13話「暴走、ヤキモチとフラグ建築!?」
第4階層の街中を走る俺とエルは、可能な限り早くネイトと容疑者の少女のもとへ向かっていた。
恐らくは犯人で確定だとは思うが、それだけで決めつけてしまうわけにもいかないのは仕方がない。
結局、ビルなんかのように屋上に通じる階段があるわけもなく。
俺たちは隣の建物の最上階の窓から様子を窺うこととなった。
「――する気は――」
「――だな」
会話はあまり聞こえない。
それでも、ネイトが大剣を手にしたのは見えた。
「戦うつもりか!」
ネイトの正面に立つ黒い少女は表情を変えることをせず、まるで砂糖が紅茶に溶けるようにぼんやりと、その姿を消してしまった。
それから少し、大剣を構えていたネイトの警戒が解かれて、一瞬で俺たちの真後ろに転移してきた。
「じっとしていてくださいって言いましたよねー」
「い、言ってはないわよ。ねえ?」
「あ、ああそうだな。言ってはない」
ネイトが示したのは声ではなく手の動きだけだ。そんな確実でない方法で指示したのだから、間違って伝わっても誰も悪くないはずだ。
「はぁ……、まるで副主任の相手をしてる気分」
「ん?」
「いえなんでもー。あ、そうでしたー!」
ネイトは何かに気づくと俺とエルを伴って事件の現場へと転移する。
たくさんの人が倒れた惨事の現場。具体的にこの倒れている人たちがどうなっているのかは判断ができない。
知識がないことと、目立った外傷がないのだから仕方ないかもしれないが、それでも俺たちにできることはおそらく何もない。
ネイトは近くに転がっていた銀髪の少女を抱えると、その額に手を当てる。
「……え?」
周りに視線を巡らせていた俺がすぐに視線を戻したのはそのネイトの驚いた声が聞こえたからだ。
少しの空白があってから、ネイトはほとんど反射的のような動きで少女から飛びのく。
ムクリ、という表現がピッタリな挙動で不自然に起き上がると、それを皮切りに他の銀髪たちも起き上がる。
如月さんと、ネイトの部下の銀髪の女性は未だ倒れたままである。
驚いた表情のネイトはすぐに顔を引き締めて大剣をその手に握る。
「下がっていてください、二人とも」
俺は数歩下がるが、エルは匕首を構えて迎え撃つつもりのようだ。
「エル!」
「ユウは下がっていたほうがいいわ! これは普通じゃない!」
すると、ゾンビのようなのろのろした動きだった少女たちが一斉に機敏な動きへと変わった。
距離を取っていた観衆たちのほうを向くもの、ネイトに襲い掛かるものなど、動きに統一性は見られない。
観衆たちの中には応戦しようと武器を手にした人もいたが、向かってきた5体の前にエルが飛び込んだことでわずかに空白の時が挟まった。
「好き勝手はさせん!」
ゲーマーモードのエルがすれ違いざまに2体の左胸に匕首を突き立て、通り抜けてすぐに身を翻しさらに2体にも匕首を突き刺す。少し離れたところにいた残りの1体に匕首を投擲し、見事に眉間を貫いたことで、戦闘はあっという間に終了した。
……と、言うわけにはいかなかった。
心臓を、脳を。急所という急所を貫かれてなお、少女たちに変化は微塵も見られない。
ネイトは確実に何かの手段でもってそれを再起不能に追い込んでいるようだ。
エルはやや面倒そうに舌打ちし、戦闘スタイルを防御に切り換える。
とは言っても全長が30cmにも満たないような匕首では防御に心もとない。
だから結果として、彼女は逃亡を選択した。
あえて全力で逃げることはせずに。
「こっちよ!」
敵を引きつけて、速度で逃げる少女。
そこにようやく一段落させたネイトが合流して残りを撃破。謎の暴走事件はひとまずの解決となった。
少しの休憩も兼ねて、一旦現実へと戻ってきた俺は麦茶とバランス栄養食のブロックを貪る。
スマホを見るとたった今まで二次元でご一緒していたエルからのメッセージが通知されていた。
「さっきのこと、話がしたい」
