26話「闘いの余韻、新たな試み」
「かんぱーい!」
凛華さんが日本酒の注がれた杯を高く上げてそう言うと、それぞれのグラスを掲げて他の面々がそれに続く。
俺たちはVRSGの最強パーティ決定戦の準優勝の打ち上げを現実で行っていた。
場所は小さめのパーティー会場である。
人工知能たちはそれぞれの持ち主のスマホやパソコンの中から参加している。
ちなみに今回の打ち上げ、優勝した公式チームのメンバーも一緒に参加している。
亡霊とその奥さんとはリアルで会うのは初めてだったが、驚くことに容姿はVR空間のそれとあまり変わらなかった。
「現実で会うのは初めてだったな。霧島幸人。VRSGの開発副主任だ」
「初めまして、幸人さんの妻の霧島小春です」
「あ、大友優です」
こんな感じで初対面を終えると、ふたりは案外気さくに話を広げてくれた。
「ふたりは地力が強いんですか?VR空間では相当強いですけど」
「ああ、俺たちは初期ユーザーだったからな。VR空間での動き方はよくわかる」
「ご主人様、そっちのパソコンに繋いでくださいー」
ネイトの言葉に応じ、小春さんのパソコンと俺のスマホがケーブルで繋がる。
「VRSGの次のイベントとか何かあるんですか?」
「本当は秘密なんだが、いくつか考えている」
「また対戦系のやつですか?」
「いいや、人工知能との親睦を深めることを目的としたイベントを少しな。そこでだ優くん、君とネイトに少し協力してほしい」
「協力?俺とネイトがですか?」
打ち上げから少し日を置いた夏休み後半の土曜日。
俺とネイトはその協力とやらのためにオンライン空間へとやって来ていた。
とは言っても一般に開放されている1層から9層までではない。
開発途中の第13層だ。
近未来を意識しているのか、煌びやかでスマートな建物が並んでいるが、全体的にデザインや造形が粗いところを見るとまだまだ完成は先らしい。
「待たせたな。……ネイトもこの階層は初めてだったか?」
「そうですねー、私も11層までしか知りませんー」
「この階層は見ての通りの近未来的な世界をコンセプトに造られているところだ。……まあ、それはどうでもいいな」
真っ黒な格好をした亡霊は、そこで一旦話を切って視線を隣に向ける。
するとそこに、ファントムのサポート人工知能である金髪イケメンなユピテルが現れた。
「人工知能とユーザーを物理的な拘束によって繋げ、戦闘や探索などのミッションをこなし、関係を深めようというのが狙いの新企画をやろうと思っているんだ」
ファントムがそう言うと、彼の左腕とユピテルの右腕がメタリックな手錠によって繋がれてしまう。
「すべてを完了させるか、リタイアすると拘束が解除され、クリアすると報酬も与えられる」
「ということで、お二人もですね!」
いつの間にか俺とネイトの真後ろに立っていた小春さんが、俺の右手をネイトの左手と手錠で繋いでしまった。
「クエストは全部で2つ。そんなに難しくありませんから全てやってみてください」
「は、はい」
仕方なくネイトとクエストのひとつを開く。
「探検マジカルランド……パートナーの人工知能と不思議で楽しい遊園地。出てくるエネミーを倒すとボーナスアイテムも、か」
「楽しそうですねー」
俺の返答も待たず、ネイトはさっさとその実行を押してしまう。
景色が一瞬にして楽しげな遊園地へと姿を変える。
本来いるべきであろう他の客の姿はなく、代わりに剣や槍を持った不格好でカラフルな着ぐるみが歩き回っていた。
「あれがエネミーですねー」
と言いつつ、久しぶりの大あくびをしながら、ネイトは右手で大剣を構えた。
「そんなに強くないでしょうから簡単に倒せますよー」
そう言うネイトが大剣で一気に決着をつけるべく駆け出そうとした。……俺とちょうど反対の方向へ。
「わーっ!」
「うおっ!?」
ネイトの驚きと俺の驚きが重なる。
「ご主人様、近いのは私のほうの敵ですよぉー」
「いやいや、でも俺のほうは武器持ってるんだからそっちを先に倒したほうが……」
「いえいえー、その距離なら先に近いほうを痛っ!」
言い争いに夢中になっていた俺たちの近くにいつの間にか近づいてきていた着ぐるみにネイトが頭を小突かれた。……小突かれたというにはパカーンといい音がして痛そうだったが。
