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28話「新しい動き、黒の少女」

 9月。

高校の開始と秋の訪れ。

秋はともかく、学校生活が再び始まるのは憂鬱である。


せっかくVRSGのアップデートで上の階層の実装や様々な新機能、新マップが登場したというのに、思うようにゲームもできないのだ。

「退屈そうね、ユウ」

「俺の生きがいが奪われてるからな……。ギブミーサマーバケーション!」

「別にいいじゃない。今のところパーティ単位で何かをするイベントも無さそうだし」


今行われているイベントは新階層新機能実装キャンペーンで、限定の素材やアイテムが手に入るというありきたりなものだ。

戦いがメインの楽しみである俺やエルのようなプレイヤーにはいまひとつ刺激が足りない。


「そんなユウに耳寄りな情報よ。近々新しく闘技場がオープンするらしいわ」

「闘技場?」

「腕に覚えのあるプレイヤーとか、闘技場用に調整された人工知能とか、なかなか面白そうよ?」


気になってインターネット上の情報を探してみたが、単なる噂話程度のようだ。

「確かに実際に闘技場をオープンすること自体は簡単ですねー。ただぁ、難易度も難しいだけでなく、対戦相手役の人工知能の負担が大きいかもしれませんねー」

ネット上の噂話を一通り読んだらしいネイトが声だけでそう発言すると、エルは「面白そうなのに」と少し残念そうな呟きを残して自分の席に戻った。



「闘技場?確かにオープンする予定ではあるが……」

 どうしても気になったので、放課後に開発者サイドの人間である霧島(きりしま)さんに噂の真相を聞きに行ってみた。

オープンする予定そのものはあるが、中身やオープンする時期に関しては未定だから情報の公開をしていないのだという。

それでも、噂として広まるぶんには問題がないということで、非公式に闘技場の噂をリークしたらしい。


「実際、対戦相手役の人工知能を創るのを(ハル)が嫌がってな。戦うためだけの個体は創りたくないそうだ。だからあくまでも予定。オープンしない可能性もゼロじゃないってことさ」


「戦うだけならNPCでもいいんじゃないですか?」

「動きがパターン化された敵は、自由度の高いVRの世界だと攻略がしやすい。相手の動きに的確に対応するなら学習能力を備えたAIが最適だろう?」


「ネイトはそういう個体を新しく創れないのか?」

「個体の創造は管理者しかできませんー。私にはその権限がありませんからー」

「万が一他の人工知能が新しい個体を量産、統治して他の個体やVR空間を脅かす事態にになったりでもしたら大変だからな。(ハル)以外には個体の創造、複製の権限を認めていない」



 結局、期待していたほどの情報は得られなかったが、ともかく新しく追加された階層の攻略を開始することにした俺は、帰宅するとすぐにネイトとともにVRSGのオフライン空間に飛び込んだ。


「……なんか一気に増えたな」

俺がそうため息混じりに言葉を漏らす原因は手紙。

最強パーティ決定戦の準優勝という功績は意外と大きいらしく、フレンドの申請や純粋なファンレターのようなもの、決闘の申し込みなど様々なメッセージが送られてくるようになった。


俺だけでなく、準決勝に出場していたエルのもとには前々からの評判もあってか俺よりも多くのラブコールが届いているらしい。


ご主人様(ますたぁ)、新階層の攻略を始める前に、新しく実装された機能などを色々説明しておきますねー」

「新しい機能か……じゃあ頼む」

ネイトに肯定を返すと、彼女は俺のメニュー画面を勝手に起動した。

「まず、今回の新機能でもっとも注目されているのは、サポート人工知能所持枠の増加です」

「サポート人工知能が二人まで持てるっていうやつか」


新機能については公式からの発表の他、最速で利用したプレイヤーからの情報にも既に目を通してある。


「当然、戦力が高まるためー、多くのプレイヤーが二人の人工知能を所持していますー」


これはつまり、もう一人人工知能を連れて歩けっていう話の流れなのか?


「その代わりー、今まで存在していたパーティシステムが人工知能を含めて六人まで制限されていますー。なので、ご主人様(ますたぁ)には今後のプレイスタイルを決めてほしいんですー」



