11話「管理者、新たな力」
管理者。現実にいる人間のそれとは別に、VRSGには人工知能たちを統括する頂点がいるらしい。
本来、ユーザーが会うことはないらしいのだが、ネイトが俺を連れてきたこと、そしてその管理者自身が俺の同伴を快く許容したために、俺はネイトとともにその扉の前に立っていた。
「立場としてはご主人様のほうが上にはなりますからー、私のようにする必要はありませんよー」
扉を開く直前、ネイトは唐突にそう言ったが、意味はいまいちわからない。
しかし、扉を開いた先の光景になんとなくその意味を理解した。
例えるならば玉座の間に近い、高さや奥行きなどの広さに圧倒されるような空間で、扉を開けてすぐの両サイドに、様々な容姿のメイドたちが深めに頭を下げていた。
その間をゆっくりめに通り抜けるネイトに続いて、玉座の前の階段手前で立ち止まる。
すると、ネイトは玉座を視界に捉えることもなくその顔を下に向けた。
俺もそうしたほうがいいかと思ったが、先ほどのネイトの言葉を思い出して動きを止めると、結局その視線を今度は近くで玉座に注ぐ。
正確にはそこに君臨する王へと。
「管理者の呼びかけに応じ、ネイト参りましたー」
「これはあくまでも非公式な場。気にすることなくもう少し近くへ」
管理者は明るすぎない落ち着いた茶髪を肩の下あたりまで伸ばし、どこかでみた学校の制服のブレザーとスカートに身を包む少女だった。
そう、ネイトの苦痛を取り除いた彼女である。
「……それでは失礼しますー」
ネイトは顔を上げる素振りを見せて一度中断し、少し考えてから改めて顔をあげた。
そして階段を上ったあたりまで歩むと、俺をその隣に促した。
「どうぞこちらに」
少女が手を虚空にかざすと、俺たちのための椅子が現れる。
そっと腰かけて改めて少女を見据える。
「管理権限を持たない者は別場所にて待機を命じます」
少女の張った声に一礼し、メイドたちがあっという間に散っていった。
「まずは、ネイト。その後状態はどうですか?」
「問題ありませんよー」
「それは良かったです。それからユーザー様、ネイトのことを心配してくれたこと、この娘に代わりお礼を申し上げます」
「い、いや……その……」
絵に書いたような美少女からのお礼にコミュ障みたいな返答しかできないでいると、少女が口元に手を当てて親しみの持てる笑みを浮かべた。
「なんだかユーザー様のそういう顔、とても久しぶりな感じがします」
やや雰囲気が砕け、悪戯っぽく笑う。
「私の愛しい人はよくそんな反応をしてくれたものです。……もっとも、最近は私を構ってすらくれませんけど」
そう言った彼女の瞳は、鈍さを自覚している俺でもわかるくらいの恋色だ。
「それで管理者、今日はどのようなー?」
「ああそうでした。実は如月さんから問い合わせがありましてね」
漆黒の亡霊についての内容を如月さんに聞いた時のことを思い出し、その答えが得られるのかと期待を目の前の少女へと向ける。
「ひとつ、お話をしておきます。ユーザー様、あなたは……彼に勝つことはできません。……いいえ、あなただけではなく、VRSGをプレイする全てのプレイヤーが、彼に勝てないのです」
「……それは、システム的に?」
「無論、そうです。そして、ユーザーとしての技能においても」
「どうして……」
ゲーマーとしての腕が高いだけならわかる。ならなぜシステム的にも勝つことができないというのか。なにより、管理者であるはずの彼女がそう言えてしまうのか。
「その解は簡単です」
少女は悪戯を実行している最中の子供のように生き生きとして笑う。
「彼は、私の加護を受けているのですから」
そう、システムを司る存在は告げた。
自らが公平性を崩していることを。
「ではその正体についても教えてもらえるのか?」
「……そうですね。でも、今すぐこの場ですべて話しても面白くありませんね。物語に謎は、必要不可欠な要素です」
それから……と少女はさらに話を広げる。
「彼は決して、あなたたちの敵ではありません。しかし、油断はしないことです。生半可な力と心は、彼によって容易に断ち切られてしまうでしょう」
結局、具体的な話はできなかった。
亡霊という男がどのような理由でプレイヤーを襲撃しているのか、なぜ管理者がその亡霊に加護を授けているのか、
