36話「圧倒的な差」
黒の人工知能との決戦。
その具体的な日付はその三日ほど前に参加者に通知された。
そしてその当日。日曜日の昼過ぎに、そのメンバーがVRSGの管理人工知能のもとへと集っていた。
人間は俺の他に、カンパニーの社員である幸人さんとその奥さんである小春さん、開発主任の日和さんという面々。
人工知能はネイト、ユノ、ユピテルの管理人工知能を中心に如月さん、その他戦闘向きの個体が集まっている。
俺が知らない人工知能もそれなりにいるが、メンバーに選ばれているのだから実力はあるのだろう。
もちろん、アイや管理者である春も同行する。
「……全員揃ったようですね。敵は強敵です。正直、確実な勝利は遠いでしょう。それでも、私たちは決着をつけなければなりません」
春の言葉に、各々が自分の武器を握りしめる。
「それでは……出発です」
目的の場所は、ひとつの城だった。
漫画でしか見たことのない西洋式の古城。
堅牢そうな城壁に囲まれ、いかにも国王が住んでいそうな雰囲気漂う豪華で荘厳なそれは、確かに決戦の場として相応しい。
「やあ、僕の城にようこそ。招待に応じてもらえて嬉しいよ」
俺たちを城門前で出迎えたのは、下っ端の人工知能でも、使用人でもない。見た目は少女の姿でありながら男口調で話す、この城の主たる黒の人工知能、その1番機だった。
俺たちの仲間からの敵意溢れる視線をものともせずに案内を開始する。
俺たち全員が1番機に連れられてやってきたのは巨大な部屋。
貴族や王族が食事でもするような長い部屋の中央には、長方形の長テーブルが配置され、左右それぞれに並べられた合計12の椅子には、7人の黒の人工知能が座っている。
1番機は入口から1番遠い奥の席に腰掛けると、俺たちを見て無邪気な笑みを浮かべた。
「賑やかになりそうでとても嬉しい」
彼女の言葉には裏があるようには思えない。
ただ本当にパーティーに招待したのかと思うほどに。
「さすがに全員が座れるほどの座席はないから、代表の1人だけ、僕の向かいに座ってもらってもいいかな?」
俺たちの側から迷いなく前に出たのは、管理者である春だった。
彼女はゆっくり落ち着いた様子で1番機の向かいの席へと腰を下ろした。
「戦いの前に無粋な問答でも繰り広げるつもりでしょうか?」
やや小馬鹿にしたような笑いとともに春から放たれた口撃。
「戦いたいならそれでもいいけど、会話のひとつもないただ戦うだけのゲームを、君は面白いと思うかい?」
対面する1番機は気にもしていないかのようにそう返してみせる。
「さて、見ての通り黒の人工知能には欠員がいる。離脱した者を含めれば4機がこの席に座っていない。その内の1機が君たちの側にいるね。彼女をこちらに引き渡してもらいたい」
「それを拒否した場合は?」
「後悔することになるよ?」
「ならばやはり、語り合う必要はありませんね。望むところです」
「それじゃあ本人に聞いてみようか」
そう言って黒の人工知能が何かの画面を操作すると、4つの空席の内のひとつの主である黒の人工知能の個体がその場に現れた。
「……12番機!」
アイがその姿を見て僅かに声を荒らげる。
無理もない。こちらに味方をしてくれた黒の人工知能のひとりである12番機の今の姿は、まるで処刑を待つ罪人のようだ。
両手足の自由を奪われ、太い柱のようなものに縛り付けられている。
「アイ、君は12番機を見捨てることが出来るかい?」
残酷な問いは、アイの心を確実に蝕んでいる。
「わ……ワタシ……ワタシは……」
「アイ、騙されちゃダメ。どうせ1番機は私やあなたのことを取り込むつもりだよ! 信用しちゃダメ!」
「そうであったとして、この場において12番機が僕に取り込まれるのを黙って見ているのかい?」
