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ゴブリン帝国の姫王様  作者: 飛狼
第一章 姫王降臨
3/10

◇まずは拠点の確保が優先(2)


「ひ、ひいぃ……な、何これ!」


 悲鳴を上げる美恵子の目の前では、まるでホラー映画から飛び出て来たような妖しげな生き物が、尖った歯を剥き出し興奮した叫び声を上げていた。


「グギャギャギャ!」


 しかも、その数は三匹。

 つんざくような甲高い鳴き声が周囲に反響し、寝起きでまだはっきりとしない頭の中を鈍い痛みが走り抜ける。

 僅かに顔を歪めるも、二日酔いで頭が痛い、気分が悪いなどと言ってる場合ではない。直ぐさま跳ね起き座った状態で後ずさるも、すぐに背中が何かにつかえた。

 美恵子が居たのは、何故か等身大の石棺の中だった。逃げ場など有るわけが無いのだ。石棺の端で小さく踞り、頭を抱えるしかなかった。


「なに何! どうなってるのよ! だ、誰かぁ!」


 石棺の縁の高さは五十センチほど。跨いで逃げ出せば良いのだが、這い登る恐怖に震え、そんな余裕もない。


 ――このままだと襲われる。


 そう思っても、身体は強張り動かないのだ。

 本当にもう何が起きているのか、訳が分からない状況。恐怖のあまり固く目を閉じ、美恵子は視線を上げる事すらままならないでいた。


 すると、唐突に周囲が静かになった。

 突然に訪れた静寂。

 今まで聞こえていた生き物の叫び声も、もう聞こえてこない。

 不審に思いつつも、さっき見たのは見間違い。或いは、二日酔いの寝起きでの頭が見せた幻覚だったのだろうかと、そっと目を開け辺りを窺う。


「えっ、いない。やっぱり今のは夢……あっ」


 一瞬、目の前にいたはずの生き物の姿が、かき消えたように見えた。

 が、そうではなかった。

 美恵子の願いもむなしく、さっき見たのはやはり夢や幻ではなかったのだ。石棺の縁の向こう側に、妖しげな生き物の姿がはっきりと存在していた。

 ただ奇妙な事に、三匹は地に額を擦り付けた姿勢――いわゆる土下座、いや、それは平伏と言っても良い姿勢。両手を前に突き出し、体を投げ出すかのように額を地面に強く擦りつけていた。


 まさしくひれ伏すとは、この事。


 その姿は、美恵子に対して姿勢を出来るだけ低くし、最大限の礼を尽くしているようにも見える。だから一瞬、視線の先からかき消えたかに見えたのだ。


「ひっ……うっぐ」


 危うく悲鳴を上げそうになる美恵子だったが、慌てて手のひらで口を塞ぎ、迸り出そうになる悲鳴をむりやり飲み込んだ。

 この妖しげな生き物が何故、そのような姿勢をとり大人しくしているのかは分からない。が、もし大声を出して刺激を与えてしまうと、直ぐにも襲い掛かって来るかも知れないと思ったからだ。


 ――落ち着け、落ち着くのよ。


 そっと息を吐き出し呼吸を整え、美恵子は自分に言い聞かせる。

 開発企画部の部長になる前は、営業部で商談をまとめるためにと、海外の危険な紛争地域にも足を運んだ事もあった。その時には、地元の過激な思想を持つ武装ゲリラに銃口を突き付けられ、危うく命を落とし掛けた事もあった。


 ――あの時に比べれば。


 と、長年に渡ってつちかい、もはや習い性ともなった負けん気の強さがむくむくと頭をもたげてくる。

 女性が社会に進出し、大きく地位を獲得したのはつい最近の事。美恵子が社会人となった頃は、まだまだ男性が中心の社会だった。その中で男性相手に、肩肘を張って生きてきたのだ。


 ――こんな所で終われない。負けてなるものか!


 と、強引に心を落ち着かせるも、実際は見たことも無いような怪物が目の前にいる今の状況の方が、よほど危険ではあるのだが。


 ここから逃げ出す方策を考えるべく、美恵子は震える瞳を周囲へと向ける。と、ここはどうやら洞窟のような場所だと分かった。床面が平坦な事から人工的に造られた物かも知れないと思うも、美恵子には地質学や地形学などの専門的な知識などは無い。自然に形成された洞窟なのか、人工物なのか判断がつきかねた。


 ――でも、もし人の手で作り上げたものなら、近くに誰かいるのかも知れない。


 そう考えると、どこか人に馴れた様子を見せる奇妙な動物も、「誰かに飼われているのかも」と思えてくる。そこでもう一度、目の前にいる三匹に視線を向けた。


 しかしそこにいるのは――美恵子は仕事をかねた観光で、アフリカや南米の未開地、秘境と呼ばれる場所近くの街や村にまで、何度か足を運んだ経験もある。だから一般の人よりは、動植物には造詣が深いと思っていた。それでも、今まで生きてきた五十年近い年月の中で、見たことも聞いた事も無い生き物なのだ。


 ――私が知らないだけで、類人猿系の稀少種?