「難しい顔、してますよー?」
「そりゃあ難しい顔にもなるだろ……俺には何がなんだか……」
「そう深刻に考える必要はありませんよー。ラノベやアニメのようなデスゲームとは違ってー、安全ですからー」
「でもオンラインに飛び込む度にあいつに狙われてる気がするんだ」
「そうですねー、撃退、とはいかなくても対処できるだけの能力は身に付けたほうが良さそうではありますねー」
ネイトはそう言って首を傾げ、少ししてその首を元に戻した。
「やはり戦うしかありませんねー。管理者の加護がある以上、最強クラスにならないと圧倒的だと思いますからねー」
しかし、そう言うネイトはなぜか若干の余裕が感じられる。
「私は最上位ではないもののー、いちおうその直下の管理者ですからー、例え最上位が相手でもすぐにはやられたりしませんよー」
「そう言ってる割に亡霊にすぐやられたじゃないか……」
「管理者権限を用いればー、最上位の介入がない限りは如何にファントムであろうと突破はできないと思いますー」
プレイヤースキルを身につけ、奴の高速戦闘に対応できるようにならなければならない……。
「それに、相手が化け物級のチートユーザーならー、こちらもそれなりでなければいけませんよー」
「ネイト! お前なにを!?」
ネイトが俺の頭に手を回してそのあまりない胸に抱きしめた。
やや甘い不思議な香りと、胸というよりパーカーの生地の柔らかさを感じていると、俺の体が青く光り始めた。
「ユーザー認証……マスター権限をアクティベート……完了。パーソナルスキル解放……完了」
ネイトの口から機械的な声と言葉が放たれると、同時にその光は強まり、やがて消えていった。
「何を……したんだ?」
「私の権限でー、ご主人様に特殊スキルを与えましたー」
「つまり、どういうこと?」
「……試してみたほうが早そうですねー」
ネイトに連れられるがままにオンライン空間へとやって来た俺は、第4階層にある『騎士団本部』へと向かった。
対人戦闘が行えるこの施設に来たのは、当然、それを行うためだ。
「対戦相手はこっちで呼んでありますー。それから、今回は私も手助けしないのでー、武器も代わりを用意しますー」
そう言ってネイトがその力で生み出したのは、刀。
ネイト自身が武器にになった時と同じシンプルな刀である。
「で、アタシたちが……」
「相手をすればいいんだな?」
今回の対戦相手、凛華さんとビショップがベンチの上でそう口にした。
「それにしても初心者の貴公がまさかこの司祭と女帝を相手に試合を申し込むとは、些か意外だった」
「ま、アタシたちを使って特訓すんのも悪くはないさ。アタシたちくらいのレベルなら勝敗に関わらずかなりの経験値はもらえるだろうしな」
「相変わらず女帝は楽観的なものだな」
対人戦闘用の広い部屋に入ると、ネイトとエクスは邪魔にならない隅っこに、ビショップもやや離れたところで待機している。
そして、俺から数メートル離れて正面に立つ凛華さん。
グローブを引き締めて格闘術の構えをとると、深く息を吐いた。
「では、始め! ですのん」
エクスの号令とほぼ同時に動いたのは凛華さんだった。
レベルによる基礎ステータスをフルに活かした速度。
それでも、俺にはそれがしっかりと視認できていた。
弾丸のように一直線に迫る凛華さんを牽制するように、俺は剣を軽く一振りして迎え撃つ準備を完了させる。
相手の動きが見えているというだけで余裕がある。
油断はしない。相手はプロなのだから。
凛華さんの体が、壊れたテレビ画面のように不愉快なブレを見せた直後、飛んできていたそれが消失した。
同時に背中、腰の当たりに襲う鈍い衝撃。
「うぇぶ!?」
たった1度のそれ、凛華さんの拳でもたらされた衝撃によって俺のHPの半分が持っていかれてしまった。
俺はさらなる追撃を躱すためにスキルを使い、自分の姿と音を遮断して気配を断ち切る。
「へぇ、見たことないスキルってわけかい」
凛華さんがなぜか大きく右腕を振り上げた瞬間、俺の中で時が止まった。
スキルではない。
ただ、時が止まった中で、俺の視界にあるものが映し出された。
振り上げた腕を床に叩きつける凛華さんと、その直後に部屋の色々な場所からランダムで突如燃え上がる火柱。
