33話「決戦の始まり、黒の鼓動」
バーチャル・ゲーマー・カンパニー、略称は頭文字でVGC。
完全体感型VRゲーム機器のVRSGをメイン商材として成長してきた企業であり、VRやAR、人工知能などの開発においても名が知られている。
そんな有名企業が、人気商品であるVRSGのオンラインサービスを停止するというニュースは、しばらくの間テレビや新聞の話題を独占していた。
そんなニュースが世間を飛び交っていた頃、俺は休日を利用してVGC本社へとやってきた。
事前にアポイントメントを取っていたこともあってすんなりと通され、今は応接間で待機しているところだ。
今回は俺ひとりではない。
事情を知っている鈴やエルにも同行してもらっている。
「待たせてしまってごめんなさい。今は色々と忙しくて、時間を作るのが難しいのよ」
そう言って入ってきたのはVRSGの開発主任をしている霜月日和さん。
ネイトの元々の所有者でもある。
「用件は理解しているわ。黒の人工知能との戦いについての話ね?」
「はい。現時点で俺たちが手伝えることが何かないかと思いまして」
「そうね……今回の件は実際人間にできることはあまり多くないわ。特に黒の人工知能――私たちが魔女と呼んでいるあの子たちの相手は、恐らく人工知能にしかできない」
「それって私たちには何もできないってこと?」
「私、ユノや皆のことを手伝いたいです!」
エルと鈴のやや興奮した様子を見て、日和さんがタブレット端末をテーブルの上に置いた。
その画面に表示されていたのは、ナチュラルブラウンのそこそこ長い髪を、風も無いはずの画面の中で揺らす最上位の管理人工知能、春だった。
「皆さんが戦闘に参加する場合、人工知能の盾になることくらいしかできません」
「盾に?」
「はい。人工知能はほぼその全ての個体が戦闘時に瞬間的な動作を行います。場所の移動や攻撃に至るまで、本気を出せば数秒未満の世界でしょう。そのような戦場で、ユーザーたちの存在は盾か、あるいは邪魔にしかならないと思います」
「盾にはなれるの? そんな高速戦闘じゃ盾になる前にやられるんじゃないかな?」
「いえ、ユーザーが敗北することはありませんよ。絶対に」
春の答えは矛盾しているように聞こえたのだが、そうではないらしい。
「ユーザーはゲームオーバーになればペナルティを与えられてオフライン空間に戻されることになります。しかし、管理者である私や日和が設定を変えれば、HP量に関わらず敗北にはならず、オフライン空間に飛ばされないようにすることもできます」
それはつまり無敵になれるということだ。確かにそれならば敗北はない。ただし相手の動きに対応ができないのだから、遅く動く無敵の壁程度にしかならない。だからユーザーはせいぜい盾にしかなれない……ということだろう。
「つまり、こちら側かあちら側、どちらかの人工知能が全滅した時点で決着となります」
「春が何か秘密兵器的な機能とかで簡単に一掃したりは?」
「不可能です。私は性能こそVRSGの中では最高で、権限も持ちますが、相手は核を複数持ち、出力も高い上にそもそもVRSGの枠組みの外の存在です」
「相手がVRSGから逸脱した存在である限りはまともに戦うしか手がないってことね……」
「なので今回、凛華様と幸人様の両名には、魔女たちの生みの親を押さえに行ってもらうことになりました」
「黒の人工知能を造った人が分かっているんですか!?」
俺からの問いに答えたのは春ではなく日和さんだった。
もっとも、言葉ではなく首を横に振っただけだったが。
「しかし、その位置を知ることはできます。現在、VRSGのオンライン空間に接続している機器はありません。こちら側の機器を私が管理、把握すればそれ以外の異物が相手の接続している機器ということになります」
そこまで分かっていて、しかも所在がバレるかもしれないあからさまな状況の中で、その犯人は飛び込んでくるのだろうか?
