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9話「新たなスキル、絶対的脅威」

 そっとおでこを撫でられる感覚に意識が覚醒へと向かう。

眠気もほとんど消えているのを不思議に思いながら感覚を感覚として機能させる。

全身を委ねる柔らかさと、どこか甘いような不思議な香り。

やや枕が高いような位置にあるような気がするが、寝起き前の曖昧な感覚などその程度だろう。

そして寝起きのためにゆっくりと目を開くと……。


視界の先、そのほとんどを覆うようにネイトの顔が見下ろし、視線が交差すると可愛らしく微笑んだ。

「おはようございますー、ご主人様(ますたぁ)!」

この位置でネイトの顔があり、右の側頭部にはネイトのお腹が当たっている。

つまりこの頭の下の柔らかさは太もも!


「やっぱりよく考えると膝枕っていうより太もも枕だよな……」

「さすがの私もー、膝枕をしてあげて最初の言葉がそれだとは予想してませんでしたよー……」

やや予想外というように苦笑いを浮かべて俺の髪をさっと撫でる。

覚醒すると恥ずかしさから飛び起きるが、ネイトは悪戯っぽい笑みを浮かべて「もう少し寝ててもいいのにぃ」と呟くのだった。



「さて、それじゃあどうしますかー? オンラインに行きますー?」

そう聞いてくるネイトにどうするか考え……。

「さっきみたいにお前と戦ったら俺は強くなれるのか?」

「それはもちろんですー。ここは現実と違って、積み重ねたものが目に見えて実感できますからー、私の動きがちゃんと見えて反応できるようになればー、オンラインでも相当上手く立ち回れるはずですー」


それを聞いて、よりやる気を漲らせる。

「おー、やる気ですねー。じゃあ私も少しだけ本気を出しますよー」

ネイトがそう言った直後、深い青色の足下から剣の柄のようなものが突き出し、そのあとやや刀身が姿を表した。

横幅は人の肩幅にも近いほど広く、普通の剣というより大剣の類だろう。


「ドゥアムテフ!」


ネイトの放った言葉とともに、その大剣が引き抜かれてその全身を現す。

肩幅ほどの幅広な刃は長さも、人間サイズとしては小柄なネイトの背丈ほどある。

しかも大剣が引き抜かれると同時に矢を備えた弓と、頑丈そうな鋼鉄の盾が出現し、彼女の周りを舞っていた。


「ちょ……!?」

「これが私の本気ですよー!」

「反則じゃねぇか!」


「大丈夫ですよー、殺しはしませんからぁ」

恐怖を煽る決まり文句に震える体を無理矢理落ち着かせて剣を構える。

「いきますよー!」


大振りで、しかし似つかわしくない速度で横方向に振り抜かれるそれを身を屈めて躱し、その直後の間を狙って前に進もうとした俺を目がけて自動の弓から矢を放たれた。

「危な!」

それすらもなんとか避けてネイトの目の前に迫ると一瞬の間に剣を振り上げる。

しかし、これまた自動で動いているような盾に横殴りにぶっ殺されて地面を転がる。

顔を上げると既に、ネイトがその大剣を縦に振り下ろそうとしているところだった。



(いて)ぇ……」

真っ青な空間に倒れる俺を、全ての武器を片付けたネイトが見守っている。

「ようやくスキルが発現したみたいですねー」

スキルの使い方を聞くと、頭の中でスキルの名前と使いたいという思考を思い浮かべるだけで発動するんだとか。

解除に関しても同じような手順らしい。

よーし……インビジブル、サイレント!

