4話「語られる真実、そして新たな出発」
第3階層ケモノ村広場。ゲーム仲間でありリア友でもある高嶺鈴蘭、HM『RAN』とパーティを組んだ俺は、この階層を突破するためにギルドを訪れた。
「ここの突破条件は、レベル15への到達……だったかしらぁ?」
「詳しいねー、ユノ」
「あらぁ? むしろ何でネイトは知らないのかしらぁ?」
「私は眠い時の記憶とか曖昧だからねー」
俺のサポートをしてくれるらしい銀髪童顔少女ネイトは、鈴のサポート人工知能であるユノの『姉』のようなものだと言っていたが、こうして親し気に話している様子を見ると本当に姉妹のようだ。ただし、ネイトが妹で、ユノが姉にしか見えないが。
「たまには戦闘系のクエストやっておかないと大会の種目にそういうのあったら困るよなー」
コントローラーを使う普通のゲームよりは動き方が現実に近い以上、必要なのは動きに慣れることとレベルだ。
「盗賊の討伐……推奨レベルは10か。ちょうどいいからこれに行くのもいいかもな。鈴はなんか見つかったか?」
「ううん。私もそれでいいと思うなー」
身体全体を大きく揺らして肯定を示すのは鈴の癖だ。やはり姿が変わっていても中身は完全に同じだった。
「一応言っておきますけどぉ、それは私たちは参加できませんよぉ?」
「まあ、大丈夫だろ。レベルは十分だし」
さて、クエストに出発といきますか!
「で、人工知能としてのサポートができないからこれ?」
人工知能として……つまり人型でクエストに参加できないネイトとユノは、俺と鈴それぞれの『武器』となることで手助けすると言うのだ。
というわけで今の俺の手には長いが軽い日本刀が握られ、鈴の手には身の丈ほどある木製風の杖が存在感を放っている。
それぞれネイトとユラが姿を変えたものである。
「あれ? あの洞窟が盗賊のアジトじゃない?」
「よし、慎重に行くぞ!」
大量の樹木を利用して身を隠しつつ、石器時代の家のような洞穴に近づいてみると、中では総勢40人はいる盗賊たちが宴を開いていた。
「私は後方支援を頑張るから優くん! ガンバ!」
「はいはい……」
黒一色の刀を鞘から抜くと、黒の中から銀に輝く刃がその身を覗かせた。
「行こうネイト!」
返答はないが俺は一気に盗賊たちの宴に正面から飛び込んだ。……こいつ寝てないよな?
「な、なんだテメェは!?」
「うおらぁ!」
五月蠅く喚きながら向かってくる盗賊を刀の長い間合いで一太刀。
鮮血が飛び散るような表現はなく、絶命した盗賊はその姿を黒い光に変えて散っていった。
続けざまに近くにいる盗賊2人を斬ると、彼らの後ろに控えていた強面の大男が炎に包まれて消え去る。
後方支援もバッチリなようだ。
実際、現実で刀どころか得物をまともに振ったこともない俺だが、実際はほとんど何もしていない。相手の動きに合わせて勝手に刀が動いてリードしてくれる。
まさしく難しいゲームをクソゲーに変えてしまうチート武器だ。まるで未来の秘密道具だな……。
最後にひとり残った頭領らしきオッサンの投擲してきたナイフもほとんど半自動くらいの感覚で叩き落し、渾身の力で盗賊の首を……あれ?
ナイフを叩き落した直後に刀の自動調整が無くなり俺の動きが制止した。
まったくの無防備な俺に相手が飛びかかろうとしたが、鈴の放った氷の塊がそれを叩き潰した。
「大丈夫だったー?」
「死ぬかと思った。おい居眠りプログラム、起きろ!」
鞘に収めたまま刀をブンブンと振ってやると、一瞬で刀が銀髪の美少女に変化した。
「おはよ~ございますー」
欠伸をして大きく体を反らして伸びをし、最後に開いていない両目を擦る。
「クエスト終わりました?」
「お前がいきなり寝るから死ぬかと思ったわ!」
「んー? 私は刀に変わった時から寝ていたはずですけどー?」
「え? 起きて俺の動きをサポートしてたんじゃないのか?」
「寝てても自動で戦ってくれるように設定しておいたはず……」
眠そうに言っていた彼女の言葉が止まり、その先が言葉として発されることはなかった。
今までに見たことのない真剣な表情には眠気など微塵も感じられない。
「ユノ……」
「そうねぇ……、じゃあ私が行ってみるわぁ」
ユノはあくまでも艶っぽくいつも通りに何かについて述べると一瞬の間にどこかに消えてしまった。
「さー、帰りましょー」
ユノは……と問おうとした瞬間にネイトの宝石のような碧の瞳が鋭く俺を射抜いて声が詰まる。
「さー、早くー」
口調はいつも通りに。しかしその表情に弛みきったいつもの様子はない。
「優くん、どうしたの?」
「いや……」
こいつは何も思わないのだろうか。自分と一緒にいるべき相手が許可も断りもなく去ったことに。
「さあ!」
少し引き締まった声音で一喝され、右手をネイトに引かれてクエストの実行エリアから離脱した。
広場に戻ってきてからはいつも通り眠そうな表情と話し方になったものの、それでもどこか警戒している猫のように落ち着いていない。
「ただいまぁ」
そんないつも通りじゃないところに、いつも通りが返ってきたのはその少しあとの事だった。
「ユノ、どうだった?」
「小物ねぇ、あれは何も知らなそうよぉ」
「そう……ふぅ。……それじゃー、気を取り直して行きましょー」
本性を掴ませない二面性。これがこいつの全てだとすると、信用していいのか……?
