16話「亡霊と管理者、海水浴」
「仲直りできたようで何よりですわ!」
バーチャルゲーマーカンパニーの応接間で、俺と、ネイトの姿が映し出されたパソコンに向かい合って座る如月さんが嬉しそうにそう言った。
「ホントね。あのネイトが泣きながら帰ってきた時は何事かと思ったわよ」
そしてその如月さんの隣に座る霜月さんも、同じように安堵の笑みを浮かべている。
「私が造る子たちはやっぱり癖があるのかしらね」
「主任に似るのでしょうか」
如月さんがからかうようにそう言うと、ネイトが笑みを零す。
「でもネイト、あなたもちゃんと仕事をしなさい。あなたが問題を起こす度に休日出勤するなんて御免だわ」
「すみませんご主人様」
ん? マスター?
俺がネイトの言葉に驚きを示すと、霜月さんは口元を抑えてもらい出した。
「ごめんなさい。この子、元々私のサポート人工知能として造った子なのよ」
「え……?」
それを俺が勝手に使っていてもいいのか?
「ああ、いいのよ。ネイトが自分で選んだ道だもの。……私はいつも送り出す側だから」
「その……ありがとうございます」
自然と感謝が出ていた。
何に対してかは俺もよく分からない。
それでも、言えていた。
「亡霊ねぇ」
ネイトと俺の話が一段落した後、話は最強プレイヤーである亡霊の話題に移っていた。
「管理人工知能からの加護を受けているんだからウチの社員か人工知能で間違いはないだろうけど」
「もしかして副主任だったりしませんかー?」
「幸人が最強? ふふ、面白いジョークだと思うわ」
「でもユピテルが付き従っていたのは事実ですよー」
「……わかったわ。聞いてみればいいんでしょう? 如月、今日は彼は?」
「有給休暇中だったはずですわ。奥様と一緒に」
俺のわからない内輪の話に首を傾げていると、霜月さんがごめんなさい、と謝ってきた。
「あなたの言う亡霊だと思う相手を問い詰めてやろうと思ったけれど、今日は無理そうだわ」
「でも、その人はなんで俺にばっかり?」
「それは本人にしか分からないわね。……いえ、当事者ならもうひとりいるかしら」
「それってあの管理人工知能ですか?」
「ええ。管理人工知能『春』よ。あの子なら彼のことも知っているでしょうね」
本社ビルの地下1階。
そこの広いフロアにはいくつものVRSGが並べられていた。
その部屋の奥の小さな部屋には、見た目としては他の機体と何も変わらないVRSGが1機だけ置かれていた。
普段二次元に飛び込む時と同じようにヘッドマウントディスプレイを装着して機体内部の座席に腰掛けると、電源を入れて目を閉じた。
目の前に広がるのは真っ青な世界。
ここも自分のVRSGと何も変わらない。
「驚きました。この機体に見知らぬ人が来るなんて」
いつか見た、明るすぎない落ち着いた茶髪を肩の下あたりまで伸ばし、どこかで見たような学校の制服のブレザーとスカートに身を包む少女。
管理人工知能の美少女である。
「春……久しぶりね」
「日和、それに如月さんとネイトまで。どうしたんですか? 皆さんお揃いで」
以前の丁寧な受け答えとは違った砕けた雰囲気。
どこかネイトの普段の姿に近いものすら感じる。
「単刀直入に言うわね。あなたがサポートしているのは幸人ね?」
春と呼ばれた人工知能はあぁーあ、と残念そうな声を漏らしたあと、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「バレちゃいましたか。意外と早かったですね」
「……はぁ。それで、どうしてそれが彼を狙うのかしら?」
霜月さんの問いに管理者は可愛らしく首を傾げる。
「詳しくは知りません。だから見るに見かねてそちらのユーザー様には私が創った剣を授けました」
「直接彼に聞かないと無理そうね」
すると管理者の少女はこちらに近づき……。
「あなたには、才能があります」
そう告げた。
「私の加護を受けた幸人さんに攻撃を当てたのはあなただけです。きっともっと戦いの経験を積めば……」
「春、せめて幸人に倒された時くらいは即リスポーンさせてあげなさい」
春はそれにわかりました、と応じ、ちょっとした話し合いは終了した。
仲直りした……というと恥ずかしさはあるものの、仲直りをした俺とネイトは、改めて自宅のVRSGの中で顔を合わせることとなった。
「俺には 素質があるって、どういうことだ?」
管理者の言うそれが具体的に何を指すのか。
ネイトを見るとやはりまだ気まずいのか、ぎこちない笑みを浮かべている。
「亡霊の正体の人ってどんな人なんだ?」
「副主任ですかー? なんというかー、あまり秀でたものがない人ですよー。良くも悪くも平凡ですー」
「それがあんな挙動できるのかよ……」
管理者のサポートがあるとはいえ、あそこまで常識外れな反応と挙動が出来るだろうか?
