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31話「文化祭、戦いのの序章」

 文化祭。

多くの高校で行われるそれは、大まかなイメージこそあるが、実際には学校によって内容も雰囲気も異なるものである。


「文化祭でメイド喫茶って、てっきりアニメとかの世界の話だと思ってたわ」

黒と白で構成されたシンプルなデザインのメイド服姿でそう呟いたのは、俺のクラスメイトのエルだ。


「確かになぁ……。衣装のレンタルだけでどれだけの費用がかかっているのやら」

「文化祭用に割り振られた予算の他に、年間でクラスに与えられてる予算も全部注ぎ込んだんだってー!」


俺とエルの会話に飛び込んできたのは、同じくクラスメイトの鈴欄(すずらん)である。彼女の隣には随分ご無沙汰な気がするクラスメイト、紅林(くればやし)御影(みかげ)の姿もある。


ちなみに当然それぞれに仕事も割り振られており、俺は客引きや案内で、御影と鈴が調理、エルが接客だ。

俺たち4人の中でメイド服着用なのは鈴とエルで、俺と御影は普通に制服を着ている。


本当は調理担当の鈴も制服でいいのだが、クラスの男子達の熱烈な支持によって、なぜかメイド服を着せられている。

とは言っても、本人はむしろ気に入っている様子なので、わざわざ阻止をしようとも思わないが。


「午後になれば俺たちは休憩だからな。それまでゆったり働くかね」

「この文化祭のタイミングで、もしかしたら俺の命を狙う美少女が現れるかもしれない……」


御影のいつもの発言は放っておいて、俺は既に人が増えてきている廊下へと飛び出すのだった。



「それじゃあしばらくの間はネイトもVRSGに残るのね?」

 休憩時間となって、俺はエルと鈴にアイの件と、この前の討伐戦についての報告をしていた。

御影は適当に食べ物を買いに行ってもらっている。

ネイトとアイは討伐戦の後処理のために俺には同行していない。


「そういえばユノはどうしているんだ?」

鈴のサポート人工知能であるユノを、アイと出会った時以来見ていない気がするのだ。


「ユノは色々とやる事が多いから今はサポートから外れてるんだよ。今はユノが呼んでくれた子が代わりにサポートしてくれてるの!」

そう言って鈴が俺に向けたスマートフォンの画面には、黒髪のショートボブで、たれ目気味の物腰柔らかそうな女の子が映っていた。服装はなぜか黒のスーツ姿だ。


「ノエルと申します。ユノ様配下筆頭……ネイト様配下筆頭のソロネさんと同位の人工知能だとかんがえてください」

見た目と笑顔とは裏腹に、話し方や声は芯の強そうな凛としたものである。


「普段ユノってどんな仕事してるんだ?」

ネイトがVRSGの保安を担当しているのだから、ユノもきっと何か担当している役職があるのだろうと思ったのだ。


「ユノ様や私たちは情報を収集し、必要なところへ届けるのが仕事です」


詳しいことをさらに聞こうとしたタイミングで、御影が食べ物の詰まったビニール袋を両手に持って戻ってきたので、ユノたちの仕事についての話はそれまでとなった。



 焼きそばにお好み焼き、クレープ。

商品としての品質だけ見ればお祭りの屋台で売っているものにも及ばないような程度だが、そこは雰囲気で補完されるものだ。

鈴は料理もそれなりにできるからか、味付けについての話を繰り広げ、御影はその話を右から左に聞き流しながらひたすら焼きそばを頬張っている。


エルは長い金髪を風に揺らしながら、焼きそばの玉ねぎをひとつひとつ取り除いてはプラスチックの器の隅に追いやっていた。


「玉ねぎ嫌いなのか?」

「玉ねぎが、というよりは野菜が嫌いなのよ。食感も味も全てが受け入れられないわ!」


「……その偏食でよくそこまで美少女になったものだよな」

御影がボソッと漏らした呟きが聞こえていたのかどうかは分からないが、ようやく玉ねぎを除け終わったらしいエルが焼きそばを控えめに頬張った。


「ん……」

そのひとくち目を頬張った彼女が、眉間に皺を寄せてすべての動きを停止する。


「……玉ねぎ、まだ残ってたんだな」

「だ、大丈夫?」


心配する鈴と御影に背を向けて、近くに置いてあったペットボトルのお茶で口の中の玉ねぎを一気に流し込むエル。


半分くらい残っていた俺のお茶が全て飲み干されてしまったことは、可愛そうだから何も言わないでおいてやろう。


「御影、クレープも買ってきたんだろ? エルもそれなら食べられるだろ」

御影が俺の言葉を受けてビニール袋の中からプラスチックの容器に入ったクレープをエルに手渡した。


中身はイチゴやバナナなどのフルーツに、生クリームやチョコレートのソースがかかったシンプルなものだ。


「ユウ……これあげる」

エルが食べるのを諦めたらしい焼きそばを俺のほうに差し出してきたが、俺は手を伸ばす前に少し躊躇った。


「いや、でも……」

別に他人と食べ物や飲み物を共有することを極端に嫌うわけではないが、気が進むものではない。


「……ユウはそういうの気にするのね」

「あれ? でもユウくんって前に御影くんの食べてたパンとか食べてたよねー?」

「ははーん、さては『こ、これを食べたら、俺は奴らに狙われることになるかもしれない……!』とか考えてんだろ」


御影の痛い発言には反応すらせず、観念してエルの差し出していたそれを受け取って、軽く箸でつまみ上げてみる。


……いやまあ、気にするほどでもないか。

とりあえずひとくち食べてみる。


うーん……この玉ねぎの口の中に響く食感……やっぱり無理。


「あ、あれ? ユウくん、大丈夫?」

「やっぱり私との間接キスが嫌で……」

「あぁ……まだ玉ねぎ残ってたんだな」


唯一、俺の嫌いな食べ物をよく理解している御影が原因を察してくれている。


玉ねぎに染まった口の中を洗浄しようとペットボトルに手を伸ばして気づいた。


お茶ないじゃん!!


焼きそばの玉ねぎはソース色になっている上に麺にくっついて同化するので、曲者なのだ……。



「ああ愛しき姫よ! この私が悪しき王の手から貴女を救い出して見せましょう!」

 昼休みの後、俺たち4人は午後の自由時間を利用して他のクラスが催している演劇を見に来ていた。


隣国の王がヒロインである姫と結婚しようと無理やり彼女を(さら)い、それを主人公である戦士が助け出すというオリジナルのストーリーで、長さこそ文化祭用の短いものだが、刺客との戦いや、姫を救うために隣国の王やその手下たちとの戦闘など、よく練習していることがわかるものだった。


