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8話「結ばれる縁、そして睡眠」

 ゲームはずっとしていられるものではない。

ゲーム以外の予定であったり、食事やトイレなどで嫌でも現実に引き戻されてしまうからだ。

それはこの最先端のゲームであっても例外ではなく、俺はすっかり夜中となってしまった現実で自分の部屋のベッドに寝転んでいた。


VRSGが我が家にやってくる以前と異なるのは、スマホのデスクトップに映る銀髪美少女である。

俺のサポート人工知能である彼女は、現実世界においてもスマートフォンの中にあって俺の相談などに乗ってくれるらしい。

とは言っても、この真夜中にはなぜか彼女も気持ちよく熟睡しているのだが。



 結局、夜中に寝て次の日の朝早くに起きた俺は、完全に寝不足な頭を叩き起しながらさっさと朝食や着替えなどの準備を終えて、高校生らしく高校へと向かう。


夏休み前というのはどこか浮かれた雰囲気があるような気がするが、今年の俺は特に夏休みが待ち遠しく感じられる。



「やっほー、なんか楽しそうだね!」

高校の最寄り駅から高校までの徒歩で、ゲーム仲間で同級生の高嶺(たかみね)鈴蘭(すずらん)に後ろから声をかけられた。

「…………あぁ、(すず)か」

「反応遅くない? 考え事?」

「夏休みについてちょっとな」

「あー、引きこもろうと思ってるんでしょ!」

「……正解」


ご主人様(ますたぁ)は引きこもり思考ですねぇー」

俺のスマホの中で眠そうに欠伸をしたネイトがそんなことを言った。

「あ、ネイトちゃんおはよー、眠そうだね」

「私は常に眠いんですよー」

「お前、学校とかでは喋るなよ? うるさいから」

「大丈夫ですよー」


うちの学校は進学校というほど厳しくない。

一応は私立ではあるが校則や校風が全体的に緩いのだ。

少し離れたところに進学校の私立があるが、そこに比べれば平均的な学力に劣り、しかし生徒達はのびのびとした者や独特な者が多い。


例えば、今まさに廊下を歩く俺たちの前にいる、食パンを袋ごと持ち歩いて食べている彼である。

「お、おう、なんだ優か……びっくりさせんな」

「はぁ……それで、今日は何に追われてんの?」

「超恐ろしい金髪の外人だよ! 俺のことを追いかけてるんだ!」


この奇妙な男子生徒。名を紅林(くればやし)御影(みかげ)という。服装こそ制服のズボンに半袖のワイシャツという普通のものであるが、いかんせん頭が残念である。

こんな普通の男子高校生をわざわざ追いかける物好きなどそうはいないだろうに。

ちなみに、この追いかけてくる相手というのは数日ごとに変わる。

先週はオッドアイの美少年に追いかけられていると言っていた。


「き、来やがった!」

そんなことを考えていたら御影の表情が化け物を見たような恐怖に変わり固定される。

これもいつものことだが、そうして彼が視線を向ける先にその追跡者の姿は……いた。


いや、いつもはいない。今回が特異中の特異なのだ。

まさかうちの女子生徒の制服に身を包んだ金髪の美少女がいるとは思わなかった。

少しツンとしたつり目気味の目つき、染料なんかでは作り出せない綺麗な金髪のロングヘアー

宝石のような碧眼。

全体的にシャープで、髪型や服装次第では美少年にも見えるかもしれない輪郭や顔立ちやスタイル。


「あんな人……この学校にいたか?」

俺の絞り出した言葉に隣の鈴がブンブンと勢いよく首を横に振ってくれる。

「俺まで御影の妄想にやられちまったのかよ……」


でもあの人……どこかで見たことある。何かの雑誌だったような気がするからもしかしたらモデルだったりするのかもしれない。


「何か?」

じっと見ていたのが気に入らなかったのか、見た目通りの強めの口調で問われ、隣の鈴と同じ動きで首を横に振ってしまった。


通り抜けて職員室に入っていった美少女を目で追ってから、俺は同級生の妄想男に視線を向け、そのパンを1枚勝手に食す。


「お前も、たまにはホントのことを言うんだな……お前を追いかけてはなかったけど」


