三十一話「三銃士の敗北」
「俺を潰す…?そんなことして何の意味があんだよ」
「あるに決まってる…お前らに舐められっぱなしじゃ騎士団のメンツが丸潰れなんだよ!」
「お前のメンツだろ?主語デカくし過ぎな」
煽りをするもさっきの一撃が重く体が痛い。
前に酒場でやり合ったときはこんなに強くなかったのに…どうなってんだ…!?
あれから時間は結構経っているがそれでも俺が反応できないほどの速さを身に付けるなんていくらなんでも速すぎる。
こんな小物がカール以上なわけ…いやそんなことよりこいつをなんとかしないと。
「ふぅー…」
深呼吸して構える。
「やる気になったか」
絶対にぶっ潰す…竜王拳・焔だ。
体勢を低くして地面を思い切り蹴り――体を大きく捻って右足を出すのと同時に右腕を勢いよく繰り出す。
俺の拳打は威力もさることながら先生の修業で速さも兼ね備えている。
騎士を完全に捉えている俺の右腕は騎士の体に当たることなく空を斬る。
俺から見て左側に避ける騎士を確認してすぐさま左足を前に引っ張り戻してそれを支点にして後ろ回し蹴り。
「黒の型・旋脚―裏!」
上段に放った蹴りはたった片腕で受け止められていた。
「その程度か」
足を手で弾かれて俺の腹に衝撃。
「うぐっ…!」
体が前のめりになれば膝が顔面に飛んできた。
思わず仰け反り倒れそうになるも体を引っ張られて倒れることを許されない。
体を引き寄せられて顔に向かってくる肘を両手で受け流す。
くっそ…。
受け流した右肘を絡めとって関節を決めるも力で無理やり外される。
息を吐く暇も無く執拗に顔を狙う拳を両腕で防いで右手の肘を支点にして裏拳と同じ要領で手の甲を騎士の鼻にぶつける。
流石に直接当たればダメージは通るようで騎士の目が瞼で塞がる。
その一瞬の隙に充輝仕込みの喧嘩キック。
距離を離す。
「ねぇ!あなたいきなり何してるのよ!?騎士団が理由も無く暴力を振るうってどういうこと!?」
俺にだって突然で意味不明な状況に瑠奈が突っ込む。
「はは…なんだよ親の七光りで宮廷魔導士になった癖にお高く留まりやがって!俺はな!こいつにボコボコにされたんだ!その仕返しに決まってるだろ!」
「テメェらが先にちょっかい掛けてきたくせによく言うな…まあ俺たちが勝ったけど…」
鼻から伝う血を親指で拭う。
騎士は腰の剣を抜いて俺に襲い掛かってきた。
「その余裕綽々な態度が気に入らないんだよノアの方舟ぇ!」
ガントレットを起動させて襲い来る剣を殴りつける。
これじゃ…無理か…!
腰の剣を抜いて騎士の剣に合わせて防御をするが連続で襲ってくる剣撃はあまりにも速く―追い付けない。
受けきれなかった斬撃が俺の体を掠め、傷を重ねていく。
傷からは血が噴き出しそれに伴い痛みが体を襲う。
充輝を呼び出したいがそっちに集中を割けない…少しでも気を緩めれば騎士の剣は俺の体を死に向かわせるのは明白。
俺の傷だらけ、満身創痍の体で剣を受け続けることは出来ずに遂に俺の剣が弾かれ無防備な状態になる。
「……っ!」
「死ねぇえええ!」
剣を大きく振り上げた騎士。
俺に振り下ろされるはずの剣は後ろに引っ張られて騎士の体のバランスを大きく崩す。
まるで急に剣が重くなったかのように。
「それ以上はやらせない!ヘルト!こっちへ!」
瑠奈の呼びかけに応えようとも体が上手い具合に動かない。
マズイ…あいつの攻撃喰らい過ぎた…体が…!おっ!?
