第三部:グッドモーニングサタデー
はじめましての方もそうでない方もこんにちは、お読みいただきありがとうございます。
そしてよろしくお願いいたします。
四部構成の三部目になります。
挿絵があります、苦手な方はお気を付けを。
後書きにて前作の解説兼ヒントを書かせていただきます。ネタばれになるかもしれないので前作をお読みでない方はお気を付けてください。
では、お楽しみいただけたら幸いです。
『グッドモーニング!土曜日の朝、いかがお過ごしでしょうか?』日本語発音のカタカナ英語で若い女性が叫んでいる。英語を意識して発音しているのだろうが聞き苦しさしかない。
「うるせぇ」着崩れした背広に片方だけだらしなく手を通し酒臭い息で男が唸る。
『今日は7月20日!もう夏休みだよっていう方も多いですよね!今日の東京都心のお天気は晴れ!お出かけ日和ですね!』男の唸り声にかまうことなく女性は話し続ける。
「まだ夏休みじゃねぇよ…10連休で使ってっから金がねぇんじゃねぇのかよぉ…たっく、遊んでばかりで飲みにも付き合わない…これだからぁ最近のぉ若い奴わぁ」男は文句を言おうと顔を上げる。「あ?誰だコイツ」見たことのない、「あれ?」いや、「んん??」どこかで見た記憶のある女性がマイクを片手に話している。
「ヤマちゃんよ、イリュージョニストの文ちゃんとの熱愛報道で人気低迷中の女子アナのヤマちゃんよ」野太い酒焼け声が誰なのか教えてくれた。
「ああ、山本アナか」この女性は新人女子アナウンサーの山本 紅葉だ。「何で此処に?」
「はぁ…」疲れたような、それを主張するようなため息をつき野太い酒焼け声は一言「馬鹿じゃないの」と言い、山本アナウンサーを叩いた。
〈バンバン〉叩かれて人間では出せない音を立てる山本アナウンサー。
「え???山本アナもアンドロイドだったの???」ホテルの受付嬢や超高級ラブドールなど最近は何かとアンドロイドが多い、来年来るであろう数多くの外国人へ向けた技術力アピールの一環だ。が「アナウンサーまでアンドロイドとは驚いた」アンドロイドと付き合う奴が居る事にも驚いた、いや、そういう者も居るからアンドロイドの超高級ラブドールが有り、売れるのだ。「介護機能のアップデートとかを検討してんだよなぁ、もぉう、人間よりも人間らしい?優しいぃ妻だよなぁ」何を言っているのか分からなくなってきた。「兎にも角にも驚きだぁ」<ヒック>
「私があんたの酔っ払いぶりに驚いてるよ。これはHVよHV、ホログラフィービジョンよ」まったく、と、野太い酒焼け声の主の太腕が山本アナウンサーの頭を透り抜け後ろの壁に着く。山本アナウンサーの頭は〈ボワボワ〉と言う擬音が似合う動きをしている。
「なぁんだ」つまんねーの、と。山本アナウンサーを映し出している弧を描いた板、HVを見る。「ん~わっかんね~なぁ」原理は何となく理解してはいるが昭和生まれの体育会系にはいまいち分からない、と言うよりも実感がない、そのほうが正しいのかもしれない。「アンタが女ってのもわっかんねーなぁ」最初に訪れた時はゲイバーだと思って失礼な事を言ったのが懐かしい。今も言っているのだが。
「失礼ねー」一言余計よ、そう言いながら一枚の板を出してきた。お会計だ。
「高いな…」タブレットをかざし料金を見て驚いた。「アイツら払わなかったのか?」金額に驚き酔いがさめて来た。昨日は金曜日の夜、後輩と同期を連れて飲み歩いていた。アイツらとは勿論同期の奴らのことだ。
「払って行ったわよ。あんたの割ったボトルの分もね」人差し指でちょんちょんと『証拠だ』と言わんばかりに置かれた割れているボトルを突く。目の前にこんなものが置かれていたらぐうの音も出ない。
「ご馳走様でした」入金を終え席を立つ。ちょっとふらつく。
「気を付けなさいよ」またいらっしゃい、と手を振り見送ってくれている。最近、嫁が一人娘を連れて出ていったのでこのようなちょっとしたやり取りが嬉しい。
「ああ、また来るよ」スッと手を上げ返した。
(アイツらにまた迷惑かけたみたいだな)ほぼ離婚状態の別居の事でよく愚痴をこぼしてしまっている。
「いけないとは分かっているんだけどなぁ」ついつい人恋しくて少々強引に誘ってしまっている。なので、「昨日はすまん、ありがとう。っと」SNSのメッセージ機能で後輩と同時達に謝罪とお礼を送りながら信号を待った。
「皆には感謝だな」店を閉めるのを待ってくれていたバーのママ、俺とは違い出世して忙しいはずなのに飲みに付き合ってくれる同期達、ゆとり世代のわりに飲みに付き合うのを嫌がらない後輩、「いやー、恵まれてるよなぁ」そう思わないと別居している現状を直視してしまい泣きそうになる。(家族皆で食べたあのお寿司美味しかったな…、あれが家族皆で食事をした最後のお寿司…)
「いかんいかん!」頭を振って気持ちを切り替える。しかし、二日酔いでそれをしたのはまずかった。「何だあれ」幻覚が見える。
真夏だというのに黒一色の足元まで覆うフード付きのコートを着込みスライドファスナーを襟首まで締めた巨漢が居る。さすがにあの恰幅の女性が居るとは思いたくない。あのバーのママを見た後だとしても… 少し自信がなくなって来た。が、取敢えずこんなクソ熱い時期にこんな格好の奴がいるわけが無いので、「幻覚だ」つまり男か女かで悩むだけ無駄という事だ。
しかし、(あれ?幻覚じゃない?)信号が青になり横断歩道を互いに進み近づいた事で幻覚ではないと確信する。そして更に近づいた事で巨漢の異様さが際立つ(何でガスマスク???)口に出さなかったのは失礼にならないように気を配ったのだ、直視もしていない、それぐらいには酔いが覚めてきている。しかし、「うおっ!」飲み過ぎと不注意がたたり自分の靴につまずいて巨漢に顔から激突する。
「いったぁっ!!!」苦痛で顔が歪む。「え!?え!?ええ?!?!?」酔いが残っている状態で、人にぶつかっただけでこんなにも痛いという事があるのだろうか。顔が疑問と苦痛で歪む。
「あっぅあ、ああ、あ?」上手く喋れないことで気付いた。「かおぉはぁ、、、ふぁぁあゆぅが、ふん で るぅうぅぅぅぁっ!!!!」疑問も苦痛も吹き飛んだ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」顔が歪んでいる。幻覚じゃない現実で、だ。
『五月蠅い』
ガスマスク越しの為か聞き取りにくい声が人気の無い土曜日の朝方の交差点に響き渡る。その聞き取りにくい声を妨げるものはない。
山本アナウンサーは今日の東京都心の天気を『晴れ』と言っていたがどうやらその予報は外れたようだ。今日の東京都心の天気は『晴れ所々により雨』だった。
*
木漏れ日が眩しい中庭のベンチ、此処が俺の居場所だ。
「学校だりー」勉強ができないわけではないが学校というものに今はあまり魅力を感じていないので居ること自体が億劫だ。
「でも学校に行かないと母さんがうるさいし、仕方ないよな」学校に通っている理由はそれだけだった。だから『家から近い』そんなありきたりで、将来を見据えていない考え方でこの学校に通う事を大まかに決めた。他の理由も少しだけある、大まかな理由が『家から近い』なのだ。
「へー、相変わらずマザコンなんだね」
「うお! って、マザコン違うわ!!!」急に後ろから声が飛んできてビビった。「相変わらずってなんだよ、知らないだろ」
「えー、知ってるよー。それにマザコンでもいいと思うよ?」コイツは同じ中学だった【 山中 紫 】だ。同じ中学の奴が俺しかいないので今まで話したことも無かったのに急に馴れ馴れしく接してきている奴で正直反応に困っている。
美少女というレアなステータススキルを持っている勝ち組のくせに同じ中学の奴が居ないというだけの理由で話し掛けて来るのは本当にやめてほしい。
理由は単純だ、山中に一緒に居られると俺は後から色々といびられて面倒くさいからだ。それだけだ、それだけだから『話しかけるな』の一言が言えない。それに、言ってしまえば余計にいびられるだろうから言えない。
べつに言う勇気が無い訳ではない。本当だぞ。
あー、あと、『実は話しかけられて嬉しい』とかでもない。
(もうしばらくの辛抱だ。高校生活なんてあっという間、卒業したら離れていくだろう)この算段があるからこそ、あのウゼェ輩達… 女達のいびりにも耐えられている。『なに紫様と親しげにしてんのよ』とか『どうせ女目的で高校決めたんでしょ?変態』とか『クソ野郎』とか『キモ沼変態動物』とか『男のくせに』とか『オイ●●●●《ピー―ーー》野郎、これ以上みんなのゆかりんに近づいたらテメェの●●●《ピー――》に唐辛子突っ込んで●●《ピー―》拡張すっぞッ!!!手なんか出したら●●●●●●●《ピー―ーーーーー》!!!!!!●●●●●●《ピー―ーーーー》オラァッ!!!!!!』最後の一人は男とか女とかそんなちゃちな分類じゃ収まらない怪物だった、傷つくとかどうのこうの依然に怖かった。
逆に男達には安心感がある。『テンプレ羨ま』とか『女紹介しろよ』とか『実は幼馴染だったパターンですな、そして忘れているパターンでもありますな』とかだ。最後の一人はちょっと何言ってるか分からなかったが、とにかく男達には女達のいびりには無い安心感があるのだ。 …ホモというわけではない俺の扉は開かせねぇ。
「どうかしたの?何か悩み事?」『貴女のせいで悩んでいます』とは言えない。
「いや別に何も」何も無い訳が無い。この歳で女性の怖さを知るは目になったのだから。
「へー、そう。COOLだねー、ママに会いたくて悩んでいるのかと思った」英語の発音が良く、黒髪でくっきりとした目鼻立ちの清楚に整った見た目も相まりさまになっているのがむかつく。
「俺はマザコンじゃない。アンタと一緒にするな」コイツの名前と髪質は純和風なのだが母親がイギリス人で父親が日本人のハーフだ。『ハーフなんて言い方は国際的ではありません。と、言うよりもそもそもそんなことを言っているのは日本人くらいです』と、先生はウザったらしく否定の意を込めて言っているが日本という独特な文化や国民性、更に環境と遺伝子が性格にどのような変化を与えるのか考察したりする場合の事を考えると『ハーフ』と言う言葉やその言葉が創り出す環境というものは面白いし残した方が良いと俺は個人的に考えている。(平等なんてつまらないだけだ)と。
まあ、話しがずれたが、とりあえずコイツは【 山中 紫 】と言う名前のハーフで親への愛情表現が大胆だ。彼女の両親はお寿司が付き合うきっかけになったほどのお寿司好きで、醤油を指す『紫』とご縁の『縁』をかけて、読みを変えて『紫』と名前を取ったそうだ。自己紹介の時に言っていた。妖怪とは関係無いそうだ。
「私はママが大好きだよ、勿論パパもね。あー、そうそう、マザコンで有名なイタリアではマザコンの事をマンモーネって言うんだよ」マザコンで有名なイタリアとはメシマズで有名なイギリスくらいに偏見的な… まあ事実か。イギリスは産業革命時代における夫婦共働きで家庭料理の質が低下した事と、レストランを含めテーブルに調味料を置きすぎている事がメシマズで味音痴の原因だと思うのだが、それは置いておこう。今の日本人が言えたことではないのでそっとしておこう。(刺激物を口にし過ぎるのもあまりよくないよな)
「マンモーネだと日本人の言うマザコンとはニュアンスが少し異なるけどな」まあ本当のところ、母親への甘えと母親への愛とでは随分と意味が変わるのだがな。(今の俺はバイトもせずに母さんに甘えているのでは…)そっとしておこう。
「へー、さすがは山女男子。あったまイイ」私立山際女子高等学校現在では私立山際国際高等学校なのだが、略称は以前のままで山女だ。だから山女の男子学生は山女男子と呼ばれている。何故、山女男子だから頭が良いと言われたのかというと、PTAおよびOG更には在校生一同の共学反対派と学校運営陣を中心とした共学推進派が醜い言い争いをした結果『勉学に対して真面目な姿勢で取り組む生徒なら』という形に円くはないが収まり都内屈指の進学校になった結果だ。元々が進学校で女子も頭がいいのだが数が少ないというレアリティが『 男子=頭が良い 』という構図を生み出している。正直言って面倒だ。(こんなに面倒くさいとは思わなかった)山女は山際の名の通り山沿いにある。そして俺の家もその近辺だ。都内ではあるが田舎の方の、山側の東京だ。だから(仕方ないよな、他の高校遠いしな)一応他にも高校は在るのだがさすがに馬鹿校には入りたくはなかった。それと余談になるのだが、実は少しだけこの学校が面白そうだったので選んだ。何が面白いのかというとこの学校の共学になると新聞に出た時に同じ一面に山女前に電車の駅が出来るとの見出しが乗っていたのだ。もとよりオリンピックへむけた沿線拡大でここにも線路が敷かれていたのでさほど大した情報ではないように思えるのだが、そうではない。この一面からは、鉄道会社や学校そして国の動きが読み取れるのだ。