ひとつひとつが全てを灰にしてしまうような炎で場を覆う。
その映像が、早回しのように視界に映り、感覚的に止まっていた時が動き出す。
たった今見たばかりの映像と同じように、凛華さんが振り上げた腕を振り下ろす。
それが床に触れる前に、俺は斜め前の「隙間」に飛び込んだ。
何も無いそこは、先ほどの映像で見た火柱が焼かなかった場所。
俺の元いた場所とすぐ近くが円柱のように上がった炎に焦がされると、少しして炎はその熱とともに完全に消える。
「今のを避ける……面白いねぇ!」
凛華さんの攻撃が、その表情が、ほんの僅かずつだが先取りして見える。避けられる。
紛れもないチート能力。
「ま、それなら避けられなくしてやるだけさ!」
凛華さんが再び火柱を生み出す拳を床に叩きつける。
その時見えた未来は、火柱で逃げ場がなくなった俺に凛華さんが必殺を備えながら接近する光景だった。
「負けた負けた……」
「うーん、これでも駄目そうですねー。他のに変えますねー」
ネイトは悩むような表情を見せ、また俺をその胸に抱いた。
「スキル構築……」
機械のはずなのに柔らかく温かい、それでいて鼓動まで感じられる。
「……これで今度こそ負けないはずです」
恥ずかしさで赤くなっているであろう顔を誤魔化すように俺はネイトから顔を背け、すでに戦う準備が整っているらしいビショップに向けると、彼女はその両手で匕首を回していた。
まだ本人には話していないが、現実での転校生で仲良くなった金髪美少女、エリアル・リタ・サザーランドであると確信しているのもあって、武器を向け合うのは正直気が進まない。
「さて、それじゃあ始めようか。手加減はしないぞ」
口調も見た目も現実のそれとはまったく違うが、どちらも似た雰囲気はある。
「始めです! のん」
エクスの中途半端な号令とともに俺の視線に刃が飛来する。
「うわっ!?」
ギリギリ右に飛んで躱すと、壁にキンッと当たる音が響いた。
「ふむ……今のを避けるか、面白い」
続いて飛来する匕首もすべて避けると、ビショップは匕首をヒラヒラさせながら接近してきた。
その動きには一切の迷いがない。
「もらった!」
振るわれた匕首をバックステップで避けると、背中から複数のガキンッという音が響いてきた。
「な……!?」
ビショップが一瞬目を見開いて動きを止めた。
音の発生源は俺の真後ろ。背中に突き刺さろうとしていた無数の匕首が銀色に輝く膜のようなのに阻まれたのである。
そう、これがたった今ネイト自身が組み上げたチートスキル『鉄壁』である。
不意打ちであろうと通常の攻撃であろうと『鉄壁』の耐久力が続く限りいかなる攻撃も通らない。
が、手数が多く速度も速いビショップの攻撃に俺を守るべく浮かび上がっていたそれはあっという間に砕け散った。
そうして、勝敗は決した。
「で、結局二連敗というわけだが……」
無様に二連敗した俺をやや慰めるように、ビショップが肩に手を置いてくれる。
く……泣けてくるぜ。
「さて、クールにキメてるところ悪いですがー、今度はちゃんとしますよー。一度すべてのスキルを削除してー……」
ネイトは今度こそ、今度は俺をその胸に抱くのではなく、直立した俺の胸に抱きついてくるような体勢で同じように能力を発動した。
「……今度は何の?」
未来視も鉄壁も、俺には使いこなせていない。
「もっとシンプルで、それでいて強力なものをー!」
ネイトは人さし指をピンと立てて明るく笑う。
「ズバリ! 『特火』、『神速』の二つですー! いちおうインビジブルをサイレントと一体化させた『ステルス』も付けてありますー」
「新しい二つは名前から考えると攻撃型スキルと速度型スキルか。それで性能は?」
「特火は一時的に攻撃力を反則級に高めるものですー、神速は一時的に速度を爆発的に高めるものでー、このスキルを持っているだけで普段の速度もそこそこ補正が入りますー」
「ってことはスキル系じゃなくて能力系のスキルってわけかい」
凛華さんの言葉にネイトが肯定を示した。
「じゃ、また戦ってみるかい!」
そのあと、ビショップと凛華さんを二人同時に相手取り、意外と簡単に勝ててしまったのを見て、スキルの産みの親である銀髪は大はしゃぎで喜んでいたのだった。




