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20話「代行者、いつもと違う日常」

 ネイトが離脱してから既に1週間近く経過した土曜日。

俺はいつもと変わらないはずの青一色の世界に飛び込んでいた。


真っ青でいつもと同じはずなのに、いつもと違う二次元。

そう感じるのは、隣を歩くのがいつもと違う銀髪だからか。

それともただ、今日に限って俺の感受性が変わっているのか。


ただ確実なのは、俺の感覚はさておいて、隣にいるのがネイトではないということだけ。


「何か考え事でも?」

「少し……」

「ネイト様のことですね?」

「わ、わかる?」

「わかりやすいですから。……心配することはないと思いますよ。ネイト様なら」

「そうか……」

「だから気分転換も兼ねて、どこかに行きましょうか。レベル上げでもアイテム集めでも、私がちゃんとお供しますので」


俺の相棒(ネイト)の代わりを務めるソロネは無駄にやる気を漲らせて笑ってくれる。


「そうだな。じゃあ第8階層のイベントでも参加するか」

「いいですね。私も久しぶりに本気が出せそうです」

俺は案外すぐ戻ってきそうな誰かさんを思い浮かべながら、オンライン空間への扉を開いた。



「で、その格好は?」

「城下町、昔の日本のそれを模した風景ならそれに合わせた服装をするのも身だしなみかと思いまして」

第8階層にやってきたソロネはなぜか和装姿だった。

しかもご丁寧に腰には帯刀までしている徹底ぶり。

「ご安心を。私はネイト様と違って偏った性能をしておりません」

「まあネイトならどこでも大剣振り回して居眠りするだろうけどな」

「……そうですね」



 イベントはこのエリア内に潜むお尋ね者を見つけ、倒すこと。

しかし、彼らは基本的には潜伏に長け、スキルでも使わなければそうそう見つかるものでもない。

つまり……。


「ここ通ったの何回目だ〜?」

「この通りは6回目です」

「……そこの裏道は通ったっけ?」

「はい。20分前と30分前の2度ほど」

俺とソロネは何の戦果もなく風情の欠片も感じられなくなるほど見飽きた街をひたすら歩いていた。


「ほんとにいるのか……?」

「い、いるはずなのですが……」

「お前の権限かなんかで探せないの?」

「探せますよ。…………ダメですからね?」

「こんだけ歩き回って探し回ったんだから少しくらいいいだろ……!」

「認められません。不正なんて」


真面目! そして頑固!