行政全体として、沿線拡大による建設費用赤字をオリンピック開催期間+α(開催一年前から終了半年後まで)でこれだけ元が取れましたよという『良いデータ』が『オリンピックで景気回復』の一文が欲しいから少しでも利用客数を増やすために固定客が見込める学校の近くに駅を造るのは妥当だ。面白いのは何故に学校運営陣がPTAなどの猛反対を押し切ってまで共学を推し進めたのか、何故急にPTAなどの反対派はあの条件で承諾したのか、何故国際と校名についているのか、等々、お金やら何やらについて想像して楽しめるのだ。だから、この学校が少しだけ面白そうだと思ったのだ。
まあ、実に浅はかな理由で高校を選んでしまった、と。今はほんの少しだけ後悔している。別に悩めるほどの選択肢があったわけではないので、少しだけの後悔をしている。
( あー、そうそう)
「アンタの方が頭良いだろ」と一応返しておく。が、山中は鼻歌を歌って聞いていなかった。
「フンフフッフフ~♪」随分と嬉しそうだ。
「何かいいことでもあったのか?」
「え!」何故か顔を赤らめて一瞬硬直しモジモジしている。「あっあの、いやそれはね…」しどろもどろだ。ため息をつきたくなってくる。(『それ』じゃなくて『これ』だろ)
「鼻歌駄々洩れだぞ」恥ずかしいなら最初っからするなよ、とは言わない。
「 …バーカ 」聞かれた事がそれほど嫌だったようだ。
「なんかごめん」取敢えず謝っておいた。
「謝ってほしいわけじゃないよ」頬を膨らませながら隣に腰かけて来た、何がしたいのかわからない。
「何見てんだソレ」山中はイヤホンもしないで何かの動画を見ている。
「急上昇中の動画観てるの」言葉足らずだが言いたいことは分かった。
「どんなのだ?」山中はイヤホンをしていないが音漏れをしているわけでもない、無音の動画を見ているのだ。無声映画というものがあるが映画と言うよりも動画なので無声動画だ、無声動画で検索件数が急上昇中とは少し気になる。
「分かんない」山中は首を傾げてタブレットに映し出された映像を見せてきた。だが、「コメが邪魔で見えん」別のサイトから引っ張ってきた映像らしく動画に対するコメントが常に大量に流れていて肝心なものが見えない。
「元の映像やそれに近いものは消されているらしくて見れないんだよね」なるほど、元がどんな映像なのか少しだけ気になってきたので少しだけ集中して動画を見てみた。コメントの合間からでも見えてくるものはある。
「無音でこの荒い画質、それにこの俯瞰的なカメラアングルだからまず間違いなく監視カメラの映像だよな」コメントでそもそも重いので元の映像もこの画質なのかの自信は無いが監視カメラの映像であるという事は確実だ、その自信はある。
「釣りの動画でもないらしいよ」この場合の釣りとは嘘の情報で他者を引っ掛ける事を指している。まあ、そんな常識はさておき。そのコメント自体が釣りやサクラの可能性があるので信憑性を確かめなければならない、これも常識だ。
「えっと『街頭HVのニュースがガチで当日のやつ』『投稿日時から考えてCGはムリ』『皆本気で逃げてるから近くで撮られた映像無い感じじゃん…』『撮ってるバカは殺されてるwww』『ライブでうpしろよ』『消されてるっぽい…』『…マジじゃん』『これも消されるな』『ふぇぇぇ…』『遂にこの時が来た!!!』『超能力(^p^)』『超パワーだろ』『何このマスク男』他は『どうせ映画の告知だろ』とか『…グロイ』『吐く』とか、か… んー」監視カメラの映像、というよりも状況や動画の質から考えると何かしらの告知という事は考えにくい。その場合の意図や利益が分からない。「道路や壁にかかっている赤いのは、どう考えたって血だよなぁ…」血よりもグロイものが張り付いたり転がったりしているようにも見えるが、コメントのおかげであまり観ないで済んでいる。
「あまり見えないよね」山中はグロテスクなものは平気らしい。
「場所って何処だかわかるか?」おそらく都内だろうが、田舎東京の俺には此処が何処かなのか分からなかった。コメントには『渋谷』やら何やらと書いてあるのがちらほら見えたが信憑性は定かではない。
「渋谷だよ、ホラ」何かのお店を指さしているが俺には何の店かも、『ホラ』と言う言葉が指す『常識』が何の事か分からない。渋谷は俺らの管轄外なのでここはリア充を信じるとしよう。
「ん? たしか渋谷周辺地域を不発弾の処理の為に封鎖しているとかってニュースで見たな」『ありえねー、嘘だー』と思って調べたら交通規制がされていて驚いた記憶がある。渋谷には行かないので、いや、そもそも学校以外の用事で… 用事も無いので家からは出ない…だから『気にする事じゃねーなー』と忘れていた。(そういえば)たしかオリンピックテロ対策の為の特殊重装備部隊が抑止力として配置されたそうだが、「動画の投稿日っていつだ?」少しだけ嫌な予感がした。
「えーっと、7月20日だね。あ!封鎖された日だよ!!!」確信した。
「超能力者による殺人だな…」
『超能力なんて現実的ではないし、ありえない』俺のような考え方の奴ならそう言うだろう。俺もそうだ、でも、そうじゃない。信じられないことに超能力者は存在している。
『何故そんな事が言える。ソースは何処だ』それにたいする答えは一言。
『俺が超能力者だから』
そうじゃなければ俺も超能力者の存在なんて信じていなかったことだろう。
俺が超能力者だからこそ、信じざるを得なかった。
「怖いな」俺の能力ではこんな事は出来ない。超能力の存在を知っているからこその未知への恐怖だ。
「だねー…」高校に入って、山中にからまれ続けて一年と少し経つがこんな表情は初めて見る深刻とも真剣ともとれる難しい顔だ。ただ、相変わらずの作った様な軽い口調なので真に同意しているわけではないのだろう。
(まあ、一般人の反応なんてこんなものだろうな)
「次の土曜から夏休みなのに」難しい顔は不満の顔だったようだ。
「ああ、せっかくの夏休みなのにな」それは俺も不満だ。「でもまだ夏休みじゃないから」夏休みが始まるまでには終結することを願いたい。「取敢えず教室に戻ろう」そう、まだ夏休みじゃないから授業はいつもと変りなく始まるのだ。
「昼休みもう少し長くしてほしーなー」それにも俺は同意した。
『 2019年7月22日(月曜日) 21:53 』充電器兼脚付きキーボードに差し込んでいるタブレットのロック画面に映し出された時刻を見て毎週月曜日に発売される日本で一番有名であろう少年向け漫画雑誌を読み返すのを止めるとベットから起き上がりタブレットの置かれた勉強机に座り直した。
「もうすぐ始まるな」タブレットのロックを解除して民放テレビを映す。リビングにちゃんとしたテレビがあるのにわざわざ通信会社に余分に受信契約料を支払ってまでタブレットで民放テレビを観れるようにしているのかというと、「俺以外誰もニュース観ないもんな」たんにチャンネル争いに破れたからだ。TVCMの流れる短い時間でも軽い文句を言う家の連中は『ニュース見てても面白くないだろ』や『ニュースの笑い処が分からない』などと言ってニュースを観ない。
「月金の報道番組は面白いのにな」そんな呟きと笑みをこぼしながら報道番組を見て楽しんだ。
「やはり不発弾の処理って報道で動画には触れなかったな」コメンテーターの一人が動画について少し触れたので完全に触れなかったわけではないが、「報道規制か」そう思えてしかたない。ニュースの中に『オリンピックへ向けての追い込み改修工事ラッシュで騒音問題か』などもあったが、これも何らかの報道規制の結果なのかもしれない。
自分が超能力者である以上、このような事がいつか起こるだろうとは思っていた。だが『現代の軍事技術力を考えると公に行動を起こす者は居ないだろうなー』とも思っていた。自分が超能力者であるが故に他の超能力者を現実的に視て過小評価をしてしまっていた。だからこそ動画の超能力者が怖い。
「現代の兵器にも軍隊にも負けないって事だよな」動画の超能力者が頭のおかしい奴でない限りそういうことだ。「攻撃的な超能力を持っている奴が居るっていうのは怖いな」自分の超能力が使えるものだったなら安心できたかもしれないが、「俺の糞能力じゃどうにもなんないなー」なるようになれ、と半ば諦める様に流れに身を任せる事にした。
もしかしたら日本どころか世界の秩序が滅茶苦茶になりかねない事態であると認識している。力を持っているのに何もしていないと責められる事も認識している。公に出ても異質の者と拒否され貶められる事も認識している。
「だから俺は超能力者であると知られたくない」だが、知られたくない理由はそれだけではない。『役立たずの能力だとしてもそれは使い手が俺だからかもしれない』様々な実験をし自分の能力を把握していく中で思った事の一つだ。『無用の長物』と言う諺があるが長物も持つべき者が持てば『鬼に金棒』、自分が超能力者だと知られる事は自分だけではなく他人の命をも危険にさらす事になりかねない。
「知らぬが仏じゃないけど、情報を秘匿することは大事だよな」ジャーナリズムを言い訳に使っている愚者にもなりきれていない蠅共は膿を晴らすどころか食うに困るからと要らぬ所を突き回し膿を作り出している。作るだけならまだよかったが大袈裟に造りだし、終いには創り出してしまっている。「どうせだったら、膿を創れる事を凄いと思っていやがるそんな蠅や屑共を蹴散らせる超能力が良かったな。ジャーナリズムに産みの苦しみ無いだろ、生み出さずに様々な意見の者達に伝える努力をしろよなー。相手を傷つける膿の苦しみなんて要らない、表現は代弁でもあるのに相手を傷つけたら元も子も無いだろうによー」そんな想いを口に出した時だった。
『こんばんは』
「!?」急だった、身に覚えのない声が頭に直接響く。幻聴ではない、超能力者としての直感がそれを教えてくれる。「ね、念話か?!」頭に直接語りかけて来た自分より一回りは年上であろう声をした男に声を返すが驚きすぎてタメ口になっていた。が、そもそも届いているのかも分からない状況なので気にする事ではないのかもしれない。(何が何だかわからない)
『いやー、皆さん急にすみませんね』
こちらの動揺は伝わっている様だが、それよりも「皆???」この部屋には自分一人なので更に動揺するがそれはすぐに収まる。混乱して思考が追い付かない。
『先ずは自己紹介をさせてもらいますね。私は工藤 文太、【 念話 】の能力を持つ皆さんと同じ超能力者です。皆さんに危害を加えるつもりはありません』
「俺が超能力者だと知っているだと???」本来ならば恐怖を感じる状況だが「複数の超能力者に声をかけているのか!?コイツ馬鹿なんじゃねえの!?」もしかしたらブラフかもしれないが混乱した頭では状況を呑み込むことで精一杯だ。
『失礼な事を考えたり言ったりしている人もいるようですが、私は嘘を言っているわけでもなければ皆さんを騙そうとしているわけでもありません。本当の事を言っている証拠になるかは分かりませんが、私は工藤 文太という実在する人物です。お気づきの方も居るようですが、最近テレビにも出ているイリュージョニストの工藤 文太です』
「嘘はついていない…のか?」タブレットで調べると『イケメンイリュージョニスト文ちゃんまとめ』や『熱愛の真相はいかに!?』などが見つかった。サイトに添付されている動画の声と頭に直接話しかけて来ている声は同一人物のものだと感じるが、確証は無い。(俺はこの人をよく知らない)バラエティー番組はわりと観るのだが特番系はあまり観ないので知らなかった。イケメンホニャララが嫌いだからチャンネルを変えていたとかではない、本当だぞ。
「イリュージョニストが超能力者だったわけか」掲示板には『あんなの無理だろ、タネが気になる』や『見たことが無い事をしているぞ協会員じゃないなコイツ、どうやっているんだ?』や『ヤマちゃんを返せ、それか氏ね』等々書かれていたがタネを明かせば超能力者っていう簡単な話しだった訳だ。
『言いたいことは多々あると思いますが、それはまとめて明日直接お伺いいたします』
「待て、話しが見えない」聞こえているだろうと思い問いかける。
