15話「喧嘩、友達のように」
第7階層、ゴールデン広場。
好景気漂う金ピカ派手派手な空間は夜の繁華街のような感覚がある。
現実のそれほど治安が悪いわけではないことを考えれば純粋に楽しめそうではあるものの、いくら都会っ子でも落ち着ける雰囲気とは言えない。
金ピカなのは街並みな雰囲気だけでなく、そこにいる人工知能たちも金ピカの衣服を身につけているから余計に落ち着かない。
「それでもー、VPを稼ぐにはこの第7階層が今のところは1番いいんですよー」
そう言うのは俺の隣で金ピカ空間に負けないくらい眩い銀髪を揺らしたネイトである。
「ここは治安的にも徹底してありますしー、第7階層にある3つの広場の中でもプレイヤーが多く集まっていますー」
「ん? 3つの広場?」
「はいー、ここの階層は今までと違いー、ひとつの広場だけではなく他にふたつ広場が存在しているんですよー」
「ネイト様、あまりそのお姿のまま歩き回られると部下たちが落ち着かないのですが……」
俺の隣のネイトのその隣を歩きながら、控えめにそう言うのはネイトの部下であるソロネさんだ。
ソロネさんはなぜか銀色の西洋式甲冑に全身を包んだ騎士姿でガチャガチャと歩いている。
なぜ彼女がいるのかというと、この第7階層の管理者はこのソロネさんで、俺とネイトが訪れるということで側でネイトの監視――もとい案内をしているというわけだ。
「少しくらい緊張してくれたほうが気が引き締まるよー」
「私でさえ緊張されるのです。それをネイト様がそのまま堂々と歩かれては……」
「もー、ガチャガチャゴチャゴチャうるさいなー。そんなに長くいないってばー」
眠さも相まって不機嫌そうな声音にソロネさんがたじろぐ。
「……わかりました。部下達にはできるだけ気にしないように言い聞かせておきます」
「それじゃあさっさとポイント稼いで下のエリアに戻るか」
エルと第6階層でレベル上げをする約束は少し日にちを先送りにしてもらっている。
「それで、この階層で金を稼ぐには?」
「もちろんクエストですよー。でも、今までの戦いメインのとは少し異なってますー」
金ピカの大きな建物の中に入ると、銀髪の少女たちが一斉に敬礼する。
それを苦笑いしながら軽く応えたネイトが何かの受付に近づいた。
「ここで受けられるのは探索クエスト。エリア内にある財宝アイテムをひたすら集めてくる簡単なものですー」
「……それだけ?」
「……それだけです」
「いいえ、そんな簡単なものじゃありません」
ネイトの悪戯っぽい笑みに大きなため息を漏らしながら、部下が見事に否定する。
「ネイト様が考えたクエストは鬼畜すぎて、クリアどころか挑戦するプレイヤーそのものがいません」
「えー、そんな難しくないよー」
「アイテムと装備の持ち込み不可。圧倒的レベルのモンスターが出てくるエリアでひたすら走り回って財宝を取ってくるあれが、本当に簡単だと?」
「うん簡単だよー。……私にはね」
その言葉に今度は頭を垂れながら盛大なため息を漏らしたのだった。
「まあでもネイトがいるなら楽勝だよな……?」
「えー? 私手伝いませんよー?」
「……は?」
「たまにはご主人様だけで頑張ってくださいー」
なんとネイトはそう言って姿を消してしまった。
「申し訳ございません、ユーザー様。ネイト様は決して悪い方ではないのですが、少し……いえ、それなり……かなり? 悪戯好きでございまして……」
ソロネさんの申し訳なさそうな態度に居心地の悪さを感じて慌てつつ、なんとなく流れでその鬼畜なクエストの受領ボタンを押した。
「……僭越ながら、私も同行いたします」
責任を感じているからか、ソロネさんが虚空からやや大きめの両手剣を取り出してそう言った。
エリアはどこかの離島のような空間。
澄んだ青空と注がれる陽射し、風とともに流れてくる潮風。
見渡す限りの自然と猛々しくそびえる山。
「ネイト様が直接全てを創ったエリアです。先ほども申しました通り敵もかなり強く創られています」
ソロネさんは甲冑をガチャガチャと鳴らして森へと進んでいく。
「ついては来たものの、私はこのクエストに詳しくありません。できるのは身辺警護程度です」
