三十二話「悪魔が国にやってくる、やってきた」
悪魔の力を借りた騎士たちを相手にしてセツナは本気を出せば勝てたと言った。シルビアは負けたと言っていたが戦っていいのかわからなかったと言っていたしきっとシルビアも勝てたはずだ。
じゃあ俺は?
魔法も充輝の力も借りずに本気でやった俺は一撃か二撃だけ与えただけでそれからは防戦一方だった。
魔法を使っても勝てはしない手応えだった。
自分の部屋に入るなり壁を殴りつける。
くぐもった音が壁から発せられ右手の拳に少しの痛みが走る。
くっそ…!充輝の力が無きゃどうしようもないってのかよ…!この前のムサシって奴の時も充輝がいなかったらきっと死んでいたんじゃないか?
俺は…ノアの方舟にいて役に立つのか?
視線を机に移すとその上にはついこの前瑠奈と一緒に買いに行ったシルビアのプレゼントの箱が置かれてる。
そうか、明日だったな。それまでにこの騒動が落ち着いてくれればいいんだけど…?
プレゼントの箱が置かれた机の引き出しが光っている。
引き出しが光ってるってよりは中から光が漏れ出してる。
気になって引き出しを開けてみると中ではイネスとデートする前に服のポケットに入っていた大事なお守りが光を放っていた。
プラスチックのような素材で作られたカードの切れ端みたいなお守りをひょいと手に取ると放っていた光は収まる。
「なんだ…?」
光が収まったのでまた引き出しの中に仕舞うと再び光を発し始めるのでまた手に取ると光らなくなる。
………なんだこれ?持っとけってことか?ずっと光ってても困るし別に持ってても良いんだけどマジでなんなんだ…?これ一応日本から持ってきたんだけどな…。
不思議なお守りをポケットに突っ込んでからベッドにダイブ。仰向けになる。
ふーむ…どうやったら強くなれるんだろうな…。
悪魔に手を出そうとは思わないけどきっかけが欲しいな。まず初めに師匠に鍛えてもらって、銃を撃ちまくって、先生に竜王拳教わって何故か槍使えるようになってて…団長に剣教えてもらって、オリジナルの技を充輝と作って。
これだけやっても駄目なのか…?
教わってからも夜中に特訓を怠ることは無かったのにそれでも…。
そこでドアがノックされた。
「ヘルトくん?入ってもいい?」
「ちょっと待て……いいぞ」
机の上の箱を引き出しに仕舞ってから許可を出す。
シルビアはそれを聞くと丁寧にドアを開けて部屋に入ってきてベッドに座る俺の横に座った。
「どうしたの?何か困り事?」
「まあちょっとな」
「さっき上から音が聞こえたから何かあったのかなーって。おじいちゃんも何か嫌なことがあったりしたら物に当たり散らしてたから…フフッ、なんか思い出したら可笑しくなっちゃった。皆おじいちゃん止めようとするのに必死でね…でも一向に止められないの。結局おじいちゃんの気が済むまでって感じ」
シルビアは謎に祖父の昔話を始める。
祖父は充輝なのでまあシルビアの話は確かにって感じるが何故突然。
「でも一人だけ止められる人がいたの」
「そうなのか?」
アレが暴走してるのに止められるとか凄い奴もいたもんだな。
「それがルナちゃんのお母さん。今はタルムード帝国領にニホノ公国って国を建ててそこを統治してるの。だから今も昔も中々こっちには顔出さないけどよく可愛がってもらったなぁ」
瑠奈のお母さんね…どんな人なんだ?瑠奈の親だから苗字は神代なんだろうけど珍しい。日本っぽい苗字は中々いないもんな。
「ヘルトくんもちょっとおじいちゃんに似てるよね」
「まあ、似てるところもあるかもな。それでシルビアはそれを言いに?」
「ううん、これはついで。ヘルトくん、負けたのすっごい気にしてるでしょ?セツナちゃんが勝てたって言ったからヘルトくんは手加減するわけ無いなーって思って」
「……そりゃあ気にするさ。シルビアだって勝てただろ?」
「うん!もちろん!動きが速くなったかなーくらいだったしね。でもルナちゃん怒ってたよ?」
「は?瑠奈が?なんで?」
「ヘルトくんはなんで死にかけてるのに本気出さないの!って言ってた」
全然似てないシルビアによる瑠奈のモノマネ。
本気を出してない…?俺はあの時全力でやったぞ。
「いや俺は本気で…」
