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6話「ビショップ、お餅」

 第5階層、アヌビス砂漠。

永遠を思わせる灼熱の砂漠の中にある石造りの家が並ぶ街並み。

人工知能による管理が行われていない唯一の階層であり、パラメーターやスキル、アイテムなどを賭けたプレイヤー同士の非公式な私闘が頻発しているちょっとした無法地帯だという。

それでもなぜ人工知能による管理がされていないかと言うと、私闘そのものが経験値となること、敗北してもペナルティが軽いことなどから、問題がないということで管理がされていないらしい。


「この階層に達するということは戦闘技術も向上しているということですからー。理論上、レベルだけが高いプレイヤーのほうが強いですがー、身のこなしなんかが優れたプレイヤーならノーダメージで勝利することもできますからぁー」

つまり私闘をしてもレベル差だけで決まるわけではないということだ。


「おうおう、管理の人工知能が二次元(こっち)に来てるとは聞いてたがまさかサポートとしてとはなぁ!」

騒がしく近づいてきたのは砂っぽい黒の髪をすべてツンツンに立てた筋肉ガチガチのオッサンだった。もちろんアバターでしかないため実年齢はわからないが、言動も含めて年上であることはなんとなくわかる。

「社員の方ですかー?」

(おう)よ! この階層は表立って人工知能の管理がねえからな。こうしてユーザーとして見回ってるってわけだ」

もしかしたら話し方や見た目も街並みの景観や雰囲気に合わせているのかもしれない。

「でもよぉ、なにもこんなやばい時にこの階層に来るこたぁねえだろ」

「……? 何かあるんですか?」

「この階層は人工知能の管理がされてねえ。だからって、誰にも支配されてねえ全くの無法地帯ってぇわけでもなかったんだ。ユーザーたちがパーティとは違う非公式な集まりで派閥を作って支配しててよ。

元々は100レベルを超えるベテランプレイヤーが3人でそれぞれの組織を組んでたんだが……」

「元々は、ということは今は違うんですか?」

「ああ、つい数日前のことだ。見かけねぇ低レベルのプレイヤーとその仲間らしい奴らがその3つの組織にまとめて宣戦布告したわけだけどよ、すでに2つは壊滅。残るひとつも何とか踏ん張っちゃぁいるが間違いなく落ちるだろうな」

「上層部は特に関与しないってー?」

「上層部の嬢ちゃんは放っておけとしか言わなくてな」

ネイトは首を傾けて少し考える素振りをしながら、とりあえず中心部へと歩みを向けるのだった。



 「お前たち、プレイヤーだな! お互いの装備をかけて決闘を申し込む!」

街の中心部を歩いていると、真っ青な鎧を着たおかしな男とその人工知能らしい少年の2人組に突然決闘を申し込まれた。

「ネイト、どうする?」

「私がいれば大丈夫ですよー」

そのネイトの言葉に頷いて男に視線を向ける。

「その決闘、受けて立――」

「その決闘、私が受けてやろう」

立つ……と言い切ろうとしたところで、言葉に合っていない可愛らしい少女の声が響いた。


「なんだと? お前どこの……」

そう言った男の表情が、凍り付く。

「ふふふ……そうだ、お前たちの敵を滅ぼし、お前たちを滅ぼすこの私が受けるというのだ」

俺の後ろから、やがて隣に並び立ったおそらく少女は黒いローブを纏い、その顔をフードで隠している。わずかに覗ける口元は邪悪に笑い、ファンタジーの悪役のようにしか見えない。