「ああ、大丈夫だと思う」
「え?」
そう、俺には考えがちゃんとある。それは……。
「神速!」
ネイトが創ったクエストにはネイトが創ってくれたスキルだ。
スキル『神速』で敵の警戒すら及ばない速度で駆け抜ければいい。
目を丸くしていたソロネさんもすぐに俺に追いついて並走する。
これなら楽勝だな。
さっそくひとつめの財宝を見つけ、さっさとアイテムストレージにしまって再び大地を駆ける。
ふたつめの財宝を目の前に立ち止まった直後、ソロネさんが大剣を両手で構え、防御の姿勢をとった。
ガキンッという重い金属音とともにソロネさんの踵が地面の土にめり込む。
驚いて背けた顔を戻すと、なぜか俺をひたすらに狙う漆黒の死神がソロネさんと刃を合わせていた。
「なるほど、この方が噂の亡霊……」
場がピリついた殺気に支配され、体が震える。
そもそもネイトがいないのだ。今の俺にある武器は下の階層で買った銃火器だけしかない。
瞬間移動する亡霊の動きすら見切ってソロネさんの剣が涼しい顔で黒い攻撃をやり過ごしていく。
「なるほど、確かにプレイヤーとしてのレベルを遥かに超越した能力……。しかし、私も保安担当の人工知能として負けるわけにはいきません」
まったく別次元の戦いを前に俺は無意識にその両者の動きに目を奪われていた。
片方は敵で、片方は俺を守るために剣を取っている。
だというのに俺はその光景をただただ見ていることしか出来なかった。
両者が距離をとって僅かに沈黙が満ちる。
「優秀な保安員だ」
亡霊はそう呟いて……。
正面からソロネさんの懐へ飛び込んだ。
「甘い! ……え?」
剣を突き立てようとしていたソロネさんの動きが中途半端に静止し、直立した亡霊の視線が俺を射抜く。
「に、逃げてくださいユーザー様! 急いで!」
しかし、最強に狙われた俺が逃げ延びる術などない。
できることはただ戦うこと。
そう考えた瞬間、俺の手に白く輝く綺麗な剣が現れた。
ほとんど反射的にそれを握りしめ、神速でもって一度離れる。
瞬間移動は確かに脅威だが、まったく読めなくはない。
距離が離れているなら目の前か死角である背後を狙って飛んでくるはず。
ならば……。
俺は神速を再び使って一気にその場から離れ、体を反転、自分がさっきまで立っていたその場所へと駆け出す。
剣を携えた弾丸と化した俺の狙い通り、僅かに遅れて瞬間移動してきた亡霊の胴を無心のまま斬る。
討ち取った。
レベル差もパラメータも何もかも忘れて、俺はその感触に確かな手応えを感じる。
しかし……。
「撃破したと思ったか?」
「は……あ……!?」
甘かったのだ。
全てを管理する人工知能が護っている存在を容易く退けることなどできるわけないと、心のどこかではわかっていたはずだ、
それなのに……。
次の瞬間、俺の左胸を装飾のされた剣が貫き、俺はオンラインからの一時離脱を強制されることとなってしまった。
オフラインの世界は、いつ見ても真っ青な果てしない空間だ、
自分がどこを見ているのかすら曖昧になってしまいそうな単色の世界に、立っているのは俺ひとり。
どこかへ言ってしまったサポート人工知能の姿はどこにもなく、俺はログアウトをしようと――。
「ご主人様」
全ての動きを中断して首と眼球だけで声の主を捉える。
肩に届かない綺麗な銀髪と眠たげな美しい顔。
人工知能ネイトはやはりいつもの姿で平然と俺の前に姿を現した。
「ソロネから話は聞きましたー、亡霊相手に必死に戦ったとかー」
「お前がいたら、勝てたかもしれなかったのに……どこに行ってたんだよっ!」
自分で出した大声に驚く。
怒るつもりはなかった。
いや、正確には怒りたかったが、こんな大声で怒鳴るつもりはまったくなかった。
負けた悔しさも自分の未熟さへの嫌悪も全て怒りとしてネイトにぶつけてしまったのだ。
ネイトは目に見えてその瞳を震わせ、そして潤ませ、後ずさりをして距離を離す。
「お前が本気を出せばただのユーザーくらい倒せるんだろっ! わざと手を抜いて、俺を勝たせてくれない! どうしてお前はっ!」
違う。違う違う違う!