「あの人はー、恋愛シミュレーションゲーム機時代からのモニターユーザーですからねー。二次元での動きには慣れていると思いますよー」
ベテランのユーザーというわけだ。
そしてなぜかそのベテランがカンパニーの社員になっていると。
「たしか副主任のオペレーターをした人工知能が、あの管理者の原型の個体だったとか。詳しいことは知りませんがー」
ネイトはそれきり話を続けようとはせず、無言のままオンラインへと続く扉を開いた。
「ネイト様! それにユーザー様も!」
オンラインの第7階層の金ピカな街に出た俺たちを出迎えたのは、ネイトの部下のソロネさんだ。
長い銀髪を揺らしながら安堵のため息を漏らしている。
「ソロネー、ここのカジノでポイント稼ぎたいんだけどー」
「え? あぁ、はい。どうぞ」
「じゃあカジノに行ってくるからー、よろしくー」
「い、いえあの、ネイト様!?」
ソロネさんが俺の手を引いてネイトの後を追いかけるが、すぐにネイトを見失ってしまった。
「ネイト様のことですからそのうち大量のポイントを持って戻ってくるとは思いますが……」
ソロネさんが周りを警戒するように歩いていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。
「ん? お、お前はっ!?」
そこに立っていたのはピンク色のドレスにピンク色の縦ロールヘアーをした人工知能、エクスだった。
「お久しぶりな気がしますのん」
「エクスさんですか。どうしたんですか? こんなところで」
親しげに話しかけるソロネにエクスはまあまあ可愛い笑みを浮かべながら「ちょっとした用事ですのん」とだけ答える。
「そっちは……もしかしなくてもデート中ですのん? ネイトンを差し置いてユーザーとデートするなんてソロネンもなかなかやり手ですのん」
「そ、そんなんじゃありません!」
ソロネさんは耳まで赤く染めながら否定する。
「お待たせー」
ついさっきカジノに行ったばかりのネイトが上機嫌な様子で戻ってくると、所持金を示す数字を見せてきた。
「一、十、百、千、万…………ご、500万!?」
「ネイト様、一応確認しますが普通にプレイを?」
「そうだよー。とは言っても私は賭け事に勝つようにプログラムされているから普通にやる他ないんだけどー」
「なんだよそれ、チートじゃねぇか……」
「それではネイト様、私は職務に戻りますので。……くれぐれも、くれぐれも問題など起こしませんよう」
ソロネさんが念を押してから姿を消すと、エクスが俺の袖を軽く引っ張ってきた。
「そういえばもう『海』には行ったんですのん?」
「海? いや、今年は海に行くような予定はないけど」
「いえいえ、現実のじゃなくて二次元のですのん」
「海なんかあるのか?」
「ユーザー様たちが日頃の疲れを癒すスポットとして造られたエリアですのん。このゴールデン広場の隣のエリアがそうですのん」
「へー、行ってみたいかもな。なあネイト、……あれ?」
「う、海ですかー? そうですねー」
なぜか油の切れた機械みたいなぎこちない動きで引きつった笑みを浮かべる美少女に頭がハテナで埋め尽くされてゆく。
「とにかく、皆誘って行こうぜ!」
第7階層、EXエリア『海水浴場』
白い砂浜とやや強すぎるくらいの太陽。
そして広がる青い海!
エリアのショップで購入した水着に既に着替えた俺は目の前の圧倒的な光景に大興奮していた。
「引きこもり思考のくせにはしゃぎすぎですよー……」
相変わらず青色のパーカーを着たままのネイトがパラソルを砂浜に突き立てながらそんな声を出す。
「まさかこのEXエリアをアタシが利用することになるとはねぇ」
「それについては同感。でもユウがせっかく誘ってくれたんだから来てあげないと申し訳ないでしょ?」
既に水着に着替えた様子の他2人――凛華さんとエルの2人が砂浜を歩いて近づいてきていた。
梨花さんは黒のビキニ、エルはなぜか競泳用の水着だった。
「あれ? 鈴は?」
「スズは今日はログインできないみたい。あとオモチは向こうで見かけたわ」
エルの指差すほうをよーく見てみると、お餅さんが大して筋肉のない肉体を太陽に晒しながら様々な変なポーズをしていた。
その後ろにいるメイド服ははやや呆れたような無表情を浮かべた人工知能の3号さんだろう。
「とにかく泳ごう。ネイトは泳がないのか?」
ネイトのほうを振り返り、そう言ってみると、不意に柔らかい感触が背中に押し付けられ、両肩を誰かに掴まれる。
「ネイトンは水着になりたくないんですのん。スタイルに自信がぐえっ!? ですのん」
話の途中で鬼のような表情のネイトが、ピンクのワンピースタイプの水着姿をしたエクスの喉に鋭い拳をお見舞いした。
……というか悲鳴の後に丁寧に語尾をつけるなよ。
「ま、ご主人様はその……やっぱり大きいほうが好きですかぁ?」
やや頬を染め、胸を両手で抑えるような仕草をしながらこちらを上目遣いで見つめてくるネイト。
「ふ、ふふふふ……」
「……ご主人様?」
「ふふふふふ、ふーっはっはっはっは! 大きいほうが好きかだと? 否ッッ! いいかネイト! 胸とはその大きさではない……存在そのものが魅力なのだ! 大きさで語るなどナンセンス!」
「きゃ、キャラが変わってますのん」
「熱い……熱いぞ!」
「……どうして凛華さんまでヒートアップしてるんですかー」
「はっ! これってリアルで大きくてゲームで小さい私が圧倒的に魅力的ってこと!?」
「あらあら、随分と面白い会話をしてますのね」
そう言って砂浜から突然飛び出してきたのは青緑色の髪を砂まみれにした如月さんだった。
もっと普通の登場すればいいのに。……どうして砂から?
