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10話「亡霊、そして再戦」

 不思議な空間。

青から黄色へ、黄色から白へ。

と思ったらクリーム色や黄緑色に。

色が安定しない空間に、漆黒の男と銀髪の美少女。

そして申し訳程度の戦力しかない俺。


領地獲得というパーティ戦を行っている最中になぜか乱入していた亡霊と建物の中で戦っていたはずの俺たちが、なぜこんな未知の場所にいるのか。その答えは俺なんかでは到底導き出せない。


実はこの空間にやってきてから既に10分ほど、この向き合った状態のまま経過している。


どちらから何かを仕掛けるでもなく、ただひたすら無言で互いに探り合う時間。


「ひとつ……」


ようやくの沈黙を破ったのはネイトだ、


「……聞いても?」


「内容による」

亡霊(ファントム)はそう簡潔に応じる。


「あなたがなぜ、ユピテルを使役できているんです?」

「答えるつもりはない」

ネイトはその右手に身の丈ほどにも達する大剣を携え、その周りには弓矢と盾が舞っている。

「答えないならユピテルを返してもらいます!」


言葉だけでなく、動作の沈黙を破ったのもネイトだった。

痺れを切らしたように地面ともいえない足下を蹴り、高速すら超えるような速度で銀が黒に迫ると、呼吸すら忘れてその大剣を横薙ぎに払った。

しかし、その時には既に戦闘態勢の亡霊がネイトの直上に移動し、装飾のされたサーベルをネイトに突き立てようとしていた。


なんとかネイトはそれを紙一重で身を翻して避けるが、彼女の背中を刃が掠めて彼女の着ていた大きめの赤いパーカーが派手に裂けた。

その生地がその下の白っぽい肌色を覗かせた直後にパーカーが元通りに構築される。


「触れていなくてもこれだけ切れるんだ……さすがユピテルだね」


「それほどでもない。これくらいはお前にもできるだろう? ネイト」

そう響いた言葉とともに亡霊の持つ剣が光となり、人の形を成し、色を得る。

最初にネイトを選んだ時、その選択肢にいた金髪のイケメン。


「ユピテル……てっきり操られているのかと思っていたけど、その様子じゃ違うみたいだね」

「どうしたネイト、いつもの余裕がないじゃないか」


「自分と同等以上の力を持つ人工知能と、それを凌ぐ化け物を相手にして眠気なんて残るわけはないよね」


まったく余裕のないネイトの声音に、ユピテルと呼ばれた男はその通りだと笑った。

「我々は常に主とともにある。主が望むならばお前が相手でも戦おう」


少しの沈黙、両者は同時に動いた。

もはや俺の視認など追いつかないほどの動きで。

そして、俺の視線はすぐに残った敵へと向けられる。

亡霊はそれを望んでいるかのように拳を握り、こちらを見て不敵な笑みを浮かべた。

「こうなったらやってやる!」


スキル『インビジブル&サイレント』

別々の能力だが、併せて用いれば姿と自らが発する音をすべて消せる最強スキル。

奇襲だけでなく、こうした戦闘においても自らを捕捉させないという点で極めて有効なスキルなのである。

これを発動し、俺はさらに蛇行や迂回をしつつファントムの死角である後ろ側へと移動しようとした。


しかし、確かに全てを消したはずの俺を、常に奴の視線が追っている。

見えているはずなどないのに。

構わず相手の斜め後ろ側へと移動し、距離を詰める。

「……非情なる剣!」

重たいその一言に俺の中の何かが警報を発しているが今さらとまれない。

俺の目の前を見えない何かが通り過ぎるような気配。


それに体が突っ込むのを、ほとんど抱きつくようにして、銀髪の美少女が引き止めてくれた。

亡霊は感情を揺らした様子もなくそれを見ると、その殺気を落ち着かせる。

同時に視認できない速度のそれが空中で静止する。


全部で3本の短刀。

それが縦横無尽に飛び回っていたのだ。


「ネイト……無事か!?」

俺の背中に抱きついたまま沈黙する小柄な彼女に声をかけるが、反応は返ってこない。


「さすがにネイト相手でこの私が勝利することはできぬか……」

やや脱力したようなイケメンの声が響く。

金髪のイケメン、ユピテルはくっつくネイトと俺を一瞥し、ニヤリと笑うとその視線を亡霊に移した。



「あらぁ、本当に旦那様(ユピテル)は性格が悪いわぁ」

「ユノか……よく入ってこれたものだな。いちおう私が全力で展開した制限領域だったんだが」

「私のご主人様(マスター)はさすがに来れなかったけどぉ」

艶っぽく言い放つ黒髪の美女、ユノはその手に身の丈に届かない……とは言ってもネイトの背丈に足りる程度の杖を持ち、ユピテルの背後に立つ。



 正直言って、理解など及ばない。この3人の人工知能は、そしてこの真っ黒な男は、一体何を知り、何を思い、何をしようとしているのか。


「……帰りましょう、ご主人様(ますたぁ)