そうして気がつけば陽も傾いており、校内は二日目に向けた片付けと準備が始まっている。


「今日みたいなのがあと二日間も続くのか……」

「VRSGはしばらくできそうにないわね」

「急いでやらなきゃいけないこともないから別に大丈夫じゃないかなー?」


俺、エル、鈴の順でそう発言する。

確かに鈴の言うように、ゲーム内で急ぎの用件はない。

新しく追加された階層に関しては、どこかのタイミングで行こうと思うが、今はアイの件を解決したいところだ。


「エルはもう追加された新階層には行ったのか?」

「ええ、鈴と一緒に。とりあえず第11階層までは行ってきたわよ」

今回のアップデートで開放されたエリアは第12階層までだ。

最速で攻略してしまいそうなトッププレイヤーの一人であるエルが、まだ13階層に手を付けていないのが意外である。


「11階層が思いのほか面白くて、スズと一緒にずっと遊んでいたのよ」

「すごいんだよ! どこかの学校みたいな場所で、転校生として学校内の問題を解決していくの!」

「ユウが恋愛シミュレーションゲームとかやるのかは知らないけど、気分はあれの主人公ってわけね」

「今までの戦闘メインの階層と方向性が違うんだな」

「そうだよねー。ノエルはどうしてか知ってる?」

「さあ……? 私には管理者様の考えることはわかりません」


「じゃあ二人ともまだ12階層には行ってないってことか」

「ええ。でもどんなところかは知り合いから聞いているわ」

俺が先を促す必要もなく、エルは少し間を空けてから続ける。


「……12階層はそこに入る時に管理担当の人工知能が襲ってくるらしいわ。そして勝敗に関わらず、その人工知能が認めれば入れるの」

「ノエルはその人工知能については知ってる?」

鈴の問いに、真面目そうなノエルの顔に少しの困惑が浮かんだ。


「それは……もちろん存じています。ただ、具体的なことは何も申し上げられません」



 新階層についてのそれ以上の情報はなく、また文化祭の初日に関しても大きな問題はなく、大成功に終わった。

そうして疲れ果てた俺は自宅に帰ると夕食をさっさと済ませてVRSGの仮想空間へと飛び込んだ。


いつもならすぐに出迎えてくれるはずの銀髪美少女はおらず、代わりに黒髪ツインテールの美少女、アイが無表情でお辞儀をして出迎えてくれた。


「ネイトはまだ何かの作業中か?」

「……はい。そうです」

無表情なアイが周囲を見回すように俺に背を向け、直後――彼女の右手がマスケット銃を握り、その銃口を俺の眉間へと突きつけた。


「あ、アイ……お前……」

「これでゲームオーバーです」

そのまま、躊躇なく引き金を引くアイ。


しかし、俺の仮想の肉体がその弾丸に貫かれることはなかった。


その弾丸はまったく見当違いの場所から発射され、何も無い空間へと消えていったのだ。

「他者を信頼することを否定するつもりはありませんが、疑うことや警戒することを忘れないほうがいいでしょう。これは忠告です」


アイはやはり、俺やネイトと一定の距離を置こうとするらしい。


「でも、やっぱりお前は敵じゃない。わざわざ忠告をしてくれてるんだからさ」


「……後悔しても知りませんよ」

いつも通りの無表情な中に、ほんの少しだけ微笑みが見えたような気がして釣られて笑うと、アイは不機嫌そうに別の方向に体ごと顔を向けた。


仮にアイが本当に俺たちの側にスパイとして潜り込んでいたとして、アイほどの実力があればネイトや俺を攻撃し、勝利できるタイミングはいくらでもあったはずだ。それに、アイは他の黒の人工知能からも明らかに狙われている。