動かない体は重力が軽くなったように宙に浮き瑠奈に引き寄せられる。瑠奈のアドナイの時にも使った重力や引力を操る魔法だ。
軽くなった俺の体を抱えて瑠奈はひとっ飛び。普通じゃありえない距離を一回のジャンプで飛んでいく。
俺の意識はそこで途絶えて気が付けばザックとソフィの診療所のベッドの上で寝ていた。
「……俺は…負けたのか」
「やっと起きたわね。さあ説明してもらおうかしら」
俺が声を出したからか近くにいたのだろうソフィが顔を覗き込んできた。
説明ってのはなんのことか知らないけど。
「俺…どれくらい寝てた?」
「一日中ってところ?まあこっちも次の日になるまで寝込むとは思ってなかったけどそのおかげで傷は治ったわよ」
言われてみればあれだけ傷だらけにされたのに包帯は巻かれていない。
傷跡も無く体が動かしにくいってことも無いのは流石ザックとソフィだ。
「説明って言われても俺は突然騎士団の奴に絡まれてやり合って負けただけだ」
「ふーんそう。それならいいわ。ルナって言ったかしら?あの子凄い心配してたわよ?」
「瑠奈が?瑠奈は何処行ったんだ?」
「あの子なら騎士団の団長の所に行ってくるってまだ帰ってきてない。それよりやっぱりあなたも騎士団に襲われたって訳ね?」
「やっぱり?なんだやっぱりって?」
「知らないのも無理ないけどあなたの所の隊長と副隊長が同じく騎士団に襲われてる。不意打ちだったのもあったのかもしれないけどどっちも負けたみたいよ」
「シルビアとセツナが負けたのか!?」
もしも俺が戦ったあいつと同じくらい強かったとしても二人が負けるとはとても信じがたいがソフィはそんな下らない嘘は吐かない。
ノアの方舟に戻ってみたほうが良さそうだ。
「ありがとな、ソフィ。帰るわ」
「ちょっと待ちなさい」
ベッドから立ち上がって外に出ようとする俺の肩をソフィががっちり掴む。
「代金は払っていきなさい」
「あ…忘れてた」
ソフィにしっかりと代金を払ってからノアの方舟に戻る。
まだ午前なのに空は曇っていて薄暗い。
方舟に入ると包帯を巻いたシルビアとセツナがいて、レイナとクレアが二人の包帯の巻きなおしをしていたのか救急箱みたいな箱を持っている。
「ヘルトくんおかえり。大丈夫だった?」
「俺は瑠奈がいたからそのおかげで大丈夫だけどそれよりシルビアとセツナだろ。一体何が起きてるんだ?」
「わたしはほらこれだ」
セツナはテーブルに立てかけてあった白い木で作られた木刀…木刀じゃないのか?にしては鞘と持ち手の部分にあるはずの切れ目が見えない。
セツナが前に持っていた日本刀のように鍔があるわけでも持ち手にデザインが施されてるわけでもない。
不可解にセツナの刀を見つめているとセツナが口を開いた。
「イネスに頼んでおいた物だ。わたしはこの村雨を受け取りにいった帰りに襲われた」
「あの時の騎士団の奴らか?」
「そうだ。前に酒場でこちらに難癖をつけてきた男だった。残念ながら名前はわからん。新参者かもしれないな」
セツナが知らない騎士だからそれもあり得る。
「じゃあシルビアもか?」
「うん。あの時の酒場にいた人だった」
別に疑っていたわけではないがソフィの言ったことは間違いないようだ。それより気になるのはどうしてこの二人が負けたのか。
シルビアもセツナも不意打ちくらいでなんとかなる相手じゃない。立て直すのはすぐだろうしセツナが負ける気がしない。
「強かったか?」
「ああ、酒場の時とは大違いだ。だが本気で行くわけにはいかなかった」
「理由は聞かなくても言ってくれるんだろ?」
「もちろんだ。一つは相手が騎士団だったからだ。あいつはわたしが本気を出さなければいけないほどこの短期間で強くなっていた。だが相手は騎士団の一人、所属は違えど同じ国を守る人間だ。殺すわけにはいかなかった。それにあの強さは異常だ、探る必要がある」
