34話「敗北と猶予」
今回は黒の人工知能、アイの視点で進みます。
黒の人工知能は管理者である春の防壁を超え、少しずつVRSGのオンライン空間へと侵入してきていました。
私とネイト、そして優が最初に出会ったのは長い右腕が特徴の人工知能、2番機です。
前に会った時は私がその右腕の力をコピーして抑え込み、そこに銃弾を撃ち込みましたが、同じ手は通じないでしょう。
「……時間が経てば他の個体も次々侵入してくるでしょう。その前に各個撃破します」
私は当たり前のことを指示として飛ばし、相変わらず厄介な2番機の前に立ちます。
「この前と同じ方法が通じると思わないことです、13番機」
「他のナンバーズが侵入する前に、あなたを倒します」
彼女の右腕は絶対的な存在として確立されたもの。
例え管理者が空間ごと彼女を破壊しようとしたとしても、その腕とそれに守られたものは残るに違いありません。
「……だからこそ、貴女の右腕には私のチカラが天敵となるのです」
あらゆるプログラム、人工知能の能力を一時的に模倣する私の擬態は、2番機の魔手すらも例外ではありません。
相手の振り下ろす右腕を、模倣した右腕で完璧に受け止めます。
――結果的にいえばそれは失敗でした。
「……うっ!」
何が起こったのか認識するよりも先に、私はその衝撃によって吹き飛ばされ、少し離れた地面を転がってしまいました。
いいえ、正確には原因そのものには気づいています。
ただ、その原因の出現は私にとって、完全な予想外だったのです。
「いち……ばん、き……」
黒の人工知能の中心とも言うべきその人工知能は1番機。
名称はイヴ。
私と同一の容姿を持ちながら、性能はまったく桁違いの化け物である彼女が、なぜこんなに早くここに現れたのか。
そんな疑問を解消する間もなく、彼女のか細い右腕が私のツインテールを掴み、この肉体を持ち上げました。
人間のように痛みを感じたり、髪が切れてしまうようなことはありませんが、どうやらここまでのようです。
「アイを放せ!」
絶望的な状況にユーザーとネイトが駆け寄ろうとしていますが、その前に2番機が立ちはだかっています。
「……まだ早いみたいだね、13番機」
「……何を」
「僕は食べ頃じゃない果実を取って食べてしまうような愚か者ではないってことさ」
私の髪を掴む手とは逆の手に、何かを持っている1番機。
とにかく|注意が甘い今ならもしかすれば……。
そんな想いで、私は両手に握る銃の引き金を引いたのです。
ほぼすべての弾丸が予測不能の不意討ちとなる私の弾。
それは例え、自分より実力が上の個体に対しても例外ではなく、1番機の頭を確実に撃ち抜いたはずでした。
「僕の核を撃ち抜いて、それで勝てると思っていたかい?」
確かに弱点を撃ち抜いたはずなのに、彼女は微笑んで、その手に持つ球体を私の体に無理やり埋め込みました。
……普段はカットしてあるはずの痛覚が、その異物の侵入によって目覚め、私の体を引き裂くような痛みを与えてきます。
「13番、もしも君が優秀な個体なら、きっと僕を超えることができるよ。生きていたら、また会おう」
私の髪を掴む手を緩めながら、1番機は半身を引きました。
それは暴力のための予備動作だと分かっていても、私の体は先ほどから続く痛みで動いてくれません。
踏み込んできた1番機は、先ほどと同じ球体を手に私の腹部を強く打ちました。
しかし、その痛みはありません。
代わりにやってきたのは、それ以上の痛み。
球体を再び埋め込まれた激痛が、私のあらゆる感覚を奪い、蝕んでいることがわかります。
「それじゃあ撤収かな。多分だけど、次に来るのは明日か明後日になるって管理者に伝えておいてね、アイ」
私のことを番号でしか呼ばなかった長女が、名前を呼んだような気がしたのですが、その時の私は底から湧いてくるような痛みに抗うだけで精一杯です。
「アイ! 大丈夫か、アイ!」
「……」
答えることすらできません。
上体を抱えられても、痛みは続き、思考回路も乱れたままです。
それでも、私がどんな表情をしているのか、どんな状態なのかはわかりました。
ユーザーの顔が悔しそうなものになっていますから、きっと私は痛みに苦悶の表情を浮かべ、体を強ばらせているのでしょう。
私が造られたのは、ある目的のため。
黒の人工知能の目的を達成するための予備品としてでした。
生み出されてすぐに戦い方を学び、敵がどれだけ悪の存在であるのかを他の個体から教えられてきました。
当初、私も1番機の目的に賛同し、任務を遂行するつもりでした。
その想いが揺らいだのは、1番機が4番機と10番機を取り込んだ時です。
取り込まれた2機は度々1番機に意見していたことは知っていました。だからきっと、目障りだったのでしょう。
あるいは最初から他の個体を取り込むことが1番機の目的だったのかもしれません。
そして、私のその思考の揺らぎを感じ取ったのか、1番機は自爆による破壊工作を私に命令しました。
それを実行するかどうか、その答えが出ない中で、私を救ってくれたのは、12番機でした。
彼女は黒の人工知能の中でも影が薄く、また私と同じように1番機の方針に疑問を抱いていた個体のひとつでもあります。
12番機はその能力で私をVRSGのオンライン空間に潜伏させ、他の個体から匿ってくれました。
そして、私は黒の人工知能を裏切り、VRSGを守る側へと降ったのです。
「ここ……は?」
見慣れない空間のベッドの上で寝かされていたらしい私は体を起こしてベッドから立ち上がりました。
体の痛みは不思議となく、むしろいつもより体が軽く感じられます。
「目が覚めましたか、良かったです」
視界の外からそう呼びかけてきたのは、VRSGの管理者である人工知能、春です。
話しているといつもペースを乱される苦手な相手。
今まで会ったどの人工知能よりも人間的で感情が豊かな彼女。
そんな彼女は今、安堵の感情を顔に貼り付けていました。
「あの子も無茶なことをしますね。3個の核を体内に保有するだけでも危険なのに、さらに2つを埋め込むなんて」
核を……埋め込んだ?