「あらぁ? ソロネがこの階層に、しかもネイトのご主人様(マスター)と一緒にいるなんて驚きだわぁ」

「優くん、この階層で何してるの?」

「お尋ね者探索のイベントをね。全然見つからないけど」

「え? イベント?」

腐れ縁によって結ばれてしまっているゲーム仲間の(すず)はなんとも言えない表情でユノと視線を交差させて……。


「イベントは昨日で終わったよ?」

と、今までの苦労をただの徒労に変える一言を告げたのであった。



「あははー、それは残念だったねー!」

「大会も目前だし、レベル上げとかも兼ねてやろうと思ったんだけどな」

「大会中もレベルは上がるから、無理して今上げることもないんじゃないかな?」

「そういえば2人はどうしてこの階層に?」

「素材集めだよ。『怨恨の兜』を使うと相手の妨害ができるスキルが精製できるんだって」

「怨恨の兜?」

「怨恨の兜はこの階層の最高難度クエストのドロップアイテムよぉ」

「そのクエスト難しいのか?」

「うん、私のレベルじゃ足りないと思う。でもユノがいてくれるし……」

「どうでしょうか仮主(マスター)、私たちも同行しては」

ソロネの提案を受けるまでもなく、俺は最初からついて行こうと思っていた。

「それでもいいか? 鈴」

「うん、もちろん! 大歓迎だよ!」

「そうねぇ、ソロネがいるなら問題はないわぁ」

「何? ソロネってそんな強いのか……」

「ソロネは通常時のネイトよりも強いわよぉ」

通常時、というのがあの眠そうな時だとすればソロネが勝つのもなんとなく理解できる。

こんなこと、ネイトに知れたら怒られそうだが。



 怨恨の兜を手に入れるためのクエストは、ボスが強いだけで高難度なのではない。

「あれってどのくらいいる?」

目の前の草原であろう場所は本来、一面緑色の美しい場所なのだろう。

しかし、その広大な場所は緑色でなく、紫色の光を纏う鎧武者の大軍で覆われていた。

「怨念武者、総数400」

「パーティで挑んでも1人につき数十体は倒さないと突破できない。なるほど、確かに高難度だな」


「雑魚は俺とソロネで引き受ける。鈴とユノは先のボスを倒してくれ」

そう言って俺は白い剣を輝かせながら引き抜く。

ソロネはその冷静な表情を豹変させて嗜虐的な笑みを浮かべて右手を前に出す。


「ドゥアムテフ・エクストラ」

ネイトの武器、ドゥアムテフと同様の大剣を引き抜き、構える。

ソロネのものは大剣のみで、ネイトのような弓矢と盾は付随していない。

「ソロネが本気を出すなら問題ないわねぇ、それじゃ行くわよぉ」

まず先陣を切ったのはソロネだった。

草原に差し掛かった彼女に群がるように鎧武者が襲いかかるが、その全ての胴体を圧倒的な暴力と斬れ味が心地よく消し去っていく。


そうして開いた道を鈴とユノのコンビが爆進するのを見送って、俺も敵キャラを一掃し始めたのだった。


俺の持つ剣は管理者がくれただけあって火力は桁違いだが、リーチの長さは通常の剣とあまり変わらない。

今回のような物量相手では地味に数を減らしていくしかない。

しかしネイトやソロネのようにリーチが長い大剣で薙ぎ払えばあっという間に決着(ケリ)がつく。


つまり。


俺は豪快に敵の集団に大穴を開けているソロネから少し離れた場所で1体ずつ敵を斬って斬って斬るという絵面的に地味な状況になっているのである。



 ようやく全ての有象無象を斬り捨てた俺とソロネはなかなか戻ってこない鈴たちを心配して、ボスのいる洞窟へ歩みを進めることにした。

道中のエネミーはすべて倒したのか、何事もなく最奥の広い空間にたどり着く。


そこでは10本の腕と武器を持った巨大な鬼武者と、鈴とユノのコンビが戦っているところだった。


「苦戦してるのか?」

「だって私サポートが本業なんだよ?」

苦戦している、というアピールをしながらも、敵の重いはずの一撃を難なく受け止めてカウンターにその腕を斬りつけている鈴。


「このボスは私たちには厄介な相手なのよぉ」

どういうことだ? と考えていると隣でソロネが大剣を構えた。

「あのエネミーは耐久を底上げするスキルを持っています。威力の大きい一撃で圧倒するか、火力集中で倒さないと時間がかかるんです」


そういうことならと俺も続くために剣を構え、ふとあることを考える。

もしかして彼女たちが武器名か何かを叫んで武器を召喚しているのはそれがキーになっているからじゃないだろうか……?


そう考えて右手を前に突き出す。

「ドゥアムテフ」

言った直後、地面に刺さるように見覚えのある大剣が現れ、引き抜けとばかりにその存在を主張した。

柄を掴み力を込めて一気に上に……って。

「重ッッ!? なにこれ、あいつこんなの振り回してんのかよ!?」

おおよそ並以上の力では引き抜けない、というか引き抜いたところで振り回す前に潰れてしまいそうなそれを、今度は『特火』のスキルで無理やり地面から引き抜く。


しかし、その重さは規格外のスキルをしようしてなお持ち上げることがやっと。

とてもではないが、縦横無尽自由自在に振り回すというのは不可能に近い。


「優くん危ない!」

そんな俺の目の前にいつの間にか接近してきていた鬼武者は空いていた二本の腕を同時に俺へと振るう。

スキルの出力を最大にしてその両方を弾き返す。

が、そこまでだった。

弾かれた二本の腕は戻された勢いすら含んでよりパワフルな一撃となって向かってきたのだ。

対する俺はスキルがオーバーヒートでもしたのか剣を持ち上げることすらできないまま硬直。

あぁ、最強って、まだまだ先だなぁ……。


「いい線いってたんじゃないですかー?」

不意に目の前から聞こえてきた眠そうな声。

綴じかけていた目を見開くとそこにはソロネほど長くない銀色が輝いて欠伸をしていた。

しかもその最中、俺が持っていたはずの大剣で鬼武者の攻撃を受け止めながら。


「ネイト!?」

「ネイト様!?」

ご主人様(ますたぁ)が急に私の『ドゥアムテフ』を召喚したりするからビックリして飛んできましたぁー」

ネイトは軽そうに大剣を振るって相手を弾き飛ばし、一気に転倒させると、片手で大剣を担いだ。

「でもまだ調整中でしてー、あまり本気は出せませんけどー」

きっとその場の全員が心の中で「どこがだ!」とツッコミを入れたに違いないが、ネイトはそれを知ってか知らずか誰よりも元気に鬼武者のほうへと駆け出し、俺たちが呆然としている間にその大剣で鬼武者の首を落としたのだった。