「それで上手く負けたって訳か」
「私は戦っていいのか悪いのかわからなくて…負けちゃった」
いかにもシルビアらしい負け方だ。本気でやって負けた俺に比べればよっぽどマシと言えるだろう。
「探るってことはここにいないフォルネウス三人組がその役目か」
「そうだ。シュヴァリエに聞いてみたらあっちも困惑しているらしい。突如として騎士団の面々が強くなったとな」
騎士団の面々と言うと俺らに喧嘩売ってきた奴ら以外にも騎士団が異常な強さになっているのか。
その強さのおかげで魔導騎士団の全体の士気が上がっているらしいがやはりああいう風に自分の力を見せつけたくなる輩も増えたとのこと。
どいつもこいつも馬鹿ばっかりだな…どうせおっさんとかに喧嘩売ってボコボコにされてんだろ。
「そろそろ戻ってくると思うけど…」
「ほいっと、たっだいまー」
シルビアの言った通りにヴァルが瞬間移動で部屋の中に突然現れて、それに遅れて王様とマーロウがちゃんと入り口から入ってきた。
テーブルに座っているヴァルにセツナが結果を聞く。
「どうだった?何かわかったか?」
「わかったなんてもんじゃないよ。まさかの結果さ」
呆れたような顔をするヴァル、王様はまるで強大なものに怯えているように見える。マーロウは訝し気な顔だ。心なしか怒ってるようにも見える。
なんだ?一体騎士団に何があった?
重苦しい雰囲気の中どんな言葉が出てくるのか俺を含めた事情を知らないメンバーが息を呑む。
ヴァルは俺たちが聞く覚悟をしたのを確認してから口を開く。
「悪魔だよ」
なっ…!?悪魔だと!?……って悪魔ってん?そんなマズいの?
悪魔って聞くとヴァルくらいしか思い当たらないけど別に怖さは無いんだけど…。
『この世界で悪魔って言ったら普通は恐ろしいもんなんだよ。ここにいる二人がおかしいだけだ』
頭の中で充輝が補足してくれた。
どんなもんなのか皆に聞いてみても良かったけど話の流れが止まっちゃうからやめておこう。
「悪魔ですか…?」
俺よりは知識があるんだろうが状況が飲み込めていないレイナがいてちょっとホッとする。
事情が理解できているセツナが質問を続ける。
「それは誰も気付いていないのか?」
「きっと当事者以外は知らないはずだ。そもそも悪魔と契約してるかどうかと言うのは私やヴァルジュでもわかりはしない。わかったのはあの者たちが直接悪魔を身に宿していたからだ」
マーロウがヴァルに代わって答える。
悪魔を身に宿す…それがあいつの強さの秘密か。
「直接悪魔を身に宿すってどんな悪魔が憑いてたの?」
「基本的には名前も無い下級の悪魔だね。それでも悪魔だからあれだけの力の底上げが出来る。…問題は誰がそんな悪魔の召喚―契約方法を教えたのか…何が目的で教えたのか。だ」
「あの…もしその悪魔を放っておいたらどうなっちゃうんでしょうか?」
「そいつの魂人格は無くなって悪魔に体を乗っ取られる。このまま放っておけば自我を奪われて騎士の姿をした悪魔が暴れまわるのがオチってとこかなー」
名もなき悪魔だからこそ人の体を乗っ取って悪魔の世界で名前を貰うらしいがそんな知識は悪魔以外じゃ持ってないとヴァルは言う。
だとするなら。
「解決方法はあるのか?後は悪魔契約教唆した奴の目星とか」
「解決方法は自らの意思で契約破棄する以外に無いんです」
王様が言う。
「じゃあ簡単じゃないか。さっさとそれを団長にでも伝えに行って…」
「ですがそれは難しいかもしれません。僕たちを襲ったメンバー以外が悪魔の力だと知らない可能性があるからです」
はっ?自分らが使ってる力が悪魔だってことを知らない…?