『皆さんも既にお気づきだと思いますが、渋谷の不発弾処理の為の封鎖は超能力者による大量殺人が原因です。政府は超能力者をどうにかして殺し『実はテロリストによる犯行で混乱を避けるために伏せていました。我々はテロには屈しません』的な事を言って真実を伏せようと考えているようです』
秘匿することは大事な事でもある。周辺住民の安全面や犠牲者と遺族への配慮等々でマスメディアによる袋叩きを覚悟の苦渋の決断だろう、もしこの男の話しが憶測が本当ならだが。
「国はそれだけ超能力者を危険視しているという事か」つまりは渋谷の超能力者がそれだけの印象を与えたって事でもある。いまだに封鎖解除の報が出ていない事からその強さを想像し背中に冷たいものが流れる。
もしかするとこの工藤 文太いう男はこの渋谷封鎖を起こしている超能力者に協力しようと考えているのかもしれない、そう思い唾を呑む。これまでの人生で一番緊張している。心臓が痛い。
『事実この超能力者はテロ行為をしているわけなのですが、そこで、私共は皆さんと協力関係を築きたく思っております』
「それはどういう意味でだ?」思ったことを口に出していた、緊張で渇いた唇を震わせながら。
『ああ、そういえば目的をまだ言っていませんでしたね、すみません。私共の目的はこの超能力者を』工藤 文太は一拍を置いて目的を口にする、その声を俺と同じく震わせながら『殺すことです』
「 」最悪の事態は免れたが、「殺人に関与しろというのか?」念話なので殺人計画を知りつつも通報しなかったとして罪に問われる様な事は起こら無い、真実を話しても追い返されるだけだ。殺人計画を聞いた身として気分を悪くする人も居るかもしれないが、協力しないことを選ぶ者達への配慮がなされている。本当のことを言っていると一応は信用しておくが、国が殺す事を目的に動いているのに、何故わざわざ危険に身をさらしてまでそのような事をするのか… いや、答えは簡単だ。分かりきった事だ。
『殺さないで済むならそうしたいのですがそんな甘い事を言っていられない状況でしてね』今の世の中で自分が超能力者だとばらす事は危険な事なのにこの男は危険を冒してまで念話をしてきたわけだしかも超能力者に向けて、この危険性は計り知れない、それなのにこの行動に出たという事は『あれは超能力者が束になって戦いを挑まなければ止めることさえできない』分かりきっていた事だった。その事実を呑み込みたくなかっただけで、その可能性を自らのの考えた答えとして出したくなかっただけで、分かりきっていた事だ。『あれを野放しにすれば、いずれ私達も殺されることになります』自分が超能力者だからこそ現実を受け止められずにいたが、なるようになれと現実から目を背けてもいられなくなった。
「やるしかないのか… ?」決断が出来ない、自分で決めなければならない事なのに。
『決断を急がなければなりませんが焦る必要はありません。いくつか作戦を用意しているのですが死地に足を踏み入れることには変わりありませんので… まあ、要は… 無理心中や自殺教唆をしたいわけではありせんのでご自身の意志で決断してください。まだ決断出来ないという方も話を聞くだけでも構いませんので宜しければ明日の正午頃に集まりませんか?今回の念話はそのご招待でいたしました。お集まり頂ける皆様の安全面に配慮して参加は今念話で語りかけている皆様のみさせていただきます。知り合いの人超能力者の方を連れてくるなどはお控えくださいね』工藤 文太はそう話すと集合場所の住所と正確な集合時刻、そしてドアロック解除の暗証番号を告げて念話を終えた。『明日、皆様にお会いできることを心より願っております。それではまた』
俺は悩んだ。
悩みに悩んだ。
そして空席のベンチを見て決心する。
「行くとしますかね」誰かが居なくなるのは寂しい、空席のベンチを見ていたらそう思えた。
いくら考えても自分の能力が役に立つとは思えなかったが長物を使いこなせる鬼が居る事を願いその足を進める。
「くよくよしてても良い事なんて無い」立ち止まっている間は成功体験も失敗体験も無い、でも安全でも無い。成功も失敗も後からわかる事なのだ。気づいた時にはもう遅いなんて事は多々ある。だから、「思い立ったが吉日」きっかけは空席のベンチだがあそこは俺の居場所だから理由として十分だろう。「誰も居なくならせやしない」もうこれ以上の犠牲者を増やしちゃいけない。戦地へ向かう兵士さながら校門を… 先生が居たのでグラウンドのフェンスの隙間から学校を後にした。
「そういや今日アイツ見てないな」
*
教えられた住所で検索しヒットした飲食店に向かうと扉に電子ロック機器が取り付けられていた。
「完全予約制のお店とかで使われているやつか」アプリで予約すると予約完了メールと共に送られくる認証コードを表示したタブレットを機器にかざすか打ち込むかをするとロックが解除される仕組みになっている。英語やフランス語など主要8言語に対応しており、オリンピックでの増加が見込める外国人観光客の集客と混雑防止に役立つと一般店での導入も進んでいる。一般店ではレジ横に置いてあったり店員さんがポケットサイズの読み取り機を持っていたりしてたまに見かけていたが本体とも言えるちゃんとした物を使うのは初めてだった。
「いや、そもそも初めてだな、アプリ入れてないし」アプリダウンロードでクーポン券が付いてきたり、VCやクラウドファンディングを手掛けているネット事業者達の働きかけや広告で都内ではわりと普及している。しかし、学校以外で家から出る事は無い自分には関係のない事だった。「『オリンピックでの経済活性化は私達の働きと存在が大きい』とか言いそうだよな」漫画やアニメもそうだが、日本人は自分が創ったモノや発見したものに対する愛着の様なものが強く、それを他人に売ったり他人が監修し造るという事に対する拒否や拒絶が強い。アニメや漫画の実写化に対する反応もそれだろう。職人気質とも言えるものなので折り合いが難しい問題であり西海岸寄りのビジネスプランを押し通そうとすると角が立ち質が下がる場合もあったり、場合によっては孤立してしまう時もある。日本のベンチャービジネスが内輪内輪へと向かって行っていたのはそれによるものだ。オリンピックと言う大きな環境の変化が無ければ厳しかっただろう。だがしかし「オリンピック効果なんて一時的なものだから、傲慢にならずに増長せずに堅実に生きなきゃなー」日本人に合う、言う呻れば極東の島国のガラパゴス的独自のビジネスプランを作らなければ今後生き残るのは難しいだろう。AIや機械技術の発展による職種の減少を含めた教育及び生活環境の偏りによる現代日本人の適性職業との折り合いも考えなければならない。国民の低ストレス環境の構築が政府の仕事ではないのにそれをしなければならないのは政治家と国民の意識の低さによるものなのかもしれない。低ストレス社会ではなく、多くの国民が幸せを感じれる社会の構築と維持が仕事だと再認してほしいものだ。
「社会彫刻は良い考え方だよなー」アート文化と教育を馬鹿にするような恥の多い日本の政治家には分からない事なのかもしれない。なんせ芸術と美術の違いも分からない者が多いのだから「日本の歴史よりもアートの歴史は深く長く広い」日本よりも若い国が進んでいるからと焦り合わせ歪になるのはみっともないものだ。
「俺、祖父ちゃんみたいだな」物事一つ一つに一々反応してしまっていては進める道も進めなくなってしまう、老後の縁側じゃないんだから進まなければならない。「思い立ったが吉日」だからこそのこの言葉を座右の銘にしている。「結局のところだいぶん出遅れているがな」
ロックを解除して店に入ると12人掛けの長机が1セットと人形やゴシック調の小物が置いてあるだけで店員の姿は無く、確認できる人影は超能力者と思しき10人だけだ。
素直に驚いた。
呼びかけに応じた超能力者がこれだけ居る事にもこれだけの超能力者を集められる工藤文太にも。
だが、一番驚いたことは「何でお前が此処に居るんだ!?」この場にアイツが居た事だ。
「アハハハ、バレちゃったー、旭君も呼ばれていたとは…」山中紫は普段とは違う装いで雰囲気が別人だ、たんに学校でしか会わないので普段着が新鮮に写っているだけだが。「眼鏡だしサンダルだし部屋着だし髪もさぼさだし…あーどうしようやっぱり来るんじゃなかった…」何やらボソボソと言っているがそんな事はどうでもよかった。
「俺が超能力者だって知っていたのか???」言葉は無かったが縦に頷くことで意思を示してきた。(工藤文太も山中紫も俺が超能力者だと知りえたのは超能力のおかげだろうな… やっぱり俺の能力糞だなーそんな風に使えねーや)
「やはり彼女と顔見知りだったようだね佐藤 旭君」フルネームを知っていることにもはや驚きはない「立っているのもなんだから、そこの席に座ったらどうだい」工藤文太に促されるまま空いた席、山中の隣へと座る。人の座っていないもう一席には人形が置かれていて座れない。
「騙してやがったのか」山中に小声で愚痴を浴びせかける。
「いや…あの…こっち来ないでください」それは無理だ。
「傷つくぞ」色々傷ついた。(何故に敬語)痛いげな少女に目つきの悪い男子高校生が馴れ馴れしく絡んでいる構図が出来上がり大人達の視線が痛い。(俺か山中が最年少だと思っていたが一人ツインテールの女の子が居るな、子供の皮をかぶったゴリラ的な怪物かもしれない… 狩人×2のクッキー的な)
「ハハッ、なかなかだな少年」贅肉中背で歳は20代半ばそこそこの男が何処かで聞いた様なありきたりとも言える良い声で笑いを上げた。(何処に笑い処があったのかは分からないけど悪い嗤いでは無い様だから気にしないでおくとしよう)
「ハハハハハッ」
「何がそんなに面白いのよ」デザイン性(?)の高そうなおかっぱヘアーの鋭い目つきの若い(?)御姉さんが口を尖らせている。(見た目は20代後半くらいだが『お若いですね』って言わなきゃいけない雰囲気をまとってやがる… 30過ぎとみた)
「ハハハハハッ!! 正解!正解!このオバサンこんななりして38だぜ」ありえないだろ、とでも言わんばかりに口を笑いを押えている。
「まだ言うかブタ!!コノ野郎!!!」長机の中央で向かい合った席でなければ殴り掛かっているだろう。
「まだ何も言ってねーよオバサン」火に油を注ぎまくっている。(焼身自殺志願者か)
「まあまあ、そのへんにましょうよ」「若いのう」「また殴るんですか???」「HAHAHA 喧嘩するほど仲よろしいぜお」「こうなるだろうな」呆れた物言いが次々と出て来る「あーもう!分かったわよ」「スーセン」互いに謝る気なんて無いのは明白だ。
「いやいや、スーセンには数千とサーセンをかけた数千もの謝罪って意味があるんだぜ」とか訳の分からないことを言っている贅肉中背の男の超能力はなんとなく分かった。
「そうその通り、俺の能力は心を読む程度の能力だ」
「その言い方はマジでやめてくださいお願いします」何かが穢された気がする。
「そのへんにしようか」入り口から一番離れた店の奥、工藤文太の隣に座ったワイルドでダンディーな男が初めて口を開いた。
「はぁい…」急にしおらしく上目遣いの甘い声で返事をしたおかっぱの御姉さんに贅肉中背の男が「うわぁ」と引き攣り声を上げる。何故、声に出すのだろうか。(怖いもの無しか)
「あ"っ」やはり女は怖い、贅肉中背の男も脂汗を流している。(ああ…Mなのか…)
「それは無い」素早い否定が入ったがそれに被さるように声が、咳払いが飛んできた。
「ゴホンぬ、ワシらは挨拶が済んでおるがその小童はまだじゃろう」(((((ゴホンぬって何ですか???)))))そんな空気をよそに仙人風の老人は話を進める「ワシから軽い自己紹介をさせてもらうぞ小童、ワシの名前は千寿、能力はエクトプラズムの様な… 説明が難しいでな… 簡単に言うと分身術じゃの。本体からしか分身出来んが意思の共有はできるよ。後、年齢の数だけ分身を創れて創り出した分身の数の半分だけ肉体年齢が若返り経験を消費する能力でリスクは若返り過ぎると記憶を失う事じゃな。使えば若返るでのう、自然と分身出来る数も減るのもリスクじゃな。記憶がある分では明治時代末から生きておるが、それ以前の記憶は無い。その記憶や以前の自分を調べ探すのが人生の目的の老害じゃよ」
「全然軽い紹介じゃないじゃないですか」髪を団子型に結っているブラウス姿のお姉さんが皆の気持ちを代弁してくれた。「先程よりも長いですよ」皆頷いている、どうやらそうらしい。