俺の意外だ、という意味を含んだ言葉に苦笑いする同級生とともに、俺たちは教室へ向かったのだった。



もうここまで重なってくると何かに取り憑かれているんじゃないかと思えてくる。

最近俺に憑いたものといえば常に睡魔と戦う銀色の人工知能くらいだが、あるいは彼女が呼び寄せているのかもしれない。


よりにもよってさっきの金髪美少女――エリアル・リタ・サザーランドという転校生は俺と同じクラスで、しかも席が真後ろという巡り合わせである。


「であるからして、43ページの5行目の先ほどの文章は、その次の段落の始めのそれと同じものを指し……」

転校生がいても現代文の教員はいつもと何も変わらず授業を進める。


そんな時、授業の最中に背中を何かの先端でツンツンとつつかれた。

「……何でしょう?」

同級生に対してなぜか敬語で、それでも小声で問いかけると、サザーランドさんは申し訳なさそうに俺の机の上を指さし――。

「教科書、貸してくれませんか?」

と呟いた。


隣に借りようと思ったが隣の席の男子……御影は早くも爆睡。

仕方なく前の俺に頼むことにしたらしいのだ。

「ちょっと待っててください」

窓際の後ろで、しかも現代文の教員は生徒達の行動に対して無頓着である。

多少無理矢理だが、俺の椅子を真横に向けて教科書を彼女の机に置く。

見にくいものの、これでどちらも教科書には目を通せるわけだ。


「ありがとう、優しいのね。あなた」


そう言う彼女はにこやかではないが、たしかに好意的な笑みを浮かべてくれた。



 午前中最後の数学の授業も同じような体勢で終了すると、いつも通り昼飯の緩い時間がやってくる。

俺は通学途中にコンビニで買ってくる派で、学食戦争派ではない。

御影は常に学食戦争に参戦する戦士であり、時には戦死、時には大勝利と青春っぽい昼を謳歌しているようだ。


後ろを見ると状況がよく分かっていないらしいエリアルさんがキョロキョロと教室を見回したあと、そっと席を立って廊下へと消えていった。


学食に向かったのでなければいいが……。

昼時の学食は学食としての機能を全うしてくれない。

席は少ないし混みすぎて時間内に食事を終わらせるのが難しい。

購買は在庫がなぜか少なくあっという間に品切れ。

これが毎日の戦争である。


案の定、お腹を少し押さえながらしょぼくれた様子で戻ってきた彼女はやや落ち込んだ様子で机に突っ伏した。

「ねぇユウ、もしかして学食とか購買って毎日あんななの?」

机に突っ伏したまま、こもった声で彼女はそう切り出した。

それだけでこの短時間に彼女に起きた出来事を察し、俺はほとんど反射的にコンビニの袋に手を突っ込んでいた。



「これ、食べるか?」

あっという間に敬語も消え失せた俺が差し出したのは何の変哲もないコンビニのおにぎり。具はツナマヨ。

ツナマヨは神である。


「……いいの?」

俺が無言で頷くと今度は弁当箱を持った鈴が近づいてきた。

「よかったら、このお弁当も食べて!」

「いいの? えっと……」

「私、高嶺鈴蘭! 鈴でいいよ!」

「……ありがとう、スズ」

「でもお前、自分のは?」

「ううん、いいの。あんまりお腹空いてないから」

するとエリアルさんが、少し俯き、すぐに顔を上げた。

「それなら一緒に食べましょうよ! 友達みたいでそのほうがいいわ!」

凛とした声でそう提案する彼女の顔にはとても楽しそうな笑顔が浮かんでいた。


「なになに? 俺も入れてくれよ!」

「あなたは嫌よ。なんか嫌」

「オゥ、ショックッッ!」

頑張って輪に入ろうとした御影がなぜか欧米風に玉砕すると、エリアルさんは笑いながら「イッツジョーク!」と言って彼も会話に加えた。


俺はその時それほど楽しいと感じてこなかった学校を、ちょっとだけ、楽しいと思った。



 「へぇ、エリアルさん、ゲーム好きなんだ!」

ひょんなことからガールズトークが一気にゲームズトークに早変わりした昼休みの教室の隅で、エリアルさんはその瞳を輝かせる。

「私にかかればどんなゲームもあっという間に極めてしまえるわ! まあ、たまに勝てない相手もいたりはするけど……」