「それってどういうことなの?詳しく聞かせて?」
「あぁ、聞かせてくれ」
「俺も俺も」
シルビアもセツナも驚いたようで続きを聞こうと王様に詰め寄る。
クレアはと言うと何時もニコーっとしているのだが流石に今は真面目な顔で話を黙って聞いている。
そこから王様に代わってマーロウが話し始める。
「じゃあ逆に聞こう。副隊長は今はノアの方舟だが元は魔導騎士団で今も騎士だろう?悪魔の力を借りようと思ったことはあるか?そうでなくても知っていて悪魔の力を借りるか?」
「借りないな、絶対に。真っ当な騎士なら当然だ」
「そうだ。真っ当な騎士なら借りない。副隊長に言う通りだ。じゃあ何故その騎士たちが悪魔の力を宿しているのか。簡単なことだ。まずきっかけは隊長たち三人を襲った三人だ。あの三人は個人的な恨みがある。そんな時に真っ先に強くなれる方法があると言われたらどうだ?きっとすぐに差し伸べられた手を掴むだろう。現に掴んでいる」
確かに俺やシルビア、セツナとあいつらには力の差がめっちゃあった。それこそ攻撃なんて一つも喰らわないくらいに。
それが今じゃ全くの逆だ。セツナは勝てたらしいけど。
マーロウは話を続ける。
「そいつらが悪魔と知っていたがどうかは定かじゃないが知っていても手を取ったはずだ。そうして次は同じ騎士団の面々に強くなれる方法があると言う。初めは半信半疑かもしれないが本人たちの力を見て説得力が増せば全員とは言わずともそれを受け入れる者はいる。もちろん、悪魔のことは伏せて契約をさせたんだろう。何が目的でそんなことをしているのかは知らないが一番有力なのはやはりギドラの一味の誰か、推測まで入れるのならドーリも入るか」
「予想では前にあの鍛冶屋が突然暴走したって話だね。人を操る魔法か何かかもしれない」
人を同性異性関係なく操る魔法だとしたらついこの前そんな魔法があるって本で読んだな。
人が初めて得た七つの魔法の一つ、色欲の魔法か。
「そうかだから今から騎士にあなたの使ってる力は悪魔の力だと言って、じゃあ今すぐ契約解除しますねとはいかないな。騎士団が悪魔の力に頼ってたなんて異例だからな」
んじゃああの馬鹿三人組はボコボコにするのは決定でそれよりかは知らずに悪魔と契約しちゃった騎士の対応が先決か。
自分が使った力を認めさせずに解約する方法か…そんなのどうやったって…無理じゃ…んー。ん?それなら適任がいるじゃないか!
「アドナイに頼めばいいじゃないか!」
意識を操ればそいつの罪の意識も消せるし契約を解消させることだって可能だ。
あれもあれでクレアやおっさんに続くチート魔法なので敵にしたら最悪だが味方に付けばこういう事態に一番適していると言える。
「確かにそれは名案だ。巻き込まれた騎士はそれで対応しよう。では時間もあることだしわたしが行こう、付いてくる人はいるか?」
「じゃあ俺行きたいな。物騒な事件も起きてることだし瞬間移動できる俺行くよ」
付き添いはヴァルで実の娘であるセツナがヴィクトリア邸に行くことになった。
その間は特にこれと言ってやることも無いしシルビアも怪我が完治していないのもあってノアの方舟でセツナたちの報告を待つことにした。
時間が結構ありそうなので俺は部屋へ向かった。
あー、最近負け無し(ムサシ戦は充輝)だったヘルトが完全に負けました。
加えてシルビア、セツナの創設メンバーも。ですがセツナは本編の通り勝とうと思えば勝てましたしシルビアも敵だったら勝ってます。
これは辛い。
まあ諦めの悪いヘルトのことなのでよっぽどのことがない限りは大丈夫でしょう。