 などと考えるが、今の日本でそんな猿がペットとして飼われる、或いは生息しているなどあるはずが無い。

 それにどう見ても、その姿――頭の先からつま先まで一切の体毛もない濃緑色の皮膚に覆われ、額からは妖しげな光を放つ角が生える――は、雪男やビッグフッドなどのUMA(未確認動物)に近い。更にいえば、美恵子の知識の中で、その姿に似ている生き物をいてあげるとするなら、額から角が伸びる醜悪な容姿、それは鬼。

 そう、目の前にいる三匹は、その一メートルほどの矮小な体躯から、美恵子には小鬼に見えたのである。


 ――ないない、あり得ない。


 それこそ馬鹿げた話だと、慌てて左右に首を振る。すると傍らで、横にずらされ開けられた蓋が石棺の縁に斜めに立て掛けられているのが目に入った。

 蓋の表面には奇妙な紋様が刻まれ、それに何故か、美恵子は心惹かれてしまうのだ。


 ――この模様、どこかで見たような……。


 いびつな五角形に、長い棒が突き刺さった形。その周囲を花柄? のような模様が飾っている。

 紋様と言うには拙い。

 幼稚園児程度の幼い子供が、気ままに落書きしたような絵にも見える。

 それら、絵とも紋様とも判断のつきかねる物が、美恵子の記憶の中で微かに引っ掛かった。


 ――どこかで……と、そんな事を考えてる場合じゃない。


 それよりも出口を見付けるのが先決だと周囲を見渡すと、探すまでもなく直ぐに見つかった。

 この洞窟は、それほど大きい訳ではなかった。奥行きは二十メートルほどで、高さは三メートル、幅は十メートル近くあるかと思える広さ。その最も奥まった場所には地下水が湧き出しているのか、家庭用の浴槽程度の小さな池があった。その前に石棺は置かれていたのである。

 そして出入り口はといえばその反対側――上下左右一メートルほどの小さな穴から、外の明かりと思われる光が差し込んでいた。


 ――よし、あれが出口なら、この生き物が大人しくしている今の間に……。


 震える体を叱咤し、口元にあてがっていた手のひらの指を噛み締める。微かな音も出さないようにと細心の注意を払い、そっと立ち上がり石棺の縁を跨いだ。

 と、その時だった。

 三匹の内、真ん中にいた一匹がすっと顔を上げた。

 一人と一匹、宙空で視線が交差し見つめあう。


「あう……」


 美恵子はそのままの姿勢で驚き固まり、その生き物はきょとんとした表情を浮かべる。しかし美恵子が驚いたのは、その生き物に対してだけではなかった。

 この時、気付いてしまったのだ。

 日常とは違う異変が周囲にだけでなく、自分自身にも降りかかっている事を。


「えっ、体が縮んでいる?」


 身に着けているのは、何時も着用していた寝間着どころか、昨日、BAR『バッカス』に立ち寄った時の格好である婦人用のスーツですらない。

 何故か現在の着衣は、染みひとつない真っ白な貫頭衣 (かんとうい)を頭からすっぽりと被り、腰の辺りで白い帯を結んでいた。

 そして白髪が目立ち初めたのを隠すためにと茶色く染めていたショートヘアは、艶やかな真っ黒な髪に変わり腰まで伸びていた。更にもっと驚くのは、自分の体が幼児体形と呼ぶのが相応しいものへと変わっていたのだ。


「何これえぇ!」

「グゲ?」


 小鬼は目を丸くして、うろたえ取り乱す美恵子を不思議そうに見上げていた。

 ぐしゃりと圧し潰したような顔。口の両端の下顎からは、五センチほどの牙がにゅっと上向きに伸びる。

 かなり醜悪だ。

 そこでハッとする美恵子。


 ――まさかっ!


 目の前の小鬼と同じぐらいに体が縮んでいるのである。もしかすると自分も同様に、醜悪な容姿へと変わってしまっているのかもと思ってしまったのだ。


 ――違っていて!


 焦った美恵子は、自分の額へと指を伸ばす。

 そして――。


「うそっ!」


 指先に当たる感触、それは硬い突起物。

 そう、そこには目の前の小鬼と同じようにつのが生えていたのだ。


「うそうそうそ、いやあぁぁ……!」


 完全にパニックである。寝起きで小鬼を見付けた時以上に、うろたえ混乱する美恵子。しかし実際には長い黒髪がある時点で、小鬼とは違う姿に変わっているのだが。

 そんな事さえも分からないほどに混乱していたのだ。

 五十歳間近になって、おばさん、又は大昔なら初老と言われる年齢になろうとも、女性であれば美への要求は常に持っているものである。

 その気持ちは美恵子も同じ。男性社会の中で揉まれいても、常に見た目の端麗さには気を使っていたし、ビジネスの場では逆に利用していた面もあった。

 異性への興味を失い恋愛や結婚を諦めようとも、今までもこれからも女性である事自体を諦める積もりなどなかった。

 だから、もし本当に自分が醜い姿に変わっているなら、とてもではないが許容し難く信じたくもないのだ。


 美恵子の中で生じた混乱は、小鬼によってもたらされた恐怖を覆い尽くしていく。いや、今まで生きてきた全てを否定されるような、新たな恐怖によって上書きされていくのである。

 もはや小鬼に対する恐れよりも、自分自身に起きている事に対する恐怖の方がまさっていた。


 ――か、鏡は?


