37話「軍神としての力」
前話から長く期間が空いてしまい申し訳ございませんでした。
黒の人工知能1番機。その名はトト。
かつての管理人工知能であったそれは自分以外の黒の人工知能たちを飲み込み、彼あるいは彼女の怨敵を必殺の弾丸によって打ち倒した。
対するのはトトを倒そうとする勇敢な人工知能と人間たち。
彼らの先頭に立っていた管理人工知能の春が倒されてもなお、彼らの戦意は折れていなかった。
その中から一組の男女が、その1番機の前へと歩み出す。
男のほうは黒髪に平凡な容姿。装備に関しても普段着のようなラフな格好である。武器は右手に白い剣だけだ。
女はやや小柄で銀髪。顔立ちは可愛らしく、こちらもまた戦いに赴く格好とは思えないような装備である。
武器は左手に大剣を握りしめている。
「てっきりあの辺の人間たちが僕の前に立つと思っていたんだけど、根拠の弱い予想はするものじゃないね」
否。
彼らにはトトの前に立つ理由がある。
銀髪の人工知能ネイト。
生みの親である春を破壊され、打ち解けていた黒の人工知能であるアイすらもトトに奪われていた、その仇討ち。
そしてそのネイトのパートナーである人間、大友優。
仲が良かった人工知能たち、そして大好きなVRSGのゲームを守ること。
それが彼らの持つ理由である。
「ユーザーが相手ならともかく、人工知能であるはずの君には勝ち目がないと分かっているはずだけどね」
「それで素直に諦めるほど、私は物分りのいい人工知能ではないんですよ」
「それじゃあ仕方ないね。君の核も砕くしかない」
それからのトトの攻めに、遊びはなかった。
春の核を砕いた時と同じように、ネイトの中にある核のすぐそばに、弾丸の発射点を設置したのである。
「ワンパターンです、ね!」
対するネイトは核を守る行動は一切とらずにトトに迫った。
その迷いのない選択に、トトは顔を顰める。
当然である。人工知能は核を失った時点で敗北である。
人間にとって脳や心臓を失って命が零れ落ちるのと同じように、人工知能にとっての核も失えば確実な破壊を招くものであるはずなのだ。
だというのに核への直接攻撃をまったく防御しないというのは異常である。
何か策があるのか、あるいはただただ攻勢に出ているというだけなのか。
そのどちらであっても、トトに攻撃を中止するという選択肢はない。
攻撃されてもそれが届く前にネイトの核は砕け、策があっても同じように屠るだけである。
それだけ、トトは今の自分の能力に自信と確信があった。
事実、特に性能においてはこの場のどの人工知能よりも高い。
誰もがそれを正確に把握していた。
攻撃のために前進したネイトもそれは把握している。
仮に核への攻撃を防御できたとしても、次の行動がトトに通じるかどうか分からない。むしろそれすらも相手の手のひらの上かもしれない。
であるならば、相手の思考の外を選ぶ。
手のひらから抜け出して首を狙う。
隙さえ作れれば勝機はあるのだ。
一歩の踏み込みで光のように距離を詰め、彼女の全てを乗せた大剣がトトの胴へと迫る。
トトが思考している間に、その隙で一気に好機を掴み取った。
そう、思っていた。少なくともネイトと優の二人は。
だが、トトの感覚ではそうではない。
ネイトが接近してきたことこそ隙に値するが、速度においての優位性はトトのほうが圧倒的に有利である。
トトは、ネイトの攻撃を少しも脅威であると認識していないのである。
そして大剣が振るわれる前に、トトの設定した発射点から弾丸が撃ち込まれた。
顔を歪め、空いた左手で胸を押さえながら前かがみに倒れ始めたネイトを見て、トトはやはり脅威ではなかったと再認識する。
そして彼は意識を残った人間へと向ける。
「なあ、人工知能」
「なにかな、人間」
「慢心って、経験あるか?」
その問いの意味を導き出すのは、思ったより困難であった。
感情を持っていても、全ての感情を正確に再現し、それを認識しているかどうかは分からない。それぐらい抽象的なものである。
「さあ、どうだろうね。慢心するほど感情が豊かだったら僕はきっと完成しているんだろうけど」