ネイトはさっきの件で調査することがあると言って今はゲームの中だ。
とりあえず財布とスマホだけ持つと、待ち合わせ場所を一方的に提示して家を飛び出した。
「で、呼び出されたのがこのファストフード店というのがまたユウらしい気もするけど……ひとまずさっきの話をしましょう?」
「でも俺も詳しいことは知らないぞ? それはお前だって……」
「そうね。そして詳しいかもしれないネイトも今は二次元。今の私たちにできることはない」
それで何を話そうというのか。
「実はさっきあの場に居合わせた人がSNSでこんな書き込みをしていたわ」
エルが見せてくれた画面に映る文面はこうだ。
『黒髪の人工知能現る!』
ちょっとした見出しのような内容だが、それ以外の情報は何も無い。
しかし……。
『これって初期型の人工知能?』
『でも色違くね?』
『黒髪ツインテールゴスロリ……神降臨!?』
などとコメントが寄せられており……。
「初期型って……たしか」
お餅さんが連れていた人工知能の3号。
彼女は確かVRSGの基となった最初期のオペレーターだったはずだ。
それに酷似した黒い人工知能。
「服装の違いなんかはあるけど、基本的には同じよね。容姿に関しては」
「……もしかしてネイトたちが追ってるチーター集団っていうのはこいつの……?」
いちおう、エルにもチーターとそれを追うネイトの目的については話をしておき、とりあえず凛華さんに電話してみることにしたが……。
「留守電か」
2度かけても結局留守電で電話に出る気配はない。
「とりあえず、何かあったら現実で連絡をとりましょう」
「どうして? 別にゲームの中でもいいんじゃ?」
「やり口の分からないその連中が盗み聞きをしていないとも限らないでしょう? だから、ユウと私が連絡をとりあうのはゲームの中じゃないほうがいいわ。人工知能とのそういった話もオフラインで」
「な、なるほど」
確かに、リスクは最小限にしたい。
如月さんたちが倒れた時、ネイトがすぐ駆け寄らず、俺やエルを近寄らせなかったのは、敵にこちらの存在を知られないためだったのだろう。
うちのパーティメンバーはそのあたりの機転が恐ろしく感じられるほどだ。
ひとまずエルと別れ、自宅に戻ると、水分補給もそこそこに二次元へと飛び込んだ。
「あー、お帰りなさいーご主人様」
ネイトはいつも以上に大きな欠伸をしてから俺の隣の定位置を確保する。
「ふあ〜あ、ちょっと寝不足です」
「お疲れ様。何か進展あったか?」
「いえー、大したことはあまりー」
「そういえばあの黒い人工知能がこのゲームの初期型のオペレーターにそっくりだって話があったんだけど。関係あると思うか?」
「無関係ではないかとー。もちろんー、細かく調べることも出来ませんでしたがー、あれはきっと『私たち』の技術と同一なものが用いられていると思いますー」
「やっぱりそうなのか……。如月さんのほうは?」
「幸い、大きな問題は全くなくー。もう仕事に復帰していますー」
「よく無事だったな……」
正直、脳とかにダメージがあってもおかしくない状況だったとは思っていただけに、不謹慎ながら驚いてしまう。
「ユーザーに大きな害のあるものでは無いようですー。今のところは、ですがー」
「それからー、上層部は今後も同様の事件が起こる可能性があると判断しましたー」
「そう、だろうな」
場合によっては一般人にに被害が出ていたかもしれない事件である。
今回の被害より次が悪くならないとは限らないのだから。
「同様の事件が発生した場合ー、私もその現場に行かないといけませんー」
「それって、俺が一緒じゃダメか?」
「……はい。やっぱり危険ですし」
それでも……と食い下がろうとした俺の意図を読み取り、真剣な瞳で俺を制す。
「この件に関して、ご主人様にお願いしたいのはご自身の身の安全だけです。絶対に無茶なことを考えないようお願いします」
