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29話「黒の人工知能アイ、襲撃」

「管理者が問います。あなた達の目的は?」


 厳正な雰囲気が漂う中、玉座に腰掛けている管理者の人工知能、(ハル)の静かな問い。


それに向き合うように立つ黒髪のツインテールに黒のメイド服姿の人工知能、アイはその問いに無言の答えを返す。


「……答えるはずもありませんか」


黒の人工知能の斜め前には俺とネイトも座っている。

ネイトの表情は未だに疑いの表情だ。


「答えは元から期待していません。話せないようにプログラムされているのでしょうから」


「……そうですね。(ワタシ)にはそれを話す権限を与えられていません。それに例え与えられていたとして、それを素直に話す道理はありません」


「では、あなたが答えてくれそうな事を問うとしましょう。あなた自身があの小さな空間に閉じこもっていた理由は?」


「……あの階層をすべて破壊するつもりでした」

「正確にはそういう命令を受けていた……でしょうか?」

「……」

「黙秘は是と受け取ります」

「……好きに解釈すればいいと思いますが」

「どうして躊躇ったのでしょう?」


その理由についての回答はない。


黒の人工知能たちは、何らかの目的で妨害行為を行っているのだろう。

ただ、それを彼女から得るのは難しいようだ。


「……(ワタシ)から有益な情報が得られないことはよく分かったはず、早く処分してはどうでしょう?」


「破滅願望があるならば自壊することも、私たちの行為に徹底的に反抗することもできるはずですね?」


確かにその通りだ。

敵に捕まった工作員が自殺を図るなど、アクションものの定番と言っていい、それでもこの少女は自ら死を選択することをしない。


「その選択肢は(ワタシ)にはありません」


「そうそう、ユーザー様。アイを少しの間お借りしますね」


ハルがそう言っても、アイの冷たい表情にはまったく変化がなかった。



 ハルの話では、アイの性能はネイトにそ劣るものの、非常に優秀らしい。

彼女が少なくとも敵ではないのであれば、アイをサブ人工知能として迎え入れることもできるだろうと言うのだ。


ハルがアイを手元に置いたのは、彼女の性能を詳しく調べるためだという。


「あの個体に限らず、黒の人工知能たちには対人工知能や対システムのプログラムが装備されていましたからねー。アイがその手のプログラムあるいは情報を所持している可能性もありますー」


そしてアイはおそらくそういった類いの武器を持っているに違いない。彼女は「階層を破壊する」ことが目的だと語っていた。


「その通りですー。対システム系統の大型破壊プログラムを持っているんだと思いますよー」


俺のすぐ隣を歩くネイトはそう推測し、さらに続ける。


管理者(ますたぁ)たちがどう考えているかは分かりませんけどー、私はあれを早く処理しないと取り返しがつかない事になるんじゃないかと思うんですー」


伸びた口調で、しかし以前のような眠気も欠伸もなく、ネイトは自らよりも上位の存在の考えに意を唱える。


「きっとユノやユピテルもそう思うはずですー。事件や事故を未然に防ぐことは決して無駄にはなりませんからー」


「じゃあ仮に、ネイトがアイと同じ立場だったらどうだ?」

「……私がですかー?」

「ネイトの仲間たちの中に悪の個体がいて、それが事件を起こす。そのせいでネイトみたいな善良な個体が、ただ容姿が共通しているからという理由で悪者扱いされたら?」


ステレオタイプや善悪は様々な場所で議論される。

善良な個体を救おうとすれば悪が紛れるリスクが増える。

かといって迫害をすれば、善も一緒に排斥してしまう可能性が増える。


どちらも可能にすることが理想であり、不可能ではなくとも困難である。


今回のケースも、アイがもし、黒の人工知能たちの陣営に生まれた異端者だったら?

妨害を是としない判断ができる個体であるなら?


それは俺たちの味方になり得るのではないだろうか?


「ごめん……なさいご主人様(ますたぁ)、私には分かりません」

神妙な顔になって沈んだネイトが瞳を震わせ、時折唇を動かして何かを呟くような動作をするが、そこに音は伴っていない。


確かに、アイがそれでも俺たちの敵である可能性は存在し、リスクを完全に排除するならば彼女を破壊してしまったほうが確実だろう。


しかし、そうしてすぺてを疑う疑心暗鬼な世界は、大抵不幸なものだと相場が決まっている。


「やっぱりさ、俺はアイのことを信じてみようと思うんだ」


「……わかりましたー。私はご主人様(ますたぁ)の意思を尊重しようと思いますー」


まだ完全には納得できていないのだろうが、それでもネイトは笑ってくれた。無理をしていない、複雑そうな笑顔で。



「と、いうわけでこれからよろしくな、アイ」


 オフラインの空間で、俺とネイト、そして黒の人工知能であるアイは改めて対面していた。

諸々の説明のために、管理人工知能である(ハル)もやって来ている。


「……まさか本気で(ワタシ)を壊さずに味方につけようと?」

「ああ、そうだけど。何か問題あるか?」

「問題があるのは私側ではなく、普通は貴方(アナタ)がたのほうではないでしょうか?」

「もちろん、今すぐ完全に信用しようとは思わないけどさ。お前がこうして問答してくれてる時点で、今すぐこの場をどうにかしようとしてないって分かるしな」


「……理解不能です」

「あらあら、思考回路は随分と初期型寄りなんですね」

春さんがそう言ってクスクスと笑うと、アイがやや不機嫌そうな視線を彼女に向けた。


「とにかく、彼女の管理に関してはネイトとユーザー様にお任せします。彼女の持つ対システムプログラムは自爆。自らを爆発の起点として、おおよそ階層ひとつ分を綺麗に消滅させることができるものです」


