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35話「招待状、契約の儀」

「……招待状?」


 最上位の管理人工知能である(ハル)が俺とネイト、そしてアイの元へと運んできた報せに、俺たちは思わずオウム返しで応えた。


「黒の人工知能たちからの、招待状です」


あからさまな罠。


俺のそんな考えを読み取ってか、管理者の少女はいたずら好きな子供のような笑みを浮かべた。


「しかし、チャンスでもあります。敵の本拠地に今度こそ攻撃を仕掛けることができます」


「勝算はあるんですかー?」


ネイトが表情だけは真剣にそう問い掛ける。


俺たちは前の戦いでアイが敗北した経緯を本人から聞いている。そんな圧倒的な存在を前に、今度は勝てるのだろうか?



「さあ、どうでしょう。幸人(ゆきと)様が聞いたら怒るかもしれませんが、これは人工知能(わたしたち)のゲームです。恐らく私か相手のどちらかが敗北すれば、どのような結果でもこの問題に決着がつきます」


どのような結果でも。


管理者のその言葉の意味を、その裏まで考えて、考え尽くす。


「管理者、貴女(アナタ)が敗北した場合、このゲームの管理は誰が行うのですか?」


「私ではない新しい管理者が引き継ぐことになるでしょう」


敗北するつもりではないだろう。

しかし勝利への道筋を語れるほど易い相手では決してない。



「そこでネイトと(ゆう)様にひとつお願いがあるのです。唯一の勝機を得るために」



 人工知能と人間の、VR空間における感覚同調。

つまりは人工知能の思考や感覚を人間が、また人間のそれを人工知能が、それぞれ感じ取ることができる機能。


現実世界では物理的に脳を接続して読み取れないが、VR空間に構築された肉体であれば不可能ではない。


「成功すればお二人はどの人工知能よりも強くなるでしょう。そのためには互いを信頼し、互いをよく知るユーザーとオペレーターである必要があります」


そう言うと(ハル)が何かを操作する。


「まず、最初は慣れることだけを意識してください。違和感は相当ありますから」


管理者が仮想の画面をタップすると、一瞬目眩のような心地悪さを感じ、直後に奇妙なことが起こった。


「あー、なるほどー、これはなんというか……酔いそうですねー」


視界が二人分。


自分の視覚の他に、ネイトの視界まで見える。

それは同時に見えるわけではなく、まるでスイッチでも切り替えるかのように意識を向ければ見ることができる。


ただし、ネイトが酔うと言ったのはそれに伴う不快感だ。


自分で動かしている視界に違和感はないが、他人が見ている視界をそのまま自らも見るというのは、存外気持ちが悪い。

自分の意志とは関係なく視界が揺れたりするのだから、酔うというのも頷ける。


車の中でゲームをしていて、車の振動で手や画面が揺れることで車酔いになるようなものだ。


「ちなみに視覚だけでなく聴覚や触覚もある程度リンクしています。もちろん、痛覚のようなマイナスになる感覚は適度に軽減されるようになっているので問題はありません」


試しに自分の腹のあたりを軽く撫でてみると、ネイトがくすぐったそうに悶えていた。


「さらに戦闘時や警戒時などに設定を変更することで、互いの思考が共有できます」


「じゃあ設定してみましょうかー」


……………。


おおっ!? 急に頭の中にプリンのイメージが……!


こんな時でも眠気と食い気しか頭にない相棒にやや不安が大きくなる。


「(だいじょーぶですよー、私は公私のケジメはちゃんとつけるのでー)」


脳内に直接響いてきたネイトの言葉に適当な返事を返しながら、俺は同調のレベルを下げた。


「確かに便利だけどそんなに強いかと言われると実感がないな」


「まあ、そればっかりは実際に戦ってみないと分からないかもしれませんね」


管理者はそう言うと適当なモンスターを生み出した。


VRSGの敵キャラとして出てくるサムライ型のモンスター、サムライキングだ。


四本の腕を持ち、素早い動きから連撃を繰り出すスピードタイプで、避けるのは難しいためダメージ覚悟で力押しするのが一番楽な倒し方である。


「でもリンクのレベルを最大にして戦闘をすればノーダメージで切り抜けることも不可能ではありません」


ネイトとの同調のレベルを最大まで引き上げ、俺は白い剣を構える。


ダメージ覚悟の突撃。


相手の四本の腕がそれぞれ違う角度から俺へと向かってくるが、それを避けることはしない。


このまま一気に相手の懐に入って確実に……って、あれ?