「おおーー! 消えてますきえてますー!」

実は使っている張本人には自分の姿が見えたままなのだが、どうやら他人からは声を発しても遮断され、姿も見えないらしい。


そこでこっそりとネイトの後ろに回って、驚かせようとしたのだが、ネイトには見えているのか普通に目で追ってきた。

「サポート人工知能の私まで見えなくなっちゃったらー、連携が取れないじゃないですかー」

どうやら、ネイトには見ようとすれば見えるらしい。



 とりあえず使いこなせるようになったこのスキルを貴重な戦力としつつ、とりあえずオンラインの第5階層、アヌビス砂漠に飛び込んだ。

砂埃に顔をしかめてあたりを見回すと、鈴とユノがのんびりアフタヌーンティーを楽しんでいるのを見かけた。

「よお、鈴」

「あ、優くん! 遅かったね!」

「ちょっとうちの人工知能と特訓しててな」

ついでに現在のこの階層について聞くと、鈴はあまり大きな変化はなさそう、とだけ答えるだけだった。


「ところがどっこい、実は裏で物凄い騒ぎもあったのさ」

いつの間にか現れた凛華(りんか)さんとそのサポート人工知能のエクスが歩いてきて、真剣な雰囲気でそう言った。

「何かあったんですか?」

「ウチのメンバーのひとりが亡霊(ファントム)に喰われてね。負けたついでに大会へのモチベーションもごっそり失くしちまったらしいんだ」


凛華さんの言葉に俺と鈴が絶句し、ネイトとユノがやや困った顔をする。

「ひとり欠けるってことですよね?」

「ああ、そういうことになるね。いちおう、上限に達していないパーティでも大会に出場はできるけど、人数が少ないほど補える弱点も少なくなる」

「じゃあ新しく誰かを探して……」

「声はかけてあるさ。あとはそれが応じるかどうかって話なのさ」

凛華さんはやや苦笑しながらそう答える。


『公式』の側に立つ彼女がそう言うのだ。もしかしたら関係者を他に呼んでくるつもりなのかもしれない。

「ちなみに、喰われたメンバーはアンタらとはまだ顔も合わせてなかったはずだし、まあ問題はないだろ」

そう豪快に言ってしまえるのは凛華さんだからだろう。


「それよりまずはビショップの奴の問題をどうにかしないといけないね」

「いつぐらいに戻って来るんですかね?」

「早くても夜中。現実の時間にしてまだまだ時間はあるってことさ」

「……」

「ははっ! 心配しなくたって暇潰しは考えてあるっての」


「暇潰し?」

「ああ、『領地獲得』さ」

「エリア……ゲッター?」

「『領地獲得』はー、バーティで獲得、管理、防衛をする陣地のようなものですよー。一定数以上の人数で組んだパーティでしか利用できないものでー、パーティ全体の戦力強化になりますー」

「ってことさ。それじゃあ行くよ!」



 領地。スマートフォンゲームなんかでよく見かける、補助効果のある建物などを時間やアイテムで育てるあれにシステムは似ているらしく、ものによってはスキルスロットが増えたり、アイテムや武器などの携行数増加、パラメーターなど様々な恩恵があるらしい。


各パーティには元々所有する小さな島のような領地がそれぞれ与えられているらしく、基本的にはパーティメンバー全員がその中身に干渉できる。

「ただし、初期のこの領地は攻撃や防御がほんの少し上がる程度。しかも他のパーティの初期も同じってことは、結局大したことはないってことだね」

凛華さんの説明を聞いて浮かんでくるものがひとつ。

つまり、より効果の高い領地を得るには他のパーティの持つ領地を何らかの方法で手に入れるか、あるいは何かで購入したりするのだろうか?


「手っ取り早いのは他のパーティのものをそっくりそのまま力ずくで奪っちまうことさ。そうすりゃあその領地とそこにあるものが全部アタシらのもんになる」

勝ち気に笑いながらその両方の拳を合わせる。

最初から戦って勝ち取るつもりのようだ。



「それじゃあ行こうか。一応これも私闘と同じで普通に死ぬしデスペナルティもあるから、くれぐれも負けんじゃないよ!」

そう言ってエクスが生み出した扉の先に行くと、リゾート地のような綺麗な砂浜に出た。

メンバーは俺と鈴、凛華さんとお餅さん、人工知能のネイト、エクス、3号、ユノの合計8人だ。

背後には海が広がり、正面には小さめの街のようなものが見える。

「ま、最初とはいえ小さいところを選んでもいらないからね。100レベル前後で固められているところに来たんだ」


「ええー? 私まだまだレベル低いですよー!?」

このパーティで1番レベルの低い鈴が恐れと驚きでそう叫んだ。

彼女の現在のレベルは32。ネイトとの特訓でレベルを上げて35に、なった俺も含めて大した戦力にはならない。

「サポートメンバーとその人工知能は直接の戦闘はできないし攻撃もされないから大丈夫よぉ。基本は回復したり能力変化させたりしていればいいしぃ」

ユノの言葉に鈴が安堵の吐息を漏らすが、逆にこっちは気が気でない。


お餅さんと凛華さんは強いのだろうがこっちはレペルそのものが低く、あるのはまだ手に入れたばかりのスキルのみ。

ネイトがいるとは言っても、複数で攻撃をされるようなことになれば……。



「さあ行くよアンタたち!」

凛華さんがその言葉とともにネイトを伴って前方の街のようなところに向かっていく。

「基本的にはパーティの長とその人工知能を無力化できればこっちの勝ちだ! あるいは敵の本拠の中心にある魔石を破壊する!」


街へ書けながら説明された勝利条件をしっかり頭に入れながら、実戦を行う6人で街の奥に見える大きめのコンクリートの建物に向かって突き進んでいると、双剣を持った二人組が立ち塞がった。