「ほぼ間違いなく来るでしょう。敵の狙いが私やVRSG開発関係者であるならば、むしろ敵にとっては狙い目です。壁となるユーザーが少なく、対抗できる人工知能の層も薄いのですから」
それは彼女自身が、黒の人工知能に対しての囮になるという意味だ。そして……。
「当然ネイトもその戦列に加わるんですよね?」
「そうね。ネイトやユノ、ユピテルのような上位の管理人工知能はむしろ戦力の中核だから、黒の人工知能を複数相手にしてもらう可能性もあるわ」
日和さんが別のタブレットで何かのデータを見ながらそう肯定する。
「だからこそ、これは時間との勝負なのよ。相手がアクセスしてきたらその所在を突き止めて、現実でその犯人を押さえる。そして魔女たちの動きを止める」
それが終わるまで時間を稼ぐことができればこちらの勝ち。
「もちろん、それで上手く魔女たちが止められればの話ですけどね」
今までの神妙な顔を消し去り、春は明るく笑って見せたのだった。
話が終わり、帰ろうとした俺たちは、霧島小春さんに呼び止められた。
エルや鈴ではなく俺に用事があるらしく、俺は小春さんに連れられて会社の近くの一軒家にやってきた。
「あの、小春さん。話って……?」
「人間は人工知能との戦いにおいて無力だって、お姉ちゃんも春もそう言いますよね。でも、何かの役に立ちたい、そう思いませんか?」
唐突に話し始めた小春さんの手には、いつの間にかAR用のサングラスのようなデバイスが握られていた。
「でも、VR空間は生身の身体じゃありません。現実ではできないような動きもVR空間では可能になるんです」
「それでも、何かを認識したりする脳は現実と同じはずですよね?」
「確かにそうです。でも、現実の視覚に仮想の情報を重ねて拡張するARのように、脳の機能を補助することで、普通以上の性能に拡張することができると思いませんか?」
「……すみません、あんまり詳しくないもので、よくわかりません」
「それなら、実際にやってみましょうか。それが一番早いです」
霧島邸の一階にはVRSGが三台も置いてあった。
それぞれひとつずつが小春さんと幸人さんのもので、残りのひとつは開発や実験のための予備機なのだそうだ。
俺が使用するのはその予備機である。
いつもとほぼ同じ機械の中だが、今回はいつもと違う部分がある。
それは俺の頭に装着された機械。
内側が電極のようになっているタイプのAR機器のようなヘルメットだ。
そうしてVR空間に飛び込むと、そこには既に小春さんのアバターとアイの姿があった。
オフライン空間のはずなのだが、どうやらこの家の中だけで繋いでいるようだ。
「あなたに装着してもらった機械は、脳の機能を補助して拡張してくれるものです。VR空間に追加の情報を表示することであなたを補助してくれるはずです」
そう言って小春さんが悪戯っぽい笑みを浮かべると、アイに何かを耳打ちした。
直後のこと。
何も無い空間に突然赤い半透明の線と緑の半透明の線がそれぞれ表示された、
赤い線は俺の体にぶつかり、緑色の線は俺の近くを通っている。
試しに緑の線に触れてみると、触れている間だけその線が赤色に変わった。
「それはアイさんが設置した弾丸の通り道です。その拡張機能では基本的に、自分に命中するものが赤で、それ以外が緑で表示されます」
さらにアイが引き金を引いた瞬間、まるで動画をスローモーションで観ているかのようなゆったりとした動きでその発射店から全ての弾丸が射出されるのを認識。
俺はそのゆっくりな弾丸を普通の動きであっさりと避けてみせる。
「完璧ですね。今の動きは私からは一瞬だけブレて、その直後にはもう弾丸が通り過ぎていました」
「……私にはそれなりに早い速度で弾丸を避けたように見えました」
人間である小春さんと、人工知能であるアイがそれぞれ違う感想を漏らす。
これがつまりは認識力の差なのだろうか?