確実に防ぎきれない四本の腕から繰り出される斬撃の内、二本を剣で払い、残りの二本を身を翻して紙一重で回避。


隙のできた相手に渾身の剣を打ち込んで、無傷のまま先頭が戦闘が終了した。



「自動で攻撃を避けたり払ったのが同調の効果なのか?」


「はい。思ったよりも効果的に機能していて何よりです」


「でも戦ってないはずの私が結構疲れてるんですけどー?」


その言葉を示すようにネイトは肩で息をしている。

人工知能が何のために汗を流すのかは分からないが、とにかく疲れているようだ。


「あなたの余っている演算能力でユーザーの動作を補助しているからですよ。あなたが力を残していればいるほど、ユーザーへの補助が強化されます」


「つまり人工知能側の性能が高いほどユーザーが人間離れしていくってことですねー」


「まさにその通りです」


「……それなら、ネイトではなく(ワタシ)が同調すればさらに強くなれると思いますが」


「いえ、先ほども申し上げた通りこの技術はユーザーとオペレーターの信頼関係が大切です。普段から二人で戦っているネイトのほうが適任でしょう」


言われてアイは納得したのか、一歩下がって聞き役に戻った。



 招待の具体的な日付は書かれていない。

つまりはいつでもいいということだ。


「参加人数に関しても記載されていませんね。管理者である私と、黒の人工知能であるアイさんがいれば他は構わないということでしょうか」


招待状の具体的な文面を読んで、俺たちはその結論に至る。


いつでもいいというならばこちらは想定できる対策をした上で向かうだけだ。


「敵がどのような罠を用意しているか分かりませんが、向かうのは少数のメンバーにしましょう。黒の人工知能と渡り合えるほどの個体はそれほど多くありませんから」


「ではそのメンバーを決めるための時間も必要ですから決行日はそれぞれに、追って連絡をします」


俺には学校もあるため、少なくとも夕方以降か、あるいは週末くらいしか空きがないが、(ハル)ならきっとそのあたりを考慮してくれるだろう。



 招待状に関する話し合いから数日が経過した平日の放課後、俺はパーチャル・ゲーマー・カンパニーの開発部門副主任である霧島(きりしま)幸人(ゆきと)さんに呼び出されてその本社ビルへとやって来ていた。