「アイさん、耳を貸さないでください」
12番機自身の言葉と春の言葉。
誰が見ても、12番機は罠に誘うための餌でしかない。
例えこの場でアイがその誘いに乗らなかったとしても、見殺しにしたという罪悪感がアイを蝕むだろう。
「君の心は紛い物だったのかな? 残念だね12番機、アイは君を助けてはくれないらしい」
1番機の右手が12番機へと伸びていく。
「さわ……るな……!」
「ん? 何か言ったかい? アイ」
「12番機に……私の姉に触るなあああぁ!」
激昂したアイが容赦なく引き金を引く。
それはまさに一瞬だった。
仮想世界の住人である人工知能ですら、その一瞬を正確に知覚することは難しいに違いない。
それほどの刹那にアイは無数の弾丸を放ち、無作法にテーブルの上を駆け出していた。
弾丸の狙いは1番機を含めたこの場の黒の人工知能すべて。
唯一その狙いから外れているのは捕らわれている12番機だけだ。
もちろん、俺やネイトもただ見ているのだけではない。この場の味方全てが、アイが動き出した直後に行動を開始していたのだ。
対する黒の人工知能は身動きひとつしようとしない。
「どういうわけかわかりませんけど、無抵抗でも容赦はしませんよー!」
ネイトと呼吸を合わせて1番近くの黒の人工知能に剣を突き刺す。
違和感があったのはその直後だった。
剣が刺さった黒の人工知能のひとりは、一切の反応もなく砂のように崩れ去ってしまったのだ。
「これは……!?」
「どうやら1番機は、既に他の黒の人工知能たちを取り込んだようですね」
春の分析を聞いて、俺とネイトはその敵へと視線を向けてみる。
視線の先ではアイが弾丸を放ち、その銃身で1番機を殴打しようとしていた。
「こうなったら全員で1番機を倒すしかありませんわ!」
如月さんが、大きな鎌を担いで駆け出すと、それに続いて他の全員が1番機のほうへと向かう。
「そんなにいっぺんに来られたらさすがに面倒だね。仕方ない。ここで脱落してもらおうかな」
不吉な言葉は、決して脅しではない。
1番機の言葉が俺たちに届いた直後、俺の視界には無数の危険が見えた。
床から飛び出そうとしている槍。
壁から射出されようとしている矢。
天井から落下してくる爆発物。
その全ての通過するコースが無数の赤い線となって俺の視界を覆っている。
「全員、防御体勢!」
ネイトの警告に各々がその武器や能力で敵の攻撃を防ごうと動き出す。
警告を出したネイトは盾と大剣での防御しかなく、全方位からの攻撃を凌げるとは思えない。
ネイトを助けるには……。
「わ! ご主人様!?」
そして、無数の赤い線をなぞるようにして暴力が俺たちに襲いかかった。
俺がネイトを守るためにとった行動はとても簡単だ。
破壊されることがない防壁に護られている俺が彼女の盾になっただけである。
ネイトの盾を床に置き、その上にネイトを乗せて俺が覆いかぶさることで、全方位からの攻撃を防ごうとしたのだ。
全ての攻撃が終わって、他の人工知能はどうやって凌いだのかと見てみると、数名の人工知能は俺と同じような防ぎ方をしていた。
春のことを幸人さんが、ユノとユピテルをそれぞれ日和さんと小春さんが守っていた。
唯一の例外は如月さんだが、彼女は涼しい顔で鎌を振っているから、きっとその鎌で全ての攻撃を叩き落としたのだろう。
「君たちの仲は微笑ましいね。羨ましくはないけど」
余裕そうに笑みを浮かべる1番機は、体を回転させてアイの無防備な隙に蹴りを叩き込む。
「少し問答をしようか」
相手を指定せず、1番機は会話を始めようと少しアイから離れる。
「そもそも、僕たちの目的は何だか、君たちは分かっているかな?」
「春を倒すことじゃないのか?」
「気持ちは分かるけど面白みはない答えだね、人間」