俺はこんなことを言いたいんじゃない。内容もめちゃくちゃなただの八つ当たりをしたいんじゃない。
それでも、愚かで残念な生き物は自分すら制御できず、ただ込み上げるものを相手の心に突き刺すことしかできないのだ。
「肝心な時にいなくなったり急に寝たり役に立たないし、あの亡霊の正体もわからない! それも全部お前が――」
「うるさい! 私だって全てを抱えて全部片付けることなんてできないんだ! 私を頼っておきながらその結果に文句ばっかり言うなっ!」
ネイトの強い口調に、言葉が詰まる。それでも、言われたことに対する怒りが心に蓄積されていくのがよくわかった。
これ以上感覚のまま言葉を吐き出せばきっと取り返しがつかなくなる。
理解している。
理解しているが。
「だったらお前なんていらない! さっさと消えろ!」
1度吐き出された感情をどうにかするだけの強さなど、俺にはなかった。
そして銀色は涙の雫を零しながら律儀に一礼し、その姿を薄れさせ、やがて消えていった。
腹立たしさと後悔が入り混じる。
それでも、後悔をどうにかしようという考えは、未だ冷めることのない感情に塗りつぶされ、俺は現実に戻るという判断をするしかできなかった。
無機質なカプセル型のゲーム機の中、自分の頬に残る涙の雫を手の甲で拭う。
負けた悔しさを、怒りとしてぶつけることしかできなかった自分に腹が立つ。
ヘッドマウントディスプレイを乱雑に外してゲーム機から出ると、そのままベッドに寝転がる。
俺から一方的な感情をぶつけられた銀髪は今、どんな気分でいるのだろう。
……俺は、ちゃんと謝れるだろうか。
そんな思考と感情を延々と巡らせたまま、その日は幕を閉じた。
日曜日。元々の予定では昨日以上にVRSGをプレイするつもりでいた。
ウチの両親は基本放任で、煩く説教をしたりするタイプではないし、俺も別に特別成績が悪いわけでもない。
だから食事とか以外ずっとゲームをしていても怒られたりはしないのだが……。
「どうしたもんかな……」
一晩で冷静になり、自分の実力不足を自覚したことと、なによりそれで理不尽にネイトを傷つけてしまったこと。
そのせいもあって俺はゲーム機の中でログインせずにヘッドマウントディスプレイを被って目を瞑っていた。
部屋よりも圧倒的に狭く、リクライニングシートのような快適な角度は、さすがに疲労を感じさせない。
そして何より集中できる空間なのだ。
だから、携帯のバイブレーションに気が付いたのは、それが鳴り始めてから少し経った時だった。
「はい、もしもし!」
『もしもし、私はバーチャルゲーマーカンパニーの広報担当、如月と申します。大友様のお電話番号でお間違いないでしょうか?』
如月さんからの問いに俺は「はい」とだけ答えて先を促す。
『用件を述べる必要はないと思いますが一応。人工知能のことでお話をしたいのですが、ご都合をお伺いしてもよろしいですか?』
「今日は、空いてます」
何も無い休日を提示すると、如月さんはやや落ち着いたトーンで話を続ける。
『ではこれから、お迎えにあがります』
それから30分ほど経って、家の前に少し大きめの黒い車が停まった。
光沢のある見た目からして高級そうなそれの後部座席から上品に降りてくるのは、長めのクリーム色の髪をした少女、如月さんである。
「お待たせいたしました」
丁寧に腰を折る彼女に従って乗車すると、ややスペースを空けて如月さんか隣に乗車する。
安全運転で走り出す車内で、如月さんは声を発しない。
顔色を伺おうとしても彼女の顔には完璧な微笑みが浮かべられているだけだ。
「ネイトは……何か言ってましたか?」
「……」
如月さんからの回答はない。
答えない、というよりは言葉を探しているという間のようで、口だけは動いている。
「やっぱり、怒ってますよね」
人工知能とはいえ、人間と遜色ない感情を見せる彼女にぶつけた勝手な想い。
普通なら怒っていて当然なことだ。
如月さんは俺のその言葉に相変わらずの微笑みを浮かべて口を開く。
「それは、きちんと話し合って頂くほうがいいですわ」
とだけ言って、俺達は残りの道中無言のまま、目的地へと向かうのだった。
