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32話「襲撃、決戦の前座」

 第10階層。

現代日本の街並みの雰囲気を再現した馴染みのある階層は、普段であれば大都会の忙しなさを演出するために多くのNPCが動き回っているのだが……。


「NPCが襲ってくる!?」

無害なはずの民衆が、明らかな害意を持って俺たちのもとへと集まってくるが、それらをネイトとその配下2人があっという間に切り裂いていく。



「……よそ見だなんて余裕ですね」

「ああ、悪い」


俺がよそ見をしていたのは、俺とアイの正面に立つ黒の人工知能があまりにも無防備だったからだ。

無防備ならばすぐにでも攻撃すればいいと思うのだが、接近はアイによって止められ、結果として睨み合うこととなっている。


「……3番機、なかなか大胆な作戦を決行したものですね」

アイが無表情のまま言葉を発すると、3番機がその表情を不気味な微笑みに変えた。


「ふ……ふふふふ。13番機、距離が遠いわ。声が聞こえないからもう少し近づいて頂戴」


「語り合うつもりはありません。あなたにくっ付いている7番機も含めてここから破壊します」

アイがマスケット銃二丁を3番機に向けると、その不気味な微笑みは一層愉快げに口の端を曲げた。


「命が惜しいなら止めておきなさいな。この場所は既に私たちの手のひらの上なのだから……」


「……? まさか――」

アイはそう発して、直後に俺に覆いかぶさるように飛びついてきた。


俺が状況を理解するより先に、その爆発音と衝撃が俺とアイを吹き飛ばした。


ビルを模した建物の外壁に叩きつけられると、そこにアイも飛ばされてくる。

現実のそれとは違い、痛みにすべてを奪われることはないが、状況の理解力は現実のそれと同じだ。


さっきまで暴徒化していたNPCの大半が消え、大通りの反対側の建物がすべて崩落していた。

しかもその全てが炎に包まれている。


「7番機、既に爆弾を仕込んで……」


アイが苦しげな声でそう呟く。


「貴女のような役立たずの予備品を使わなくても、私たちで十分なのよ?」

歪んだ笑顔の3番機がそう言いながらその視線を背後の路地に移すと、そこから黒髪をポニーテールにした黒の人工知能が姿を現した。


「面倒だなァ? なんでいっぺんに吹っ飛ばしちまわねェんダ?」

不愉快げな表情を浮かべたその少女は、手に持っていた何かを大通りの反対側に放り投げる。


直後、瓦礫の山が再びの爆発によってさらに細かく砕かれ散った。


「……いいですか、ユーザー。(ワタシ)があの二機を倒します。貴方(アナタ)は向こうでネイトと合流しなさい」

「勝てるのか?」

「無論です」


合図と言わんばかりにアイが弾幕の嵐を巻き起こす。


マスケット銃であることは飾りでしかない。

引き金ひとつで思い通りに弾丸を射出できる反則級のチカラである。


そのアイの合図に少し遅れて俺は大通りの反対側……爆心地へと駆ける。そこにいるはずの銀髪を探して。



 燃え盛る炎に包まれた瓦礫のそばには、ショッキングなものが転がっていた。

頭部。

銀色のさらさらなショートヘアーを備えたそれは、ついさっきまで一緒に行動していた人工知能の少女のものだ。

本来そこに繋がっているはずの首から下は見当たらない。

俺の気が狂うことがないのは、現実のような鮮血や臓物が見えていないことと、何よりその頭部がいつものように笑い、話をしていたからだ。


「油断しましたよー、ああご主人様(ますたぁ)、その瓦礫の裏辺りに私の胴体がありますー。……そうですそれですー。それでその近くに右足がですねー」


首だけのくせにいつもより五月蝿い銀髪の頭の指示を受けながら、彼女の体のパーツを集めていく。


集めたパーツを、まるで玩具の人形の手足のように胴体に繋げ、首に繋げていく。

不思議なのは、その位置に合わせるだけで勝手に繋がることだ。


「自動で再生しないなーと思ってたらパーツごとに瓦礫の下に埋もれていたみたいでー、いやいや助かりましたー」


「……お前と一緒に来てた二人は?」

彼女の配下で同行していた二人の人工知能はどこにいるのか。ネイトの状態を考えればまだ近くにいるのかもしれない。


「いえ……彼女たちは咄嗟に爆発と私の間に割り込んできたので……」

やや顔を伏せて言葉を紡ぐネイトに、俺はかける言葉を見つけることができず、それでも今現在戦いが行われているであろう方向へと視線を向けた。


「とにかく今はアイのところに急ぎましょー!」

ネイトとともに大通りに戻ると、爆発によってあちこちの建物が崩れ、その崩れていく建物の瓦礫から瓦礫へとアイが飛び移りながら、敵の人工知能二人へと弾丸を撃ち込んでいた。