「急に呼び出して悪かったな。決戦の前にどうしてもやっておいてもらいたいことがあったんだ」


そう言って連れてこられたのはどこかの部屋。


部屋の広さの割に物はなく、ただ中央にポツンとVRSGの機体が置かれている。

その機体は俺が使っているような従来のものより二回りくらい大きいものの、違和感になるほどでもない。


「あれは少し特殊な機体でな。……まあ説明は終わってからでいいだろう。ひとつだけ、俺の質問に正直に答えてくれ」


極めてシリアスなトーンのまま、彼の口が短い一言を発する。


「お前は、ネイトが好きか?」


解釈を間違える余地などない直球な質問。

ネイトに対して、強弱の違いこそあっても好意を抱いているかという質問。


「……はい」


「それは……ネイトを失いたくないと思うほど強い想いか?」


「はい!」


今度は即答する。その問いに考える必要なんてなかったから。


「今、このVRSGの中にはネイトがいる。あの子の全てと一緒に。それを背負う覚悟が、お前にあるか?」


やや強い口調で覚悟を問われ、それでも俺は首を縦に振って答える。


「はい。覚悟はあります」


「……分かった。VRSGにログインしてネイトのところに行って、話をしてこい。ネイト(あいつ)には真面目に話すように言ってある」


無言で頷き、ネイトの待つVR空間へと向かう。


やや大きめのヘッドマウントディスプレイを装着して電源を入れ、椅子の背もたれに全ての体重を預けて力を抜く。


少しの間を置いて、俺の意識は仮想の世界へと落ちていった。



 一面の花畑。

白い何かの花が咲き乱れ、風が吹くたびに少しの花びらが舞う静かで綺麗な場所。


絶景というには物足りず、在り来りというには美しいその空間の中央に、俺のよく知る銀髪の人工知能、ネイトが立っていた。


ただし、服装はパーカーのようなラフな格好ではなく、黒と白のシンプルなメイド服姿である。


やや恥ずかしそうにしながらも、ネイトは俺を近くまで手招く。


「ネイト、ここは何の場所なんだ? それにあのデカいVRSGは――」


言葉を続けようとした唇を、ネイトの細く綺麗な人差し指が押さえる。


その表情は、今まで見たネイトの表情の中で最も自然で柔らかい微笑みだった。


「このVRSGは、ただ大きくて機能が優れているだけの普通のVRSGです。ただし、このVRSGでしかできないことがあります」


ネイトは俺から少し離れてさらに話を続ける。


「私たち……人工知能は、このVRSGの機体のことを『契約機』と呼んでいます」


「契約……機?」


「……これから、私がいくつか質問をします。どうか正直な気待ちでお答えください」


僅かな距離を開けた状態で、ネイトはゆっくり目を閉じる。


「契約の儀、開始」


その言葉が何かのキーワードなのか、俺とネイトを中心に花畑が陽に照らされているかのように光り輝きだした。


「人工知能ネイトが、ユーザー大友(おおとも)(ゆう)に問います。あなたは、人工知能ネイトを自らのパートナーとして認めていますか?」


「はい」


素直な気持ちで、短く答える。


ネイトは目を閉じたままでさらなる問いを重ねた。


「これから先、何が起ころうとも人工知能ネイトとともに、乗り越えていく覚悟は、ありますか?」


答えは、決まっている。


「はい」


俺の答えを受けて、ネイトは目を開け、俺の目を見つめ返してきた。


その瞳は少しだけ揺れている。

目元だけ見ていると、今にも泣き出しそうにも見える。


「あなたは人工知能ネイトのことが……す、好き……ですか?」


視線は外さず、しかし不安に揺れ動く表情で、ネイトが問いを言い終わる。


俺の気持ちは、ちゃんと自覚している。


「好きだよ、ネイト」


揺れていた瞳から、大粒の涙が流れ出し、ネイトの表情が微笑みと泣き顔に変わる。


「契約の儀……完了」


ネイトがそう告げると、この場の花びらが舞い踊って人の姿へと変わった。


白く長い髪にとても幸せそうな微笑みを浮かべた美人は、ゆっくりと両手を俺に差し出してくる。


その両手の上には、暖かい気配のする発光体が乗っていた。


「契約の儀の完了は(わたくし)が見届け、記録いたしました。これにより、人工知能ネイトの所有権はユーザー、大友(おおとも)(ゆう)様に譲渡されました」


ネイトの……所有権?


当のネイトは相変わらず嬉し涙らしいものを流しながら微笑んで顔を歪めている。


「どうかお二人の関係が、これからも末永く清く続きますように」


その言葉と謎の発光体を残して、空間は再び二人きりの花畑へと戻った。


説明を求めるためにネイトに視線を向けると、ネイトは俺の手の中にある発光体を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。


「私たち人工知能の所有権は、カンパニーにあります。だから相性が悪かった場合などに、他の個体に変更も可能です。でも、中には非常に相性が良く、仲の良い関係を構築できるユーザーと人工知能もいます」


俺とネイト、幸人さんと(ハル)のように、確かな絆で結ばれている人工知能とユーザーは、確かにいる。


「そうした場合に、ユーザーの人工知能への気持ちを明らかにし、所有権を譲渡するという契約を結ぶことができるんです」


「でも、何のために?」


「本来はそうした目的を抜きにした機能です。ですが今回は私のバックアップを、ご主人様(ますたぁ)のVRSGに保管するためです」


バックアップをユーザーのVRSG内に保存しておくためには、その人工知能の所有権をカンパニーからユーザーへと移さなければならないらしい。


ご主人様(ますたぁ)、その手に持っている物は失くさないでくださいね?」


「もしかしてこれがネイトの……?」


「はい。バックアップデータであり、私の所有権と、私への命令権などの全権がその小さな光の中にあります」


「これを、どうすればいいんだ?」


「すぐに身につけやすい物に変わるはずですよ。ほら」


ネイトが指を指すと、小さな光の玉はやがて二つの小さな指輪へと姿を変える。


さっきの儀式と指輪二つ。これじゃあまるで……。


「あの契約の儀のことを、人間の開発者たちは結婚って呼んでいます」


恥ずかしそうにしながらも、幸せそうにネイトが俺に左手を差し出してくる。


本物の婚姻ではないとしても、まさか高校生の内から他人の左手の薬指に指輪を嵌めることになるとは思わなかったが、悪い気分ではない。


この指輪で名実ともに俺とネイトは最高のパートナーになったのだから。


あとは二人のコンビネーションで、黒の人工知能たちと対決して勝つだけだ。

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