「……司祭(ビショップ)!」

男はその一言だけ呟き、その足を数歩退いた。


「バトル!」

少女の口から放たれた単語の意味するところは分からないが、この場の空気が重い何かで支配される。

ご主人様(ますたぁ)、離れたほうがよさそうですよー」

ネイトに手を引かれ、その場から少し距離を取る。


離脱した俺たちにさっきの男が寄ってきて黒ローブを指さした。

少女(あれ)が司祭だ。例の新参者の」

「レベルは?」

「22だ。それでレベル100超えのリーダーを含む集団を圧倒したってんだからどんだけバケモンかわかるだろ」

そんな会話をしている間にも絡んだ男の投げた飛び道具を容易に躱して、どこからか取り出した匕首(あいくち)を少年と男の首にそっと当てて、次の一瞬に素早く一閃。

勝負は極めて呆気なく決まっていた。


このゲーム内において痛覚は害のない程度に抑えられはするものの、死亡と同じ状態になると24時間オンラインのプレイができなくなるらしい。

倒された男と人工知能も数分野ざらしにされた後、だんだんその姿が薄れて消えていった。

「余計な世話だったなら謝ろう。この階層は現在、私が統一する過程にある。面倒ごとも多いからな、気をつけろ」

黒ローブは俺やネイトにそれだけ伝えると、強い風の吹く砂漠へと消えていった。



 さて、この階層の状況がわかった俺はネイトを連れて娯楽エリアである『レストラン』へとやってきた。

「この階層の突破条件は?」

「レベル50への到達ですー」

白身魚の切り身を小さく切り分けて上品に口に運んだネイトがやはり眠そうにそう答えた。

ふむ、今回は単純な条件でレベルアップだけというわけだ。

「ならさっそくレベル上げるために戦闘エリアに行くか」

「あー、それなんですけどー」

やや気まずそうにネイトは口元に笑みを浮かべ……。

「ここの階層ー、戦闘エリアありませんー」

「……は?」


寂れた大きな建物。元々は戦闘エリアであることを想定されていたらしい建物は既に廃墟というより遺跡のような見た目でしかない。

「ここが管理から外れることが決定してからー、この施設の中身を管理していた人工知能もいなくなったのでー」

「じゃあどうやってレベル上げるんだよ……」

「他の階層の高難度クエストをクリアするとかー、私闘でもレベル上がりますしー」

「え? レベル上がんの?」

ならどうしてあの黒ローブのレベルは低いままなんだ……?

「ああー、あれは嘘情報ですよー」

「嘘?」

「表示させてる数字を何かのプログラムで変えてあるんですー」

「じゃあ実際のレベルは……?」

「レベル128でしたー」

「はぁ!?」

「この階層だとー、レベルが高すぎると決闘がを受けてもらえないからまあ仕方ないですねー」

「じゃああの黒ローブはそうやって組織されてるプレイヤーたちを狩ってるってことか?」

「そうですねー、高階層のスキルも持っていましたけど使っていませんでしたしー、あれは単純にプレイヤースキルが高い類の人ですねー」


「その通り、この私がこの無法地帯を統一するにはそうするしかないからな」

突然の声に振り返ると、黒ローブと、その仲間たちらしい奴らがいつの間にか俺を半包囲するように立っていた。

「おっと、警戒させてしまったならすまない。私たちは無闇で無意味で無価値な私闘を是としない」

そのあまりよく見えないフードの陰から鋭い眼光が俺を射抜いたような気がした。

「貴公はこの階層に慣れていないと見える。どうだ、私たちと行動を共にするつもりはないか? 私ならば貴公のレベルを必要なだけ上げてやることができるぞ」

レベルの偽装やレベル調整のような発言。もしかしてこいつはネイトが探しているチーター集団のメンバーなんじゃないか?


