに力の均衡を保っていたから、勇者同士の衝突が起きても派閥争いに発展することなくやってこられたんだが、それが一人の発言力が大きくなるとパワーバランスが完全に崩れる。……というかもう崩れてるわ。だから俺からしたらむしろタイミングバッチシ。ラッキーかな」

「ら、ラッキーなんてそんな……抜けることに何の未練も無いって言うの!?」

「ハルや他の勇者との間に後腐れができちまったのが唯一の心残りかな。なんだかんだ背中を預けて戦った────いや、背中を預けられて戦った仲だから円満で抜けたかったし」

「そ、それだけ……?」

「それだけ」


 俺はキッパリと言い切った。


 魔王を倒すことも、世界を救うこともどうでもいい。それらは自発的にやろうと思ってやってたんじゃなくて、勇者の適性があったばかりに「やれ」と言われてから渋々やってきたんだ。


 だがハルや取り巻きの勇者には愛想が尽きた。あいつらに付いていくことはもう無理だ。前までの正義に燃えていたハルならああも他の勇者を味方にするようなコスい真似はせず、堂々と正面切って「腹を割って話し合おう」と言うような奴だったが……人は変わる。変わらずにはいられない。勇者なんて使命を背負ったなら尚更だ。


 背負いすぎた使命があいつを変えちまった。


 ……そうだよな、ハル。まさか女性関係で変わったんじゃないよな?


「ま、確かにハルの言う通り、《斥候の勇者》なんて名前もらってるのに誰でもできることばかりに手を付けてたからな。光り輝く勇者様達の威光に傷がついちまう」

「そんなこと……誰でもできるなんて簡単に言わないで!!! 敵モンスターの索敵からトラップの無効化、それに今までの作戦の立案からもろもろ、貴方以外誰にもできないでしょう!? それに他の勇者の愚行を引き留めてこられたのだってユウトのお陰じゃない! 貴方がいたから私たちの被害は最小限に食い止められてきたのよ!」

「どうやらアイツらからして、それは二つ名に対する過大評価だと判断されたらしい」

「過大評価ァ!? あり得ないでしょう!?!?」

「それがあり得たんだよ。ま、必死に引き留めてくれて嬉しいんだが……もう決めたことなんだ」

「だ、大体、パーティを抜けてどうすんのよ! それすら決めてないんでしょう!?」

「まぁね、でもこれからどうするかっていう方向性は腹の内で決めてたよ」

「いつの間に……!?」

「今回の件に限らず今までも勇者パーティはギクシャクしていただろう? 魔王を討伐するには障害物が多すぎた。それは他ならぬ『人間』。それもパーティ内にいる勇者と来たもんだ。だから俺はそういうことが起きる度に『勇者達(こいつら)から離れてどこかの田舎町にでも隠居してーなー』って常々思ってたんだよ」


 俺が今までの戦いの中で一番疲れたのは、モンスターとの戦いでもなければ、それを率いる魔族との戦いでもない。『他の勇者』との衝突だ。


 俺とフェンネル以外の勇者は感情を爆発させがちで、時には非情になりメリット・デメリットを取捨選択しなければならない場面が多々ある。だがあいつらは感情に身を任せて動こうとしていた。それがどれだけ魔王討伐にデメリットがあり、勇者パーティの栄誉に傷がつくのかを力説するのが、今までで肉体的にも精神的にも限界を感じていた。


 だから実は、パーティを抜けたらどうするかという将来的なヴィジョンを朧気ながらに見据えていたんだ。


「俺はしばらく『人』そのものから距離を取りつつ、適当にどっかでのんびり暮らすさ」

「……もう……決めたのね」

「うん。……最後に引き留めてくれたお礼と、今まで仲良くしてくれたよしみとしてこれだけは助言させてもらう。フェンネルも適当なところで見限ったほうがいい。あいつらに待ってるのは魔王と相対する未来じゃない────人間関係による緩やかな破滅だ。じゃあね」


 一方的に別れるのは申し訳ないと思いつつも、そう言い残して俺はバッグを背負って勇者パーティの設営テントを抜け出した。


「なんで……グスッ……今までだって上手くやってこれたじゃない……。なんで……なんでよぉ……」


 後ろでフェンネルが泣き言を言っているが聞こえないふりをする。俺だって、唯一話の通じた彼女と別れるのは寂しくて辛いからだ。今振り返ったら、彼女に甘えてしまう。



 だからさようなら。



 俺の青春────。



 そして待ってろよ。



 俺のスローライフ────!


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