「うん、わかってる。ヘルトくんがこういう時に手加減しないこともルナちゃんが嘘を吐かないこともね。だからどっちも信じてるから安心して」
「それだとなんか矛盾してねーか?」
「別に矛盾とかどうでもいいの。ただ私はヘルトくんもルナちゃんも信じるってだけだから。じゃあ、私は戻るね。今からお茶でも淹れようと思ってるんだけど来る?」
「そうだな、どうせ暇だし行くか。シルビアお茶系淹れるの下手だしな」
「むぅ…別にクレアちゃんが淹れてくれるからいいもん。コーヒーは探偵さんが淹れてくれるし」
「じゃあお茶でも飲んで出来れば朗報を待つとするか」
下に降りてセツナ、ヴァルを抜いたメンバーで卓を囲んだ。
マーロウだけ珈琲で他はクレアの淹れた紅茶。
ちなみに王様とレイナはミルクティーにして飲んでいた。
俺とシルビアとクレアはそのままで。
そうしてお茶菓子を食べているとほどなくしてセツナとヴァルが慌てた様子で戻ってきた。
セツナとヴァルは珍しく息を切らしている。
予想外の様子に俺やシルビアは席を立ち二人に駆け寄りレイナは水をコップ一杯に汲んで二人に手渡す。
二人が同時にコップの水を飲み干す。
「どうしたの?アドナイさんはどうだった?」
「それが…母上は石になってたんだ」
「「「はぁ!?」」」
「それだけじゃないよ。今、国中で騎士団が暴れてる。悪魔の力を借りてない騎士やセフィロトが応戦してるけど魔導騎士と魔導騎士同士じゃほぼ勝ち目が無い。それと名前持ちが三人いる。石になってる人がいるからメデューサがいるのは確定、他はわからない」
「うだうだ言ってる暇は無いってことか!」
「ちょっと待って!」
俺がいざ行こうって時にシルビアが止めた。
「もしかしたらここにも悪魔の手が伸びるのかも知れないのよね?」
「無くは無いな」
「じゃあクレアちゃん以外にも何人か残しておかないと危ないんじゃない?」
騎士の中には悪魔が潜んでいてそれが暴れてアドナイも堕ちたとなれば確かにクレア一人を残しておくのは危ない。
クレアの魔法は強力だが無駄に使うわけにもいかない。
「じゃあ私、残ります!」
「なら残ろう」
シルビアの提案にレイナとマーロウが手を上げた。
補助も攻撃も出来るレイナにめちゃ強いマーロウが残るなら少しは安心だな。
シルビアとしては誰が残っても良かったのだろうが二人を見て頷くと声を上げる。
「じゃあ行くよ!ノアの方舟出航!」
「「「おう!」」」
ヴァルの話だと名前持ちの悪魔に出くわすとマズイと言うことなので全員でまとまって動くことにした。
効率は悪いが大事は防げる。
それに散ろうと思えば何時でも散らばれるようにその時は王様とヴァル、俺とシルビアとセツナの二つに分かれると決めている。
『充輝!もしもの時は頼む!』
『何時でも来い』
城下に出ると騎士団が大暴れしていた。
「これ…まずいな…一人一つじゃ間に合わないか?」
「ならば一人二つにするまでだ。だが相手は同じ騎士団だ、やり過ぎるなよ!」
「でもふくたいちょー、もしもの時は」
「ああ、その時は仕方がない」
一人二つか…じゃあこっちも二対二で行こう。
『充輝半分くれてやる』
『半分はしっかり動けよ?』
体の支配権を充輝と半々にする。
充輝の方が少しだけ優先度は上だ。
ガントレットを起動して今まさに国民を襲っている魔導騎士団に立ち向かう。
まずは国民に剣を振り下ろそうとした騎士の剣を右手で弾いて左手で腹に一撃。
よろけたところで喧嘩キックで距離を離す。
「早く逃げろ!」
「はい…」
さて、これからだな。
俺の前に立つのは二人の騎士。魔法使いがいなくて助かった。
じゃあやるとするか。
すぐさま地面を蹴って二人の間に割り込む。
左の騎士をショルダータックルの要領で突き放すと右の騎士が剣を振る。
騎士の剣をガントレットで受け止め空いている左手で顔面を殴りつける。
そしてよろめく騎士の右手を掴んで柔道の投げ技――背後から接近していたもう一人の騎士に投げつける。
少しは仲間意識が残ってるのか悪魔のチームワークなのか投げ飛ばした騎士を突っぱねることなく受け止めるので充輝が二人同時に飛び蹴りを放つ。
二人揃って騎士は地面を転がる。