「あー、ご主人様(ますたぁ)来ていたんですね〜」

欠伸をしながら、ネイトが俺の前に突然現れ、軽い会釈で挨拶をしてみせた。


いつものパーカー姿ではなく、灰色気味のジャケットに同じ色の長ズボンだ。

ジャケットの左肩と背中部分には盾に剣と弓が交差したマークが描かれている何かの制服のようなデザインで、いつものネイトよりも。


「今日はいつもと違う格好なんだな」

「そーですねー。これは保安員としての制服みたいなものですー」

その場で軽く一回転して、新たな装いを見せつけてくれる。


今になって気がついたが、少し離れたところにネイトによく似た少女が二人控えて立っていた。


「彼女たちは私の同行者ですー。しばらくは私と一緒に後始末とか見回りをするんですよー」

二人の同行者は、完璧に揃った動きで俺に頭を下げる。


「それでー、私はまだ後始末を継続しないといけないのでー、ご主人様(ますたぁ)にやりたいことがなければ私の後始末に同行していただけないかとー」


「後始末って具体的に何を……?」

「今はもう見回りをしているだけですよー。新しい階層の攻略もついでにできますー」



 第10階層は、現代日本のような街並みを再現したエリアで、コンビニや高層ビル、大型のイベントホールや公園、住宅街など、見た目だけならばゲームの中ではなく現実の世界だと錯覚をしてしまいそうなクオリティである。


「ここの管理人工知能はどっかにいるのか?」

「10階層の管理者は〜、ユノの配下筆頭のノエルという人工知能ですー。優秀ですけど真面目で融通が利きませんー」

ネイトの言葉に、鈴の端末に映っていた黒髪ショートボブの人工知能の印象を重ねる。


「まあ普段はノエルよりも序列が低い人工知能が代理で実務を担当していますけどねー」


そんな世間話をしながら、俺とネイト、そしてアイは現実の都会のような喧騒の中を歩いていく。


「この階層と次の第11階層はプレイヤーたちがそれぞれの拠点を構えるための階層として造られたものでー、戦闘系の階層ではありませんー」


それなら何をしたらいいのかと聞こうとしていると、ネイトは真面目な顔でどこかに視線を向けた。

緩んだ雰囲気は瞬く間に引き締まり、ネイトの瞳に緊張の色が浮かんでいる。


「まさかこの階層を狙ってくるとは思いませんでした」

ネイトの視線の先、ビルとビルの間の暗闇から浮かび上がるように現れたのは、アイと同じ容姿をした人工知能だ。


「……ネイト、ひとつ確認します。この階層のNPCたちは人工知能によって制御していますか?」

アイは武器を構えることもせずに、その無表情に少しの緊張を滲ませてネイトにそう問いかけた。


「そうです。……何か問題が?」

「……すぐにこの階層にいるユーザーと、性能の低い人工知能を退去してください。狙いはおそらく――」


アイの言葉は続かなかった。


辺りに満ちていた喧騒はいつの間にか静寂に変わり、忙しなく動いていたサラリーマンやOL、学生などのNPCたちがその場で動きを止めていたからだ。


異変を感じたネイトがその権限で11階層にいるユーザーたちを退去させたのと、NPCたちが動き出したのはほぼ同時のこと。


平和な日常を演出していたNPCたちは直後に、暴徒と化した。


ネイトとその配下たちは暴徒へ、アイと俺は元凶である黒の人工知能へ。


「あいつは手強いか?」

「……私との相性は良くありません」

「そりゃあ上等」


こうして討伐戦に続き、黒の人工知能との大規模な戦いが始まるのだった。

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