片方はガッシリした体型のスキンヘッドの男。

その隣に並び立つのは、青白い顔色の青いネコ耳の少女。

「ネコ型か……速度系だねぇ」

「それならここは、僕と3号で相手をしようじゃないか!」

「任せるけど、負けんじゃないよ!」

「ま、美しさを損なわない程度には善処しようか」

そう言ってお餅さんは虚空から現れたリボルバー式の拳銃を左右の手に握る。

それとほぼ同時に3号がどう見てもただのお盆にしか見えない金属の丸い板を手のひらの上でクルクルと回し始めた。

「ここは私とマスターに任せて皆さんはどうぞ先へ」


涼しい顔でそう言い放つ3号に頷いて残りの俺と凛華さん、そしてエクスとネイトがその戦場をやや迂回して敵の本拠へと再び進行を開始する。


「敵さんのパーティは上限の10人だ。サポート以外に戦えるのがまだあと6人は残ってる」

建物の入口には守備についているらしいユーザー2人と人工知能2人が立っていて迂闊には近づけそうにない。

「途中でオフラインにでもなってくれれば楽なんだけどね」

「ちなみにその場合はどうなるんです? 不参加とか?」

「ユーザーと意識を切り離したアバターをNPCが動かすのさ。それなりに使うけど、動きは読みやすくて倒しやすいんだ」


凛華さんは少し考えて立ち上がった。

「アタシとエクスで入口の連中を引きつけるから、アンタはその隙に中に入って敵のリーダーか魔石を破壊する。いいね?」

「わ、わかりました!」



 建物に入ることはさほど難しくはなかった。

インビジブルとサイレントの併せ技のおかげで認識すらされずに入ることができたのだ。

もちろん、凛華さんが敵の気を引き付けていたというのもある。

そこでコンクリートの建物に入ったのだが……。

「魔石らしいものも敵さんのリーダーもいない?」

中身はただの住居と同じくキッチンやリビングのような部屋にテーブルやイスなんかが配置されている本拠らしくない場所である。


「そこですねー」

ネイトが指さしたのはテーブル。正確にはその下に敷かれた布。

それが意味するところを察し、テーブルを動かすと、案の定そこには地下への階段が隠されていたのだ。


階段を下りて突き進んだ先には薄暗いが広い空間。

そこに、倒れたユーザーとその人工知能がいた。


「相手のリーダーがもうやられてる……?」

そう認識した直後、背中を撫でられるような嫌な気配を感じ、すぐに身を翻した。



 薄暗い闇の中に佇むより一層の深い闇。

真っ黒なコートは闇に溶け込んだそれのように重く見える。

相変わらず全身が漆黒で覆われたその男の右手には派手な装飾のサーベル。

「逃げましょうご主人様(ますたぁ)!」

前回と同じようにネイトが俺の手を掴むが、あの落ちるような感覚はやってこない。

「どうして階層を移れない!?」

ネイトが慌てた声をあげたのと、ファントムが目の前に瞬間移動してきたのはまったく同じタイミングだった。


全てを飲み込んでしまいそうな漆黒から、同じ闇色の革手袋に包まれた右手が伸び、ネイトの細い首を容赦なく掴む。

「こいつを殺したくなければ抗え」

低く振動するような声で亡霊は告げる。

抗えば助けられるかもしれない、と嘲笑うように、


「く……こんのぉおお!」

ネイトの全身が淡く光を放ち、亡霊の腹部を蹴り吹っ飛ばす。

しかし、吹っ飛びはしたものの、まるで効いていないように着地し、直立する。

「私の本気、見せてやる!」

ネイトはその可愛い顔を真剣な色に染めてその亡霊を見据えた。


「ドゥアムテフ!」


呟きとともに淡い輝きは全身からその両手へと集まり、地面から生えてきた大剣を一息に引き抜く。それと同時に弓矢と盾が生み出され、ネイトの周囲に自動で展開する。そして、俺との特訓ですら見せなかったほどの何かを伴った一閃と、連続で放たれる矢が亡霊へと振るわれた。


「私の持つ本気なんだからこれで……え?」

ネイトの驚愕の短い悲鳴の意味は俺にも理解できた。

少し離れたところにいた俺でさえその威圧と勢いに吹き飛ばされてしまいそうだったそれを受けてなお、亡霊はまったくの無傷で立っていたからだ。


その肉体はおろか、その黒いコートに砂埃すら落とすことはできず、圧倒的な絶望がのしかかってくる。

「オラァッ!」


その言葉とともに亡霊の背後に拳ひとつで飛び込んできた仲間に、確かな希望を感じたが、それと同時に巻き込みたくないという想いが湧いてくる。

見れば凛華さんとエクスだけでなくお餅さんと3号も来てくれているようだ。


「……うるさい奴らだ」

亡霊はやや意識を向けただけで、再びこちらを見つめた。


直後、俺とネイト、そして亡霊は……駆けつけた味方の前からその姿を消した。

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