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7話「亡霊か、それとも死神か」

 地平線の彼方まで延々と果てしなく続くような広い砂漠。雲ひとつない快晴から降り注ぐ日差しが大地を焦がし、灼熱の砂漠へと変えているその場に相対する集団がふたつ。

片方は黒のローブで全身を覆った集団とその仲間らしい数人。そしてその前方遠くに展開する様々な格好の男女。

黒ローブ集団が総勢にして50人前後。広い砂漠と比べるとだいぶ規模が小さく見える。

そしてそう見えてしまう原因はもうひとつ。

その数十倍はいようかという相手集団。数百なのか数千なのか、その判断すらできない大軍。

しかしそれを前にしても事の中心にいる金髪で小柄な少女は慌てた様子もない。

「低レベルなプレイヤーが寄り集まったところで私のいる戦場(ゲーム)では所詮は蟻のようなものだ」

むしろ一層楽しそうにその両手の中で匕首(あいくち)を弄んでいるほどだ。


「それにしても多いな……、現実(リアル)はもうすぐ夜中だってのに」

「むしろ夜中のほうがオンラインはユーザーが多いですよー」

日中に学校や会社に行っている人間にとっては夜中こそ遊ぶための時間というわけだ。

「貴公はまだまだレベルが低いのだから前線に行く必要は無い。安全なところから参戦しろ」

ビショップは敵を見つめてウズウズと体を動かしながら俺にそう言った。

「そろそろ始まりそうですよー」


ネイトの言葉通り、双方からは殺気のようなそれが放たれている。

一触即発。

しかし、緊張は呼んでいない客によって動揺と戦慄の色に染まることとなった。


亡霊(ファントム)だ!」

「なんでこんな時にこんなところに亡霊(ファントム)が!?」

突如として敵陣営から聞こえるざわめき。

直後に人の壁がいっぺんに宙を舞い、波を描く。


「まずいな……。ビショップ軍、総員撤退だ!」

ビショップの焦りに黒ローブたちもどよめき、転身した。

撤退の最中、少しだけ振り返って見えた光景は、亡霊(ファントム)の持つ派手めな装飾の剣が、敵陣の最後のひとりを貫いたところであった。

圧倒的物量、しかもそれぞれが決して弱くはないそれをほんの数分ですべて殺めてしまうような怪物。

漆黒のその姿は亡霊(ファントム)というより死神(リーパー)のほうが相応しく思えるものだった。



「どうしてこのタイミングで奴がやってくる! あいつの目的は何なんだくそ!」

ビショップが怒りをあまり柔らかくない砂の地面に叩きつけた。

「……エクス、どうかしたか?」

「……来てますのん」

凛華さんが首を傾げながら放った問い。

それに対するエクスの答えに場が戦慄し、凛華さんはグローブを、ビショップは匕首を、それぞれ構えた。


黒のロングコートに黒の帽子、砂漠に似つかわしくない厚着で全身真っ黒の男は。この前にはなかった派手めの装飾の細めの剣、サーベルを持っていた。

亡霊(ファントム)、なぜ貴公がこの階層にいるのか」

ビショップは匕首を手の中で回しながらファントムと対峙する。


理由(こたえ)が欲しいか?」

全てを震わせるような声。

まともに彼へと意識を向けられているのは恐らく凛華さんやビショップなんかの達人たちだけ。

「最強を目指すのに理由(こたえ)がいるか?」

「最強? 何を言っている!」

「ひとつだけ、言っておく。この世界(ゲーム)において、お前たちに栄光の勝利はない」

「……随分な自信だな!」


刹那、ビショップは駆けた。

黒いローブが舞い上がりながら砂を巻き上げて灼熱の砂漠を駆ける。

すべては一瞬に亡霊を殺すために。


達人レベルの神速から繰り出される匕首の一閃と投擲。

例えどちらかを躱してもどちらかに命を奪われる必殺。

しかし、ファントムは軽く腕を、剣を振った程度だった。

それだけでビショップの首が砂の上を転がり、少し遅れて残った肉体が前のめりに倒れて絶命。

結果として、勝負は一瞬であった。


「なんて出鱈目だ!」

「そんな……馬鹿な……」

戦慄するネイトの手を無理矢理に引いて凛華さんや残った黒ローブたちと敗走を試みる。

亡霊が追ってくることはなかった。



 なんとか無事に……と言っていいかは分からないが、少なくとも俺たちは無傷で圧倒的脅威から逃げ、ビショップの隠れ家に戻って来れていた。

安堵にため息を漏らしながら凛華さんが水を一息に煽る。


「あの速い斬撃、普通の動きじゃない。チートか……。もしかしたら例のチート集団のリーダーって可能性もあるねこれは……」

凛華さんは汗を拭いながら震える体を無理矢理落ち着かせているようだ。

「ネイト、大丈夫か?」

俺の心配はネイトだった。

ファントムと対峙したあの時から顔は驚愕で固定され、こちらの言葉など少しも届いていないような様子だ。


「エクス、なんかわかるか?」

「あのファントムと呼ばれるユーザーからは人工知能の気配がありましたのん」

「でも前に話した時には人工知能は邪魔だから受け取ってないって……それに、近くには誰もいなかったし……」

「それでも、私たちと同種の人工知能の気配があれから感じられたのは確かですのん」

「……あいつ自体が人工知能だったりするのか?」

「さっきの気配だけだと人工知能の気配が強すぎてよく分からなかったですのん」


そしてその話をしている最中も驚いた表情の銀髪はフリーズしている。

「仕方ありませんのん。あまりユーザー様たちの前でやりたくはないですが……」

縦ロールのロリっ子はゆっくりとネイトの正面に移動すると、ゆっくりそのまま……。


「ん……」

そのネイトの驚いた口元に唇を重ねた。

「ん!? んーー!」

直後、さらに驚いたネイトが両手足をバタバタさせるが、なぜかエクスが離れる気配はない。

「ん……エクス……やめ、ん……」

ネイトがなんとか声を出そうと口を開いたのをチャンスと見るやエクスはさらに激しく唇を重ねた。

そのまま艶めかしく舌を……。

「まったくぅ、何やってるのよぉ」

後ろからユノに襟首を掴まれてエクスが引き離された。

「さすがの私でもこんなにディープなのは引くわぁ」

「ネイトンを正気に戻す時はいつもこうだったからつい、ですのん……ごめんなさいですのん」


「そうだ! ユノならネイトの驚きの理由も分かるんじゃないのか!?」

「もちろん、わかりますぅ。ただぁ、ネイトと同じで信じたくはないですけどぉ」


「あれは……私たち管理人工知能の1人……ユピテルの気配です」

ようやく意識が戻ってきたらしいネイトがそう言葉を紡いだ。

「あの気配は旦那様(ユピテル)のもので間違いないですぅ」

首を縦に振り、ユノも肯定する。

つまりユノやネイトと同等の存在がファントムに深く関わっているということだ。

「そのユピテルっていうのはどういう奴なんだ? 敵なのか?」

「私たちと同じようにぃ、ユーザーのサポートをしながらチーター集団を追っているはずですよぉ」

「そのユーザーがファントムってことか……?」


とにかく、今はまだどうなっているのか知る術はない。



 結局、ビショップと相手のメンバーたちが戻ってきて仕切り直されるまでこの階層での争いは動かないだろうということで、俺は皆と別れて第4階層のニョルズ広場へとやってきた。