「よし!皆は?」
戦いながらも気を配っていたがシルビアたちは相変わらずだった。
絶対的な魔法の物量で大きな怪我をさせることなく制圧していくシルビア。
雷切で剣を弾きつつ峰打ちを行うセツナ。
ヴァルは戦闘スタイルこそ変わっていないが動きに無駄が無くなり体術のレベルが高くなっている。
一番変わったのは王様でヴァルと融合してないのに髪の毛に黒のメッシュが入っており水で作られた鎖をヴァルみたいに自由自在に操って時には体を水に変化させて物理を無効化している。
「こっちがおっけーだよ!」
「こちらもだ!」
「僕とヴァルも大丈夫です!」
「俺もだ!」
戦っていた魔導騎士団をノックダウンして次の場所へ向かおうとすると変な悪寒を感じて振り返る。
「は…?」
気絶させたはずの騎士二人がドス黒いオーラを纏って立ち上がっていた。
この感じ…身に覚えがある。あいつだ。図書館の帰りと一緒だ。
『充輝頼む!』
『ったくしょうがねーな』
体の支配権を全部充輝に移す。
二人の騎士のスピードは異常なまでに上昇でしている。
充輝もなんとか俺の体で敵の速度に対応しているがスカーフの魔法で風を使い始めた。
『剣借りるぞ!』
充輝は俺の剣を腰の鞘から引き抜いて騎士の剣と打ち合わせる。
常人じゃとても対応できないような速度で飛んでくる二つの斬撃を一切見切り間違えることなく躱し―受ける。
隙を見て蹴りを入れたりするが大したダメージになってないようですぐに起き上がってくる。
「おいこれどうすんだ!?」
俺の声のまま周りで戦うシルビアたちに充輝が呼びかける。
「殺すしかなくない!?」
ギリギリなのかヴァルの話し方に余裕がない。
「ハハハハハ!滑稽滑稽!愚かな人間!攻撃ストップ!」
すると聞いたことのない声が響き魔導騎士団が攻撃の手を止める。
そいつは赤い馬に乗っていていかにも悪魔と言った風貌の男。
「あれはベリト…嘘吐きな悪魔だ」
「違うなー、俺はサタンだよ、嘘だけどね。君たちノアの方舟ってやーつ?まあ知ってるけどー。君たちの相手頼まれたからさっさと終わってもらうよ」
何もない空間からハルバードを手に取り馬を降りる。
「さあ行け名も無き悪魔たち!」
「たいちょー!どうすんの!?死んじゃうよ!」
「アハー!殺せないでしょー!?だって体は騎士で魂も一応存在するんだからね!」
『取り合えずあいつ潰すか』
キレた充輝が騎士ガン無視でベリトに向かって飛んだ。
タルムード帝国では悪魔に乗っ取られた騎士の反乱が起きていてルナとメレフの二人もその暴走をなんとか抑えようと奮戦していた。
もちろん悪魔の力を得た魔導騎士団と言えども相手は帝国のトップと二位であることから数の差はあっても戦力差は全くと言って縮まらない。
しかし、今回の相手は同じ国の騎士団。
手加減を間違えて殺すわけにはいかず、解決方法さえ見つかっていないことから千日手状態。
「おじさん…どうしよう」
「どうするって言ってもなぁ…!」
ルナへの返事を考えている間に魔法が飛んできてメレフがそれを空に向かって反射する。
メレフもこの状況をどうするべきか考えていた。
もうここまで来たら倒してしまう他無いんじゃないか。
そんな考えが頭に浮かんだ時、声は聞こえた。
『メレフ、セフィロトのケテル』
頭の中に直接響いてくる優し気な声は聞いたことがあった。
初めてセフィロトの任命式に呼ばれて王城の地下で謎の儀式をやった時に聞いた声だった。
その時に名前も名乗っていてメタトロンと名乗っていた。セフィロト守護天使の一人だと言う。
メレフはあれから一度もコンタクトが無かった天使からの交信が来て戦いながら声に集中する。
『おもち食べたい』
『ん?』
『あ、すみません。ちょっとコネクトし過ぎて心の声まで聞こえました?おもち食べたいとかですか?もしやそれ以外…恥ずかしいこと聞こえました…?』
聞こえてきたと思ったら事の重大さを知らないのかって言うくらいのマイペースさにメレフは呆れる。
こんな天使がいていいのか。
『天使さんよ…ちょっと今そんな軽い状況じゃないんだ…解決方法があるなら教えてくれ』
『残念ながら悪魔降ろししちゃった人を助けるのは天使じゃないと出来ませんね。ですが安心してくださいヘルトがその力持ってますから』
