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19話「城下町、狂人」

 第8階層「城下町広場」

名前の通り、城下町を意識した街並みのそれはじゃりじゃりした砂っぽい地面と、瓦屋根や長屋の並ぶ時代劇のような空間だった。

この階層限定で買えるコスチュームである和装が人気らしく、特に刀や剣を扱う人は結構買っていくらしい。


ご主人様(ますたぁ)もこの辺でコスチュームをチェンジしてはどうでしょうかー?」

隣を歩くネイトは店先にあった青い羽織りを俺に合わせながらそんなことを言った。


「いや、和服はちょっとな……」

あの初めての大戦ゲームからすでにそこそこ時間が経過し、その間に何度も大戦ゲームでレベルを上げた俺はようやく3桁のレベルに到達し、105レベルとなっている。


ポイントも結構持っているため、このあたりで服装なんかを変えるのもいいとは思うが、和装は動きにくそうだ。


「それならー、えいー!」

気の抜けた声とともに銀髪か何かをすると、俺の服装が一瞬で切り替わった。

「は?」

驚くほど白い服装。

ズボンもシャツもジャケットも純白。なんとパンツまで真っ白であった。

「漆黒のライバルらしく純白なんてどうでしょー?」

「いやお前のセンスはおかしい」

「普段白を着慣れてないだけですよー。普通にカッコイイですー」

俺が腰に下げている剣も、管理人工知能から貰った真っ白な剣だ。

肉体以外の殆どが真っ白になった俺を笑ったりしている人は確かにいない。


「ゲームの中じゃ普通ですからねー」

「まあ、いいや」

城下町を歩くようにしていると、案外面白い街並みだった。

茶屋や鍛冶屋、道場や神社まである。

「この階層はとても広いんですよー」


何となく石段を上がり、神社へと向かう。

電脳世界に再現されたものであるため、ご利益など無さそうだが、一応ポイントでお賽銭は入れられるらしい。


「お、優じゃないか! それにネイトも。もう第8階層まで来てたのかい」

「あれ? 凛華(りんか)さん?」

神社の賽銭箱の向こう側から、寝転んでいた体をゆっくり起こした凛華さんは寝癖のついた真っ赤な髪を手ぐしでなんとなく直して立ち上がる。


「ここはアタシのお気に入り昼寝スポットなのさ。大抵はここにいる」

「じゃあこの階層にも詳しいんですか?」

「それなりには詳しいと思うけどね。何か聞くかい?」

「この階層のオススメとか」

「この階層のオススメってわけじゃないけど、今はこの階層限定イベントやってっからそっちを見ると良いかもしれないね」



 凜華さんが言うイベントはどうやら、広いこの城下町内にいるお尋ね者を探して討伐するというものらしい。

イベントそのものがまだあまり多くないこともあって、どうやら多くのベテランプレイヤーがこのイベント参加のために集まっているようだ。


「じゃ、アタシは昼寝すっから」

再びごろんと横になる凜華さんに背を向けて、俺はネイトと再び時代劇感溢れる街へと歩き出した。


「で、そのお尋ね者ってどこにいると思う?」

「さあ~? イベントのほとんどは人間たちが勝手に設定するので知りませんー」

「なんだそりゃ……」

「でもまあ、たまには人並みにプレイするのも楽しいと思いますよ? レベル上げは普通のRPGよろしく作業みたいなものですけど」



「久しぶりだな」

ネイトとの話が途切れたところに、背後から声をかけられた。

ネイトとシンクロした動きで振り返ると、そこには予想外な漆黒の男が立っていた。


亡霊(ファントム)!?」

「正体がが知られた以上はもう変に不気味な敵である必要はないからな。まあ、(ハル)が話しそうだとは思ってたが」

「……で、なんであんたがここに?」

棘のある言い方になるのは仕方ないと思う。

どうやら向こうもそれは分かっているらしく、特に気にした様子もなく回答を述べる。

「そりゃあ、イベント限定のドロップアイテムを手に入れるためだ」

は? イベント限定のドロップアイテム?

何もかも管理者に手伝ってもらってる過保護プレイヤーが自力でイベントを攻略すると?

「あの管理者に創ってもらえばいいじゃないか!」

「それじゃあ面白くない。俺は多少チートに近い存在ではあるが基本的には普通にプレイしてるプレイヤーだ」


「そんなにいうなら俺と勝負しろ! 管理者のサポートなしで!」

「……いいだろう」



 場所を近くの道場に移動した俺と亡霊は互いに同じ木刀を構える。

「ルールは最初に一撃のヒットを与えたほうが勝者。スキルの使用は可。人工知能の試合中の干渉はなし。これでいいか?」

「それでいい!」

奴が管理者の助けを借りなければ俺にも勝機は十分にある。

なんと言ってもこっちにはネイトの創ったスキルふたつがあるのだから。


「始め~」

ネイトの合図と同時に前に出る。

先制の一撃。最速で放たれる木刀の向かう先は相手の足。

『どこに命中させる』というルールは存在しない! これなら勝てる!