騎士団本部で高難度のクエストかスキル獲得クエストを受けることが目的だ。


「この『緊急回避』って名前的には役に立ちそうだよな」

「自動で1度だけ攻撃を避けてくれるスキルですー」

欠伸をしながらネイトはスキルの説明をしてくれる。

「スキルって複数使えんの?」

「一応は。ただー、スキルは同時に覚えられるのが5つまでと決められていますー」

「使用コストみたいなのは?」

「強力なものにはデメリットも多いですよー」

もしかしたら瞬間移動とかにもデメリットがあるのかもしれない。


「瞬間移動はー、スキルのスロットを3つ使う代わりにそれ以外のデメリットはありませんー」

つまり瞬間移動を使う凛華さんやファントムは瞬間移動を含めて3つしかスキルを持てないというわけだ。

「じゃあこの緊急回避のやつ受けてみるか……」

ネイトが頷いてクエストの開始場所へと向かった。



クエストの達成条件はスケルトン40体の討伐。

アンデッド系のモンスターは物理攻撃が効きにくいものの、HP自体は低いため案外簡単に倒せるらしい。

ネイトの(ソード)形態(フォルム)の攻撃力は反則級に高いらしく、スケルトンレベルなら圧倒できるんだとか。


指定された洞窟の中を灯りもなく進んでいくと暗闇の中で何かが蠢いた。

「これがスケルトンか……」

人の形の骸骨。ただ、背丈は2メートルは超えているだろう長身であり、それが群れるように10体ほどの集団を成している。

「じゃあまあ、軽ーく……」

そう、軽く済ませようと思った。


その視線の先にその亡霊が立ってさえいなかったならば。


「なんで……お前がここに……」

上の階層であれだけのことをしてわざわざこちらに下りてくる理由に心当たりがない。

もし本当にこいつが亡霊ではなく死神だと言うのなら、砂漠で見かけた俺を殺しに来たということか。

異常を感じたネイトが剣から人の形へと戻り、俺を背に守るように立った。


「やっぱりユピテルを使役してる……!」

ファントムはその派手めな装飾の施されたサーベルを一振してネイトに向ける。

「く……!」

ネイトは俺の手を掴んだ。


刹那、全ての意識は理解の及ばない何かに飲み込まれ、ただただひたすらに落ちていくような感覚に全ての神経が撫でられる。

緊張で強ばる体の唯一の逃げ場はネイトに掴まれている手だけ。


どれくらい落ちただろうか。

数秒か数分か、あるいは時として表せられないほんの僅かな一瞬であったのか。

そのどれにも感じられるほど落ちた気がする。


視界に広がるのは見たことのない天井。

そして見たことのないくらい心配した顔で俺のことを見下ろす銀髪美少女の顔。

――ああ、俺、倒れてるんだ。

起き上がろうとしても酷い船酔いのように体が重い。

ご主人様(ますたぁ)ご主人様(ますたぁ)!」


「う……ん……。気持ちわりぃ……」

俺が今の感覚を素直に述べると、可愛らしい心配顔が涙を零して歪み、俺の胸元あたりに埋められた。

ご主人様(ますたぁ)! よかった、ご主人様(ますたぁ)!」

らしくないくらい泣き、喚き、落ち着いたのはネイトが俺の服を涙でびしょびしょにしたころだった。


「ここは……どこなんだ?」

一瞬ゲームから現実に飛び出したんじゃないかと思うくらいリアルな部屋の中。

中世の建物とか異国の建物とか、そういうリアルではなく、俺がよく知る現代日本における住居の一室のようなものだ。

ただ、馴染みのある雰囲気や見た目というだけで、その部屋そのものを知っているわけではないが。


「ここは第10階層。現在開発途中の階層なので、私たちの他には作業をしている人工知能しかいません」

普通では入ってこれない場所。

経緯はなんとなく理解できる。