「ホッホッホッ、の主らを信頼してみる事にしたのじゃよ」くえない爺さんだ「そこの若いのに呼ばれてここへ来た老害じゃが宜しく頼むよ」老害と言っているが体と雰囲気からただ者ではない事は明白。(戦人の仙人ってところかな)
「なら次は私達の番ですね」工藤文太とその隣のワイルドでダンディーな男が立ち上がり挨拶をはじめた。(フッ、そういや『私共』って言っていたな)念話中の事を思い出して自分の注意力の無さに笑ってしまう。
「念話で既に挨拶させて頂きましたし先程もしましたが改めてさせていただきます」(なんかすみません)遅刻した罪悪感が深まる(そういうつもりで言っていないのはなんとなく分かるけど… 学校は大事だし仕方がないよなー)そっとしておこう。「私は工藤 文太、念話の超能力で指定した人物の場合最大30人同時の会話を繋げることが出来ます。一方的に不特定多数に話しかけたり聞いたりする場合の効果範囲は半径150㎞です」
「スゲェ」女の子が驚きをそのまま声にする。(ただの子供だな、でもおかげで俺が来る前の挨拶より深い事を話しているというのが分かった)千寿と言う爺さんのおかげだろう。
「俺は工藤 勇樹、コイツの兄でマネージャーをしている。この店の店主でもあり今回の集まりを企画した者だ」(なるほどそれで店員が居ないのか、それより… 似てないな)正直言って工藤文太と顔はあまり似ていない、しかし兄弟と言われれば納得してしまう程似た雰囲気を漂わせている。(イケメンと男前の兄弟ってところだな… ド畜生が!!!)おかっぱの御姉さんは頬を薄紅色に染めながら獣のように鋭い目つきで工藤兄に視線を送っているが工藤兄はおかっぱの御姉さんとは対照的に青い顔をしている、ように見える。気のせいではないはずだ「能力は千里眼。わかりやすく能力を説明するとネット接続、通信接続無しでリアルタイム高性能高画質プライバシー保護法無視のG○○gle Mapを使用できるというものだ。効果範囲は4000㎞、リアルに千里眼ということだ。建物の中も覗き観れるが、半径10㎝の円が収まる開きが無ければ覗けないし能力使用中は無防備になるから使い処を見極めなければならない能力だ」滅茶苦茶便利な能力を持っているじゃないか、と。嫉妬の炎が火の粉を噴出しそうになったが「無防備ッ!ウへヘヘヘ…」じゅるり、獣が喉を鳴らしているのを見て、その口から垂れるヨダレを見て炎は急速に鎮火した。(一瞬、嫉妬にかられたが… ご愁傷様です)初めて男前を力を持つ者を勝ち組を哀れに思った。「使い処を見極めなければならない…」「兄さん…」切実だ。
(兄弟揃って超能力者で、しかも捜査に特化した能力か。そりゃあー、他の超能力者を見つけられて当然か)身内に超能力者が居ればこそ他超能力者の存在を警戒して事前に情報収集を行うのは当然のことだ。今回のような特例でなければ接触を図る事は無かっただろう。
「思わぬ処に敵が居たなイケメン兄弟。取敢えず俺には関係ねーから自己紹介を続けるぜ、俺の名前はマンタだ」名前を聞いて電撃駆ける。
「あ!ゲーム実況者のマンタさんだ!!」何処かで聞いた様なありきたりとも言える良い声ではなく聞き覚えのある良い声だった。更に言うなら暇な時は、内容によってはアップ時間に合わせてチャンネルを開いて観ている聞いている良い声だ。「いつも楽しく拝見しています!ラジオ代わりに拝聴もしています」勉強中につけて聞いたりもしている。聞き入ってしまい勉強ははかどらないが、それは仕方のない事だ。面白く適度な品の無さが親しみやすい有名ゲーム実況者で(学校がバイト禁止だから、を言い訳にしている小遣い制の俺にはありがたいゲーム実況者だ)と思っている者も多い。たぶん。
「少年もリスナーだったのか、ありがとうな! …おっと、能力は心眼、心を読むだ。効果範囲は130m前後ってところだな。ゲームにおいてこの能力を使ったことは無いぜ、『共にゲームを楽しもうぜ』がモットーだからな」憧れるぜ!
「バッカじゃないの? 取敢えず次は私ね」女の一言一言は時にキツイ、本人にそんな気が無くとも一言が重く鋭い一撃になる場合もあるのだ。
「さっきみたいに無駄に長い自己アピールすんじゃねーぞ、お見合いでもウザがられるぞオバサン」マンタさんが俺達を代表して反撃をしてくれている。そんな気持ちになってきた。
「無駄じゃないわよぉー、お見合いにも行けないブタがぁっ」
行ったことがない、ではなく行けない…
「 くっ… 」脂汗ではない、綺麗な雫がマンタの頬を伝う。
(マンタさーーーーん!!! マンタさんはMではなかった、イニシャルはMだけど… )くだらない事を考えて気持ちを紛らわせるしかなかった、女は怖いのだ。
「私は岸辺 優子、ファッションデザイナーの仕事をさせてもらっているわ」(左利きかな? 利き手はクリエイターの命って言うもんな)岸辺姉さんは左手にだけ手袋をしている。しかし、右手にペンダコがあるのが見えたので違うようにも思える。「能力は念力系統で時間の経過を歪め延長させる事が出来る小さな空間を作ること、小さいと言っても普通車の車内くらいにはあるけどね。延長だから巻き戻し戻すことは出来ないわ。延長可能な倍率は100、空間の外での1秒を中で最長100秒にするって感じね。リスクとかは、そうね… リキャストタイムが長い事と空間の移動が出来ない事、それと空間内での経過時間はしっかりと加算される事ね。発動時間に制限は無いし発動中も自由に動けるけど、体の一部を必ず空間内に入れておかなければならないわ。これも一応はリスクと言えるかもね、身体が全て空間から外れると能力が強制解除されるのよ」左手にだけはめた手袋や実年齢よりかなり若い見た目、何となくそれらの理由が分かった。(命である利き手は犠牲に出来ないから左手を犠牲にしているのか)超能力の発動には集中力を要する、なので発動のきっかけ作りや操作にはイメージの体現がしやすく感覚の鋭い目や手を使う事が多い。(老化した手を手袋で隠しているくらいだから、自分だけが人より老け込むのが嫌だって理由で若作り頑張ってんだろうな)マンタさんが顔をこちらに向けて頷いているので間違いないだろう。
「君達さ~、今、失礼な事を考えてるわよね~? こっちは真面目に自己紹介しているのにな~、おかしいわね~」マンタさんと2人で首を横に高速振動させた。「あらー、私でも君達の考えが読めるわ~。マンタ、君はもう帰っていいんじゃないの~?」怖い。
「いい加減にしようか」工藤兄の鶴の一声で何かを言いかけていたマンタさんも岸辺姉さんも声を潜めた。自分は元々何も言っていないので姿勢を正して誠意と反省を表す。
「すみませんでした…」「悪かった、すまん」マンタさんと岸辺姉さんは反省を言葉にして軽く頭を下げた。
「まったく」「若いのぉ」「取敢えず進めましょうか」あまり時間をかけるのは良くない。(少しだけ冷静じゃなかったな)マンタさんに会って少しだけ興奮してしまっていた。
「なら次は俺が話そう」右手を挙げ発言の意を示した男に視線を向ける。遊びの有るオールバックの黒髪、知的な印象を漂わせるフレームの細い眼鏡、糊の利いた質の良いダークグレーのスーツ、艶の良い本革のベルトで固定された光を反射しない文字盤の腕時計は重く滑らかで満月に照らされた湖面の様な潤いのある静かな光沢を宿している。煌びやかではないがベールの様な高級感から分かる、金持ちだ。
「俺の名前は二ノ宮 銀太郎、能力は未来視。この能力を使いFXで生計を立てている。そして、既に売り払ったので何時でも作戦へ参加可能だ。金銭面での協力も惜しまないつもりだ」初めてこの作戦への参加、渋谷封鎖の元凶である超能力者の殺害への協力を公言した。千寿爺さん、そしてマンタさんも参加の是非は公言していない。自らの能力の説明をする事で皆の能力を聞き出し協力するかどうかを決めようと悩んでいる様子だ。マンタさんが心を読む能力を持っているので嘘を付けないこの状況を利用しているのだろう。マンタさんがわざとらしく相手に突っかかる様なリアクションをして視線を引き付け心を読んでいると悟らせるようにしているのはこのためだと考えられる。
(たぶん、いや、間違いなくそれが原因で岸辺姉さんとの空気が悪くなったんだな)年齢の事を言ったのだろう。マンタさんは悪気があったわけじゃく、岸辺姉さんもいきなり年齢の事を言われて訳も分からず恥ずかしくなり苛つき、互いに口が悪くなりヒートアップしていったのだろう。周りはそれを止めるタイミングを逃した形になり割り込めなかったのかもしれない。(探り合いの中では仕方ないよな、行動できるだけスゲーや)マンタさんは俺の心を読んでか、座りの悪そうにモゾモゾし頭を掻いている。
(しかし、この二ノ宮って人、千寿爺さんより駆け引きが上手そうだな)長い時を生きる武の達人より駆け引きが上手いと思える。嘘の付けないこの状況で未来視の能力を持つ者が率先し参加を表明、見返りが無いにもかかわらず金銭面での協力も口にしたわけだ、今がどれ程不味い状況なのかを察することが出来る。(お金よりも大事なものが無くなる未来が有るということか)そう思わせる事で勧誘と誘導が容易くなる。ので、普段ならこういう事を言う奴は信頼しない。が、今は状況が違う(不味い状況だという事は明白だから自腹を切ろうとしている二ノ宮さんは信頼に値するな)根本にはマンタさんへの信頼がある。普段から動画越しに観ている、顔出しはしていないので聴いているだが、そのファン感情と言うべきか簡単に信頼できた。(最初はただの肥ったお兄さんだと思って少し失礼な事を考えてしまっていたな)顔を見た事なかったし仕方ない、声も直接聞くのは初めてだし仕方ない、そう自分に言い聞かせた。(そういや『少年もリスナーだったのか』って言ってたな、も、って事は他にも居るのか…?)誰だ、と周りを見たら皆の視線は二ノ宮さんに集まっていた。当たり前だ、今は大事な話の最中だ。
「 …それで、俺の未来視のビジョンについてだが、宇宙空間を想像してもらえると説明が速い。様々な可能性の未来が光の様に灯っている、明るい未来ってやつだ。そして、光っていない未来は死や不幸に繋がっている。俺は俺自身を断崖ギリギリの縁に追い込み博打の様な人生を歩んできた、そうすることで未来の明暗がハッキリとし踏み外すことが極めて少なくなるからだ。 今、俺のビジョンは夕闇に支配されている。唯一灯っている光がこの集まりの先にある助け合いの先にある未来なんだ、だから俺は協力を惜しまない」ストイックな性格と成功者独特の気迫が場を呑む。
「そうか ありがとう、宜しく頼む」工藤兄が力強く頷きはにかんだ。
「わ!私も!私の事もよろしくお願いいたします!!!」「ワシも本腰を据えますかのう」「ああ!明るい未来の為共に頑張ろう」
「協力しようとは思っているが… 作戦が分からんことには縦に頷けん奴も居るだろ?」その通りだと思う「信頼の為にも、作戦の理解の為にも、能力情報の共有は大事だと思うけどよ、作戦の説明の中で出来んじゃねぇのか? それと、此処にいる殆どの者が腹決まってるぜ。あと、言い忘れていたが、俺は心境や表層部分の考えまでなら読めるが深い部分の考えは読めんからな」遅刻した自分が悪いのでこれ以上は皆さんをお待たせするわけにはいかない、なのでマンタさんの意見に賛成する。(うん、説明の合間にでも紹介は出来るよな)残り半分を切っているので大丈夫だと思う、マンタさんもその考えなのだろう。(しょっぱなでいきなりフルネームを言われたのって、こういった場合を想定していたからだったりしてな)考え過ぎかもしれない。でも、考え過ぎくらいで丁度いいように思える、此処に居るのは全員超能力者なのだから。
「それもそうじゃのう、詳しくは知らんじゃったろうがワシらの能力を知って作戦を立てて可能性を見出したのじゃろう? その作戦を聞かせてくれんかのう」未来視の超能力者に『唯一灯っている光』とまで言わせた作戦が如何なるものなのか少しだけ気になっていた。
「 …んぅ、佐藤少年も同意しているようだし、そうさせてもらおう。一番成功確率が高い作戦の説明をするが、その説明の中でまだ未説明の者の能力についても話す、いいかね?」全員の同意を得ると「能力について間違っているところがあれば訂正を頼むよ」
そして、作戦の説明が始まった。
「まず、標的である超能力者だが、男だ。しかも縦横共に自動販売機よりも大きい巨漢だ」
「動画で見て知ってはいたがデカいな…」
「私と同じ肉体強度タイプなのかな?」ツインテールの女の子は肉体の強化能力の様だ。(しかし、それは、超能力なのか?)