ほとんどスライディングでもするように板の間の上を滑り、木刀を振るう。しかし、捉えたはずの相手の姿が一瞬にして消えた。

「しまった……瞬間移動か!?」

しかし、奴が飛んだ先は俺の周りではなかった。

俺の初期位置、その背後。

つまり、奴は開始直後に瞬間移動を発動して俺の真後ろに飛ぶつもりだったというわけだ。

「ってことは俺が『神速』で加速して滑り込んだりしてるあの瞬間は亡霊のスキルが発動するまでのラグかなんかか?」

相手の移動先さえ読めれば……!


相手の思考を、性質を、直感を、すべての情報を読め。

最善の手は必ずある!


相手は瞬間移動の発動直前に僅かだが間がある。

奴の移動パターンを見極めるんだ!


そう考えてからの初撃、回避しつつの攻撃は、回避こそ有効だったが、肝心の攻撃が的外れ。

そして次。

自分の背後に放つ一撃は亡霊の剣にあっさりと弾かれる。


亡霊と互いに睨み合い、自然と笑みがこぼれた。

楽しい。

楽しさが、俺をより最高に近づけていくのがわかる。


奴が瞬間移動する瞬間を読み取り、その刹那に俺は神速で少しだけ後ろに飛ぶ。

そのまま剣を手前に大きく引くと、目の前に現れた宿敵の背中に決定打となる一撃を与え、俺は最強から初の勝利を得ることができた。



「やっぱり最強の素質がある」

 戦いを終え、それでも和やかな気持ちで、とはいかなかったが、道場の隅に腰掛けて最強とともに語り合う。


「でも何で俺を? あんたにとって最強のプレイヤーってのは自分自身じゃないのか?」

「俺もずっとそう思ってたさ」

亡霊はどこか遠くを見るように首を上に傾けた。


「でもいざ最強になってみると、その先がなかった。戦っても楽しくなくて、やがて最強と戦おうとする者はいなくなっていく」

「あんたはライバルが欲しいってことか……」

「それだけじゃない。チート集団に例の真っ黒な人工知能。このゲームには何かが迫ってる。それを解決するために、俺より強いプレイヤーがいたほうが心強いだろう?」


すると何かの通知音のようなものが響き、亡霊が半透明のメニュー画面を表示させる。

電話型のボタンを押すと表示されたのは管理人工知能の少女だった。

(ハル)、どうかしたか?」

「第9階層にチートを使うプレイヤーが現れたということです。すぐに向かってください」

「了解した。サポート再開してくれ」

「はい!」


通話終了ボタンを押した亡霊はその手をそのままこちらに差し出す。

「お前も来い。人手がいる。……強いやつのな」

「え? でも俺……」

「第9階層への扉はアンロックする。お前に見せてやるよ、このゲームで今何が起こってるのか」



 少しの沈黙のあと、俺はその手をしっかりと掴んで握り返すと、ほんの瞬きの間に周りの景色が一変していた。

「ここは……?」

「現在公開されている最高階層の第9階層、ここはその中の『太陽エリア』です」

ネイトが隣で解説を入れてくれる。

確かに名前の通り、暑く大きい太陽がエリア全体を眩しく照らしているらしい。


「さっそく来たな」

亡霊がそう呟いて派手な装飾の剣を構える。

直後、一瞬にして飛んできた砲弾のような漆黒の少女が亡霊と剣を合わせ、一瞬で戦闘が始まる。


「ドゥアムテフ!」

ネイトが大剣と盾と弓矢を呼び出して臨戦態勢に入る。

ご主人様(ますたぁ)も抜剣を。敵はどうやら本気のようですから」

「わ、わかった!」

俺も白の剣を抜き放ち、高速で接近してくる漆黒の少女と刃を合わせる。


「楽しい! 楽しいねぇ! 強いやつばっかりじゃないか!」

「ネイト、向こうの建物の上、何かいるぞ!」

「システムでの認識はエラー。正体不明です!」

「あれがチート集団のひとりだ。そもそもログイン方法が不正なものだからな。油断するなよ!」

亡霊は俺と戦った時よりも格段に強く速い動きで次々敵を斬り捨てている。もしかしたら管理者の加護なのかもしれない。


俺も負けじと目の前の少女の隙を狙って刃を突き入れようとするが、今ひとつ届かない。


「くそっ!」


俺が苦戦している間にも亡霊は敵を薙ぎ倒し、ネイトはいつの間にか謎の男の前に立っていた。


「優秀な人工知能だねぇ、やっぱり紛い物じゃ相手にもならないか?」

「保安人工知能ネイトの名の下に警告します。これ以上の妨害行為、破壊行為、不正行為を行うなら――がっ!?」

「行うならなんだ? 言ってみろよ、なぁ!!」

男のなんでもないような右の拳が深くネイトの腹に突き刺さる。


「ネイト! くそっ! くそっ!」

俺は目の前の敵すら倒せていない。

このままではネイトが……!


