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30話「監査人工知能、黒の戦い」

 黒の人工知能による襲撃があってから数日が経過した頃。

俺は知り合いのプレイヤーに呼ばれ、アイとネイトを連れてオンライン空間のとある場所にやってきた。


特別管理エリア。

管理者権限を持つ者が使用可能なエリアであり、オンライン空間を中心としたメンテナンス等の作業を行う空間らしい。


広さは直径200メートル前後の円形で、壁は白色。

部屋の壁際にはパソコンのような端末が多く並んでおり、複数の人工知能たちが何かの作業に打ち込んでいる。


「お待たせして申し訳ございません、大友(おおとも)様」

そう言って俺の名を呼んだ相手は如月(キサラギ)さんだ。

彼女がこのVRSGの運営においてどのような立場なのかはよく知らないが、今日俺たちを呼び出したのは彼女である。


「早速本題に入らせていただきます。先日起こった黒の人工知能による襲撃事件、その件でお話があるのですわ」


すると如月さんの視線が俺の隣に立つアイへと向く。


「そこの黒の人工知能が今回の事件を招いたという情報があるのですが、それは事実でしょうか?」


あくまでも事実確認の質問だが、如月さんがアイに向けている視線には明らかな敵意が滲んでいる。


「実行犯の目的が、アイに危害を加えようとするものだったのは事実です。でも如月さん、アイは何も悪くありませんよ?」


「大友様、(わたくし)が最上位の管理人工知能から受けている指令はただひとつですわ。『プレイヤー全体のの満足度向上のための尽力』……それが(わたくし)の役割です」


するとネイトが俺と如月さんの間に物理的に割り込んだ。

如月さんを見るその表情に、いつもの眠たげな様子や余裕そうな様子はなく、真面目な雰囲気だ。


「先日のような事態が起こると、事情を知らない他のユーザーたちに迷惑がかかるから、アイを消そうってこと?」


「さすがネイト様ですわね。概ねその通りです。正確には『消す』ではなく『搾り取る』ですが」


「アイの全ての情報を搾り取る……それは最上位管理者の意思?」


「いいえ、これは(わたくし)の、監査役としての判断ですわ」


「監査役……、如月さんが?」


俺が思わず漏らした問いに、如月さんは至極自然な笑顔で頷いて見せた。


「そうですわ。(わたくし)はこのVR空間の秩序を守る監査役会を統治する監査人工知能です」


監査人工知能……そう彼女は言った。

VR空間でだけでなく、現実(リアル)でも会って会話もした如月さんが、人工知能であったと。


「じゃあ現実で会った如月さんは? あれも人工知能だったんですか?」


「ええ、あれも(わたくし)ですわ。もっとも、あの身体は人間に似せただけの二足歩行ロボットに過ぎません」


「それにしても監査役が本気で動きますか……できればこんなところで同士討ちなんてしたくないんですけど」


ネイトの右手が何かを掴もうとするように伸びる。


如月さんのほうも同じような状態だ。


「待て、如月!」


そんな臨戦態勢の二人を遮ったのは、開発担当の副主任である霧島(きりしま)幸人(ゆきと)さん、通称亡霊(ファントム)だった。