「近しいが違うものだろうな、断言はできんが。 やつ、そうだな、【 巨漢 】と称しよう、【 巨漢 】はおそらくサイコキネシス系の超能力者だ」
「サイコキネシス、僕と一緒ぜおね」( …ツッコミを入れるべきか、いや、止めておこう)アメリカンヒーロー的なボディースーツに日本の戦隊モノヒーロー的なヘルメットを被った、オリジナルデザインであろうヒーロー姿の若い男がそう語る。「僕は電気質の念力ぜお、なので筋肉に負荷を与える事で肉体を強化を図れるぜお、【 巨漢 】もそういった事な?」(なんだこいつ)怪しすぎる、喋り方も怪しすぎる。
「んぅ、西川 龍馬君、佐藤少年が怪しい奴を見る目を向けているぞ」工藤兄がヒーロー男の名前を教えてくれた。
「うわあああああ!!! 本名で呼ばないでくださいよおおおお!!! 百合って名前があるんですぅぅぅ!!!」よく見れば肩に百合と書いてある。
「国立芸大の特待生でそれなりの常識は持っている… 見た目は… んぅ、怪しいが、中身はまともな好青年なんだ」ヒーロースーツのクオリティが高い理由がなんとなく分かった。
「えっ!?後輩なの???」その声を上げたのは岸辺姉さん、ではない。髪を団子型に結っているブラウス姿の若いお姉さんだ。(日本で国立の芸大ったらあそこしかないよな)「私は音楽学部 器楽科 管楽を専攻していたけど、貴方は… そっち系よね?特待生なんて凄いじゃない」自信を持って、と。優しい声をかけている、(真綿で首を締める様な行為を自覚無く行う、天然か)なんとなくこの若いお姉さんの性格が分かった。
「さ、さ、さ、作戦の説明をお願いします!さあ!つづっきを!」しどろもどろとはこの事だろう、キャラがグラグラだ。年上のエリート相手に失礼かもしれないが、(可哀想に… )そう想ってしまった、自分もコスプレ(?)中に知り合いに会って気まずく… そっとしておこう。
「すまんな、俺のせいで話が逸れてしまった」謝るのはそこだけじゃない気がするが、触れないのが一番適当かと思われるので『いえいえ』と返す。「まあなんだ、取敢えず、【 巨漢 】はサイコキネシス、念力系だと思うからそれを頭に入れておいてくれ」
「そう思う理由は何?」子供というものは素直で羨ましい。「自販機より大きな体の維持と自衛隊との二日間連続の戦闘行為をするなら私のアストラルアゲインみたいに別次元のエネルギーを使わないと無理なんじゃない?」(霊能体質ってやつかイタコとかの降霊師の一種に… )そんな事は今はいい、
「え…?もう、自衛隊と衝突してるの???」初期対応は警官隊だと思っていたので理解に間が出来た。「早すぎないか???」居ない間に何が話されていたのか、遅刻が悔やまれる。
「早すぎる対応は想定していたからでしょうね」岸辺姉さんは髪を団子型に結っているブラウス姿の若いお姉さんに目をやる「アナタ、自衛隊員なんでしょ、何か知っているんじゃないの?」
「私は音楽隊なので何も、それに知っていても言えません、すみません」
「私の方こそ嫌味な質問だったわごめんね」顎を引き目を細める。
「あ、でも、父と夫なら何か知っているかもしれません」岸辺姉さんは上手い。
「確かにのう、今後の自衛隊の動きを知るのは作戦の決行日の決定に重要じゃが、工藤兄の能力なら既に知っておるんではないか?」それもそうだった。
「それもそうですよね~!さすがですぅ!!」 …岸辺姉さんは怖い、(まるで計算高い獣だな…)何処からでも攻撃してくる。。
「・・・」人間にはバイブレーション機能が付いているようだ、いや、超能力者だからかもしれない。いったい何があったんだ。
「兄さん」
「はっ、 んぅ、俺が【 巨漢 】をサイコキネシス系だと考えている理由は」(先程の絡みを無かった事にしている… )「自衛隊との戦闘を視て、【 巨漢 】は肉体的な力で攻撃しているのではないと分かってな」
「僕は攻撃はできても防げんぜお」サイコキネシス系は強い、だが肉体はあくまで人間だ、銃で撃たれれば死んでしまう。(切り替わりが早すぎて話の流れについていけない)
「私の様に時間軸を歪めて銃弾を避けているのかしら?」その質問に工藤兄は首を横に振る。
「【 巨漢 】は、5.56㎜自動小銃から放たれた複数の弾丸を目視で確認し防いでいた」
「防ぐ?」
「目視???」
「私でも無理だと思うぞ」出来る可能性が少しでもあるだけチーターだ。
「【 巨漢 】は銃弾を掴んで自衛隊員に投げつけ殺していた、途中からは掴む事もせずに向かってくる銃弾を無視して素手で殴り殺していたがな」
「銃弾を掴む?」普通は、普通も何もないのだが、銃弾を掴めたとしても衝撃で弾丸が崩れてただの鉄屑にしかならない「しかも武装した人間を殺せるような威力で投げた???」勿論のことながら、未使用であっても銃弾を投げて当てたところで人は死なない。「柔と剛、相反しているんじゃないんですか?」
「いや、そうでもないんだよ、サイコキネシスの本質は捻じれと変換だ」つまり、「【 巨漢 】は外的な運動エネルギーを自分のエネルギーに変換している。巨体になっているのは、推測でしかないが、変換したそのエネルギーを溜めこんでいるからだろう」つまり、
「化け物だ」
「だから、こうして集まってもらっているわけなんだよ」イケメンが鼻に付く。
「【 巨漢 】は重機による圧迫作戦も効果が見られなかった、それどころか接触した重機のエンジンは動いているのに進行は止まっていた」
「物理攻撃無効じゃのう」
「何で?斬撃や刺突があるじゃん」
「威力が全て殺されるのなら、それが剃刀の刃でも紙切れが接触しているのとかわらなくなってしまう」二ノ宮さんの言う通りだ。
「それに、あれですよね、蓄積した力があるから拘束もままならないですよね」今更ながら周りの殆どが年上であることに気が付いたので口調を改める、人のことを子供だと言っていられる程の余裕はなかったのだと気付かされる。
「武装した自衛隊が拘束出来なかったくらいだから、ままならないどころじゃないよ」黙りこくっていたのに急に口を開いたかと思えば文句を言われた。
「なんでそんなに怒ってんの???」学校の時と雰囲気が違い根暗に見える。
「別に怒ってはいないよ」絶対嘘だ。
「嘘じゃないみたいだぞ、怒っていると言うよりもフテクサレているって感じだな」
「マンタさんが言うなら」
「何で付き合いの長い私より、その人を信用するの?」(怖っ 怒ってんじゃん)長いと言われても山中との付き合いは高校に入ってからだ、それに比べてマンタさんとは会った事こそは無かったが中学生の頃から知っていたので一方的にだが知っている人なのだ、信頼の度合いが違う。
「ハハハハハッ! 佐藤少年、君はアレだな、恋愛シミュレーションゲームで詰むタイプだな」さすがだ、(何で分かるんですか)と聞きたいところだが
「話が逸れ過ぎじゃないですか? 作戦の話をお願いします」山中の顔が険しいので踏み止まる。
「んぅ、改め(?)て作戦の説明を行わせていただく」
改めて、作戦の説明が始まった。
「まず【 巨漢 】には物理攻撃もエネルギーそのものによる攻撃も効果がない、それを踏まえた上で千寿さん、西か…百合君、畑中さん、貴方達に【 巨漢 】を取り押さえてもらいたい」無謀だ。
「面白そうじゃの、了解したわい」
「HAHAHA!!! ヒーローらしくて良いぜお!」
「まあ、私にしか抑えられないよね、参加を前提に話を聞くよ」ツインテールの女の子、畑中さん(?)も承諾した。(『さん』と言うよりも『ちゃん』だよな、いや、いきなり女性をちゃん呼ばわりするのは失礼か)工藤兄は見た目通り大人だ、岸辺姉さんが怖いだけだ。
「皆知っていると思うが、サイコキネシスはサイコキネシスで触れる事ができる。超能力の根本、エネルギーは同一のものだ、先の三人の能力なら【 巨漢 】を抑えられる可能性がある」
「アストラル体の相互作用か」
「重機のエンジンが止まっていなかったことから、攻撃を行っている本体への能力効果は無いと思われる」
「攻撃は効かないけど抑える事はできるかもしれないって事?」
「そういう事だ、畑中さんなら氷塊よりも丈夫になれるだろう」
(え、なにそれ、化け物じゃん)
「なるほどねー、私が枷代わりということかー」一番接触をしなくてはならない所に女の子を立たせるのはどうかと思う。
「なら僕は言わばスタンガンぜおね、僕の念力には電気の性質が含まれるから【 巨漢 】にも効くと思うぜお」喋り方が無茶苦茶だ。
「さしずめワシは数の暴力かのう」千寿の爺さんはどこか楽しげだ。
「んぅ、そういう事だ。そして俺と二ノ宮君、マンタ君、田中さんがそのサポートを後方で行う」髪を団子型に結っているブラウス姿の若いお姉さんは『田中さん』と言うらしい。「まだ、参加を決めかねているだろうが、参加を前提で話させてもらう」参加の有無を決めたいので具体的な方が助かる。
「千里眼、未来視、心眼、ミラクルヒッターを後方に配置してサポートさせる時点で想像がつくが… 持っているのか?」二ノ宮さんが難しい顔をしている、インテリ眼鏡が様になっている。
「二ノ宮さん、持ってるみたいだぜ」マンタさんの頬を汗が伝う。
(何の話をしているんだ?)