「現状、(ワタシ)の自爆機能はそこの最上位管理者によってロックされています。少なくともこの場で、貴方(アナタ)がたやそこの管理者を道連れに消滅することはできません」


アイの静かな抑揚の言葉がそう告げる。


「ネイトやユーザー様が許可をしない限り、アイは単独での行動ができないように制限をしています」


「一応確認なんですがー、もしもアイが不審な行動を取った場合は私やユーザー様の判断で処理をしてもー?」


「はい、その場合はそれで構いません。が、抹消は最終手段です。わかりますね?」


春の真面目な言葉に、ネイトは素直に頷いた。


「ではアイ、あなたを公式にサポート人工知能として認証します。くれぐれも馬鹿なことはしないように」


「感謝などをするつもりはありませんが……理解しました」



 アイの性能確認の必要もあるため、俺は二人の人工知能を連れてオンラインの第7階層へとやってきた。

第7階層を選んだのは、ネイトが管理者となっているエリアだからだ。

ネイト曰く、管理している階層ではネイトがやや強化されるらしい。


さらに、この階層にはネイトの配下の保安人工知能の数が多いというのだ。


「不愉快な騒がしさです」

歓楽街のようなネオンと、派手な建物が多く立ち並ぶこの階層はアイの好みではないらしい。


「とりあえずー、ソロネと戦ってみてもらおうと思いましてー」

ネイトは部下であるソロネにこの階層の管理を代理という形で押し付けているのだ。



 ネイトに呼び出されたソロネは、アイの姿を認識して顔をしかめた。

「なぜ例の黒い人工知能がここに?」

「説明すると長いんだけどねー?」

口で説明するのが面倒だと言外に告げたネイトは、ソロネとおでこを合わせて瞳を閉じた。


「……管理者も随分と思い切った判断をしたのですね」

管理者(ますたぁ)の考えは他の個体には分からないよー」

「それで、とりあえず私がそこの黒い個体を戦えばいいんですね?」

「そうだよー、壊さないようにねー」

「承知しました」



 ソロネはネイト配下の保安人工知能の中で最も強い。

ネイトたちのような管理人工知能には及ばなくとも、その配下の筆頭である。


ネイトのものによく似た大剣を片手で構えた銀の長髪は、黒の人工知能に明らかな敵意を向けている。

対する黒の少女は、先込め式の旧式マスケット銃を両手に持ったまま、特に感情のない瞳で銀色を見つめ返していた。


「アイ、対人工知能用の装備の使用は禁止だ」


「……了解」

「開始〜!」


ネイトの合図と同時に、ソロネが躍動する。

大剣の重量をものともせずに振り上げ、相手の正面から縦に斬撃が襲う。


アイはそれを左の銃の銃身で受け止め、右の銃口をソロネの眉間へと向けて見せた。

そんな単純な動作は当然ソロネも想定していたらしく、すぐに体を捻って射線から外れると、その遠心力で大剣を横薙ぎに振るう。


黒のツインテールを静かに、しかし激しく揺らしながら、アイが体を大きく逸らして大剣の軌道から逃れると、そのまま照準も曖昧に両方のマスケット銃の引き金を引いた。


ソロネがいる方向とは見当違いに放たれた弾丸。

それは不意にソロネの真横から勢いそのままに出現し、その大剣を弾き飛ばした。


アイが魅せてくれた闘いは、動きそのものは実に単純で、わかりやすいものだ。


だが、シンプルなそれぞれの動作が洗練され、無駄のない完璧な動きとして相手を圧倒しているのだと、それを見たネイトが評した。


「攻撃を躱す動きも、無駄に距離を移動することなくギリギリで避けていますしー、あの様子なら高速戦闘でも同じ動きができそうですねー」


(ワタシ)の戦闘性能は、回避に特化しています。攻撃力は乏しいですが」


「アイが使った攻撃って、銃弾の軌道を変えるみたいな技なのか?」


「弾丸の射出場所を、予め別の座標に設定しておくのです。あとは引き金を引くだけでその座標から銃弾が飛び出します」


「同じようなことは、VRSGの中のスキルでも再現可能ですよー」


「じゃあそのマスケット銃自体は飾りなのか?」

「……見た目に関して言えばその通りです。連射も可能ですし、引き金としての役割以外はあまり意味がありません」


しかし、単純な戦闘性能だけでもソロネを上回るほどだ。敵であったならば楽な戦いではなかっただろう。



 そんなことを考えていた俺たちを、突如として異変が襲った。

煌びやかな街並みに警報が鳴り響き、人工知能たちがユーザーを退避させている。


「この警報は!?」

「侵入者みたいですねー」

そう言うネイトの視線が向く先は、繁華街をモデルにした街並みの中でも特に煌びやかな建物の上。