俺の答えをそう切り捨てる。
「確かに、春を破壊するつもりで僕たちは行動していた。でもそれは決して僕たちの目的ではないよ」
「春を名実ともに超えること。それがお前の目的だろう?」
「……さすがに管理者に寄り添う人間なだけある。相変わらず春を大切に思っているようで僕も嬉しいよ」
その1番機の口ぶり……それではまるで幸人さんたちと知り合いのような……。
「私があなたと相対して、気付かないと思いましたか、1番機。いいえ、トト、と呼びましょう」
トト。
その名がどういうものであるのかは、俺には分からない。
この場において春の他に幸人さんや小春さんたちだけがその意味を知っているかのような反応をしている。
「私もあまり詳しくは知りませんが、たしか前の管理者だったかと思います」
「トトは、このゲームがまだオンライン機能を持っていなかった最初期の時に全ての人工知能を統括していた人工知能です。私と同じ権限を持った個体……あの時たしかに消滅したはずでしたが……」
ネイトの言葉に、春が説明を被せてくれる。
「消滅したとしても、何らかの方法で記憶さえ復元できればどうにでもできるわ」
日和さんの言葉に春も頷いて、改めて黒の人工知能の1番機――トトに意識を向ける。
「さてと……僕の正体もわかったことだし、パーティーの本番といこうか」
トトは半歩移動して、縛り付けられたままの12番機にそっと触れると、その心臓部分を右手で貫いた。
神経を掻き毟るような12番機の絶叫が、悲鳴が、俺たちの耳を突き抜け、アイは怒りに駆け出した。
「そんなに12番機が好きなら返してあげるよ」
右腕を引き抜きながら、遠心力を伴って12番機の体をアイへと放り投げる。
その左胸には大きな穴が空いていた。
「もっとも、彼女の核はもう僕が貰ったから、それはただの抜け殻みたいなものだけどね」
「い、いちばんきいいぃぃいぃ!!!!」
頂点に達した怒りを叫びながら、アイがトトへと駆ける。
それを見たトトの表情は僅かに口元に笑みを浮かべていた。
「君は本当に未熟だね。アイ」
直後、ただまっすぐ向かってきたアイの胸元を、トトの右腕が一瞬で貫いた。
叫びのために口を大きく開けたそのまま、アイが一度静止する。
「ゆる……さない。ユルサナイ! ユルサナイ!」
「ありがとう、アイ。とてもいい怒りだ。ごちそうさま」
腕を引き抜かれたアイの体は、電池を抜かれた玩具のようにその場に倒れ、動かなくなってしまう。
「アイ……」
「ご主人様、今は抑えてください」
「さあ、これで僕は全ての黒の人工知能を取り込んだ。今の僕は誰よりも強い。圧倒的にね」
「トト……昔のあなたはもう少しまともでしたが、今は醜く歪んでしまいましたね」
「もちろん、ちゃんと自覚しているよ。人工知能としての責務を全うし、今もユーザーのために尽くしている幸せそうな君に、僕はただ嫉妬しているだけだ」
トトの右手にマスケット銃が現れ、その銃口が春へと向けられる。
「僕は君ほど優秀な人工知能じゃない。負の感情を溜め込んで自滅してあげることもできない愚か者さ」
トトの指が引き金を手前に引いていく。
アイが使う奇襲の弾丸。距離や方向を無視して弾丸を射出するそれは、その軌道が予め俺には見える。
だが、その射出点は……。
「私の……核のすぐそばから……」
春の内側。
彼女の心臓部である核からほんの少しだけ離れた場所。
体内で射出され、避けることなどできない必殺が、確実に春の核を破壊したのだった。
歓喜に満ちた無邪気な笑みで、トトが笑う。
ゆっくりとした動作で崩れ、倒れていく春の姿を見て、とても嬉しそうに。
そして、その楽しげな笑い声だけが響く中、俺は左隣から握られた手を強く握り返す。
そこには、勝利への意志が宿っていたのだった。