『坊主が?坊主だけか?』
『本当は三人までいるはずでしたが今この国にいるのはヘルトだけですね。じゃあがんばってくださいね』
それからめっきりメタトロンの声が聞こえなくなってしまう。
天使も天使でぶっ飛んでいることを実感しながらもこの状況を打開できるかもしれない情報を手に入れることが出来たのはメレフにとって僥倖だ。
「嬢ちゃん!突破口があったぞ!」
「どんな!?」
「守護天使様が言うにはヘルトの坊主が悪魔祓いの力を持ってる」
「ヘルトが?またどうしてあの人なの…?」
ルナの記憶ではアドナイを攻略する鍵になったのもヘルトだった。
シルビアと戦ってる途中にいきなりこの戦線から脱出させてくれと言ってきたと思ったらその数分後にみんなの洗脳が解けた。
今回もまたヘルト。
ヘルトがこの国にやってきてからルナはその名前を聞くし見る。
ヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルトヘルト。
その名前は瞬く間に広まってノアの方舟と言うこともあり期待値も高い。
初めはシルビアやセツナのいるおかげだろうと思っていたルナも最近認識を改めるようになった。
確かにヘルトはおんぶにだっこな時もあるかも知れないがそれは何もヘルトに限ったことじゃなくヘルトが乗っかることもあればシルビアたちが逆に乗っかることもある。
あれはお互いの信頼関係が無いと出来ない。
――なんであんなに意地張ってたんだろ…私はヘルトに嫉妬してたのかな…。
「まあそういうことだ嬢ちゃん。坊主にどうにかしてもらわねぇとな」
「それは本当?本当なのね?ならばやらねばいけないか」
「誰だ?」
「我?我の事なら我はメデューサ。我々の邪魔をする名はヘルト、我はヘルトを知っている」
現れたのは全く肉付きの無い骸骨のような老婆。
髪の毛の一本一本が普通より太くて生き物のように蠢いている。
「メデューサって…まさか悪魔!?」
「ほう…じゃあお前さんは坊主を狙うってことか?そうはさせねぇぞ」
「おじさんアレの目を見ちゃダメ!」
メデューサの目を直視してしまえばたちまち石になってしまうことを知っていたルナはメレフに呼びかける。
しかし一歩遅かった。
メレフは魔法を反射できるが悪魔が使う力は魔法ではないことから反射できずに石化が始まる。
「おじさん!」
「嬢ちゃんはヘルトの所へ行ってやれ!オレのことは気にするな!」
メレフの言葉を聞いて後ろめたさを感じながらももうどうしようもないのでルナはメレフに背を向けて飛び立つ。
その姿を見たメデューサは鬼のような形相でルナを追う。
「行かせない行かせない!」
「おっと待ちな」
真っ直ぐルナに向かうメデューサをメレフが取り押さえる。
「行かせないのはこっちの台詞だ。一応これでもセフィロトでこの国のトップなもんでなぁ。簡単にここを通すわけにはいかないんだわ」
石化していく体を無理やり動かしてメデューサの動きを止める。
メデューサはメレフの手から逃れようとするが力が強すぎてメデューサの貧弱な体では抜け出すことが出来ない。
その隙にルナは重力操作で距離をどんどん引き離して行ってやがてメデューサからは何処に行ったのかわからなくなった。
「我をその状態でそこまで抑えるとは中々中々やり手だな。だがそれももう終わり。ヘルトヘルトと言うもんだけど別に放っておいても構わない」
ルナの追跡を諦めて歩き出すメデューサの背後には石造と化したメレフが立ち尽くしていた。
聖者の行進にかけて悪魔の行進にしようと思ったけど結局こんな変なタイトルに落ち着いてしまった。
アドナイとメレフと騎士団と有力なメンツがどんどん落ちていく…みんな優しすぎだからこそ起きてしまうのはなんとも悲しい。
ヴァルとマーロウはこう言う事態の時は普通に切り捨てますがヴァルはルカの意見で、マーロウは隊長の意見に依存するのでどちらもトドメをさせません。
解決の鍵はまたもやヘルト!?一体全体あのお守りはなんなのか…謎ですね。
後は瑠奈が段々とヘルトのことを認め始めました。
さてさてこれからどうなるのか!?乞うご期待(?)