さっきまで何が起こり、何と対峙していたのかも。

「あいつは……亡霊(ファントム)は?」


「私も咄嗟に階層を飛び越えましたから……」

ネイトが眠そうでないことも、こんなにしおらしくなってしまっていることも違和感がすごい。

こちらがネイトの素なのかもしれないが、それだけ彼女には余裕がなくなっているのかもしれない。



「あら? あらあら?」

今までに聞いたことのある声に意識と目線を足元のほうへと向ける。

開かれた扉から入ってきたであろうその人の姿を、名前を、俺は知っている。

如月(キサラギ)さん?」

「お元気そう……ではありませんわね。そもそもどうして一般のユーザーである貴方がこの階層にいらっしゃるのでしょう?」

如月さんは警戒をしつつ、事情を知っていそうなネイトへと鋭い視線を向けた。



 ネイトから事の顛末を聞いた彼女は顎に手を当てて考える素振りを見せた後、分からないというように近くの木製の椅子に腰掛けた。

「そもそも今回の任務、貴方たち管理人工知能を投入するのは2人までとなっていたんですわ。だから貴方とユノをそれぞれのユーザーに預けた後、ユピテルにはこの10階層に戻ってもらったはず……」

「もしかしたら管理者(ますたぁ)ならわからないかなー?」

いつもの調子に戻ったネイトが眠そうにそう、問いかける。

マスターって……俺のことじゃないの?


「一応(わたくし)のほうで主任や技師に聞いてみますわ。そのファントムとやらも気になりますから」

「そうだ如月さんー、ここのスキル持ち帰っちゃダメー?」

「……理由を聞いても?」

「また狙われたりした時に身を守りたいからー」

「……いいでしょう。私の権限で許可します」

「ありがとうー」


ネイトは悪戯をする時の子供のような笑みを浮かべ、それを見た如月さんから大きめのため息が漏れる。

「くれぐれも、本来の役割を忘れないように」

「はーい」



 如月さんと別れ、慣れ親しんだ家屋から出た俺が見たものはこれまた見慣れた光景。

ビルやらマンションやらが立ち並び、西洋建築の流れを汲む現代日本の住宅が立ち並ぶ。

コンビニ風の建物やファミレスのような建物が並ぶ様はまさしく現実の日本のそれと変わらない。

「本当ならまだ非公開の場所ですけどー、急いで転移したらここに来ちゃいましたー」

ネイトは眠そうに、しかし可愛らしく笑い、少しおどけたように俺の手を握った。

「ここにはまだ公開されていないスキルも揃ってますからー、それをお土産に元の階層まで戻りましょー」


ふわーっと欠伸をしてからコンビニのような建物に入ると、ネイトは籠を手に持ってお菓子やらカップ麺やらパンやらを適当に詰め始めた。

「どこがスキルなんだよ……」

どう見ても適当に買い物をしているようにしか見えないネイトは一通り籠が目一杯になるとそれをレジ台に置いた。


「あ、ネイトお姉さま!」

ゆるふわな金髪美少女がニコニコした笑顔でネイトに笑いかけてその手をバーコードの読み取り機に伸ばす。

「あれー? 私からお金取るのー?」

ネイトの平坦気味に紡がれた言葉にゆるふわ美少女の伸びた手とその表情が固まった。

「お、お姉さま……?」

「あー、お金必要だったー?」

「いえ……そのー……」

「計算するからー、ちょっと待ってねー」

「い、いいですよ? 私が立て替えておきますから……」

「でも返せるか分からないしー」

「か、返すのはいつでも……」

「そうー? 悪いねー」

「そうはいかねぇよ!?」

(いだ)っ!?」

そう言って品物を受け取ろうとしたネイトの頭を、割と本気で殴りつけてやったのだった。

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