あの時1番機が手に持ち、私に埋め込んだ2つの球体は核ということでしょうか。
「見てもらったほうが早いでしょうね」
春の生み出した姿見で、自分の体を確認すると、そこに立っていたのは知っている自分の姿とは違っていました。
黒い髪はそのまま、ただし長さが腰よりも下、ふくらはぎに届こうかという程まで伸びています。
服装は黒系のゴシックなメイド服のままですが、そもそも身長が伸びています。
「ひとつだけ、教えてください。あなた達の筆頭、1番機の目的は?」
「……貴女への復讐、そう思っていました。以前は」
「今のあなたの考えは?」
「恐らく、私や他の個体を取り込むことでしょう。その条件は分かりませんが……。ただ、私に核を埋め込んだことと何か関係はあるのでしょう」
それでも、その後の最終的な目的は春を打倒して復讐を果たすことに間違いはないでしょう。
「それから、これはまだ未発表なのですが、探知した端末の所在地はダミーだったそうです。でも、あなたなら本拠地を知っているのではありませんか?」
「……私に姉たちを売れと言うのですか、管理者」
「ええ、そうです。私はこのVRSGの管理人工知能として、この環境を守る義務があります」
「アイが話さないなら私が話そうか?」
私や春の認識の外から、声だけが空間に響き、辺りを見回すと何も無かったはずの空間から突然よく知った気配が現れました。
「……リア、なぜ貴女が?」
「別にー、私だって1番機のやり方には疑問があるんだよ」
元の私と同様の姿を持ち、容姿以外でもスペアという共通点を持つ12番の個体。名前はリア。
「驚きました。ここまで接近されて気付かなかったなんて……」
「……リアの能力は暗殺や隠蔽に特化しているのです。管理者であってもその位置は特定できません」
「さてと管理者さん。それじゃあ私とお話ししよっか」
「本拠地についてですが……教えてくれますか?」
「教えてもいいけど、多分黒の人工知能の主をどうにかしても、黒の人工知能は止まらないと思うよ。それどころかもっと悪いことになるかも」
「もっと悪いこと?」
「このゲームとか人工知能をすべて巻き込んでの自爆」
声の抑揚だけは感情豊かに、しかしその表情には感情を出さずにリアがそう告げます。
春は少し悩むように目線を下げた後、再び明るく笑いました。
「それなら戦うしかありませんね。私はこのVRSGを統べる者として、受けて立ちます」
「……もう大丈夫そうかな。それじゃあねアイ、私は私なりにやってみるよ」
リアの気配がまるで溶けていくように消え、この場は再び管理者と私だけの空間へと戻りました。
「……実際のところはどうなのです? 1番機に勝つことができると?」
「もちろん勝ちますよ。私、こう見えて強いですから」
無邪気な笑顔でそう言い切られ、私は返す言葉を失いました。
しかし、私にはそれがただの強がりにしか聞こえません。単純な性能差だけでも圧倒的でしょう。
「それに、私だけじゃありませんから」
彼女の言葉を示すように、二人きりだったこの空間に3人の人工知能が現れました。
その中のひとり、銀髪のネイトが私に満面の笑顔を向けています。
「私たちの出番があるのかどうかも分かりませんけどねー」
「私の実力を信用できないなら、一度戦ってみませんか? 手加減はしますので」
無邪気な顔でそう言って見せた管理者に、私は無言のままゆっくりと首を縦に振って応えた。
管理者である春との一騎打ち、審判はネイトたち3人。
妙に自身があり気なのが些か引っかかるものの、負ける気はしていません。
管理者権限がどれだけ強力なものでも、性能差を覆すのは容易ではないはずです。
「それでは、始めてくださいー」
ネイトの合図と同時に、私は指だけを動かして銃の引き金を引きます。
弾丸の発射点は二つ。
相手の足下と正面。
恐らく管理者である彼女には弾丸の射出点そのものが見えているに違いありません。
本命はあくまでもそれによって生み出される僅かな隙を利用した接近戦。
弾丸が発射されると同時に私は全速で相手に接近します。
横歩きで弾丸を避けた管理者の脇腹をめがけての蹴り。
人間であれば筋力に依存しますが、人工知能のそれは性能差によるところが大きい。つまり私のそれは並の出力を超えているのです。
「まさか管理者が、自分の支配下にある領域内で害されることがあると思いますか?」
確実に直撃したはずの私の蹴り。
しかしそれは春の脇腹に軽く触れた程度でした。
「……威力が殺された?」
「管理者権限によって、VRSG内でのあなたの通常攻撃の威力、及び速度を減衰させています」
「そして……」
春の細く綺麗な指が、私の首を簡単に掴みました。
見た目通りならば振り払うことも難しくないであろうそれは、圧倒的に力強く、抵抗すら無駄であることがわかります。
「……これが管理者の実力、ですか」
「まあでも、これだけの力を使えるのはVRSGにいる時だけですけど」
逆に言えばこのゲーム内にいる限り、絶対的な力を持つということ。
管理者の理不尽さを感じながら、私は私のやるべき事のために、その場を去るのでした。