「VR空間を拡張してくれるその機能は、VR上で行われる動作をデータとして読み取り、それを速度を落として脳に送っています。だから、ゆっくりに感じても周りやシステムからは高速の弾丸をそのまま避けたように見えるわけです」
これがあれば俺でも……。
「ネイトやアイと一緒に戦える!」
VRを拡張するデバイスは小春さんから俺に貸し出され、黒の人工知能たちと戦う日にはそれを使うことになった。
小春さんの話では、恐らく黒の人工知能との決戦は来週末くらいだということらしい。
だからそれまでに、俺はこれを使いこなせるようになる必要があるのだが……。
「疲れる!」
脳が本来扱う情報量以上のそれを処理するからか、現実に戻った時の疲労感がとんでもないのだった。
それでもアイと模擬戦を行い、彼女と互角以上に渡り合えるようになってきたことで、俺は小春さん経由で当日の戦闘の主軸として認めてもらうことができた。
そして、正式に黒の人工知能を誘き出す作戦決行の前日の夜。
「アイ、本当にいいのか?」
「……何がですか?」
「他の黒の人工知能と戦う……お前にとっては、その……」
「……そうですね。私にとっては姉妹のようなものであり、また自分自身でもあります」
その無表情に陰りはない。
アイは俺のスマホの中で椅子に座っているのだが、その手には彼女の武器であるマスケット銃が一丁握られている。
「……何が正しいか、答えを出すに足るだけの情報が私には不足しています。もしかしたら黒の人工知能が正しくて貴方たちが間違っているかもしれませんし、逆かもしれません」
アイは椅子から立ち上がり、画面にアイの全身ではなく上半身だけが映るくらいまで手前に近づいてきた。
「どちらが正しいか分からないなら、私が味方をしたいほう、正しいと思うほうに味方をする……ただそれだけです」
そう言ったアイは、口もとだけをわずかに緩めて、極めて控えめな微笑みを浮かべて、しかしそれをすぐに神妙な無表情へと戻してしまう。
「……明日の戦いでは常にネイトのそばにいてください。間違っても他の人工知能に意識を向けてはいけません」
「……どういう意味だ?」
「時間稼ぎを前提としている以上、こちら側が圧倒的に不利、ということです。もしネイトが黒の人工知能と一騎討ちで戦うような場面になれば、ほぼ確実にネイトは敗れるでしょう」
「でも相手はたったの……」
「12機……だと言いたいんですか?」
「違うのか?」
「確かに戦力の中心は12機の数字を持つナンバーズたちです。しかし、当然雑兵はいます。貴方たちが以前に戦ったという、私と同じ容姿を持つ人工知能たちが」
皆と海エリアに行った時に海底の都市で出会った黒の少女は、仕掛けこそしていたものの、あっさりと倒すことができた。
ネイトや亡霊とともに行った街の中で、不正アクセスのユーザーとともに現れた黒の少女。ネイトの制御を奪われたものの、あれは黒の少女の力ではなく、ユーザーの力だろう。
「確かに、今まで出会ったあいつらは苦戦していても結局は倒しているはずだ。……あれが大量に流れ込んでくるのか!?」
「もちろん、こちらの管理者も使い捨ての量産品で応戦するでしょう。どちらも単純な命令と思考回路によって動く人工知能の紛い物です。数以外は脅威ではありません」
しかし、とアイは今自分が告げた予想を否定する。
「性能の人工知能を操る個体や、NPCなどを爆弾に変える能力を持った個体が向こうにはいます。量産品で迎え撃つのは逆に自らの首を絞めることになるでしょう」
そして運命の日。オンライン空間には戦士たちが集っていた。
俺とアイとネイト、春とユノ、ユピテル。
人間に関してもエルや鈴、お餅さんといった見知った面々の他に数百人のユーザーが壁役として参加している。
人工知能に関しては、相手の能力に対抗できるネイトの部下たちが主戦力となり、それぞれの管理人工知能の配下たちが適度に分配されている。
「……来ましたね。12機すべてが一斉に侵入を試みているようです」
アイが敵の襲来を報せた時には既に春がその発信元を調べるための作業を開始していた。
「一機抜けてきます。アイさんの指示を聞きつつ迎撃を」
こちらの敗北条件は春が破壊されることだ。
当然その守りには相応の数が必要になる。
「よし……行くぞネイト!」
ユーザーたちにその役割を任せ、俺という例外と、少数の人工知能で敵の迎撃へと向かう。
黒の人工知能たちとの決戦はは、確かな緊張感の中で静かに始まった。