「この店は完全予約制のジビエ料理専門店でな」そう前置きをすると長机の下から長物を取り出した「俺は猟銃会に入っているんだ」
初めて、本物の銃を見た。
「許可ない人に銃を持たせるわけにはいきません」田中さんが立ち上がる。「しかも街中で発砲なんて」
「ああ、分かっている。だが、人を殺そうとしているんだ参加する場合は覚悟を決めてほしい」ワイルドでダンディーな見た目に似合う鋭い目をしている、少し怖いくらいに鋭い目だ。「俺の登録している銃だ、もし何かあっても俺が全責任を負うからそこは安心してくれ」
「いや、その必要はない。俺も共に負うさ、それが覚悟ってものだろう」二ノ宮さんと工藤兄の漢の友情に獣が涎を垂らしているのが見えた… そっとしておこう。
「俺はサバゲしかした事が無いぜ、仲間が前に居る状態では打てないぞ」
「そうですよ、一般訓練を受けている私でも怖いのに素人が急に撃てるようになるとは思えません」田中さんはもしかすると、もしかしなくてもとんでもないエリートの方なのかもしれない。昨日の今日で集まれているという事は都内在住の可能性が高い、超能力者なので断言はできないがミラクルヒッターと言う能力名から移動に使えそうな能力ではない気がするので…
(俺は、駄目だ、冷静さを欠いている)
どうすればいいんだろう。
現実味が無くて分からない。
正直、急に銃を見せられても困る。
「能力を最大限生かしつつ練習してもらうしかない」端的だ。
「攻撃が効かないなら無駄なんじゃないのか?」
「目隠しや足止めにはなる。気を逸らすのが目的だ」
「ないよりはあった方がましというやつか、能力もそれを踏まえてか」
「誰にも死んでほしくはないからな」
「でも、【 巨漢 】は殺すんですよね」
「そうしないと多くの罪なき人が死ぬからな」
「その未来で間違いないだろうな、俺が保証する」
「殺さないように加減が出来る相手じゃないんだよな?」
「そうだ」
「・・・」
「ヒーローは正義の為なら罪を背負う覚悟をしなくてはいけない、己の名誉の為ではなく正義の為に …ぜお」
「で、とどめはどうするんじゃ?」
「ん?」工藤兄がこちらを見ている。
「この作戦の要は君だ、佐藤少年」
「ん???」
「君がこの作戦には必要なんだ、協力してほしい」
「ん、え… はぁ!?」自分が馬鹿であると知った「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!!いやいやいやいやいやいやいや!!!無理ですよ!!!」何を言っているんだこの人は!?
「誰かに人を殺せなんて言いたくはない、でも、しかし」そういう問題もあるが、そうじゃない。
「俺の能力、糞ですよ!?」そもそも、そもそもが、【 巨漢 】に自分の能力が効果的だとは思えなかった。いや、【 巨漢 】だけではない「俺の能力使える様なものではないですよ???」
「そんな事は無いだろう、【 透過能力 】は誇らしいものだと思うぞ」
「スゲーじゃねーか、自信持てよ佐藤少年」
「いや、俺は透過できなくて、俺が投げた物とかが透過能力を得るって能力なんですよ」
「自分以外の物に能力を付与できるなんて凄いじゃないの」
「いや、あのですね、透過能力の発動は任意でしなくちゃいけないんですよ」
「使い勝手がいいのう」
「物体に力を付与できるから【 巨漢 】の能力にも銃とかで対抗出来るって事?」
「僕たちで足止めをして押さえ込んで彼が隠れて隙を突くってところぜおね」
何にも分かっていない。
「俺の能力は全てを透過してしまうんです、しかも、発動は任意でしかできないですし、解除は許可していなくても3秒後には勝手に解除されますし」まだある、つかえない一番の理由がある。
「透過は出来るが透視は出来ない、だろ」 その通りだ。分かっているのに、何故、何故俺を作戦の核に据えようとしているのだろうか。
「どういう事?」
「壁を透り抜けられるけどその先は見えないって事ですね」
「なるほどのう、暗幕越しに石を投じる様なものじゃのう」
「見えていても難しいことなのに、見えない状態で当てれるわけがないですよ。全てを透過するのでダメージなんて与えられないですし、それなのに見ることは出来るので気付かれますし、拳より大きなものには発動しませんし」本当に糞能力だ、工藤兄はそれを観ていたのだろう、良い趣味とは言えない「発動を解除すればダメージを与えられますが、そうすれば元の物に戻ってしまいます、解除するんですから当たり前です。例え千里眼で先が、標的が見えても意味がないですよ」 自分の能力だ、何かに使えないかと色々試した、火の中に紙を投げ込んだり、水槽に綿飴を投げ込んだりして分かった事は手品くらいにしか使えないという事だ。イケメンや人当たりのいい顔立ちで手先が器用なら工藤弟の様に使いこなせたかもしれないが、自分には無用の長物、劣等感の種だ。
「ああ、知っているとも」 何を知っているというのだ、観ていたとでも言うのだろう。いったい何処で?近所の山でか?「だから俺は前衛のサポートに入る予定だ。佐藤少年の目は『透視』を持つ山中さんに、タイミングは岸辺さんが居るので何の問題もない、君にはこのクロスボウを使って鉄球を撃ってもらい喉の空間から脊髄を撃ち砕いて欲しいと思っている」
なるほど、と声が上がる。
何が、なるほどなのだろうか、意味が分からない。
作戦が理解できないわけではない、この作戦なら可能性は有るだろう、しかし、この空気が理解出来ない。
自分には心を読む能力が無いから、この空気を読み取る事が出来ない。
自分には未来を視る能力が無いから、心の準備もシミュレーションもしてきていない。
自分には念話も千里眼も無いから、何も知らなかったし知る由もなかった。
自分は素直な子供じゃないから、自分は経験豊富な老人じゃないから、自分はヒーローに憧れているわけではないから、立場有るエリート隊員でも、恋する人の居る大人でもない、だから、
「私には… 透視能力以外は何も持っていないただの高校生でしかない私には無理です… 」
美人で可愛くて人気のある山中でさえこれなのだ、自分の能力が役に立つならとも思ったが、山中が居なければ無理だろう。
「」断りを入れようとした、しかし、出来なくなってしまう。
「工藤の兄、あんたいったい何を見たんだ?」苦悶、そんな表情を浮かべる工藤兄にマンタさんが問い掛ける。
「安心してくれ、まだ作戦はある。少々危険だがな」そういう事ではない。
「いったいどんな奴なの?渋谷を封鎖している【 巨漢 】って」渋谷を封鎖しているのは警官に扮した自衛隊員だ、だが、聞きたいのは、知りたいのはそういう事だ。
「 」
『見せに行った方がいいんじゃない? 心の準備にもなると思うわよ』
何なんだいったい、この空間は、「人形が喋ったぞ!?」椅子に置かれていた、いや、座っていたと言うべきか、その人形が口を開いた。
「んぅ、佐藤少年には紹介がまだだったな。彼女はメリー、『幽体離脱』の能力を持つ俺の知人だ」地方在住なので今は人形に憑依してもらっている、とか説明されても驚きは癒えない。
「・・・」
「あんたは【 巨漢 】を見たのかのう?」
『ええ、見たわよ』
話はそれでも進んでいく。
「ヒーローにも心の準備は必要ぜお」
「見ておいた方が良いよね、普通に」
「いったい何を躊躇っているんだ?」
『彼の不安は、【 巨漢 】を見たら』その言葉の続きはなんとなく分かった。
「甘く見ている訳ではなかろうが、じゃがのう」老顔に不快のしわが寄る
「【 巨漢 】の強さは能力を通して間接的にだが、圧倒的であると理解している」
「敵の強さは分かって来ているぜおから、問題無いぜお」
「んぅ、すまなかった」工藤兄は漢然とした姿勢で謝罪を終えると即座に空気を切り替えた、自分には出来そうにない。
「見に行くなら、なるべく早い方がいいな」
「自分で詳しい作戦内容を聞いといてなんだが、確かに、見てからの方がいいかもな、俺は今からでもかまわんぜ」
「何かあったらワシが殿をしますわい、明日中には本体も到着するので気にせず逃げて下され」本体じゃなかったようだ、知らなかった、分からなかった。
( 俺はなんて無知なんだ… )それが恐ろしく、そして恥かしい。
「え、今日???今から行くの???」子供は素直で羨ましい。
「時間が無いからね、その方がいいでしょうね」
『今の時間なら侵入も容易いと思うわよ』
「ああ、もうすぐ夕方だね。丁度、警備交代の時間だよ兄さん」
工藤兄がそれぞれに視線を送り任意を取りだす、皆が頷き、自分で止まった。
…首を縦に振った。
怖いもの見たさ、だったかもしれない、もしかしたら、見たら『たいしたことない』そう思えて自信が付くかもしれないなんて考えがあったのかもしれない、いや、空気に呑まれただけかもしれない、分からない。
作戦に協力しないなら見に行かなくていいのに、でも、だからこそ…………
兎にも角にも、【 巨漢 】を見に行くことにしたのだ。
動画の向こう側を見に、無数の言葉の先に、真相に。
無知の恐怖を和らげる為に。
薄めた毒を舐める為に。
【 巨漢 】を見に行くのだ。
11人…いや、メリーさんを含めて12人、今日集ったばかりの【 烏合ノ衆 】と呼ばれても仕方のない個性バラバラの超能力者12人は容易く自衛隊の敷いたバリケードと監視網を突破し【 巨漢 】を視界に収めた。
「…何だ、アレは」動画のコメントに『マスク男』と有ったがそれは違った、工藤兄が不安になった理由が分かった。『アレ』、【 巨漢 】、同じ人間だとは思えない醜悪な怪物が居た、本当に超能力者なのだろうか。
夕明かりに醜悪が淀む。
「マスクだと思いたい気持ちも分かるな、こりゃ… きついぜ」双眼鏡を持つマンタさんの手が震える。
「鼻に直接ガスマスクのフィルターを付けているな」
「何者なんですか… 絶対に単独犯じゃないですよね」
「造られたって事?? 人造人間的な?」
「かもしれん、だから危険なんだ」止めるなら今しかない、そういう事だ。
「人造人間…、 だとしたら…、【 巨漢 】は無理矢理戦わされている可能性も有るっていう事… ぜおか?」マスクのせいで口元しか見えていないがその歪みと口調から苦悩が見て取れる。
「いや、無理矢理やらされているって線、それはねぇぜ」マンタさんが断言する。
「此処からでも読めるのか?」此処から【 巨漢 】まで2~300Mは有るだろうか、マンタさんの力が及ばない距離だ。
「心の強さが異常だぜ、アレは」
「なるほど、130Mという効果範囲は一般的な人の心のサイズでという事か」対象が大きければ遠くても見えるという事だ、まんま視力だ。
「畑中嬢ちゃんの心もこれくらいの距離なら見れると思うが、此処が限界だ。でも、アレはこの3倍離れていても見れると思うぜ」ツインテールの少女、畑中さんをつり合いに出すという事はアストラル体の大きさが関係しているのだろう、つまり【 巨漢 】は…
「私一人でどうにかなるんだったらこんなに人は呼ばないよね… そりゃそうだよね…」
「【 巨漢 】はいったい何を考えているんですか…」何故こんな事をしているのか、その最大の疑問に迫る。
「奴は狂信者、目的は世界の最不幸による王の復活」
その言葉を発したのはマンタさんではなく誰よりも長く超能力者として生きている千寿爺さんだ。
話口調、雰囲気、全てが別人の様、今日会ったばかりで何も知らないがそれでも分かる豹変ぶりだ。
【 巨漢 】と千寿爺さん、2人に挟まれ11人の沈黙が生まれる。
「多少じゃが、昔の事を思い出したわい」そう前置きをすると御伽話の様な昔話を、思い出すように、目を細め話してくれた。その表情と漂わせている雰囲気は皆の信頼を得るに十分だった。
*