 クエストは終了し、クエスト参加メンバー全員で第8階層の食事処に腰を落ち着ける。

ネイトと俺が向かい合い、俺の隣にソロネ。そしてその隣に向かい合うようにユノと鈴が座る。


「私の代理はこれで終了ですね、ネイト様」

「違うよー、私はいわば入院中に病院を抜け出した患者みたいなものだからー、また戻らないとー」

「ちなみにどのくらいで戻ってくる予定なんですか?」

「大会の直前に間に合うようにはするけどー、最悪間に合わなかったらソロネに予選は任せるよー」

大きめの欠伸を片手で隠しながら、ネイトは平然とそう言ってのける。

「だからー、私が戻ってくる前にレベル上げと次の階層、よろしくねー」

「へ?」

「あー、あとご主人様(ますたぁ)、私のドゥアムテフを勝手に喚ばないでくださいねー」


ネイトはそれで話をさっさと切って、「それじゃ~」とどこかへ消えてしまった。


「ネイト様らしいといえばらしいですがなんと言いますか……」

ソロネはなんとか上司をフォローしようとして、しかし言葉が見つからないという様子だ。

「まあ、あれでこそネイトらしいって感じがするよな。……もう少しだけ、お前の世話になるな、ソロネ。改めてよろしく」

「はい、こちらこそ」


「レベル上げと経験も兼ねてソロネと戦ってみたらいいかもしれないわぁ」

横のほうからユノがそう言うと、ソロネが「でも……」という顔をした。

「大丈夫よぉ、止められなくなったら私が止めてあげるからぁ。それにぃ、私のご主人様(マスター)にもいい経験になると思うのよぉ」

「……仮主(マスター)はどうですか?」

「レベルが上がるならやりたいけど、さっきの戦いの感じだと俺勝てるか分からないぞ?」

「ふふっ、謙遜を……それに私はネイト様よりも弱いですよ?」

確かにネイトとは違って弓矢と盾の援護はない。

……やってみるか!



 場所を道場に移動し、俺は白の剣を、ソロネは大剣をそれぞれ構えて向かい合う。

大剣の間合いを考慮して開始位置はやや遠い。

でも俺の『神速』スキルなら……。


「始めぇ!」

ユノの妖艶な合図とほぼ同時に一瞬だけスキルの出力を引き上げる。

一瞬の加速は瞬発力となってソロネとの距離をあっという間に縮めることに繋がった。

振りの遅くて大きい大剣ではこの速さの斬撃には対応できないはずだ。


しかし、ソロネはそれに少し驚いた表情を浮かべただけで、俺の剣を大剣で受け止めて見せた。

「なるほど、これがネイト様の造ったスキル……確かに少しのタイムラグもなく、我々の認識速度に近いですね。しかし!」

力任せに振り抜かれたそれに弾かれ、距離が開くと、ソロネは好戦的に口もとを歪めた。

「今のままでは私が負けるでしょう。ですから……ここからは本気でやらせてもらいます、さっさと死んでくださいね、ご主人様(マスター)!」

ソロネは猟奇的に笑いながら、何も持たない左手を前に出した。

「ドゥアムテフ・スタンダード」

彼女の持つ大剣と同じ名を冠して地面から引き抜かれたそれは、細身の剣。

しかし刀身は通常の剣の半分ほどしかない短いものだ。

「二刀流……!?」

右手には大剣、左手には短剣という圧倒的な戦力を携えて、過去最大級の恐怖が迫り来る。


俺は短期決戦を覚悟して神速のスキルを出力最大にしてソロネの右側面、大剣の間合いの内側に潜り込んだ。

おそらく俺がここに移動した瞬間と、ソロネがそれを認識したのはほぼ同時のはず。

それならと、今度は『特火』のスキルで床を蹴り、無防備な背後に回りこむ。

すべての力を出し切った一撃。


それがソロネの背中を斬るのと、背後に向けて伸びてきたソロネの『短剣だったものの刀身』が俺の腹を貫いたのは、まさしく同時であった。



 「引き分け、かしらねぇ」

「すごかったよ! 優くん」

経験値は確かにかなりの数で、レベルも予想外な程に上昇していた。

120。あと30で現在の上限レベルに達するのだ。

「まさか本気を出して引き分けるとは思いませんでした。……修練不足です」

ソロネは俺と引き分けたのが本当に悔しいのか、なんだか無駄に落ち込んでいた。


「でもあんなに豹変するとは思わなかった。ソロネの本気っていうのがあれなのか?」

「私を含めてセキュリティシリーズには理性をなくす『バーサク』という機能が備わっています。もちろん、普段は使いませんし、使ったとしてもユーザー様に悪い影響はありませんが」

「……もしかしてネイトも?」

それを聞いたソロネが頷き、その上で何かを思い出したのか顔が青白く染まった。

「ネイトのこと聞くとみんなそんな反応だけど何があったの!?」

俺の前からの疑問にはやはり誰も答えず、ただ気まずそうな沈黙が場を支配していた。

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