5話「亡霊、パーティ加入」
第4階層ニョルズ広場。人工知能ニョルズによって管理されている階層であり、その景観は港町を模したものである。
一人前のプレイヤーからベテランまで多くのプレイヤーが集い、施設の数や種類も豊富なことから他の階層に比べて賑やかである。
戦闘エリア『騎士団本部』や研究エリア『ラボ』などはわざわざ上の階層からベテランが足を運ぶほどだとネイトは言う。
「鈴はレベル上げて後から来るって言ってたけど大丈夫かな?」
「ユノがついてますしー、そんなにかからないと思いますよー」
人工知能の中でも最上位に近いネイトとユノ。それぞれが俺と鈴のサポート人工知能であり、それぞれがチートを使う連中を探し出すためのエージェントである。
「とりあえず騎士団本部に行ってみるか」
隣を歩く銀髪美少女の欠伸と頷きを見て、俺たちの歩みは戦闘エリアのほうへと向いた。
「騎士団本部は基本的に高難度クエストを扱っています。パーティ専用クエストや人工知能も参加可能の超高難度級クエストまであるのが大きな特徴ですね」
騎士団本部の受付のお兄さんの説明を受けてクエストの一覧を開くと、確かにクエスト名の前に赤文字で「高難度」と記されていた。
「もっと低いランクのクエストを受けるにはどうすれば?」
「第3階層のギルドまで戻っていただければ受けられますよ」
「……この訓練クエストっていうのは?」
「訓練クエストは達成すると様々なスキルを獲得できる特別なクエストです。高難度で、パーティでの参加は不可。人工知能も参加ができません」
その説明にいったん受付から離れ、小声でネイトに耳打ちする。
「前みたいにお前が武器になってアレを突破できるか?」
「できますよー。武器が自由なものを選んでもらえればー」
「わかった」
「じゃあ、このクエストをお願いします」
選んだクエストは『10人組手』というもので、10人の騎士と同時に戦闘する対多人数戦闘クエストである。
受付の人の心配する態度も無視して騎士団本部の奥へと足を運ぶと、10人の騎士が鎧と剣を身に着けて整列していた。
「これより、10人組手を開始する。……始めっ!」
号令とともに騎士は5人ずつに分かれて左右に散開する。
俺は余裕の表情で銀色に輝く刀を鞘から引き抜いて構え、右側の5人へと飛び込んだ。
すれ違いざまの一閃で二人を斬り捨て、返す刀でもうひとりを無力化する。
残った二人の攻撃を刀で受け止め、次の一瞬にはそいつらの首を斬り飛ばしていた。
「……お前えげつないな」
ここまでの戦闘のほとんどはネイトが半自動的に実行しているため、俺は大して何もしていないのである。
同じ要領で残った半数も処理し、ほんの数分で高難度クエストをクリアしたのだった。
「もらったスキルってどうすれば使えるんだ?」
「基本的にはー、手に入れた時に装備されてますよー」
「で、この『戦闘補助1』ってのは?」
「私がご主人様にやってる半自動の劣化版ですねー。つまり意思とは関係なく攻撃や防御を少しだけ補助してくれる、というものですー」
「常にネイトが補助してくれるわけではないしまあ、無駄ではないかな?」
「いえいえー、必要ならいくらでも補助しますよー」
「お待たせぇ」
「優くん、お待たせ!」
ネイトとの話が終わったタイミングで鈴とユノのコンビも合流した。
「ここの階層の突破条件は?」
「ここはぁ、……なんだったかしらぁ?」
「ここは対人戦闘シミュレーションで1度勝利することですよー」
「ネイトったらぁ、やっぱり覚えてたのねぇ?」
「さすがにねー」
「それで、対人戦闘シミュレーションってのは?」
「今まで戦ってきたのがNPCですがー、次は他のユーザーさんを相手にしようってことですー」
「つまり戦闘能力がないといけないのか……」
「そこは私たちがいるから大丈夫よぉ。生半可なプレイヤーなら例えこっちのレベルが1でもオーバーキルできるわぁ」
確かに、チートすら超えた最強の反則技である。
というわけで騎士団本部へとやってきた俺達は別々の部屋でそれぞれの対戦相手を待つことになった。