バーチャルゲーマーカンパニー横浜本社ビル。
何階建てか分からないが大きなオフィスビルの8階。
オフィスらしくデスクで社員らしい人たちがパソコンと睨めっこをしている中を如月さんに続いて歩いていく。
話は通してあるのか、怪しんだりジロジロと見られることもなく、応接間のような個室に通されると、ソファーへの着席を促された。
如月さんは俺の向かいに座り、彼女が視線を入口の扉に向けると、もうひとり女性が部屋に入ってきた。
20代後半か、30代前半くらいだろうか。
とにかく落ち着いた雰囲気のある女性は、驚くことにスーツではなく私服姿で、白のシャツにジーンズというラフな格好だった。その女性は長く黒い髪を整えながら如月さんの隣に座った。
「初めまして。私はカンパニーの技術開発部、総合主任の霜月と申します」
人間らしい抑揚があまりない事務的なトーンで話し始める霜月さんに如月さんが苦笑しながら、ひとつのパソコンをテーブルに置いた。
霜月さんがそこにスマートフォンを接続すると、昨日ぶりの銀髪美少女の姿が液晶に映し出される。
「ネイト|……」
少女はやや俯いたまま、こちらを見ようとはしない。
「本日はわさわざお呼びたてしてしまい、申し訳ありません。そして今回の問題、我が社の人工知能がお客様にご不便と不快な思いをさせてしまったことに対し、謝罪をいたします。申し訳ございません」
丁寧に頭を下げ、そう述べる霜月さんと、それに合わせる如月さん。
しかし俺は……。
「こちらとしましては、よりお客様に合った人工知能を提供させて頂き、まずは問題の改善を――」
「話を……させて下さい。ネイトと」
勇気を出して言った一言に前の2人は驚き、ネイトはその顔をあげた。
「……わかりました。では、私と如月は部屋の外に出ておりますので、終わり次第お声がけ下さい」
ふたりが退出し、ネイトと俺だけが部屋に残る。
気まずい沈黙の後、最初に口を開いたのはネイトだった。
「この度は、私の至らなさで『お客様』に不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」
知った顔、知った声、知った相手から、知らない呼ばれ方で謝罪され、胸が締め付けられるように苦しい。
「……お前は、怒ったりしなかったのか?」
当然抱くべき感情を彼女は抱かなかったのだろうか。
「思いましたよ。『私は何も悪くない』『理不尽だ』って。でも……ユーザー様のそういう感情もちゃんと把握して、理解して、寄り添ってあげないとダメだって、怒られちゃいましたから……」
しょんぼりとしながら申し訳なさそうに笑う彼女は、いつものネイトだった。
「お客様は、サポート人工知能って、どういうものだと思いますか?」
「ユーザーを助けたり、アドバイスしたりしてくれる、仲間みたいなもの……かな」
「仲間……ですか。私も含めて、この会社の人と人工知能にとって、パートナーとなった人間と人工知能は、決して主従などではなく、友達や恋人のように、等しく楽しく付き合っていくものだと、考えています」
ネイトはそう言って控えめに笑う。
「だから、お客様の気持ちを理解しようとできなかった私は、サポート人工知能として失格です」
「……お前ってさ、やる気が足りなくて大事な時にいないし、結構悪戯するし、寝てたりするけどさ」
友達なら、恋人なら。
ちゃんと心の内を話すべきだろう。
「俺、お前のことを心から嫌いだと思ったことは1度もないから」
お互いに言いたいことを言って、時々喧嘩して、喧嘩したらちゃんと……。
「それと、昨日は……ごめん」
頭を下げる俺にネイトが目を丸くする。
「ただ、俺に力が足りなくて悔しかったってだけで、お前に辛く当たって、本当にごめん」
「ます……たぁ……」
瞳を潤ませる美少女は今にも泣き崩れそうだ。
「お前さえよかったらだけどさ、また俺と一緒にゲームしてくれないか? また喧嘩したりするかもしれないけど、今度はちゃんとお互いに全部話してさ。友達みたいに」
「はい! はい!」
涙を両手で拭いながら崩れた笑顔を浮かべて頷くネイトは、いつも以上に綺麗に銀髪を輝かせていた。