 誰かとパーティを組むのか、あるいは人工知能を新たに得るのか、それとも人工知能を手に入れた上で誰かとパーティを組むのか。


誰とも組まずにネイトと二人で最強を目指すのもアリだろう。


「ネイトはどう思う?」

「…………え?すみませんー、もう一回言ってくださいー」

銀髪が苦笑いを浮かべながらこちらに意識を引き戻す。

俺が問いを投げた時のネイトは、どこか秘めた何かがあるような複雑そうな表情だった。


「いや、ネイトはどう思うか聞いたんだけど……」

「そうですねー、やっぱり他のプレイヤーや新しい人工知能と組んだほうがいいと思いますよー」


結局、さっきの表情について何かを言うことはできなかった。

ひとまず、二人目の人工知能の候補を見てから、二人目を仲間にするかどうかきめようと思う。



 サポート人工知能のマーケットは本来、容姿と性能だけしか閲覧できないようになっているが、俺はネイトの特権でその候補の人工知能たちと直接会話することができるようだ。


「探知能力にあらゆる能力値を注ぎ込んだ兎型人工知能のバニーです。それ以外には何もできませんがぜひ!」


「却下ですー」


「私は遠距離攻撃が得意です。胸の重量のせいで移動がやや遅いですが、耐久値は高いです!」


「却下ですー」


「私は回復に特化しています。こうやって抱きつくことで簡単に回復が――」


「もちろん却下ですー」


顔がとても可愛い兎型の人工知能や豊かで魅力的な胸部を装備したお姉さん人工知能や、肉食系癒し人工知能がアピールするのを、ネイトが却下していく。

……却下するなら回復を試してもらってからのほうがよかったのではないだろうか。いや、決して抱擁の魅力に負けたというわけではなく。あくまでも回復の効果の確認に……。


「おやおやご主人様(ますたぁ)、随分と締まりのない顔をしていますね。そんなにあの兎や巨乳やエッチな回復が魅力的なようで」


珍しくキレのいい言葉を紡ぐネイトには完璧な笑顔が浮かんでいる。あくまで表面上は。


「別にそういうわけじゃ……」

「馬鹿にしないでください。私だってプログラムを書き換えれば巨乳になって兎にもなって抱き締めて回復させることもできるんですからね!」


決して馬鹿になどしてはいないのだが、そんなネイトの言葉に少し想像力を働かせてみる。

小柄で眠たげなネイトを巨乳にして兎の耳……は似合わないので兎型の着ぐるみパジャマを装備した姿を思い浮かべる。


そして俺は顔をできるだけ優しいものになるように配慮し、ネイトの両肩にそっと手を置いた。

「お前はそのままでいいよ。今のままで」


そう。ネイトに巨乳は似合わない。


ネイトが得意げに笑いながら「やっぱり私はこれで完成されていますよねー」と言っているが、今はとにかく首を縦に振ってやろう。大切なのは胸の大きさではないのだから……。