俺達がいるこの海はルーム作成の時にパーティにのみ開放する設定にされているため、他のユーザーは入ってこない。
本当は鈴も加えてみんなで遊びたかったのだが……。
「皆でって言ってもすることないよな……」
「普通に泳ぐだけでも十分楽しめると思いますのん」
するとエクスが両手をわなわなさせてネイトに抱きついた。
「さっさと着替えますのん」
ネイトの衣服を全て消し去ると真っ白なビキニに一瞬で変わった。
頬を染め恥ずかしそうに体を丸めた銀色に睨まれ、しかしピンク色は悪びれた様子もなくむしろ楽しそうに笑みを浮かべる。
「まあまあですのん。ほら、ユーザー様だってさっきからチラチラとネイトンを見ているんですのん」
キッと鋭い動きでこちらまで睨んでくるネイトに思わず視線を外す。
「ねえユウ、向こうの岩場まで競走しましょうよ!」
「え? いやでもネイトが……」
「別にいいじゃない。行きましょうよ」
エルに腕を引かれるまま波の押し寄せるところまで歩くと、ヒンヤリとした海水に鳥肌が立つ。
「ちょっと冷たいわね」
陽射しに負けないくらい眩しい笑顔でエルがその冷たい水と戯れる。
海らしく水をかけあって共に笑う。
それだけで、この寄り道をしてよかったと思えた。
「じゃあ競走するわよ!」
エルは信じられない速度で泳ぎ始めるが、俺は少しも慌てない。
ゲーム内の海なのだからステータスの差が泳ぎの速さに影響するということくらいは考えていたからだ。
それならば……。
「あー! スキルを使うなんてずるいわよ!」
スキル『神速』によって圧倒的な速度になった俺がゴールの岩場までほとんど吹っ飛ぶように突っ込んで勝利したのだった。
岩場にエルとふたりで腰掛け、他のみんなを見ながら笑い合う。
凛華さんはなぜか如月さんと水着のまま模擬戦をしているし、お餅さんは相変わらずのナルシストぶりを発揮して3号さんを呆れさせている。
ネイトは恥ずかしがりながらもエクスと一緒に海を漂っているようだ。
……っていうかエクスのピンク縦ロールは海水に浸かっててもあの形のままなのか……。
「なんかいいわよね。これがゲームだなんて、どこか信じられない」
「むしろゲームじゃないとできないよな。こんなこと」
「ここは現実と違って理想の自分でいられるから、私は好き」
「お前が言うと皮肉にしか聞こえないな」
外国の遺伝子の中でも飛び抜けて整った容姿を持ち、それでいてコミュニケーションもとれる。そんな彼女の理想など俺には到底想像も理解もできそうにない。
「そうでもないのよ。私みたいなのが実は家の中でゲームばっかりするのが変だって言う人も多いわ。変なステレオタイプで勝手にそう決めつけられるの」
国など関係なく、どこにでもそういうつまらない偏見はあるのだろう。
どこか憂鬱そうな表情のエルが不意に立ち上がって「あーーーーっ」と大きく海に鳴いたことに驚き、岩場から転げ落ちるように海に落下してしまった。
ん?
落ちた海面の下、青い世界の底に街のようなものが見える。
大昔に沈んだ海底都市のようなものをモチーフにしているのかもしれない。
そんなことを思いながら酸素を求めて海から出ようとした俺の足を、何かが絡めとるように巻き付き、浮力すら意味を成さない強引さで一気に海底へと引きずり込まれ、ゲーム内だというのに俺の意識は一時的に閉ざされることとなった。