サポートと言っておきながら主の元を離れたり、真実を隠して何かをしていたり。
信じてはいけない。
無邪気に見えるその表情さえ、完璧に『作られた』ものにしか見えない。
「ご主人様?」
「っ!」
聞き慣れてしまった声で、聞き慣れてしまった呼び名で、聞き慣れた話し方で呼びかけられただけなのに体が強張る。
思えば『公式』側である企業が俺のような一人のユーザーに最新機種を格安で引き渡し、おまけにこんな特殊な人工知能を渡したりするだろうか。
何かの計画で俺を誘導して利用しようと――。
「ご主人様!」
呼ばれて視線を右下のほうに向けると、ネイトが俺の右手を両手で握って胸に抱き、心配するように俺のことを見上げていた。
「大丈夫ですかー?」
綺麗な碧の瞳が揺らめいたような気がした後、ネイトはやや瞼を下ろして微笑を浮かべ……。
「ちゃんと、事情は説明します」
と、はっきり告げたのだった。
「お待たせいたしました。建物と土地の契約がすべて完了いたしましたのでご報告に」
不動産の人工知能が気まずい中に突然現れて空気を一変させた。
「所有している建造物等に行くにはサポート人工知能の力が必要となりますのでそのように」
嵐のように過ぎ去ると、ネイトは大したリアクションもせずに扉を開いた。
「広い建物だな……」
どこかの国の宮殿か洋館のような西洋建築の建物と、その前に広がる庭。
パーティメンバーも利用できるということで、鈴とユノも連れてきている。
ひとまずメインの洋館に入ると、中の家具まで美術的装飾がなされ、高そうな絨毯が敷かれていた。
するとネイトが俺の腕を掴み、そっと引いて方向を示す。
その先にあるのは小さい物置部屋のようだ。
「ちょっと別れて家の中見てみようぜ」
「うん、わかった! またあとでね」
無言の銀髪に腕を掴まれたまま、灯りもない物置部屋に入ると、ネイトはそっと重い口を開いた。
「詳しい話は……ここではできません。できれば現実で話をしたいのですが」
見たこともない、真面目な表情と話し方。そして沈んだ様子。
どちらが本当の彼女なのだろうか。
「……この場合は、これが私の素なんだと思いますよ。面白みも何も無い、ただ真面目なだけの私が」
どういうわけか言葉にしていない疑問に解が投げられる。
「鈴に言って、今日はこれで解散にしよう。それでいいんだな?」
「はい、ご主人様」
「っていうわけで今日はここまでにしよう。また今度一緒にクエストとか行こうな」
「うん、じゃあ、またね!」
鈴はユノと共に去り、程なくして俺も二次元から久しぶりな気がする現実へと帰ってきた。
「この機体の側面にある差し込み口に付属のケーブルを繋いでー、それをご主人様のスマートフォンに繋いでくださいー」
「これを、ここで……出来たぞ」
「ちょっと待っていてくださいねー」
少しの間が空いて俺のスマートフォンにネイトの姿が映し出される。
「これで話ができますねー。まず始めにー、これから話すことは会社の機密に関わることなので他言はしないでくださいー」
「あ、ああ、もちろん」
「実はあのオンライン空間にチーターがいるようなんですがー、どうやら集団で活動しているみたいなんですよー」
「……それで?」
「私とユノ、それからもう一体のユピテルが、最上位の人工知能からの命令を受けてそのチーター集団を排除しようとしているんですよー」
「ならどうして俺のサポート人工知能になんか? 誰のサポートにもならずに普通に探し回ったほうがよさそうだけど」
「凛華さんが言ってたんじゃないですか? 腕の良さそうなプレイヤーが欲しいとかなんとか」
「あー、そういえば……」
俺のゲームの腕が欲しいとか言っていたような記憶がある。
「彼らの目的はわかりませんが、大会の賞金を狙ってその集団が動きを見せるかもしれません。ただのサポート人工知能であると思わせれば相手の警戒も甘くなるかもしれないとも思っていました」
「つまり、俺や鈴も利用してその危ない相手と事を構えようって、そういうことなのか?」
俺のやや不機嫌な自覚のある声に銀髪は瞳を大きく揺らし、俯く。
「ごめん……なさい」
「……最初からそう言って協力を仰ごうとは思わなかったのかよ。わざわざそうやって本当のことを隠して!」
「わ、たしは……」
「ちょっとどうしたのよ大きな声出して……」
「あ、いや……ちょっとゲームが上手くいかなくて」