「はっはっはっは……ははははははははははは!!」

男はなお笑い、ネイトの様を嘲笑う。

その表情は人として、終わっていた。


「ゆる……さねぇ!」

「ははははははははは! はひー、いーっはっはっはっは!」

「許さねぇぞこのクッソ野郎がっ!」

俺の中の何かが溢れだした。

それは鋭さとなって目の前の少女をその剣ごと容易に両断して消し去る。


「後ろは守る。お前はあいつを、ぶった斬ってこい!」

風となり、前だけを見て吹き抜ける。

目の前を塞ぐものを切り裂き、駆け、飛ぶ。

今はただ、勝手に動いた体に従って目の前に迫った狂人を斬るのみ。


男と向き合った俺は、前置きも発声も躊躇も慈悲もなく、瞬間的に斬りかかった。

男はすでにネイトから離れ、俺を見ているがその表情に緊張はない。


「おいおい、そう熱くなるなよ。これはただのゲームだ」

そのヘラヘラした口でそう言うこいつが、ただただ憎い。

「まさかお前、こいつのことが好きなのか? そいつはいい、なぁ」

振るった剣は阻まれる。

あと数センチもの刃を進めれば届くというのに。

よりによって、守ろうと、助けようとした彼女の大剣によって。


「ネイト……? っあ、ぐ!」

俺の剣を受け止めたまま横に振り抜かれる大剣の勢いに圧され、俺は広い建物の屋上を転がる。

立ち上がり、改めて俺が見たものは、銀髪の少女が光のない瞳で大剣を構える姿だった。

ただし、向ける剣先はこちらで。


「マジかよ……ネイト」

彼女は応じない。

戦わなければならないのであれば…………しかし、俺は彼女に勝てるのか? 仮に勝ったとしたらネイトは助かるのか? それともそのまま……?


そんな思考に絡まれていた俺の隙を、殺意に満ちた剣が襲う。

どういう原理か一瞬で距離を詰めたネイトの剣をなんとか受け止め、両足を踏みしめる。

重い。単純な重量だけでも重い一撃。

しかし、それ以上に……。

体に、力が入らない。


その時、後ろのほうから何かが突っ張るようなギギッという音が聞こえてきた。

その答えに思い当たり、俺は神速のスキルで横に飛ぶ。

俺のいた場所を貫いたのは矢だった。


「本気で……俺を殺そうって言うのかよ、ネイト!」

怒りなど湧かない。

本当の彼女にその意思はないことくらい当たり前にわかる。


「それなら……!」

操っている元凶を倒せばいい。

そう思って神速を使おうとした俺の目の前に、銀色が不意に現れた。


「またかっ!」

まともにぶつかり合えばネイトのほうが圧倒的だ。

『特火』のスキルで攻撃を底上げしてもネイトの一振りには到底及ばない。

結局剣を完全に合わせることも出来ず、それでいて弓の動きを躱し続けるしかなかった。

無論、そんな苦し紛れが長く続くはずもないが。

「ははっ! なんだお前、人工知能なんてさっさときっちまえよ、ははははははは!」


「…………よく持ち堪えたな」

「へ?……え……!? は、はぁ!?」

間抜けな声に一瞬だけその方向を向くと、亡霊の剣が男の胸を突き貫いていた。

「ユピテル!」

『御意』

了承の言葉と同時に装飾の施された細身の剣が青白く光を放ち輝く。

「消え失せろ、この世界(二次元)から」


光が消えた時には力なく倒れる男と、大剣や弓を消失させながら同じように倒れるネイトの姿が視界に飛び込んできた。


ほとんど反射的にネイトの軽く華奢な身体を受け止め、ほんの少しだけ安堵の息が漏れる。


「ネイトに関しては1度(ハル)に診てもらったほうがいいな」


彼の言葉が聞こえたのか、あるいは聞いていたのか、眩い光とともにその管理者は一瞬で姿を現した。

「ああ、我が愛しの娘……」

「……お前普段そんなキャラなのか?」

何やら亡霊が人間臭くツッコミを入れると、管理者の少女は大きめの咳払いをしてネイトを抱き上げた。

「少しの間、この子をお預かりします。その間の代わりなんですが」


彼女が指し示した先にいたのはネイトと同じ銀色の髪をしたネイトの腹心、ソロネだった。


「ネイト様が戻られるまでの間、私が代行として職務を全う致しますので、よろしくお願い致します」

いつもより堅く挨拶を述べてきた知り合いに、俺は苦笑いで答えつつ、ネイトを抱いた管理者の少女に「よろしくお願いします」とだけ告げて、別の場所に移動した。


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