「あら、副主任がわざわざ特理までいらっしゃるなんて珍しいですわね」

「この黒の人工知能、個体名アイに対する監査的干渉を禁止する」


「ユーザー様たちが被害を被ることよりもそこの黒の人工知能を保護することを優先すると言うのですわね?」

「……ああ、そうだ。今後、同様の事態が続発するようならばアイたち黒の人工知能の存在を公表して、事情を説明する」


「それまでそこの当事者である人工知能を野放しにしろと仰るのですか?」


「アイの監視には(ゆう)とネイトがついている。管理者権限において、重ねて命じる。監査人工知能如月は、その権限においてアイに干渉することを禁ずる」


「……承知いたしました」


渋々といった様子で了承した如月さんに背を向けた亡霊がアイの目の前まで歩み寄る。


「なるほど、容姿のベースは最初期のデフォルトか。性能は管理人工知能ほどではないが強力……まったく敵さんも面倒な人工知能を送り込んでくれたもんだな」


すると亡霊は俺たちのほうへと向き直る。


「もしお前達に、アイを守ろうという意思があるならば覚悟してもらう。今後、アイの近くにいるというとは、敵の標的になるということだ」


その言葉に頷きを返すと、亡霊が楽しそうに微笑んだ。


「俺は俺で黒の人工知能たちに対処する。お前たちも油断はしないでくれ。……だが、楽しむことも忘れるなよ」



 特別管理エリアから、通常のオフライン空間へと戻ってきた俺とネイト、そしてアイは3人でこれからのことを話し合うことにした。


ご主人様(ますたぁ)、さっき如月(キサラギ)が言っていたことも間違ってはいないと思いますー」


「アイが襲撃されることで、他のユーザーたちにも迷惑がかかるって?」

「そうですー。アイがいる限りー、少なくともアイを狙った襲撃が続くと思います〜」

するとアイが軽く目を閉じてタイミングを図るように息を吐いた。


(ワタシ)がこの場にいるかどうかに関わらず、このゲームに対する襲撃は実行されます。現状では(ワタシ)を破壊することが他の数字持ち(ナンバーズ)の最優先事項でしょうが」


それはつまり、無差別な襲撃の標的が、現状ではアイに集中するということだ。


「それを私たちに伝えるってことの意味が分かってますかぁー?」

「……囮でも餌でも、好きに使えばいいと思いますが」


アイはあくまでも自らを危険に晒すことに躊躇しない。

「お前は、他の黒の人工知能たちと戦えるか?」


「……戦うことは可能です。数機を除いて勝利することも可能でしょう」


「それならお前は、囮じゃなくて戦力だ。俺たちと一緒に戦ってくれ」


アイは無表情のまま、返答はしなかったが、悩むように少し目を閉じた。


「ところでー、数字持ち(ナンバーズ)ってなんですかー?」

(ワタシ)たちにはナンバーを持つ個体と、持たない個体がいますから」


「この前の会話からして、アイは13の数字を持ってるってことだよな?」

「はい。1から13まで、黒の統括機関の13番機、それが私です」


俺やネイトが今までに何度か戦った黒の人工知能たちも数字を持っていたのだろうか?


「……現在は4と10が空席になりましたが、その他は残っています」

「その空席の原因は?」

「1番機に取り込まれました」

「は?」

味方を味方が取り込んだ?