 結局戦闘スタイルはネイトとのタッグのままで決着した。

もちろん確定ではないが、別に急いで数を増やす必要もないというのが、俺たちの最終的な答えだった。


「そうそう、海エリアが少し新しくなったみたいですよ。行きませんか?」

ネイトに誘われて、俺とネイトは第7階層のEX(エクストラ)エリアである『海水浴場』へとやって来た。

現実の季節に関係なく真夏の暑さと気持ちよさを感じられる海辺の雰囲気に、自然と気持ちが高まっていく。


「……海の家?」

「そうですー。海らしさを演出するために飲食が可能な海の家が新しく追加されたんですよー」

「へぇ……アイスにかき氷、焼きそばとラーメン。どれも定番だな」


「あらぁ?ネイトとそのご主人様(マスター)じゃなぁい」

俺とネイトだけの設定にしてあるはずのこの空間で、当たり前のようにラーメンをすすっているのは、ネイトと同じ管理人工知能であるユノである。


場所が海の家ということもあってか、ユノの格好は黒のビキニの上からTシャツを来ただけのものだ。


ネイトには残念ながら備わっていない胸部の盛り上がりが、ユノの印象を扇情的で艶やかなものに変えている。


ちなみにネイトは前に海エリアを利用した時に吹っ切れたのか、今回は白のビキニ姿である。


「まったく、平和になった途端に呑気なものねぇ」

「この間までが無駄に忙しかっただけでー、これが平常運転だよー」


「でもねぇ、ユーザー様たちはともかくぅ、私たちはまだまだ忙しそうよぉ?」

「何かあったってことー?」


ネイトのその問いを待っていたように、ユノは何かの画像データをその場で出力した。


「例の黒い人工知能、まだいるみたいよぉ?」

「……そうなのー?」

「あらぁ?知らなかったかしらぁ?」


ネイトはその場でしばらく静止し、どうやらどこかに情報を確認しているようだ。

「……う~ん、でも管理者(ますたぁ)からの命令(オーダー)は特にないみたいだよー?」

「ちなみに居場所ってわかっているのか?」


わかっていて何もしないはずはないと思いながらそう聞いてみたのだが、ユノは何でもないかのように「わかっているわよぉ」と答えて見せた。



ユノが示して見せた場所は、今現在俺たちがいた第七階層だった。

ただし、正規のマップ内ではなく、第七階層のすぐ隣に造られた特殊な空間にいるらしい。


大した広さもなく、攻撃的な様子もないため、最上位の管理者も様子見をしているのだという。


「もちろん何かあった時のために対策は何通りもしてあるけどぉ、それでも全く動く気配がないのよぉ」


その特殊な空間のすぐ近くへとやってきていた俺とネイト、そしてユノは互いに頷きあってその人工知能のいる場所への道を開いた。



 華やかな正規の空間とはまったく異なる灰色の空間。

街並みはあるがどこか不安定で、空間そのものが波のように揺らめいている。

そんなどこか寂しい世界の中心に、その少女がいた。


灰色ばかりの世界で唯一、黒という色を持った人工知能。

髪の色も、服も、瞳も、底の見えない黒色の少女。


俺やネイト、他のプレイヤーに対しての妨害行為を行っていたそれと、同一の容姿を持つ彼女は、この空間に入ってきた俺たちを見て首から上だけをこちらに向けた。


「……(ワタシ)を破壊しに来たのですね?」


変化の小さな抑揚で、どこか負の感情が乗った声で、黒の少女がそう告げる。


その手に武器はなく、こちらに向かう敵意もない。


「保安担当の人工知能として、あなたを連行します。抵抗すれば容赦なくあなたを抹消します」


敵意を剥き出しにしたネイトが、大剣を片手に宣告すると、黒の少女が体ごと俺たちへと向きなおって軽く息を吐く。

その両手にはいつの間にか銃が向けられていた。

銃とは言っても骨董品のようなマスケット銃だが、それでも武器は武器だ。


「……仕方ありませんね」


抵抗の意思表示と受け取ったネイトが、駈け出そうとしたのを、俺は彼女の腕を掴んで無理矢理に引き留めていた。

ご主人様(ますたぁ)?」

「少し、俺に任せてくれないか?」


俺は、最初に見た時から彼女に違和感を抱いていた。


彼女と同一の個体であるらしい他の黒の人工知能たちは、負の感情かそれに近い何かを帯びたような雰囲気がある。

怒りや怨みや妬み。

しかし、目の前の彼女は違う。

哀しみや孤独。

自らに向かう類の負の感情、状態。


「お前は、ここで誰かに消されるのを待っていたんじゃないのか?」


「……それ以上近づけば、貴方(アナタ)を破壊します」


「ネイトの警告に背く行為をすれば消してもらえるって、そう思ってなかったか?」


彼女の瞳は、表情は、俺の見たことがある種類のものだ。


具体的にはネイトが自らを責めて心の殻に閉じ籠ろうとしていた時のそれだ。

決して他人を害する心ではない。


「私がどのような個体であっても、(ワタシ)貴方(アナタ)を破壊することに違いはありません」


言葉でそう言っているのに、なぜ彼女の手は、その手に握られた銃は、その銃口は俺を向かないのか。


(ワタシ)を壊しなさい」

憂いの表情のままそう口にした少女に向けて、俺の後方にいたネイトが歩き出した。


ご主人様(ますたぁ)、彼女たちは今まで、何度も私たちを苦しめてきました。例えそこの個体が善良な個体であったとしても、私たちにそれを確認することはできません」


俺の隣に並び立った銀髪が、その鈍重な大剣を肩に担ぐ。


「であれば本人の望む通り、破壊すべきです」



「待ちなさい、ネイト」


重い空気に満ちていたこの場に、管理者の人工知能、(ハル)が現れ、ネイトを制した。

「敵であるかどうかは、今は重要ではありません。敵であれ味方であれ、私たちに有益な存在です」


管理者は武器も持たず、少女の頬にそっと触れる。


「こうして怨敵を前にしても攻撃をしてこない者が、脅威であると? 私はあなたをそんな軟弱な個体として造った覚えはありませんよ」


「……不可解です」


黒の少女は、そんな管理者の態度を理解できないらしい。


「でも管理者(ますたぁ)……」

「それに、ネイトとユーザー様の監視があればこの人工知能も無茶はできないでしょう?」


ネイトは納得できない様子であったが、その言葉に渋々頷いて、俺たちの視線が改めて黒の人工知能へと向く。


「人間にも人工知能(私たち)にも、変わり者はいるものですね」


(ハル)がそう呟いて笑い、黒の少女に握手を求めるように右手を差し出した。


「ご存知かと思いますが、私はVRSGの全権管理人工知能の(ハル)と申します。あなたの個体名を聞かせてください」


「……アイ、と。別に好きに呼んでいただいても構いませんが」


「それではアイ、詳しい話は後々するとして、あなたの身柄はネイトに任せます。当然怪しい動きを見せれば相応の対処をしますので、どうか賢い選択を」


アイは特に何の反応も示すことをしなかったが、管理者はそれに満足したように姿を消した。


同行してきていたはずのユノも、どうやら管理者について行ったようだ。


「……とにかく、しばらくよろしく頼むよ、アイ」

「…………よろしくお願いします」

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