「それならもう完成されているんでしょうね」
トトの疑問に、彼のすぐ目の前から答えが返された。
彼の目の前その足下から。
確かに核を撃ち抜かれたはずのネイトが立ち上がろうとしていた。
そもそも人工知能にとって核とは、人間にとっての心臓である。
核がなければ人工知能は動くことも考えることもできない。
その個体の記憶すらも核が失われれば消え去ってしまう。
だから、そう認識しているトトは、目の前で立ち上がる銀髪の少女の状態を理解できなかった。
「この短時間で核を修復した……?」
「いえ、正確には核を複製した、と言ったほうが正確ですよ、『元』管理者」
改めて大剣を担いで、ネイトは凛とした笑顔を彼女の敵へと向けた。
「なるほど、僕の弾丸が君の核を撃ち抜く寸前に別の核を生み出しているわけだね」
その言葉に銀髪は答えず、ただ無言で大剣を上から下へと振り下ろす。
人工知能にとってもその重厚な暴力は脅威である。
だがトトはそれを避けようとはしなかった。
頭から足まで、体の中央を縦に両断され、半々に分かれた体が地面に倒れた。
「なあネイト、このパターンってやっぱり……」
「はい、ご主人様、多分増えます」
増える。
敵キャラがあっさりと体を斬られた場合は、ほぼ確実に分裂し増殖する。
もはや定番と言ってもいい。
だからではなくネイトの隣には優が並び立った。
「うーん、僕としては分裂した時に驚いて欲しかったんだけど残念だなぁ」
そうしてあっさりと、ラスボスはその肉体を二つに分裂させ、優とネイトの前に立って無邪気な笑顔を浮かべている。
「春以外に人工知能の核を生み出す権限を持っている人工知能がいるとは思わなかったよ。確かに僕の誤算だね。でも記憶はどうやって補っているのかな?」
「別でちゃんとバックアップがありますとも。でもこれで負けを認めてくれる雰囲気ではなさそうですねー」
「うん、そうだね。せっかくだし君も壊してあげようかな。完全に、完璧にね」
直後、会話する二人の人工知能を割って入るように、全身黒ずくめの人間が飛び込んできた。
霧島幸人。彼もまた、トトとは縁の深い関係なのである。
「悪いけどな、遊びはもう終わりだ、トト」
力強く振るわれる剣は容易に二人のトトの首を斬り落とす。
「つまらないな、人間。相変わらず、遊び心が足りていないようで少しがっかりだね。それでよくVRゲームというエンターテインメントに触れようと思ったものだよ」
斬られた二つの体は砂のように崩れ、それが再び集まってひとつの肉体へと変じていく。
それは元のトトの肉体よりも数十倍は大きな巨人となっている。
「さあ、最終決戦だよ、勇気ある人間と愛すべき子供たち。ゲームオーバーの準備はいいかな?」
圧倒的にでかい。
トトと相対する全ての者がそう感じた。
自分自身の2メートル足らずの背丈と比べてしまえばその差は圧倒的である。
一度その掌が振るわれてしまえば、か弱い羽虫のように潰されてしまいそうな印象がある。
「ラスボスっていうのは巨体でこそ雰囲気が出るよね。そうそう、僕の攻撃はユーザーの防壁も破壊できるから、気を付けてね!」
トトはそう笑いながら、その大きな右手を幸人へと振るった。
「遅い!」
彼が瞬間移動で右手の軌道から逃れてトトの背後、後頭部付近に転移し、遠心力を伴いながら剣を振るう。
それと同時にネイトと優が走り出し、それぞれの武器を手にトトへと迫る。
「私もただ見ているだけとはいきませんわね。主任たちが攻撃されては大変ですから、ユノとユピテルは少し離れていてください」
数としての戦力はトトが不利である。しかし、単体としての戦力はトトが圧倒的に有利。
善戦してはいても決定打を与えるには至らない。
「ご主人様、ごめんなさい、少しだけ無理をさせてください」
ネイトはそう言うと、優の腕を掴んで一度トトから距離を取る。
大切な人の手を握り、何かに意識を集中させるかのように目を閉じると、ネイトの雰囲気が少し変わった。
見た目に変化はないが、どこか機械的で、人間とは明らかに違う何かを彼女は纏っているようにも見える。
「管理者の全権限を一時的に取得……敵性存在に大して最も有効な攻撃手段を選択……完了」