「断ったら……どうするつもりだ?」

「どうもしない。ただ、先ほどのように私闘を申し込まれても一切の助太刀は今後しない」

ただし――と、ローブは続け、その手に匕首を握った。

「私のチートの事を知っているのだ。貴公の記憶は奪っておかなければならない」

相手の数は奴を含めて8人。数でもレベルでも圧倒的に不利。

ネイト一人でどこまで戦えるかはわからないが……避けられないのであればやるしかない。


「おっと、そうはいかないのさ、アンタたち」

「仲間のピンチに駆けつける僕……ああ! なんて美しい……!」

ローブたちの背後に現れたのは俺のパーティメンバーである凛華さんと、言動的に仲間らしい薄紫色の長髪の男性。そしてそれぞれの人工知能。

片方は凛華さんのピンク縦ロール、もう片方は金髪のツインテールの人形のような少女。

「ほう、数さえそろえれば勝てると思っていたのか、と問おうと思ったが、まさか『女帝(エンプレス)』が来るとは思わなかった」

「こっちもまさか仲間に絡んでんのが『司祭(ビショップ)』だとは思わなかったよ」

互いに互いを敵視するように睨みあう。

不意に黒ローブがそのフードを脱いだ。


ネイトの銀色とは違った輝きの、ボサボサに乱れた短い金髪。凛華さんたちのほうを向いているせいで顔や表情はわからないが、少なくとも穏やかな表情ではないのだろう。

「今この場で、このビショップ・エリアルと一戦交えるつもりか? 女帝(エンプレス)よ」

「まったく、たかがゲームの名前に大層なものと肩書をつけるじゃないのさ。似合わない話し方までして。相変わらず中二病拗らせてんじゃないのかい?」


その時、何かが突っ張って裂けたようなピキッという音が聞こえた気がした。


「う、うるさい! この私をバカにするのか愚か者よ!」

「そう、怒るなよ。アタシとアンタの仲じゃないか」

凛華さんはあくまでも笑いながら友好的に、対するビショップは狼狽えるように。それにしても、さっきから互いをよく知っているような口ぶりだ。


「ま、アンタがお望みならアタシは構わないけどさ」

そう言って凛華さんは革のグローブを引き締めて拳をグッと握る。

「お前たちは下がっていろ!」

ビショップの言葉にその仲間たちが離れて距離をとった。

「なあ、ネイト。あのビショップって人も実は社員だったりしないか?」

「凛華さんは元々、フリーのプロゲーマーでしたからー。もしかしたらその時のお知り合いかもしれませんねー」



 少女はローブをはためかせながら黒い風となって凛華さんのほうへと駆ける。

対する凛華さんは姿を認識することすら難しい速度で繰り出される匕首の小さな刃をギリギリの間合いで身を引いて躱し、すかさず右の拳を突き出した。

両者とも達人(廃人)の域に達したプロである。

鋭い威力を伴った拳は無防備に近いはずのビショップの胸を確かに打ったが、ビショップは平然と立ち上がって匕首を構え直したのだ。


「ち、身のこなしが軽い奴を相手にするとやっぱり分が悪いかい……」

凛華さんは優勢に見えるというのに顔を悔しそうに歪め、1歩下がった。

「命の奪い合いをしようというならこっちも本気で()らせてもらうが」

ビショップは両の手に匕首を握り、再び重い空気のようなピリつくそれに場が支配される。

「本当に物騒だねぇ」

凛華さんの楽しそうな声は俺の近く、もっと具体的にはビショップの真後ろから聞こえた。

その姿を伴って。



 決着は結局、瞬間移動という現時点で最強の戦闘スキルを持った凛華さんの勝利に終わった。

とはいっても命は奪わず、ただ背後から殴り飛ばして無力化しただけだが。

「で、ビショップ。なんでアンタがこのエリアを統一しようと?」

「統一すれば私というプロフェッショナルの名がより広く響き渡ることになるだろう?」

「そんなに有名になりたいのか、万年4位のアンタが」

「うるさい!」


「あのー、それで凛華さん、この人は……?」

ビショップが根城にしているという寂れたバーで行われる和やか……とはいかないまでも比較的穏便な話し合いに耐えかねて気になってたことを問いかける。

「この女の名前はビショップ。世界的な大会から小さな大会までとにかく色んなゲームの大会に参加するプロゲーマーのひとりさ。このゲームの最初期からの古参ユーザーでもある。腕ははっきり言ってかなりいい。でもなぜか大会の規模に関わらず、出場する大会では常に4位。結晶の舞台に上がったことすらないんだよこれが」

「う、うるさい! 『準決勝』とかベスト4とかいう言葉が悪いんだ! あれのせいで緊張して……」

頬を染め、俯きながら萎んでいく声を絞り出す少女は近くの仲間に肩を叩かれて慰められていた。


「彼女は僕たちプロゲーマーの間では有名人でね。非公式なら優勝レベルの実力の持ち主なんだよ」

薄紫色の長髪をした男性――名前を『お(もち)』さんというらしい彼がその長い髪を撫でながらそうフォローを入れる。

「それで、お餅さんはどうしてここに?」

凛華(リン)さんから連絡をもらったんだ。『大切な仲間が4位に攻撃される!』ってね。どうだい、それで駆け付けた僕は! かっこいいだろう?」


反応に困っているとお餅さんのサポート人工知能が飲み物を全員に誇んできてくれた。

「そういえば2人の人工知能の名前聞いてませんでしたね!」

「アタシのパートナーのこいつは『エクス』って言ってね。まあ、アンタのパートナー(ネイト)より位が下のやつさ」

「エクスはー、私じゃなくてー、ユノの直属なんですー」

エクスはそのピンク色の縦ロールを揺らしながら俺のほうに一礼した。


「それで、お餅さんのは?」

「あー、名前か……考えていなかったなぁ。……何がいい?」

お餅さんはまさかの問いを自らの斜め後ろに控えていた金髪ツインテールにメイド服の美少女にぶつけていた。

「え? 名前ないんですか!?」

「私のことは3号で結構です。名前などありません」


「ネイト、どういうこと?」

「あれは最初期、つまりこのゲームの前身となった恋愛シミュレーションゲームのオペレーターとして造られた人工知能だったはずですー。私もそのころにはまだ造られていなかったので詳しくはありませんがー」

「そう、僕はこのゲームの原型が世に送り出された時からこのゲームを愛したベテランなのさ!」

そしてこのお餅さんとその人工知能である彼女も、やはり俺たちのパーティのメンバーなのだという。



 「ところでどうだ? 私と手を組んでこの第5階層を統一しないか?」

司祭(ビショップ)は極めて真剣な表情でそう切り出した。

「この司祭(ビショップ)と、『女帝(エンプレス)』と、そこの2人が手を組めば今すぐにでもこの階層を統一できることだろう。見たところそっちの銀髪を連れた貴公はレベルを上げたいようだしな」

その可愛らしい声に似合わないまるで騎士が使うような毅然とした話し方で少女は俺を指し示す。

「幸い、残りのグループはトップこそ110に達しているがその他は30か50くらいのレベルでしかない」

「他に強い奴はいないってことか……」

「アタシは対人戦闘のいい訓練になるからいいけどさ。アンタたちはどうなんだい?」

凛華さんの質問に俺とお餅さんが同時に頷いた。


「遅くなりましたー!」

後から遅れてやってきた我がパーティのサポート要員である(すず)を加えて、俺たちの初の集団戦闘が、すぐそこまで近づいて来ていたのだった。


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