その弾丸のほとんどは躱され、確実な命中コースにあるそれはナイフを持った見知らぬ人工知能が弾き飛ばしていた。


「あれは……ユノの配下の個体ですー。どうして敵の味方なんてー?」


3番機(あの子)が使っている対人工知能用の能力ですね」

誰もいなかったはずの背後から掛けられた声に振り返ると、最上位の管理人工知能である(ハル)が立っていた。

彼女といつも一緒にいそうな亡霊(ファントム)の姿はない。


「抵抗力の乏しい低位の人工知能を暴走させ、意のままに操る……そんなところでしょうか。ネイトの配下と違ってユノの配下の人工知能は抵抗力そのものは低いですから」


「こんなところに出てきて大丈夫なんですかー? 管理者(ますたぁ)も敵の標的だと思いますけどー」


「ええ、ええ、そうです。だからこそ出てきました。それにこれだけの被害を出されては傍観もしていられないというものですよ」


ニッコリと微笑む管理者の少女はナチュラルブラウンの髪を揺らしながら一瞬の間に跳躍した。


他の人工知能など比べ物にならない出力なあたり、性能の理不尽さを感じさせるほどだ。


ユノの配下の人工知能を瞬間的に当身で吹き飛ばし、アイと敵の二人との間に割って入ると、彼女は礼儀正しく頭を下げた。


「初めまして……いえ、お久しぶり? どちらかはわかりませんがとにかく、このゲームの管理者として、あなた方には退場してもらいますよ!」


春の呑気な口上の間にも、相手の7番機は爆弾を複数投げ込んできていた。


管理者が躍動した直後、その場所が爆発し、あっという間に炎に包まれ満たされていく。


「あらあら、まさか管理者が自分の管理する領域(ゲーム)で敗北すると思っていましたか? だとしたら残念です。彼の欠片たちならそれくらいは理解してくれていると思っていたんですけどね」


やや残念そうにため息を吐いた管理者の人工知能は、再び刹那の存在となって突き抜ける。


「出直してきてください。次はもう少し努力して」


俺が彼女の姿を認識した時には、敵の人工知能二人の頭部が胴体から切り離されて転がっていた。


それぞれの胴体は悔しげに首を拾い上げて、その姿を気配とともにこの空間から消し去り、脅威は一時の平和へと変わる。


勝利の雰囲気がやってくることを感じた。

しかし、その気配はひとつの爆発音で足音を潜ませてしまった。


「……アイ?」

アイの立っていた場所のすぐ隣の建物が、爆発の衝撃と炎に呑まれて崩れていく。


それが7番機が残した罠による爆発だったと気が付いた時には、俺は既に駆け出していた。


きっとアイもネイトのようにバラバラになっただけですぐに元通りになるだろう。そんな風に思っていた。



思っていたんだ。アイを見つけるまでは……。



確かにアイは爆発に巻き込まれていた。


しかし、ネイトのように話をしてくれない。視線を向けてくれない。目を開けてくれない。


体の右半分が吹き飛び、残った左半分もピクリとも動かない。

それでも、人工知能である彼女ならば、電子的な存在である彼女ならば何も問題なく修復できると思っていた。


だから、管理者の悲しそうな表情を、俺はすぐに受け入れられなかった。



「この子の(いのち)は、とても綺麗な色ですね」


 半分だけとなってしまったアイの身体の中に散らばっていたガラスの欠片のようなものを拾い上げ、管理者は彼女の髪を、頬を撫でる。


「破壊されてしまった核を再生すること自体は可能です。でも、それは破壊の程度の問題や、正規の人工知能である必要があります。この子の場合、損傷の程度は極めて微妙なところですし、何より逸脱したイレギュラーな個体です。少なくとも、今すぐの修復は難しいです」


