母の秘密
僕はアビスにひっそりと聞いた。
「あれがこの世界での神を拝めているもの"神官"と呼ばれているわ。いわゆる教徒信者のようなものよ。」
「神官か。」
「おかえりなさいませ。アビス様。」
「ええ。今帰った。それであの計画は進んだかしら?」
「進展の色はあまり見えません...」
レンがわからない質問に神官が申し訳なさそうに答えている。
「そう、それじゃあ次の計画に進みなさい。」
「それでは...!この少年が...!」
レンは全くわからなかった。
だが、この話の終着点は自分であることは理解出来た。
奥に歩き始めた神官とアビスに戸惑いながらも、レンはついていく。
一番奥に丁度レンくらいの背丈が入るような小さな扉があった。
その扉の中心部分には、大きな赤いダイヤがついていた。
そのダイヤはレンが近づくにつれ、光る。それに共鳴しているかのように、レンの赤い雫も光る。
神官とアビスは驚いた顔や感動した顔を思わせるが、レンは何が起きているのか理解出来なかった。
だが、近づくようにと神官に言われ、アビスが隣についてやる、というので怖いがレンはゆっくりと時間をかけて近づいていく。
「その雫とこのダイヤを合わせるためにレン、あなたを呼んだのよ。」
緊張を解すためか、アビスがレンに話しかける。
「合わせると何が起こるんだ?」
「この時代が...1000年以降の未来が始まるか終わるかどちらかになるわ。1000年に一度この儀式は行われているの。まじ...いえ...、理由は知らないわ。」
レンから目をそらしながら触れてはいけない雰囲気を作り出す。
レンもそれに則りそれ以上は詮索しない事にした。
「...そんなことなぜ僕が?それにこれは僕の力を封印させるためのものだ。」
初めて聞かされる事実に、戸惑いを隠しきれず思わず立ち止まり、質問で攻めてしまう。
「慌てないで。戸惑うのはわかるわ。でもこれはあなたの力を溜め込んでいるからこそ使えるものなの。それにあなたの母親の力も加われば...。できるのよ!」
「待ってくれ。僕の母親を知っているのか?」
その言葉にアビスは一度口を噤む。
そして、神官達の方を見て何か相談するような素振りを見せた後、相談が終わったかのように頷く。
「ええ、知っているわ。だから最初外見が似ていてあなたと間違えてしまったのよ。」
「じゃああの言葉は...母さんの...」
「そうよ。我々はその力で彼女を高評価していたの。でもそのせいであなたの母親は死んでしまったの。」
悲しそうに俯く顔に、レンはなんの言葉をかければよいかわからなかった。
「し、知らないよ...僕の母さんは生まれて22年、美しい姿のまま不慮の事故で死んだって...」
「あなたは...母親の名前を知っている?」
「あ、ああ。リリー・ヒュナリだ。」
「へぇ。リリーなんて素敵な名前じゃない。」
懐かしむような横顔に、レンは思わず胸がキュッと締め付けられる感覚を覚える。
「彼女は名前だけは教えてくれなかったのよ。」
「母さんは自分の名前を嫌っていた。あの力のせいで人間どもから迫害されていたんだ!」
「何よそれ...人間ってつくづく酷だわ。いい?レンよく聞いてね。あなたの母親は神や、私達神を司るものにとってかけがえのない人だったの。彼女のおかげで人間は生き延びられていたようなものなのよ。」
最初の方は苛立ちを含んでいたが、後は訴えかけるような面持ちで話していた。
その言葉を聞いて、レンは何とも言えない気持ちになる。
「そっか...母さんの死は無駄じゃなかったんだな...」
「そうよ。」
簡潔な返事から何を感じ取ったのか、レンはアビスに向き直る。
「わかった。ありがとう。アビス。僕は君を信じるよ。」
「信じてもらえてよかったわ。それじゃあ、今からこのダイヤにあなたの雫を合わせてちょうだい。」
「それだけでいいの?」
「ええ。そしたらあなたは元いた世界に帰れるわ...」
レンは意を決してダイヤに触れさせる。
すると、扉が横に開き眩い光に包まれる。
眩しすぎてレンは目を瞑ってしまったが、瞑る前に見たアビスの顔は真剣そのもので、この時代の行く末を見守っていた。
そして、目を開けるとレンは家のベッドに寝ていた。
レンは一人暮らしの為、家には誰もいなく、窓の外で鳴く鳥の声が響いていた。
レンが首元を確認すると、ネックレスはまだあった。
だが、色が...いや光が消えていた。
この雫はレンの魔力を封印していることによって、光っていた。
それなのに、レンは力があるのが自分でもわかる、けど雫は光ってはいない。
混沌の迷路に迷い込む前にこの問題は頭の引き出しの中にしまった。
レンが、徐ろに雫を掴む。
すると、頭の中で声が響く。
「レン、月に来なさい。」
誰の声かわからなかった。
だが、懐かしく、温かく、安心できる声だった。
信じてもいいような感じがして、レンは窓から外を見上げる。
そこには昼間にも関わらず綺麗な白い月がくっきりと浮かんでいた。
その瞬間、レンの中で何かが活性化するような感じに襲われ、頭が割れるように痛くなる。
立っていられずに、無造作に魔法を発動させてしまう。
"魔法発動 飛行"
人間の目では追いつけないほどの速さで急上昇し、あっという間に月に着地する。
その頃には変な感覚はもうどこにも残っていなかった。
その事実を実感した時、レンの中に流れ込んできた。
母親の記憶が。
「そうか。思い出したよ、アビス。母さんは神に転生していたんだ。だから、死んでしまった。そして、僕がその力を受け継ぎより強力なものにしている。母さんは、月の女神セレネーに転生していた。」
レンの母リリーは神を司るものから神へと転生をしていた。
この行為は極稀にあるもので、神は滅亡した時にその神に選ばれし者がその座を受け継ぐ。
だが、その代わりに受け継いだものはこの世から姿を消し、死んだことになる。
その死んだ者の力を受け継げるのは身内のみ。
リリーの場合は、すなわちレンである。
「ここが、終わりの始まりだな。母さんの...宿った場所だからな。」
そう呟いたレンの声に重なるようにどこかで鐘の音が聞こえた。
レンは決心する。
この世界の...破滅を。