今回は人工知能込みでの戦闘だからネイトは人の姿のままだ。
「これってレベル差は考慮されないのか?」
「されませんよー、レベルが高い相手と戦闘を行うとレベルが一気に上がりますしー、負けても特に何も無いのでー」
眠そうに欠伸するネイトをぼんやり眺めていると、俺たちだけの部屋にそれが現れた。
「……なんだ、新人が相手か」
黒のコートに黒の長ズボン、地味なほど真っ黒なファッションの男は表情を少しも変えずに俺の隣に座った。
しかし、人工知能を連れている様子はない。
「あの、人工知能は?」
「……俺は人工知能を受け取っていない。いても邪魔だからな。拒否した」
その言葉に隣のネイトがピクリと反応する。
「そっちの、お前強いな?」
その言葉にネイトの表情が一気に真剣なものへ変わる。
「さあ、行くぞ」
対戦場は先ほどの組手で使った屋内の広い部屋。
一定の距離に向かい合って立つと、開始を示すブザーが反響した。
直後、ネイトが後ろに吹っ飛んだ。
ネイトがさっきまで立っていた場所にはすでに真っ黒な男が左の拳を突き出して踏み込んでいる。
「がっ!? はぁ!」
床を転がりながらもネイトはすぐに立ち上がって前を見据えるが、男はすでにそのネイトの真後ろに立っていた。
「ネイトうし――」
体重を乗せた男の裏拳が容赦なくその可愛らしい顔を殴り飛ばし歪ませてしまう。
「くそ野郎!」
激昴する。
なぜか心は怒り、体は勝手に男の方向へと進まんとしていた。
怒号は咆哮のように激しく、しかし男は少しも怯まない。
それを示すように男の拳は一撃で俺の感覚と意識を刈り取ったのだった。
「痛つ……」
「あれは凄まじかったですねー」
「あれはチートなのか?」
「いえ、逆にチートを使ったらあそこまで正確な動きはできませんよー、彼はあらゆるスキル、能力を会得し、技術を極め、このゲームのシステムを理解した最強プレイヤー。『ファントム』の名を持つこのゲームの頂点に君臨している人ですー」
「つまり廃人ってことか……? タイムアタックとかして最短時間狙うような?」
「はいー。さすがはレベル150ですねー、油断しましたー」
「は? 150!?」
「現在解放されている最高レベルですー。噂では会社の社員さんじゃないかと言われているんですよー」
「実際どうなんだ?」
「わかりませんー。社員さんだろうと私たちには識別する術がありませんー」
噂が真実である可能性はあるってことか……。
「まあとにかく、次で勝てばいいんです」
そう言って待機していたところに、次の対戦相手が入ってきた。
燃えるように紅い長い髪をボサボサに揺らして、気の強そうなつり目で俺をネイトを順に見ると、驚いたように口をわずかに開いた。
「お、なんだ。ネイトじゃないか! ってことはそっちはこの前の高校生だね」
「その喋り方……須藤さん!?」
「凛華でいいよ。こっちの名前も『リン』だしね」
「ネイトンまでいるなんてまずいのですよん」
凛華さんと一緒に入ってきたのはピンク色の縦ロールヘアーのロリっ子だった。
ピンク色の派手なドレスを着た彼女はネイトを見てやや顔を引き攣らせている。
「ま、管理者の一端が相手だってんなら不足はないねぇ。アタシもこれでも公式に認められた腕なんだ。負けるつもりはないよ!」
「でもどうして対人戦闘シミュレーションに?」
「ああ、新しいスキルを習得してね。その試し打ちさ」
「あああ……ネイトン相手なんて怖いですよん!」
「静かにしてな。あとネイトンって呼び方はやめて。謎解きとか嫌いなんだよ」
「それ違うゲームの人だろ……」
隣のネイトは人工知能なのだから謎解きシリーズくらい出来るかもしれないが、こっちは銀髪の美少女だ。あのオッサンとは似ても似つかない。
「さて、じゃあ始めようか」
そう言って凛華さんは両手の革製の茶色いグローブをギュッと引き締めた。
はっきり言って容易い相手ではない。でも、こっちにはネイトがついているし、戦闘補助も付いている。