 自分の姿を映せるものを探すも、昨夜持っていたはずの鞄や化粧ポーチは周りを探してもない。しかし、後ろを振り返ると、そこには地下水を湛える小さな池がある。


 ――これだ!


 と、飛び付く美恵子。

 勢いが付き過ぎて水面が、ばしゃりと跳ねる。

 それだけ冷静さを欠き焦っていたのだが、幸いな事に水深はそれほど深いものではなかった。


 体の半ば、腰の辺りまで水の中に没しながら、自分を中心にゆらりと揺れて波紋を描く水面を覗き込んだ。

 洞窟の奥まった場所である。それほど明るい訳ではない。それに揺らめく水面みなもが、はっきりとした姿を写し取る事を邪魔していた。

 それでも美恵子は、苛立ちと共に必死に目をらす。

 しばくすると漸く水面の波も収まり、薄暗がりの中でおぼろ気な像を結ぶ。


 ――あ、あ……。


 細かい所まで見える訳ではないが、それでも小鬼でない事ははっきりと分かる。水面に映っているのは――黒髪に白い肌、まるでアイドルのような美少女。額から伸びる小さな角が、少し残念である。


「……良かったぁ ……」


 安堵の吐息が、呟きと共にもれた。

 だが、ホッとしたのも束の間、今度は何故との疑問がわき上がる。

 美恵子も、もう常識をわきまえたおばさんである。若い頃のように、超常現象を頭から信じるような年齢でもない。厳しいビジネスの場で鍛えられただけあって、どちらかといえば現実主義者リアリスト、オカルト的な現象には懐疑的な方だった。

 だからこそ、今自分の身に起こっている現象――若い体に、しかも全くの別人。角がある事から小鬼と同系統と思われる生き物への変身は不可解であり、もはや怪奇現象。とても信じられず理解できない現象だった。


「何が起きてるの……」


 何かトリックでもあるのだろうかと、美恵子は水面に映る自分の姿をぼんやりと眺める。受けた衝撃に、上手く思考が纏まらないのだ。


 ――これは夢?


 しかし、水の中に浸かった下半身から伝わる冷たい感覚が、これは現実だと訴え掛けてくる。

 そして、水面に映る美少女の姿が、またしても記憶の底に埋まった何かに引っ掛かった。それは、石棺の蓋に描かれていた紋様を見た時の感覚と同じもの。思い出せそうで思い出せないもどかしさ、例えるなら既視感デジャブに似た感覚。


 ――自分の思い過ごしだろうか?


 美恵子がそんな事を思っていると、そこへ「グギャグギャ」と騒ぐ声が聞こえてきた。

 その声に促されるように顔を上げる美恵子。すると、小鬼たちが石棺の向こう側から、首を伸ばして此方を窺っているのが見えた。

 小鬼たちに対しての恐怖も、最初に見た時よりは大分に薄れていた。自分も同じような角が生えた存在に変わっていることもあるが、この小鬼たちは自分に危害を加えるはずがないと、何故か自然とそう思えてくるのである。

 だからだろうか、小鬼たち三匹の角が、青、黄、緑とそれぞれに妖しい光を放つのを眺め、半ば思考が停止した頭の中に、


 ――赤が加われば信号機なのにって、それだと一色多くなるか。


 と、愚にも付かない考えが思い浮かぶ。が、そこでまた何かが引っ掛かる。


 ――赤を加えた四色のつの……。


 あと少し、ほんの少しで思い出せそうな、歯痒さを伴う苛立ちを覚える。

 そんな美恵子に、小鬼たちも「グギャグギャ」と、何かを訴え掛けているようにも見えた。


「話せたら良かっ――」


 美恵子が思わず呟き掛けた時だった。


 ――【知の宝珠】。


 それは天啓の如く閃く言葉。或いは、パズルのピースがぴたりとまる快感。記憶の底に仕舞われていた思い出が、すぅと表面へと浮かび上がる。


 人は時に、何の脈絡もなく遠い過去の記憶を思い出し、突然に笑い出したりする時がある。俗に言われる思い出し笑いである。

 美恵子の今の感覚は、それに近かった。


 記憶の底から浮かび上がった言葉【知の宝珠】がキーワードとなり、あるひとつの思い出が甦ったのだ。


 そして美恵子は、小鬼たちを指差し自然と叫んでいた。


「ゴブ次郎にゴブ三郎、そしてあなたはゴブ子!」

「グギャグギャグギャ!」

 

 途端に、小躍りして大喜びする小鬼たち。


「えっ、本当に……」


 勢いで叫んだものの美恵子は、大騒ぎして喜ぶ小鬼たちを眺め唖然とするしかなかった。


 何故なら、『ゴブ次郎』『ゴブ三郎』『ゴブ子』は、大昔、それこそまだ学生時代に遊んでいたファンタジーシミュレーションゲーム『幻想の王国キングダム・オブ・ファンタジー』の登場キャラだったからである。

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