ネイトの両手に大剣が現れ、その周囲に弓矢と盾が出現する。
「人工知能ネイト、アップロードファイルをインストール。管理者権限により軍神モードへ移行します」
機械的な口調が終わると短かった彼女の髪が腰ぐらいまで伸び、表情がやや大人びたものへと変化する。
さらには身長や各部位までもれなく成長し、20代そこそこに見えるほどへとその容姿を変えていた。
「へぇ、それが君の隠し玉か」
それを見てもトトは軽い雰囲気を覆すことはない。
そもそもトトにとって、この戦いに深い意味はない。
自らの復讐という醜い目的は、春の敗北によって満たされているのだ。
これ以上は十分だとも感じているのである。
「倒されるならせめて自分よりも強い相手に倒されたい、そんなことを考えてしまうなんて、僕はまるで子供だね」
トトはただそう言って笑い、目の前に現れた戦いの化身へと意識を向けた。
軍神と化したネイトがトトと対峙した時、幸人は少し離れた場所から冷静にその場を分析していた。
「管理者権限による制御装置の完全解除……結局使うことになったな」
ただの独り言にも見えるが、その言葉への返答は彼の脳内にだけ伝えられている。
『ネイトは私自身をベースに構築した最高の人工知能です。普段は管理者権限で押さえ込んでスペックを抑えていますけど、本気を出せば私よりも強いですから』
消滅したはずの声で、幸人にだけ語りかける彼女は、幸人の端末にバックアップとして存在していた春そのものである。
「でもどうしてトトに倒されてやったんだ? まさかお前が倒されることでネイトが覚醒したほうがカッコいいからとかそういう……」
「惜しいですね。半分当たりです。ネイトが覚醒することは期待していました。でも一番の目的はトトを満足させることです」
「お前を倒すことで復讐を成し、自らより強い強敵に打ち倒される……まるで漫画だな」
「ふふっ、私とトトの感情の起源は日本のサブカルチャーですよ?」
なんとも危機感のない会話であるが、それが春の本音であった。
そして、目の前では巨大化したそのラスボスと、軍神の勇者が激突しようとしている。
「それじゃあ、俺たちも戦いに行くとするかね」
そう言って最強のユーザーは、人工知能如月を連れ立ってその空間から消えていった。
軍神ネイトは地面から浮き上がり、目線をトトのそれに合わせた。
まっすぐとその大きな瞳を見つめ、改めて二本の大剣を握り直す。
互いに問答は無用だった。
無言のまま、ネイトは無いはずの足場を蹴るようにして前方へと加速し、体を斜めに回転させながら大剣を連続して振るってみせる。
ネイトの進行を妨げるのは、トトの巨大な両腕と不意をつく銃弾、空中に浮かんだ爆弾……。
様々な仕掛けが配置されネイトを襲うが、その全ては優の瞳を通して前もってネイトに伝わっている。
襲いくるその全てを避け、斬り、払い、ネイトはトトとの距離を完全に詰めると、勢いを乗せたまま二本の大剣をトトの胸へと突き刺した。
「……核に届きました。これで終わりです」
「うん、君の……君たちの勝ちだ」
核を砕かれたトトはその体を縮め、通常通りの人間サイズへと戻っていく。
「それじゃあ僕に勝った御褒美をあげないとね」
トトは大きく穿たれた胸の傷に自分の手を突っ込み、1つの核を取り出す。
「他の核はもう壊れてしまったけど、これは大丈夫だから」
それをネイトが受け取り、少し離れた場所に倒れていたアイの身体に戻していく。
「ぐっ……!? あの馬鹿な人間め……僕に、僕にこんな醜いものを仕組んで……! うああああああああああああああああああああ!!!!」
全てが終わった、という雰囲気で満ちていた空間は、トトの叫び声によって再び緊張で塗りつぶされた。
「コワス……ゼンブ、コワ……ス」
核を破壊され、消えゆく運命だった黒の王は、その全てを憎悪へと変えて立ち上がる。
そこに先ほどまでの軽さは微塵もなく、むしろ重く全てを押しつぶそうな破壊の権化がそこにはあった。
「オマエタチ、モ……コワス。ゼンブ、ゼンブ!」
それはまさしく、軍神と魔王の最後の戦いのようであった。