「詳しくは知りませんが」


「でもー、他の個体を取り込むことで性能が上がるのだとしたら〜」

「つまりこっちの管理人工知能みたいな最上位の個体が黒の人工知能にもいて、それが自らを高めるために他の個体を取り込んでいるってことか?」


「もしそうならVRSGの正規の人工知能たちも取り込まれそうですねー。これはちょっと対応を急がないといけないかもしれませんー」



ネイトのその考えは、思いのほか迅速に、そして大掛かりな方法で実行に移されることとなった。


ネイトやアイと話し合った日の次の週末。

大型メンテナンスとしてVRSGのオンライン機能が利用を制限された。

内容は不具合の調整とされているが、実際は違う。


「敵さんもわざわざ誘い出されて来てくれたわけか……」


本当の目的は、既にVRSGのオンライン空間に潜伏している黒の人工知能の個体を一掃するための討伐戦である。

各人工知能の他、事情を知る数十名のユーザーたちによる討伐隊は、それぞれ割り振られた持ち場へと散っている。


無論、この討伐隊には俺とネイト、アイも参加しているのだ。

アイたちは互いに位置を察知できるらしく、今回の討伐における情報もアイから提供されたものだ。

黒の人工知能(ワタシたち)はどうやら迎え撃つつもりのようですね。……助言というわけではありませんが、人工知能が前面に出て戦わないほうがいいでしょう」


アイ曰く、黒の人工知能たちが持つ特殊な能力は、ユーザーに対しては無力である。

逆に、人工知能に対しては強力であるらしい。

「アイ、俺たちから近いところにいる敵は?」


アイはやや視線を巡らせ、VRSGのオンライン空間全体を示すマップの一点を指で指し示した。


「第2階層には2番機がいますね。他の個体と違って自分から動く気はなさそうです」

ネイトは大剣を、アイは二丁のマスケット銃を、そして俺は白い剣を。


それぞれの武器を手に、俺たちは敵のもとへと転移した。



 第2階層セレネ広場にいた黒の人工知能の2番機の姿は、顔の造形や服装がやはりアイと同一であった。

ただし、その右腕がやたらと長いという点において大きく異なっているが。


「あの腕は自在に伸縮します。斬り落としてもすぐに再生するので、可能な限り最速で核を見つけて破壊したほうがいいでしょうね」


「ただ腕が伸びるだけの敵なら弱いんじゃないのか?」

「……ではここから少し見ていてください」

やや不機嫌そうに、アイが一人で2番機の目の前に飛び込んだ。

左右非対称な腕を揺らしながら、2番機は不気味な笑みを浮かべてみせる。


「おやおや、まさか無防備に私の前に姿を晒すとは思っていませんでしたよ13番」

貴女(アナタ)(ワタシ)の相性を考えれば、至極当然だと思いますが」

「なるほど、中近距離戦に特化した私との相性が抜群だから、単身でも私に勝てると……」


アイはそれを肯定するように頷き、左手の銃を左に向ける。

現実のマスケット銃ではありえない連続射撃。

しかし、アイのマスケット銃は見た目のみの飾りでしかない。

そこから響いた複数の銃声に、本来あるべき弾丸は伴っていない。


「……油断しました」

決して2番機に直撃したのではない。

彼女に飛来した弾丸はその長い右腕によって容易に弾かれている。


アイが放った弾丸のほとんどは、2番機ではなく、彼女に同行していたらしい黒の人工知能たちに直撃していた。

透明化して見えていなかったそれらが、アイの弾丸が貫かれ、2番機の周りに転がったのだ。


「では一騎討ちと参りましょう、2番機」

「相性だけで全てが決まると思わないことですよ13番」


2番機は右腕を、アイはマスケット銃二丁を、それぞれ相手に向けて構える。


――きっと勝負は一瞬だ。


俺がそう思った直後、二つの銃声が響いた。

弾丸の発射点は2番機の直上と背後。

さらに、アイはその発射と同時に前進し、相手の間合いに自ら飛び込んだ。


発射点を察知していたのか、2番機は落ち着いて右に動いて弾丸を躱す。

2番機の背後から射出された弾丸はアイの顔のすぐ横を通り抜け、どこかに着弾する。


しかし、二人の人工知能の意識は既にそこにはない。

中距離がベストな間合いであるはずのアイが近距離の間合いに飛び込んできたことが意外だったのか、2番機はその長い右腕を振り上げる。


「近距離は私の間合いですよ。『黒の魔手(デーモンハンド)』」

「……もらいました。『黒の擬態(オールコピー)』」

宣言と同時に、アイの右腕が2番機のそれと瓜二つの姿へと変わる。

長い右腕同士が激しくぶつかり、二人の動きが完全に止まった。


長い右腕しかない2番機と、長い右腕と二丁の銃を持つアイ。


勝敗は決したと、俺はすぐに理解した。

アイがあの引き金を引けば、2番機はアイの銃弾を防ぐことができずに蜂の巣になるだろう。


しかし、結果から言えばそれが目の前で起こることはなかった。


「退くんだ、2番機」


どこからか響いてきた声に、アイが引き金を引きながら後ろに跳躍する。

ひとつの弾丸は2番機へと向かい、しかし2番機もまた背後に飛ぶことでそれを回避した。

そしてもうひとつの弾丸は……。


「久しぶりだね、13番機。いきなり銃弾をお見舞してくるなんて随分な挨拶だけど」


少し離れた建物の上に、いつの間にか立っていた黒の人工知能が、弾丸を指で受け止めたままで無邪気な笑みを浮かべる。


貴女(アナタ)こそ、随分と感情豊かになったようですね、1番機」


「そうかな? 嬉しいよ。さて13番機、君は(ぼく)たちと敵対するのかい?」


心優しい少年のような声音と笑みで、1番機がアイに問いかける。


アイは言葉の代わりに左手のマスケット銃を1番機へと向けた。


「そうかい、残念だ。今回は退いておこうか。君も含めて、今はまだ仲間を失うわけにはいかないからね」


アイが放った弾丸は、1番機のいた場所を通過して近くの建物の壁に着弾した。


そのタイミングでVRSG内にいたすべての黒の人工知能が消え、今回の討伐戦は終了となったのだった。

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