「ふふふふ!」
「おい小春、そんな笑ったら、くく……かわいそうだろ」
「そこの馬鹿夫婦! あとで覚えていてくださいねー!」
「おー恐い恐い」
「もー!」
手錠で繋がれたネイトは満足にその夫婦に近づくこともできず、俺は淡々と近くにいた着ぐるみ二体を斬ったのだった。
散々なファーストミッションの後、俺たちは次のクエストのステージに向かった。
「これって……」
「どう見てもただの障害物競走ですよねー」
セカンドミッションに向けて気力をみなぎらせていた俺たちの前に展開されているのは、終わりが霞むほどの長距離障害物競走のコース。
「ちなみにこの巨大アトラクションはいくつか難易度を設ける予定だ」
「それじゃあー、一番上の難易度でー」
「おいネイト!?」
「だいじょーぶですよー、ただの障害物競走ですしぃー」
という余裕そうなネイトを信じ、手錠に繋がれたままスタート位置に立つ。
「それじゃあ最高難易度、展開しますね」
小春さんがそう言って何かを操作すると俺たちの目の前に大きく長い建物が出現した。
「最高難易度は管理人工知能様が俺のために創ってくれた物だ。せいぜい楽しんでくれ。ちなみに俺のクリアタイムは3時間と10分だから参考にするといい」
「は?」
「だいじょーぶですってー。どうしても面倒になったら壁でも何でも壊して進みますからー」
入り口から斜め上に続く急な坂道を上り、階段を上り、ハシゴをひたすらに上っていく。
ネイトは疲れ知らずなのか、案外楽しそうにどんどん進んでいくが、そんな俺たちの前に先ほどの着ぐるみエネミーが水鉄砲を持って3体待機していた。
「んー? 当たり判定はあってもダメージはないみたいですねー、あの水鉄砲。それならまっすぐ突っ込んで倒して先に進みましょー」
水鉄砲をこちらに構える着ぐるみを見つつ前へと進む。しかし、ダメージがないエネミーなんて配置したところで脅威でもない。着ぐるみがこちらに向けて水鉄砲の引き金を引いたが、脅威たる要因はない。
ネイトは気にせずその水を受け、やがて目の前に迫った着ぐるみに向けて大剣を……ってあれ?
水を浴びた場所から徐々にネイトのパーカーが消えていく。もしかしてこれって……。
「あ、言い忘れていたが、このアトラクションのエネミーは服や装飾を損傷させるぞ」
「言うの遅いわ!」
既にネイトはパーカーの下の服もすっかり消えて控えめなデザインの下着姿である。
「これ何目的のアトラクションなんですかもー!」
キャミソールをはためかせながら、ネイトが片手で大剣を振るい、目の前の着ぐるみを全て両断した。
「まったくとんでもないアトラクションですー!」
大きくあくびをするネイトは恥ずかしいのか微かに頬を赤く染めてキャミソールの下側をモジモジと引っ張っている。
水鉄砲を超えた俺たちが次に見たのは二つのスイッチ。
赤と青のわざとらしいそれと、頑丈そうな扉である。
「ね、ネイトどうする?」
「安心してくださいー。ソ~ロ~ネー」
「お呼びでしょうかネイト様」
「うん、早いねー、えらいえらい。じゃあねー、そこの青いボタン押してー」
「……これですか? よいしょ! きゃああああああああああああ――――」
ボタンを押した直後に冷静そうな銀髪は絶叫しながら真下の穴に吸い込まれていってしまった。
「――――ぁああああああああああああああああ!」
と思ったら今度は上に空いた穴からソロネが降ってきた。しかも全裸で。
おおっ!ネイトと違ってソロネのスタイルはなかなかのものだ。眼福眼福。
「ひ、ひどいです! なんて破廉恥なものを創るんですかネイト様!」
ネイトと違い恵まれた胸を隠してしゃがみながら、涙でいっぱいの瞳をネイトに向けるかわいそうな部下の姿。
「わ、私じゃないからねー!?」
といいつつネイトが正解の赤のスイッチを押して苦笑いする。
直後、下着姿のネイトと俺の真下に穴が開き、ウォータースライダーのようなところをグルッと回って、二人揃って全裸で元の場所に戻ってきた。
「これってもしかしてさ……」
全裸であることをできるだけ頭から消して、スイッチではなく、扉。その下の僅かな隙間に指を入れて力を込めると、案外すんなりと持ち上がって先への道が現れた。