そんな話を聞いた時、俺の中で何かがつながった。

エリアルという名前、そしてゲーム好き。

思い出されるのは黒いローブを来た金髪で幼げな美少女。

彼女は1度だけその名を名乗った。


ビショップ・エリアル……と。


確信はないが、可能性は高い。

話し方や見た目がやや違うものの、それはあくまでゲームの中の話である。

「最近ハマっているのは対戦格闘ゲームの『リアルファイトVR』かしらね。あれは燃えるわ!」

彼女の言う『リアルファイトVR』は、VRSGのオンラインモードとは別に配信されている格闘ゲームである。

「へ、へー、エリアルさんはVRゲームが好きなんだ。ってことはVRSGを持ってるのか?」

「トーゼンよ! 一流のゲーマーなら普通のことね!」

その大きな胸を張られて思わず顔を逸らす。しかし逸らした先には鈴の大きめな胸!

仕方なくまた別の方へと首を向けるとそこにはエリアルさんの胸を凝視して鼻息を荒くするこの場唯一の同性御影の姿。


「お、オンラインモードとか、どのくらいの階層までいってるんだ?」

それとなく情報を引き出すため、エリアルさんの胸を見つめる御影を見つめながらエリアルさんに質問を投げてみる。


「そうねぇ、今は第8階層かしら。なかなかその上に上がれないのよね」

「サポート人工知能は?」

たしか、ビショップは人工知能を連れていなかったはずだ。

「え? 受け取ってないわよ? だって邪魔じゃない」

確定だ! この人はビショップ・エリアルと同一人物で間違いない!


「ちょっとすごい汗だよ? 優くん大丈夫?」

「あ、ああ……少し運命に呪われただけだから大丈夫……」

「全然大丈夫そうじゃないどころか手遅れ!?」


だってゲームの中で一悶着あって、ついさっきと言っていいくらいの時間に亡霊に斬り殺された相手と現実(リアル)でエンカウントするとか一体どんな確率だよ!


「オンラインにはひとりぶっ飛んだのがいてちょっと最強の座を諦めようかとも思っているけど……」

と言った彼女の頭の中にはきっとファントムと対峙した時の光景が広がっているのだろうか。




 そんな奇跡のエンカウントを経て、午後の授業は俺ひとり謎の気まずさを感じながら授業を乗り越え、気がつけばすでに放課後。


「オンラインで偶然会えたらいいわね!」

と言って別方向へと歩き出した彼女と別れ、俺はさっさと家に帰ってきた。

着替えや水分補給、そして軽い軽食をさっさと済ませてVRSGの中に入ると、電源をつけてダイブした。



 少しの浮遊感とともに広がる深い青一色の世界。

スマホから戻ってきたネイトが眠そうに目を擦りながら出迎えてくれた。

「今日はどうしますかー?」

「前回、スキルを覚えるって言って結局お前が爆買いしただけじゃないのか?」

「ああ、そうでしたー。はい、どーぞ」

差し出されるスナック菓子をとりあえずひとつ食べる。

食感から味まで細かく感じられる。


「このスナック菓子がスキルの素になっていてー、それを食べた状態でバトルを何度か行うとスキルが発現するシステムになっていますー」

「それはまた……変わったシステムだな」


「本来は人工知能も含めてノーヒントですー。どの飲食物がどのスキルなのかー。またこのスキルのシステム自体伝えませんー」

嗜好品を求めてお菓子とかを偶然買って、そのあとバトルをしたら発現するというわけだ。

「それで、このスナック菓子のスキルは?」

「その名も『インビジブル』ですよー!」


名前だけで察しはつく。

つまり姿を消せるスキルというわけだ。

「インビジブルは見た目だけを消すのでー、足音とかはそのまま残ってしまいますー。そこでこれをー」


次にネイトが差し出してきたのは肉まんだった。

「みんなあまり買わないですけどいいスキルですよー」

「肉まんにはどんなスキルが?」

「『サイレント』っていうスキルでー、足音や呼吸音、声まで全ての自分から発される音を遮断してくれるスキルですー。さっきのインビジブルと同時発動すれば最強ですよー!」