眠気を吹き飛ばしながらそう告げるネイトの気迫に、俺は頷くしかなかった。
すると直後に表情を緩め、欠伸をすると虚空の中から1人の女性が現れた。
銀髪の長めの髪をした美人の彼女は、さっきの事件で倒れた人工知能のひとりだ。
「いちおう紹介しておきますねー。彼女はソロネ。私の側近のようなものですー」
「私はVRSGオンライン保安部部長のソロネです。初めまして、ユーザー様」
ソロネさんは芸術とも言えるほどの美しい姿勢で一礼すると、凛とした声で高々と自己紹介を述べ、続いて例の黒の少女の画像を表示した。
「我々はこの異端の者を『魔女』と呼称し、現在情報を集めています」
「あの時こいつが使ったのは何かのチートなのか?」
人工知能たちを無力化し、さらに操ったのか暴走させたのかとにかく彼女たちを敵に変えてしまう何か。
「あれは簡単に言えば対人工知能用の特殊なプログラムです。人工知能の根幹にある知能や理性に干渉し、破壊や洗脳操作を行う悪質なものです。私のようなある程度防御が施されている個体でも操られないようにするのが精一杯。私の部下達では歯も立たないでしょう」
「アレを倒せるのはー、私やユノみたいな高位の人工知能かー、優れたユーザー様くらいだと思いますー」
優れた……と付けられてしまったことで出かかっていた言葉はすぐに飲み込まれる。
自分が優れていないとこは当然自覚しているし、その上で同行したいなど言えるはずもない。
「魔女のことは人工知能に任せてー、ご主人様は次の階層と基礎力を上げることを考えていてくださいー」
「……ふふ」
そこで不意にソロネさんが控えめに笑い声をこぼす。
「あれ? 俺何か面白いことした?」
「い、いえ失礼しました!」
「何かあったのー?」
「い、いえ、あの……」
ソロネさんはチラッと俺のほうを見てからネイトに視線を移し……。
「ネイト様がユーザー様と仲良くされているのがとても面白くてつい……」
「むー、そんなに意外じゃないでしょー」
「そうですね、失礼しました」
立場ではネイトのほうが上なのに、真面目で大人びた雰囲気のソロネさんのほうがお姉さんに見えてしまい、俺もつい笑みを浮かべる。
真面目な性格と大人びた雰囲気、そして美しい容姿。
俺の理想のタイプにとても近い。なんというか、守りたいと思える。
「そ、そんな……理想のタイプだなんて……」
あれ? 心の声が筒抜け?
紅くなってモジモジするソロネさんから急いで顔を逸らし、ネイトを見るとなぜだか頬を膨らませてこちらを睨んでいた。
「あ、これってもしかしてヤキモ――痛っ!?」
瞬間的に足に痛みを感じたと思ったら、いつの間にか隣に移動したネイトが足を踏んでいた。
「誰がヤキモチなんて焼きますかバーカバーカ!」
「ふふ、ネイト様、あまり主に乱暴するべきではありませんよ。……ふふふ」
「……ソロネ、今度お仕置き」
「…………」
ニヤけた顔が一瞬で真っ青で真っ白になったソロネさんはその無表情で可愛そうな顔のまま扉を出現させると、それを開いてどこかへと消えていった。
「……ネイト?」
名前を読んでも銀髪は大げさに顔をプイっと背けてしまう。
「機嫌直せよ」
「……別に、機嫌悪くなんてありませんよーっ」
それでもこっちに顔を向けることはせず、言い方にも棘を含んだままである。
「どこが不機嫌じゃないんだよ……」
どう見てもヤキモチにしか見えないのだが、生憎ネイトに対して攻略のフラグを建てた覚えはまるでない。
「はあ……悪かった、俺が悪かった」
「謝ってほしいなんて言ってません」
「じゃあどうしたら機嫌よくなるんだよ」
「分かりませんよもう! バカ!」
正直、女子とはめんどくさいと思った。
「と、いうわけなんだよ」
「ヤキモチかー」
相談する相手も限られている俺がネイトのことを相談したのは、唯一そういう話を平然と出来る親友の鈴だ。
そして、鈴のスマホには彼女のサポート役であるユノにもついてきてもらっている。