「俺…………、 アイツを殺すのに協力します」
「…私も」
「いいのか?」縦に首を振って返した。成り行きに任せてではなく自分の意志で、強く頷き返したのだ。「そうか、感謝する。」
「ピエロの王か…」
「信仰対象だからもはや神様ですよ、ね」
「現人神ってこと?」
「これからそうなるつもりなのさ、死から復活することで」
「まぁ、この場合は、人として現れた神様じゃなくて神様として現れる人、ですけどね」
「ネガティピアか、全てが事実ならば神と言ってもいい力だな」
「…狂ってやがるぜ」
「漫画やアニメの様な展開…ぜおね、超能力者と社会との戦争ぜお」
『独裁者がピエロの王の復活を求め非道の限りを尽くした、その歴史をぶり返すつもりなんでしょうね…』
「復活するかも分からない存在の為にな」
「復活しない限り不幸の連鎖を永遠に続ける事だろうな」
「だからこそ、今ここで終わらせる」
「そうじゃな…、 何があってもそうしなくてはならんのう」
「私も頑張ります、見る事しかできないけど…、頑張ります」
「……やるしかない」
全員が参加の意思を示し、今日はその場を去った。次に【 巨漢 】を見る時は殺す時だ、引き金を絞り切るその時だ。既に引き金は絞られている………
*
誰かへの個人的な怨み明確な憎しみ、それが怨霊生むと聞いたことがある。
ピエロの王はこの世界へ、社会へ向けられた途方もない、行く当ての無い、負の感情を糧に復活するそうだ。
だから、ピエロ達はこの世界は我らが王の物とか謳っている。
無茶苦茶だ。
でも、少し納得がいく。
恐ろしい事に、少し納得がいく。
それに、漫画やアニメで悪が暗黒面が強大な力を持ち、しかも、その力を簡単に授かることが出来る設定にも。
ピエロ達へ向けられる負の感情をも糧にするのだから、強くて当然だ。
恐ろしくて当然だ。
そういう存在なのだから。
*
白麗の美しさを持つ右目が青紫色で左目が赤紫色のオッドアイを持つアルビノの少女はその見た目から親に捨てられ、孤児院では物として扱われ、売られ、犯され、人としての尊厳や道徳など知らずに生きそして魔女裁判にかけられた。
その少女のこれまでの人生で一番不幸だった出来事は、己が不幸であると知った時だった。
己の魔女裁判のさなか焼かれる直前に審判委員の読み上げた文章の中に人の尊厳というものについて触れる一文があった。
そこで己がそれを一番それを犯されていると知った。
そしてこれまでの人生で一番幸せだった出来事は、その時に己の能力に気が付き焼き切れた縄から抜け出しその手で己を犯す者達を不幸にした時だ。
ただでは殺してあげなかった。
最後に慈悲の心から、不幸を与えて殺した。
自らの魔女へ対する恨みが作り出した力で殺されるのだから本望だろうと思い殺した、自業自得だと思った罪悪感など微塵も無い。
その少女は姓も名も持っていない。
その少女はただただ【 Clown=Lord 】。
全ての世界において唯一の存在なのだ。
『アハハハハハハハハハハハハハハハッ』
*
8月3日
00:45
「いよいよですね」
「準備は良いな?」
「何回目だよその確認」
「なあ!千寿のじっちゃん、もう一度形の確認をしてくれ!」
「師匠!僕にもお願い致します!ぜお!」
「ホッホッホッ、2人共心配性ですのう」
「師弟と言うよりも、まるで、孫と祖父だな」
『私はそろそろ霊体になるわね、自衛隊の撹乱は任せておいてね』
「同僚達には申し訳ないけど、メリーちゃん、よろしくお願いするわ」
「はぁ、ドキドキしてきたわ」
「動悸ですか?歳ですね」
「岸辺お姉さんに失礼でしょ」
「んぅ、では、行こう」
01:36
「もはや戦場だな」
「道は既に確認している、逸れないようについてきてくれ」
「あいつの心が膨張してきてやがる」
「私も感じる」
「やはり強いぜお」
02:03
「俺も目視した、だが、真っ暗だな」
「銃声がするな」
「猟銃からクロスボウに変えて正解だったかもな、佐藤少年のカモフラージュにもなるし」
「消音機を付けてもけっこう聞こえるものなんですね」
「あまり撃たないでほしいが、な。仕方ないか」
「力を増していますよね…」
「力を蓄えて自爆、東京を火の海にする気なのだろう」
「叩いてガス抜き頼むぜ、あんたらにしかできないからな」
「うん!任せて!」
「ホッホッホッ」
「緊張するなぁ… ぜ、するぜお!」
「最後までそのキャラで行く気なのね」
「最後」
「最後かぁ…」
「んぅ、最後だな。感謝する」
「まだ、その言葉を言うには早い」
「だな」
「メリーちゃんと文太さんの撹乱作戦うまくいったみたいですね」
「人の気配は無いのう、そろそろ分身するとしますかのう」
「なら俺達はここで」
「気を付けて」
03:23
「凄い音だな」
「猟銃とか、クロスボウとか関係ないですよね」
「ビルを一つ挿んでいるのにね」
「信じて待つしかないですよね」
「文太さんからの念話はまだか…」
04:31
『【 巨漢 】が屋上を目指し始めた!』
「予定通りね」
「いよいよか」
「報道ヘリとかは見えないね、メリーさんに感謝だね」
「これで【 巨漢 】の目論見はご破算だ。あとはアイツを… 」
04:46
『岸辺さん能力の発動をお願いします!!!』
< >
「怖いね」
「ああ、でも、きっと大丈夫だ」
「私には見る事しかできないけど、やりきりたい」
「俺なんて引き金を絞るだけだ。でも、それで人を」
「うん」
「やっぱり俺は割り切る事にした」
「うん」
「もうすぐ取り押さえられそうか?」
「うん。この空間でようやく目で追える速さって凄いよね」
「本当、凄いよな」
「うん」
「歴史に残るわけでも記事に乗るわけでもない、俺達の気持、想いは、俺達はこの想いを背負って生きていくんだよな。誰かに分かってもらえたら少しは気が楽になるんだけどな、超能力者でなければ心は読めないし、読めたとしても分かってくれるとはかぎらない。言葉も言語も文法も形式も感じ取る力が無ければ意味をなさない、口に出しても理解はされないだろうな」
「やっぱり、まだ、怖いよ」
「ああ、怖い」
「でもやらなきゃ、やりきらなきゃ、だよね」
「ああ」
「動きが止まるよ」
「角度を合わせる、ここでいいか」
「うん、来るよ」
「 」
「今!」
「 ッ」
「解除!」
「 」
「 」
「 やったのか?」
04:56
渋谷に少し遅い朝日が昇る
*
「終わった」
【 巨漢 】の倒れるビルの屋上、工藤兄がそう言葉を漏らす。
「皆ありがとう、これでようやく終わることが出来た」
「なんかやっとって感じだな…」
「達成感や喜びが罪悪感を死を癒してくれる事は無いんですね」
「難しい事は分かんないし言えないけど、私はこれで良かったと思うよ」今の気持ちを言葉にする事が出来ないまま朝日が朝靄になりて辺りを包み込む。
「着いたようだな」
「三人とも、ご苦労だった。ありがとう」
「いえ、皆さんこそ」
「本当に死んでしまったのですか?」
「ああ、ちゃんと死んでるぜ」
「ようやくだ、ようやく死んだ」
「 僕は殺してしまった、僕がもう少し強ければ」
「殺したのは俺だから大丈夫だ」
「主犯は俺だ責任は全て背負う」
「またそれだな、俺も背負うさ」
「ええ、私も」
正義の為、平和の為、集団生活の節理として、刺さった棘を排除した。
「どうすればいいんだろう、これから」
「日常に戻るのさ」
「温かな光の中へ…、 な」
「もうすぐ自衛隊が来るだろうから、帰ろう」
「な、なな何故だ!?」
「どうした!?」
*
『グッドモーニング!土曜日の朝、いかがお過ごしでしょうか??』日本語発音のカタカナ英語で若い女性が、山本アナウンサーが、街頭HVに映し出される。
『土曜日は週末、しゅうまつ、つまり、終末でーす!』スタッフの慌てる声を嘲笑う様に話を続ける山本アナウンサーの顔には亀裂の様な、それでいて薄い笑みが張り付いていた。
『今日は記念すべき良き日です!さあ!祝いましょう!』朝靄に消え入りながら響き透る薄ら笑いが彼女の本性を浮き彫りにしていた。
『カメラ止めろ!』三方向から撮られ組み合わせ映し出されていたホログラフィー映像が一辺また一辺と三辺全てが掻き消され、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたスタジオのアナウンサーが映し出された。
『えー、早朝から大変お見苦しい物をお見せいたしまして、大変申し訳ございません。今日、8月3日の東京都心の天気は晴れのち所々により雨です。改めてテレビをご覧の皆様に、山本アナウンサーが大変お見苦しい所をお見せいたしました事、心よりお詫び申し上げます』『CM入りまーす!』
*
「…つまり、マンタさんと銀太郎さんの能力を欺けたのは我らが王のお力添えのおかげなのです。勿論、私の念話の能力、心を聞き心に語りかける能力が基としてあるからこそ出来た芸当ですけどね。ラーテ、おっと、【 巨漢 】でしたね、【 巨漢 】の力も我らが王にお力添えいただいたおかげなのですよ。我らが王の力、ネガティピアは負の感情を己の力に変えるだけの能力ではないのです」
「文太、お前は何を言っているんだ」
兄弟として築き上げていたものが目の前で音をたてて崩れて行く。
「兄さん、貴方には分からないよ」
「俺達は兄弟じゃないか!」
「何が兄弟だよ、俺達に血の繋がりなんてないじゃないか、そんなものは他人だ。俺にとって兄さん貴方は一番鬱陶しい他人なんだよ」二人の顔が似ていない理由が分かった。
「親の再婚で兄弟になった俺達に血の繋がりは無いが!それでも幼き頃から共に育ってきたじゃないか… 何故そんなことを言うんだ」工藤兄弟の知り合いであるメリーさんも工藤兄に続けて言葉を重ねる。しかしそれが逆効果になる。
「 …母さんは貴方の父親に好かれようと貴方ばかりをかまっていたじゃないか!今だってそうさ!メリーさんも貴方の味方をしているじゃないか!!貴方はいつもそうだ!!!貴方に俺の気持ちなんて分かるわけがない!!!」
「そんな事で…」兄の言葉を聞き終えずに弟は怒鳴り散らす。
「『そんな事』じゃない!!!」整った顔立ちが醜く嫉妬に染まる。
そして、大きく歪む。
醜く歪む。
音を立てて歪む。
『五月蠅い』
最悪の形での喧嘩別れを迎えた兄弟を目にしたこの時、自分は考えるのを放棄してしまった。
いや、それだけではない。
もっと、別のものを、それを見て自分は考えるのを完全に放棄してしまった。
*
その存在は、透き通るように虚ろで、恨みに歪んだ瞳以外全ては白く、漏れ出し漂っている大きな煙、あるいは霧、又は靄、果ては雲、それは、光り輝く錆び付いた青銅の色をしていました。【 Clown=Lord 】の出現の一つである渋谷の再臨に居合わせた彼ら【 烏合ノ衆 】は自分の中から、世界から澱み出る恐怖によって、ぞっとするような、数多の、その澱んだ恐怖に震え上がり、苦痛と絶望に悲鳴も呻き声さえも上げることが出来ず、重さもバランスも失って、澱み出る粘着質な恐怖に包み込まれるように音も無く崩れ落ちて行きました。何よりも恐ろしいのはその存在が、まるで大衆に向けた姿であるかの様に、薄く、軽く、棘も無く、毒々しさも、禍々しさも、神々しささえも無く、作り装ったかの様な、凪の、何も包んでいないオブラートの様な、鶏卵の白身の様な、虚無な白紙の様な姿をしている事です、全てを塗りつぶす暗黒よりも、その白き姿が恐ろしい、その姿を観たから人々は白が無ではないと知ったのだろう、白とは、無も有も、善も悪も、虚無も混沌も、調和も人間も、可能性も不可能も、全てを含んだものなのだと、知ってしまったのだろう。全ては曖昧さと矛盾の中へと帰還する。