屋根の上から何かを探すように視線を巡らせる黒の人工知能の姿だった。


「6番機……(ワタシ)を破壊しに来たようですね」

「勝てるか?」

無表情のまま敵の目的を察したアイからの返答はない。


その間に、相手の視線がこちらを捉えた。


「ひとまず、ご主人様(ますたぁ)は下がっていてください」

大剣と弓矢、そして盾を携えた完全武装のネイトがその剣先を相手に向ける。


「……6番機は耐久性に優れ、受けたダメージ量を増幅させて放出するカウンター技を備えています。あの管理人工知能では勝てないでしょう」

無表情をやや深刻そうに歪めて、アイはその両の手にマスケット銃を握りしめた。


貴方(アナタ)はここにいてください。ここから先は人間(アナタ)の出る幕はありません」


武器を手にしたアイがネイトに続いて敵の人工知能へと向かう。



「13番機、命令違反の罰を執行します」

「命令遂行までの期限は聞かされていませんが?」

「打倒するべき敵の側へと寝返ることが違反ではないと?」

容姿もまったく同一の二機が問答をしている真横から、ネイトが大剣を振るう。


「ゆっくりと話をさせてもくれない人工知能とは。随分な粗悪品がいるのですね」

ネイトの大剣を右手で掴んで受け止め、しかしその視線はアイから動かない。


「対AI兵装展開。第6の刃」

その言葉そのものが意味を持つのか、少女の左手にはいつの間にか盾が握られていた。


(ワタシ)の銃との相性を理解した上で貴方(アナタ)が派遣されたのでしょうか?」

「もちろんです。火力に乏しいあなたの相手であれば私が適任と判断されました」


直後、アイは後ろに大きく跳躍した。

右の銃口は相手の頭へ、左の銃口はそのまま左へむけられ、ほぼ同時にそれぞれの引き金が引かれる。

予測の難しい空間を跳躍する弾丸。

ひとつは相手の盾と肉体の間から、もうひとつは彼女の頭上から。


確実に命中するコースに放たれたそれを、敵の人工知能は避けようとする素振りすら見せなかった。


脳天と、心臓を貫いた弾丸。

人とは違い急所ではないのかもしれないが、確実なダメージに繋がるだろう。


相手が、普通の人工知能であったならば。


「やはり効きませんか……」

アイが忌々しげに呟いてさらに連射。

その全てが敵を撃ち抜くが、その全てがまるで効いていない。

「なるほどー、確かにすごい()()()ですねー」

ネイトの言葉を聞いた敵は、一瞬表情を強ばらせ、右手で掴んでいたネイトの大剣をネイトごと投げ飛ばした。


投げられてもなお着地し、微笑みながらネイトは大剣を敵へと向けている。


「耐久性そのものは私たちよりも少し丈夫な程度でしょーねー。でも〜、失った体が物凄い速度で再生しているから傷ついていないように見えるとー」


「でもネイト、それってやっぱり頑丈ってことにならないか?」

「いえいえご主人様(ますたぁ)、そーでもありませんよー」

大剣を相手の盾に阻まれながら、ネイトは敵の分析を言葉として出力してくれるようだ。


人工知能(私たち)の肉体を構成する情報、人間でいう皮膚にあたる部分が、この人工知能は特に分厚いんですー。消滅していくのとほぼ同時に修復されているからー、傷もついていないように見えるんですよー」


するとネイトは盾と弓矢を消し去り、大剣の刃を指で優しく撫でた。


「久しぶりに本気でやってみましょうかー、私の最大出力を受け止められるか試してみようではありませんかー」

すると大剣はその長さや幅を増大させ、銀色の輝きを放つ巨大な剣へと姿を変えた。


銀の斬撃(シルバースラッシュ)!」


空間すべてを両断してしまいそうな強力な一撃を、なおも敵の人工知能は両手で受け止めようとしている。


しかし、傷すらついていなかったその鉄壁の肉体は、少しずつ削られ、斬られ、明らかなダメージを負っているようだ。


すると黒の人工知能は、その両手から黒い衝撃波を発し、その場の全員が怯んだところであっという間に姿を消してしまった。


「うーん、仕留めきれませんでしたー」

「……今の出力でも、6番機の防御を完全には崩せませんか」


アイと同一の姿を持ち、対人工知能用の装備や能力を持つ黒の人工知能たち。

やがて訪れるであろう彼女たちとの衝突を思うと、今までにない緊張が全身を駆け巡る。


そして、新しく仲間に加わったアイは、俺たちと打ち解けてくれるだろうか?


そんな期待や緊張を感じつつ、俺たちは再び平和な日常へと戻っていくのだった。

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