開始の合図と同時にロリっ子がネイトの前に飛び出した。
「ネイトン、ごめん!」
ほとんど抱きつくようにホールドすると、ネイトがたじろぎながら体をくねらせて振りほどこうと踠く。
そして俺の方には右腕を引きながら接近してきていた凛華さんの姿があった。
初撃の右ストレートを何とか避けると、今度は1度引いた右足を押し込んできた。
俺の意思とは無関係に俺の左足が動き、彼女の膝が伸びきる前にその膝を軽く打って蹴りの威力を殺した。
「はん! やるじゃないのさ。手加減して突破させてやろうかと思ったけどそんな気遣いは無粋だねぇ!」
楽しそうに
1度距離を取るために後ろに飛び退くと、その俺の真後ろにすでに凛華さんが立っていた。
「これってさっきの人と同じ……!」
終わった。
そう思った俺の背後から凛華さんが吹っ飛んだのは直後の一瞬だった。
ネイトが危機一髪という表情で凛華さんを殴り飛ばして無事勝利を収めたのだ。
「いやぁ、負けた負けた」
「ネイトンを抑えきれなかった私の責任ですのん。……しゅん」
「仕方ないさ、アンタじゃ上位はとめられないってのは分かってたしさ」
「それにしても最後に使ったあれは何なんですか?」
「あれは恐らく最強に近い対人戦闘スキルだと思うよ。『瞬間移動』ってやつさ。制御は難しいし習得もかなりの難易度だけど」
「じゃあ、ファントムが使ってたのもそれなのか……」
「ファントムのやつと闘ったのかい!? それでどっちが勝った?」
「手も足も出ませんでしたよ」
「あっはっはっは、さすがにそうだろうな。ウワサじゃアイツは超高性能な人工知能じゃないかって話しさ」
「私が見た限りではー、人工知能ではなく人間のユーザーじゃないかとは思いますけどねー」
「誰なんでしょうね?」
「ま、どのゲームにも廃人とか達人ってのはいるもんさ」
「あ、おーい!」
そこに鈴とユノも合流し、一気に賑やかになったような気がする。
「お、アンタももうこの階層かい。ならもうアタシたちのパーティに入れても良さそうだね」
「アタシたち? 他にもいるんですか?」
「当然さ。他にも2人いるよ」
人工知能含めて全部で10人というわけだ。
「大会出場も同じだけどぉ、パーティの上限規定はプレイヤーと人工知能合わせて8人、それからサポートメンバー1人とその人工知能1人の計10人なのよぉ」
「つまりこれでアタシらのパーティは完成ってことさ。後はアンタらのレベルとスキルを鍛えるだけ」
ユノの
ファントムと凛華さんとの戦闘の経験値で俺のレベルはすでに30に達している。
鈴も何だかんだで24レベルだし、順調と言えるだろう。
「じゃ、まあひとまずアタシらのパーティへの登録を済ませちまおうか。そのほうがパーティメンバーの能力補正なんかもアンタらに適応されるし」
騎士団本部のオンライン受付で、鈴とのパーティを一度解散扱いにして、改めて俺たちを凛華さんのパーティに追加する。
「3名以上のパーティへ加入となりましたので、お二人には『メンバーカード』をお渡しします」
「メンバーカードってのはパーティメンバーの名前とかレベルなんかと、それが今どこにいるのか、あとはちょっとしたチャットみたいな機能のツールさ」
受付の人から渡されたそれを凛華さんが解説してくれた。
試しにカードの裏を見るといくつかの名前の中に凛華さんの『リン』の名前があり、「第4階層:騎士団本部」と書かれていた。
「な? 便利だろ?」
「確かに便利ですね。……他のメンバーさんとも顔合わせたりしたほうがいいと思うんですけど?」
「ああ、まあ偶然会ったりしたらそん時に自己紹介でもすりゃあいいんじゃないのかい?」
「はあ……」
「次の第5階層は今までの生ぬるい達成条件じゃないから覚悟しなよ。ファントム以外にも名の知れたプレイヤーが庭にしてるからね」
凛華さんはそう言うと、どこかの階層の扉へと消えていった。
「私たちも行きましょうかー」
「私は『ラボ』でサポート用のアイテムを作ってから行くね!」
「わかった。先に行ってる」