絶望、恨み、憎しみ、それら負の感情から生まれる怨念を負そのものを糧に生き死しても再誕するその存在、個人への明確な恨みなどの負の感情から怨霊は産まれやすいとされるが、その存在はこの世界そのものに対する止めとない『負』そのものから産まれている、その存在の生に終わりは無い、つまり、この絶望にも不幸にも終わりは無い。
*
二ノ宮銀太郎は発狂する。自分の進んだこの道が、手に触れた光がこの存在だと知って。【 Clown=Lord 】の能力はネガティピアだけではなかった。いや、ネガティピアの解釈を違えていたのだ。
【 Clown=Lord 】は落ちている人の耳を拾い上げるとその穴を広げ髪留めに、ツインテールを作る様に髪を束ね、落ちている血みどろのボロ布を陰部を隠すように身に巻く、現世の物をまとい、身を穢したことで【 Clown=Lord 】は顕現した。
『冥土の土産に教えてあげよう、この世で一番旨い物は生き馬の生レバーだ、特に聖獣神馬の物は旨いぞ』何だコイツは…
「弟を返せ… 弟を返せこのアマァッ!!!」立ち上がれたのは弟への想いがあるからだろうか。
『君の弟なら既に冥土だ。君も送ってあげようぞ』
「やめて!!!」岸辺姉さんが工藤兄を必死になって止める、目の前の存在には勝てないから。
『アハハハハッ、いいねぇー、情けないねぇー、その情けなさに免じて見逃してあげるよぉー』
「糞があぁっ!!!」自分も工藤兄を抑えに入る。
「あッ、ああぁッ、ああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」
「マンタさん!?」銀太郎さんに続いてマンタさんまでもが心を乱し俯き込む。
『小さき存在は哀れよのぉ』
「何なんだお前は…」
『身の程をわきまえよ人間、妾は【 Clown=Lord 】ぞ』人間、その言葉には蟲を見下しているような不愉快さが多分に含まれていた。
「人間を何だと思っているんですか…」田中さんのこんな表情は初めて見た、見ている自分までもが悲しく虚しくさせられてしまう。
『人間』
「僕達人間を何だと思っているんだ!貴様!」
『人間』
「「「「「人には心があるんじゃよ!ピエロの首魁よ!それをおざなりに投げ捨てるピエロ共は許しておけぬわ!!!」」」」」いつの間にか白き存在を取り囲み攻撃を仕掛ける「人の真価は心なんじゃよ!!!」本体だろうか、20代前半まで若くなった千寿が叫ぶ。
その心に呼応するように千寿に力が宿る。
超能力の根本はアストラルエネルギー、百年を超え生きて来た、文字通り物心つく前から鍛え上げて来た千寿の力が今、開花する。
『アハハハハハハッ』
しかし、遅過ぎた。
『人の真価は心だと? 嗤わせてくれるなよ』
一蹴
蹂躙
生みの親が誰なのかさえも知る事なく千寿がその人生を散らせた。
「師匠!!!」
「あああああぁぁぁ…」
『不幸かい? それは良かった』
「何が良いんだ」コイツはいったい何なんだ。
『不幸を幸せだと感じれるならば世界は今すぐにでも楽園になる』
「は?」何を言っていやがるんだコイツは。
『人の不幸で快感を得られる妾達ピエロはその世界では王なのだ、求められる存在なのだ』
「何が言いたいんだ」会話が出来ない。
『妾達ピエロは不幸を強いられそれを幸せだと感じなければ生きることさえ出来なかった者達だ、いや今もそうだ、だから共に味わおうではないか楽しもうではないか』
「狂ってやがる」
『お褒めの言葉ありがとう、素直に受け取るよ』
何を言ってももう遅いのだと理解した。
『悪は程よく勝たなければならないらしいな、噛ませ犬、踏み台、ご苦労』
死ぬのかな、死ぬのだろうな。
『ああ、忘れてた。お情けで見逃してあげるんだった、バイバイ』
「え?」
『ああ、死にたいのか』軽く手をかざされた、それだけで、ただそれだけで。
「あ、あああ」
『アハハハハハッ、バイバーイ』蟲の脚や翅を毟り取りアリの巣の前に放置する子供の様な無邪気な探究心を孕んだ残虐性が朝靄の中へ歩み消え行く『日輪、長かったけどようやく此処まで来たよ』その言葉を残して姿を消した。
「日輪…?」最後に残した言葉が頭を廻る。異質過ぎる存在を受け入れられず思考を放棄した頭に、唯一、まるで人間の様な、愛する者へ囁き掛ける様なその言葉だけが現実味のある理解できる言葉として頭を廻る。
「日輪って日輪、つまり太陽の事ですか?」既にその存在は此処に無く答えは返らない。
「太陽を… 昼を、か」死して眠っていた時間を夜と例えての事だろう。
「終わったのかな…俺達…」
「わからないよ…」
「これからどうすればいいんだ…」
*
「もうすぐマーキングしているビルから出て来るよ」今日の紫は少し鼻声だ。
「大丈夫か?寒いもんな」九州でも冬は寒い。
「ううん!大丈夫だよ。ありがとう」ヘルメットとマフラーで目元しか見えないが、それでも美人だと分かるのは凄い。
「これ倒したら帰れるんだよな? 夏希ちゃん覚えてくれているかな?」
「二日しか経ってないよ」何言ってんのと笑われてしまった。
「だってよ、預かったからにはさ」紫の兄夫婦が亡くなってからその子を俺達二人で預かっている。可愛くて仕方がない。
「まだよちよち歩きだけどね」
「まだ顔も分からないよな」
「え?私の事はママって呼んだよ」空耳に違いない。
「ピエロ撃つから集中させてくて」
「あはは、拗ねちゃって」別に拗ねてない。「あ、見えてきたよ」
「うわっ… あれは、デカいしキモイな」この瞬間が一番嫌な気分になる。
なんでこんな生き物が居るのだろうか… いや、分かっているさ、【 Clown=Lord 】のせいだ。そして俺達人間のせいでもある。
<パスン>
「俺の弾で死ぬって変だよな」発動中は全てを透過する『無物理弾丸』でピエロは、醜悪で凶悪なあの怪物どもは死ぬ。
「ピエロってこの世の理を歪めた存在だから、その歪んだ存在の中では能力も歪んだ影響を受けるんだったよね?」ピエロ、このほぼ不死身の生物は指一本でも残っていたら再生し復活する。無から再臨した【 Clown=Lord 】程ではないが恐ろしい能力を持っている、正に眷属といったところだ。
「翠さん曰くそうらしいな」醜く恐ろしきピエロに対抗できる人間は数少ない、百合こと西川 龍馬さんと畑中 薫さん、そして俺、佐藤 旭くらいだ。勿論他にも居るがあまり知らない。
「そういえば、薫ちゃんや龍馬さんでもピエロを殺せるようになるかもしれないって翠さんが言ってた」それは吉報だ。
「ようやく俺の仕事が減るな」龍馬さんも薫ちゃんもピエロに対抗することが出来るが殺す事は出来ないでいた。「二人共って事は武器か何かか?」龍馬さんはその電気の性質を活かし翠さん作のパワードスーツを装着し戦っている。薫ちゃんは肉弾戦だ、薫ちゃんもという事は機械的な何かである可能性は低い。あの子は加減知らずなうえに機械音痴だから扱いきれないだろう。
「なんか変な金属らしいよ」なんか変な金属では正直言って分からないが、だが、翠さんが作った物だからなんか変な金属で合っているだろう。
「そんな物まで作ってしまうとは、あの人本当に凄いよな」翠さんも超能力者だ。止まっている物体に対する流動性の与奪、と言うイカレた能力の持ち主でもはや超能力者の域に居ない。本人曰く『血は流れ、風はそよぎ、水面は揺れ、時は流れる。私の能力とはなんと脆く儚い物なのだろうか』とのことだ、言いたいことは分かったが何を言っているのか分からなかった。
「同性として尊敬しちゃうなー、あの紅い義手もカッコイイよね」翠さんは右腕が義手だ。
「『腕が無ければ作ればいい』、だったっけ?」彼女は他にも『街を護り新たに造る予算も人手も無いなら、街自身に護らせ造らせればいい』とか言って自己修復とトレース、分裂増殖、自己製造を行えるナノマシンを街中にばら撒き街を生き物にした。湧き上がる浮き上がる3Dプリンター、そんなイメージの動きでナノマシンが建物を建築してゆく様は見ていて圧巻だ。資材を置くだけで街が出来上がる、古い建物を独りでに解体してゆき新たな建物に建て替える、敵が来たら壁が出来て侵入を阻む、建築において人間のする事はデザインだけとなってしまった。俺達は世界が変わった瞬間に居合わせている。
「うん!凄いよね!」銀髪をたなびかせ凛とした彼女は紫をはじめ多くの女性ファンを獲得している… 別に羨ましいわけではない、本当だぞ。
「翠さんの凄さは能力じゃなくてIQ・SQ・CQと人柄だからな、あれはスゲーよ」天才って居るんだなと理解させられた。
「だね。 クシュン」 …クシャミだ、可愛い。
(クシャミを可愛いと思うとか、俺どうかしているな、寒さのせいだなきっと)
「帰ろうか」
「うん!」
5年前、【 Clown=Lord 】に出会ってしまったあの時から今だに、自分達がどうすればいいのかは分からない。でも、愛する人を愛せる幸せが続いて欲しいと思っている、願ている。そして、行動もしている。ソレしかできないから、かもしれない。が、それでいいのではないかと思っている。だって今が幸せだから、それが続いてゆくならそれでいい、それがいいのだ。
「そうそう、マンタさんと銀太郎さんが人生相談所を開業するらしいぞ」【 Clown=Lord 】により受けた心の傷を見事に回復させてみせたあの二人はその経験と能力を活かし悩み迷える人々の手助けをする事にしたそうだ。工藤兄、勇樹さんと岸辺姉さん改め優子姉さんは結婚し幸せな家庭を築いている。俺達も見習いたいと思っている。
「何その人生相談所、最強じゃん」
「だな」
「じゃあ次は私の番だね、えっとね…」フッ、私の番とは何だろうか、可愛いので別にいいが。「あ!メリーリークスからの情報だけどね」メリーさんは幽体になりチート級の情報収集を行いネットに晒している、いつか捕まるのではないかとハラハラドキドキしている… メリーさん本人が。
「街を護っているナノマシンの管理システムってあるじゃん、あれのねコミュニケーション用人型モジュール、アンドロイドの名前が決まったらしいよ」
「へー、どんな?」
「日輪って書いて『ひのわ』だってよ、私達が【 Clown=Lord 】との事を翠さんに話したからだよね」苦笑いも可愛い。
「だな」『太陽が奪われるなら、自分達で太陽を創ればいい』とか言ってそうだ。「翠さんらしいと言えばらしいな」
「太陽は、人生の輝きは、自分達の手で創り出せばいいんだよね」そうかもしれない、紫のこの笑顔を奪われたくない、だからこそ自分達の手で輝きを創り出すんだ。
「夏希ちゃんは俺達の輝きだな」そして亡くなった兄さん家族の輝きでもある。
「うん!」いつかは紫と俺の… 今日の俺はおかしいな、いや、だとしたら紫と居る時の俺はいつもおかしい事になるな、そっとしておこう。
嗚呼、幸せだ。
『アハハハハハハハハハハッ』
時は流れ行く。
Next→ 【 マトリョーシカ ~百旗の帰還~ 】
お読みいただきありがとうございました。
第四部投稿がいつになるかは分かりません。
では、前作の解説兼ヒントに移ります。
地点F~魔物の戦争と屍の冒険譚~ について
作中でも触れましたが、戦争と冒険譚は誇張されるものです。改ざんされるものです。
共通言語システム、それはつまり誰かによって再翻訳されているという事です。
地点は視点。
SFをサイエンス&ファンタジーと読んでいますが、本来のSFのFは…
挿絵が上半身しか映していないのは偏った視点を示唆しています。
地Fのロゴにクエスチョンを禁止するようなマークが入っているのは、つまりその逆、全てに疑問を持てということです。
他にも色々ありますので、地Fの次話投稿をお楽しみください。いつになるかは分かりませんが…
では、またの機会にお会いできることを楽しみにしております。