「はっきり言って難しいわぁ。ネイトは恋愛向きの個体じゃないし異性に対しての免疫も大したこともないしぃ」
ユノが艶っぽく言った回答に、俺は選択肢がガリガリと削られていく効果音が聞こえた。
「ヤキモチ焼かれてもな……俺にはそういう気持ちは、少なくとも今はないし……」
「しばらくそっとしておいてあげたら?」
「放置されたらされたでもっと不機嫌になるかもしれないわぁ」
「どうしたらいい?」
「両想いだったら抱きしめてあげるとかで改善することもあるけどぉ」
抱きしめる、か。
「でもぉ、好きじゃないのに抱きしめたりして勘違いさせたらもっと可愛そうよぉ」
俺の脳内に今度は諦めが降り注ぐ効果音が響く。
このまま諦めというそれに押しつぶされてしまいそうだ。
「こんな時は私に任せてほしいわぁ」
「ユノ?」
「大丈夫よぉ」
ユノがどうやってネイトを宥めるのかは教えてくれなかった。
……知ってたら今後に役立ちそうなのにな。
鈴と別れ、機嫌が改善されたという連絡を待ちながらおやつのシュークリームと日本茶を腹に詰める。
普通は紅茶とかなのかもしれないが、生憎我が家には日本茶と麦茶しか置いていない。
スマホが通知を知らせる度にそれに飛びつき、違う通知の内容に無駄にグッタリする。
いっそゲームとかの通知は切っておいてしまおうか、とも思ったのだが、元に戻すことを考えて結局そのまま放置することにした。
結局、通知が来たのは夕飯と風呂を済ませた夜のことだ。
機嫌がどうなったかは書かれておらず、とりあえずログインしてみろという簡単な内容に従い、俺は慣れた手順で二次元へ飛び込んだ。
辺り一面真っ青な空間に、キラキラと輝く銀髪。
やや俯いた様子の彼女は決して駆け寄ってくることもない。
「……」
「……」
「あ、あのさ」
「あの!」
「……」
「……」
……気まずい。
ネイトの言葉を待つべく視線を送ると、ネイトは無言のままゆっくり頭を下げた。
「…………ごめんなさい」
ただその一言で、再び沈黙が訪れる。
「んもぅ、さっき言ったじゃないネイトぉ。謝るだけじゃダメなのよぉ」
「わ、わかってる、けど」
突然の言葉にあたりを見回すが、姿は見えない。しかし、声から察するにユノがこの様子を見ているのだろう。
「ご主人様には余計な心労をおかけして、申し訳ございませんでした」
さっきよりも事務的な、謝罪にむしろ言葉が詰まる。
「ネイトぉ?」
「ぅ……だ、だって」
「だってじゃないのぉ」
ネイトは顔を上げるとやや潤ませた瞳でこちらを見つめる。
「さっきはその……どうかしてて……もう、その、ヤキモチ……とか。絶対、焼きません、から……」
頬だけでなく耳や首まで真っ赤に染めて恥ずかしそうに言うネイトに苦笑いを向け、つい頭を撫でようと手を出してしまった。
身長的に俺より頭ひとつ分くらい低い彼女の頭は高さ的に撫でやすいのだ。
しかしネイトは嫌がる素振りはなく、むしろやや俯いてくれたことで撫でやすい角度になっている。
ゆっくりと、緊張しながら頭に手を置くと、少し冷たい髪の毛とサラサラの感触が癖になる。
「……これは人をダメにする感触だな」
市販されているクッションやタオルなんかよりずっといい。
いつまでも触っていたいくらいだ。
「まったく、世話が焼けるわぁ」
ユノが姿を見せ、ため息と一緒にそう言うと、俺の体が硬直した。
そして俺の意思とは関係なく両腕が伸びてネイトの小柄な体をホールド、思い切り抱きしめるような格好になってしまった。
「え!? ちょ、ユノ!? ダメ! ダメだよこんな……!」
ネイトが口でそう言うものの、同じように俺の背中に手を回して顔を埋める。
同じように操られているのだろうか?
「あらぁ、私にはネイトを操る権限はないわぁ」
そう言われて顔を下に向けると、俺の胸元に顔を埋めたネイトの耳がみるみる真っ赤になっていった。