ゲームの中の気分のまま大声を出してしまったせいで母親に怪訝な顔をされたが、スマートフォンの中の彼女は未だに俯いたままだ。
「……すみませんでした。今までお世話になりました」
俯いた顔を上げることなく、頭を下げると彼女はスマホの画面から姿を消してしまった。
ネイトが消えてから翌日、放課後の帰路についているところに昨日会った如月さんが立っていた。
俺にあの機体を、そしてネイトを託した張本人。
「少し、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「……はい」
とりあえず手近な喫茶店に入ると、如月さんはコーヒーをブラックのまま飲んで1枚の封筒を鞄から取り出してきた。
「まず、本件の関係者として謝罪いたしますわ。申し訳ございませんでした」
如月さんは頭を下げて目を閉じ、丁寧に謝罪の念を形にしてみせる。
「どうして俺に本当のことを言わずにこんなことをしたんですか?」
「本件に関して、大友様にお話をさせて頂く以前に5名に事情を話し、拒否されてしまいました。大会までの時間などを鑑み、これ以上時間を浪費するわけにもいかず……誠に申し訳ございません」
さっき取り出した封筒の中身の書類を取り出し、俺の方に向けてテーブルに置く。
『契約書』と、書かれていた。
「この上でお話をさせて頂くのは大変な失礼だと承知の上です。しかし、どうか私たちと一緒に活動をしては頂けませんか?」
「つまり正式に契約をしてチーター集団を探し出すのを手伝えってことですか?」
「大友様に求めるのは今まで通りひとりのプレイヤーとしてプレイして頂くことだけですわ。実働は人工知能が行います」
「……」
「もし、彼女が嫌なら他の個体をお預けいたしますわ。いかがでしょう?」
真実を知れば、俺はまた彼女と一緒にゲームが出来るだろうか?
怒りをそのままにぶつけてしまった彼女に、謝れるだろうか?
「ネイトは今……どこに?」
「現在は人間で言うところの謹慎扱いとなっております。ユーザーに不快感を与え、不信感を抱かせてしまった以上は……」
不信感を抱いたのはネイトのせいではない。会社側の説明不足が原因なのだ。
不快感に関してもそれが原因であるはずなのだ。
「どうしてネイトが罰せられないといけないんですか? 非があいつにあるんですか?」
「無論、私たちを含めた関係者たちにも相応の罰則はありましたわ。それでも、ネイトに全く問題がなかったと言えますか? ユーザーがログアウトしてから調べるなど方法は他にもあった、というのが管理者の判断です」
それはそうだ。でも……。
「ネイトを戻してください」
「それはつまり……」
「契約しますよ。そのチート使いたちを一網打尽にして、そっちの思惑に乗ります」
如月さんは頷き、彼女のスマートフォンに呼びかける。
「……かしこまりました。エィミー、ネイトの謹慎を解くように言ってきてください」
「はいご主人様」
「……あ、の」
気まずそうな銀髪が不安そうな視線を上目遣いに向けてくる。
「……さっきはその……不機嫌そうにして、悪かった」
彼女の視線から顔を背けながらの謝罪。
頬が熱くなるような感覚にすべてを奪われそうになっていると、何かが落ちるような音が聞こえて視線を前に向ける。
「あ、ああ……」
ネイトの足から力が抜けたように地面に座り込んでしまっていた。
「だ、大丈夫か?」
よく分からない表情を浮かべる彼女の瞳からはその銀の輝きより綺麗な雫が一筋流れ、口は僅かに開かれて吐息を漏らしている。
「っ!」
彼女を泣かせてしまった罪悪感で胸が苦しく締め付けられ、痛む。
女性の涙には耐性がないのだ。
結局ネイトを戻してもらい、VRSGにログインすると、どうして戻してくれたのかという表情のネイトと出会い、このやり取りへと至ったのだが、なぜか俺はネイトが戻ってきたことに安堵していた。
一頻り放心していたネイトは涙を拭い、いつもの眠そうな表情を浮かべた。
「少し寝るか?」
「大丈夫ですー」
契約したことをそのまま話すと、彼女は納得したように、しかしどこか申し訳なさそうに笑った。
「本当のことを話すかどうかはー、私に任されていたんですがー、迷っていたんですぅー」
「でも、改めてよろしくな」
「はーい」
肩に届かない程度の綺麗な銀髪が楽しげに揺れながら、俺たちは再びオンラインへと飛び込むのだった。