「これで先に進めるしそれじゃあ行――」
「行くわけないじゃないですかばかぁーー!」
ネイトは泣きながらアトラクションの壁や仕掛けを破壊し始め、ソロネは無言で泣きながらネイトに続いて破壊を始めた。
その後、障害物競争の最高難易度は、ふたりの全裸の銀髪の手によって跡形もなく粉砕されたのだった。
障害物競争の最高難易度を抹消したネイトは新しく緑色のパーカー姿へと変わり、俺もネイトに衣服を復元してもらって、俺たちは小春さんたちに呼ばれて別のアトラクションのステージへとやってきた。手錠は既に外してある。
俺たちの目の前に広がるのはもはやダメな雰囲気しかない巨大迷路。
「これは服とか消えないから安心しろ。エネミーもいない」
「それで、私たちは何をすればいいんですかー?」
「普通に進んでくれればいい。……できれば、お前たちにも楽しんでもらいたいな」
迷路の中は通路がやや狭いものの、特に障害もなく、時に迷いながら進むことができた。
正直敵もいないと退屈な気がするのだが、その分ネイトとの会話は弾む。
「……それでですねー、その時に副主任がサプライズ企画を考えてきてー」
「あの人がそんなことするなんてな。ちょっと意外だ」
「いいえー、リアルではかなり普通の人ですよー、ご主人様と一緒ですねー」
「俺とあの人が一緒とかゾッとするね」
「でも内心では嫌っていないですよねー」
「……まあな」
「それでー、……おや? 扉……トラップ……ワタシカエル」
「おーいネイトさんや、トラップはないってさっき言ってたんだから大丈夫だろー、戻ってこーい」
「……はっ! い、いえいえいえいえ! だって副主任ですよ!? 嘘かもしれないじゃないですかー!」
「なら俺が先に行くよ。それならいいだろ?」
「うー、でもー……まあ、それならー」
逃げ腰のネイトの冷たい右手を左手で控えめに握りながら扉の前までやってくると、そこに立ててある立て札に目を向けた。
「『ここからは冒険の始まり! 正しい手順に従って扉を開こう!』だってさ」
そして視線を扉に移すと、そこに描かれていたのはひとつの簡単な絵。
人と人が抱きしめあう様子が描かれたそれを見て、おそらく俺とネイトは同じタイミングで同じ結論に至ったようで、ふたりとも赤面しつつ俯いた。
「……やっぱり、帰るか、その――」
「待って……」
できるだけ恥ずかしくないように無駄に声を出しながら引き返そうとした俺の袖を、ネイトの指がつまむ。
「待って……ください。たしかに恥ずかしいですけどその……もう少しだけ、このアトラクションの先を見たい、と言いますか……その……」
らしくないほど緊張し、恥ずかしがるネイトを直視できず、俺は体の向きだけをネイトへと向けた。
「その……なんだ、じゃあ……」
控えめに、小柄なネイトを腕に抱いてその存在を感じる。
少しの間を空けて、割と静かに扉が開いた。
先を見ると、先ほどまでと同じような迷路がまた続いている。
「この通路、さっきより狭くないか?」
今度の迷路は人ひとり分の幅しかない通路だ。ネイトを後ろに、俺が前を歩く。
「……なんだこの床」
次に俺たちの前に現れたのは、透明なガラスのような床。下は「振り出し」と書かれた謎空間である。
「立て札があるな。『この床は一度しか踏めないよ! パートナーが落ちたらふたりとも振り出しまで真っ逆さま!』」
読んだ直後、俺の肩のあたりから首に回される細い腕と、柔らかく軽いそれが背中に感じられた。
「つまりこういうことですねー」
「これ、ネイトが前歩いてたら俺がネイトに背負われてたってことか……?」
「むー、そういうときはお姫様抱っこしてくださいよー」
「いや、それどう考えても恥ずかしいだろ……」
「戻ってきたか。どうだった?」
「いえー……そのぉー」
「ああ、なんていうか……」
迷路の感想を待ちわびる亡霊に対し、俺とネイトはまったく同じタイミングで口を開く。
「恥ずかしい!」
抱擁などから始まり、段々と過激になっていく仕掛けに満ちた迷路。中に入った二人を無理にでもくっつけようという意図満載のアトラクションは、微妙な距離感である俺とネイトにはまだまだ早いようだった。