 しかし、どちらにしても発現させるためには戦闘を幾度かこなさなければならない。

そこで俺はネイトと模擬戦を行うことにした。

ネイトの補助なしでネイトと直接戦おうというのだ。

「サポート人工知能との模擬戦自体はみんなやってますよー」

とのことなので俺もそうすることにしたわけである。


ネイトは素手で、俺は何の変哲もない普通の剣。

ネイトの実力はこれまでの短い期間でも見ている。

想像もつかない速さでの高速戦闘と強力な打撃。

だから、最初は動かなかった。


「いつでもいいですよぉー。……ふわぁ〜あ」

「っ!」

欠伸が始まる直前、俺は駆け出した。

完全な無防備の状態。

その隙をついたはずの俺の作戦をお見通しであったかのようにネイトがニヤリと笑ったのを見て、急いで歩みを止め、両腕を剣ごと顔の前でクロスさせた。

ほとんど闇雲な動きだったが、動作の直後にそこに信じられないくらい重い何かが打ち込まれた。


閉じてしまった目を開くと、楽しそうに口元をわずかに歪めたネイトの右の拳が俺の腕すら砕いてしまおうと伸びていたのだ。

「がっ!?」

防御も虚しくガードごと殴り飛ばされてネイトとの距離が離れると、ネイトは再びゆったりとした動作に戻った。


「必要な時以外にー、無駄に消耗する必要はありませんよー」

そう言って眠そうに両目を擦り、ゆらゆらと揺れる。

それが誘いなのか、あるいは本当に眠いのか、それともどちらでも俺の対処は簡単にできるというのか。


その後、剣を握り、拳を握り、持てるスキルをすべて使い、その全てがネイトの拳と蹴りで返される。

数分後には真っ青な世界で疲労困憊の俺が倒れているだけとなった。


「ひとまず休憩にしましょうかー」

ネイトの眠そうな声に軋む体を無理矢理引き起こす。

それでもふらつく俺の体を、瞬時に隣に移動したネイトが支えてくれた。

「この世界の疲労は現実とリンクはしていませんがー、回復にはそれなりに時間が必要ですー」


何もない空間にネイトが手をかざすと、あっという間に大きめのベッドが生み出される。

「ゆっくり寝ていてくださいー」

ほとんど無理矢理ベットに沈められると、あっという間に睡魔に飲み込まれた。



「ん……?」

どのくらい眠っていたのかはわからないが、どこか窮屈さを感じて意識が微睡みから戻ってくる。

それと同時に体に接している布団とは別の柔らかさの感覚。

ほとんどヘッドロックされているような接し方に違和感以上のものを感じてゆっくり目を開くと、目の前に広がったのは青地に白のハートが大量に描かれたパジャマだった。

目の前の部分はその内側からやや盛り上げられているように控えめな主張をしていて、俺の視覚を覆い尽くしている。そして甘いような不思議な香りで鼻腔が刺激されてしまう。


そう、眠っている俺の頭を胸に抱いてネイトが寝ているのだ。

つまり俺の目の前にあるこの膨らみは……。

「う、うおおお!?」

らしくないくらい勢いよく起き上がり、ネイトの拘束から抜け出すと、急いで状況を頭で処理して処理して処理しきれない。

収まってくれない鼓動を無理矢理抑えようとして余計に意識してしまう。

あんなに大声で驚き、無理矢理に近い形で飛び起きたのに肝心の銀髪はスヤスヤと穏やかな寝顔を晒している。

「まったく……自由なやつだな、ホントに」

そう言いつつも顔は熱く、自分でも分かるくらい口元が緩んでしまっているらしい。


「ん、ご主人様(ますたぁ)……もう少しだけ」

せっかく起き上がった俺の頭を寝ぼけたようなネイトが再び抱き寄せてしまい、しかもガッチリとホールドされてしまう。

じっくり寝たはずなのに襲いくる強力な眠気に抗うのを諦め、恥ずかしさと柔らかさの中で、永遠とも思える安眠へと落ちた、


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