アイの核の欠片を集め終えた(ハル)が、それを俺の片手に乗せる。


黒の中にところどころ白が混ざった欠片は、確かにどこか神秘的な雰囲気がある。


「彼女を元通り復元する方法があるとすれば――いえ、これは止めておきましょう。希望を持たせるには可能性が低すぎますから」


「ご主人様?」

「……どうしたネイト?」

「泣いているんですか?」

「どうして、だろうな。アイとは別に長くいたわけでも、特別仲がいいわけでもなかったけど、なんで涙が止まらないんだろうな……」


「……随分と生温いんですね、貴方(アナタ)という人は」


ほら、今だって涙だけじゃなくてアイの声の幻聴まで聞こえている。俺は案外、アイを仲間だとしっかり認識して、意識していたのかもしれない。


「……いい加減泣き止んだらどうです? それから、(ワタシ)の核を返してもらえませんか?」


幻聴にしては随分はっきり聞こえるな。

しかも内容がまるで生きているような……もしかして思わず妄想に浸ってしまうほど精神にダメージが……?


「……失礼、これは返して頂きます」

半身だけになったアイが、片足だけで器用に飛び跳ねながら移動してきて俺の手から核の欠片を……って。


「はああぁ!? ちょお前なんで生きてんの!? というかそもそも身体半分しかないしええええ!?」


「……おやおや、随分な驚きようですね」


生きてるじゃん! 体が半分なだけでいつものアイじゃん!


「あ、あのー、なんで生きてるんですー?」

恐る恐るといった様子でネイトが問いかけると、アイはその体を半回転させて俺やネイトに体の断面を向けてきた。


人間の中身のようにグロテスクではなく、白と黒で染まった空洞のような中身だが、その中には綺麗な色で輝く白と黒の球体がクルクルと回っていた。


「核……ですか? でもそれはさっき砕けていたはずですよね?」


「……はい。確かにこれは私の核で、この砕けたものもまた私の核です」


「もしかして核が二つあるんですかー?」

「……正確には三つです。頭にひとつと左胸にひとつ、あと下腹部にひとつ。砕けたのは頭部のものです」


「核は私たち人工知能にとって命であり動力源ですー。どのような性能であれ複数の核を同時に機能させたら容量と出力ばかりが跳ね上がって……」


「……管理者(ハル)、私は元々自らを爆弾として自爆する任務を受けていました。では階層ひとつを破壊するだけのエネルギー量をどうやって得るのでしょうか」


「そのための核であったと?」


「……普段は二つの核のみ使用していました。もうひとつの核は自爆のエネルギーを生み出すための、いわば爆薬のようなものです」


こうして会話している間にも、アイの身体は少しずつ再生しているようだ。


「……修復にはこの予備の核を使用していたので、再生までは時間がかかりますね」


ようやくその身体のほとんどが修復されたあたりで、アイは砕けた自分の核の欠片を、まるで薬を飲むようにして飲み込んだ。


「それにしても今回は派手な事件になりましたね。もう既にネット上ではそれなりに話題になっているようです」


(ハル)がネットニュースを開くと、最初の爆発の時の映像と、黒の人工知能の画像が公開されており、様々な憶測が記されていた。


「そろそろ限界ですね。我々は黒の人工知能の存在を公表し、これから先の対応を考える必要がありそうです。……アイさん、あなたには色々と迷惑をかけてしまうかもしれませんけど」


「……元々敵()()()存在を心配するなんて、おかしな人工知能ですね」


それを聞くと(ハル)は無邪気な子供のような笑みを浮かべて何かのウィンドウを開く。


「私はこの階層を修復することにします。詳しいことはまたいずれ……」



その『詳しいこと』が、ネット上に出回ったのは、件の騒動から三日後の昼過ぎだった。


VRSGの開発及び運営を行っているバーチャル・ゲーマー・カンパニー、VGCは黒の人工知能を含む不正ユーザー及び人工知能による妨害行為を公表し、これに徹底的に対応していくこと、そして事態が改善されるまでの間、サービスを停止することを発表したのである。



ネット上の意見の多くはVRSGやカンパニーを擁護し、妨害行為を批判しているが、一部ではカンパニーの対応が甘いのではないかという意見もある。


現状ではサービスを停止して迅速に対処することが最も確実で有効な手段なのだろう。


ちなみに、熱烈なファンのひとりである俺がサービスの停止に対して嘆いていないのには理由がある。



 第10階層の襲撃事件の後、俺は詳しい説明のためにカンパニーに呼ばれ、その際にひとつの依頼をされた。

黒の人工知能たちの対応を手伝ってほしいというものだ。


報酬の提示などをされたが、そんな話の前から俺の答えは決まっている。


俺はこのゲームが好きだ。

ネイトやアイ、仲間たちが好きだ。

だからそれを守るために、俺は戦うことに決めた。

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