背中に囁かれた言葉と、直後にやってくる空間が歪むような不快感。

それはあっという間に俺の全てを飲み込もうとする。

「っ! ネイト! 無理をするな!」

焦ったようなユピテルの声に返答もせず、俺たちの目の前に広がる世界は、殺風景な砂漠へと変わったのだった。



 戻ってきて、まず漏れたのは安堵のため息だった。

勝利できるなどとは全く思っていなかったが、逆にあっさり負けるとも思っていなかった。

少なくともチート級のスキルを得たのだからいい勝負とはいかなくてもそれなりに報いることができると思っていたのだ。

それが、パートナーに救われていなければ確実に死んでいたであろう状況。


そこから無事で帰ってこれたのだからまずは安堵しても誰も責めないだろう。

座り込んだ背中に、何かが凭れるような感覚。

……そうか、ネイトも安心したんだろうな。

しかし、凭れたそれは力なく背中から滑るように動き、

ドサッと、砂の上に重たい何かを乱雑に置いたような音が響いた。


「ネイ……ト?」

眠ったのか、というのも考えたが、振り返ってすぐにそんな考えはさっさとゴミ箱に投げ捨てられた。

「ネイト!?」

やや荒い呼吸と、苦しそうに歪む表情。

病気に冒された人間のようなその様子に焦りと不安と心配な気持ちが積もっていく。

あたりを見回したが知り合いはいない。

異常を感じたらしい誰かのサポート人工知能が数人近づいてきたが、対処はわからないとしか言ってくれない。


誰かこいつを助けてくれ……、こんな苦しそうな表情を見ていたくない!

誰か、誰か誰か誰か誰か誰か! 誰でもいい! こいつを……。


「ま……すた……」

弱々しく俺の頬を撫でる綺麗な手に視線を落とすと、銀髪の美少女は薄く染まった頬を笑みで引き上げながらもう一方の手を虚空に向けた。


空間が裂けるように割れ、それが迫ると俺たちは裂け目の向こう側へと誘われた。

見覚えのある深い青の世界。

オフラインの俺の機体の中だ。

ネイトは相変わらず苦しそうに呼吸をして肩を上下させている。

「どうすれば……」


「私にお任せ下さい」

第三者がいるはずのないオフラインの空間に響く第三者の声。

そのあるはずのないそれを生み出した人物は俺たちからやや離れた位置に何の前触れもなく突然に現れた。


明るすぎない落ち着いた茶髪を肩の下あたりまで伸ばし、どこかで見たことがあるような学校の制服のブレザーとスカートに身を包む少女。

登場の仕方からしてまともな存在ではない。

しかし、異常を取り除けるのは通常から逸脱した異常な存在であると心が叫ぶ。


「ネイトを! ネイトを助けられるのか!?」

「無理に能力(チカラ)を使ったためにオーバーヒートしてしまっただけです。ひとまず安心を」


少女は俺たちに近づき、ネイトの頬にそっと触れる。

「さあ、目覚めて。あなたはあなたの()すべきことをなさい。愛しい我が娘……」

母性すら感じるそれだけの行為でネイトの荒かった呼吸が落ち着いたものに変わる。


「できれば1日……ゲームを控えてこの娘を休ませてあげてください。ユーザー様」

「……あ、ああ。ありがとう」


母のような彼女は現れた時のようにその姿を消し、残った俺たちを静寂が包み込んだ。



 ごめんなさい。

パートナーからその言葉を受け取って現実へと返された。

ログアウトした俺は遅めの夕食をさっさと済ませて、風呂に入る。

現実での体験は二次元のそれと感覚にはあまり変わらないように思えるが、心を落ち着かせて考えるならやはり現実の風呂が一番だろう。

さっきの少女や亡霊の正体。

ナイトやユノの同類なはずのユピテルという人工知能の行動の真意。


不思議なのは、亡霊の行動だ。

こちらの動きを完全に把握していたような動きと、あの高速で飛び回る短剣。

正体不明の最強といわれる彼に相応しいくらい圧倒的な力。

思い出しても身体中鳥肌な瞬間である。


しかし、それだけ圧倒的なものを持ちながら、ネイトに止められた直後の空白にあいつは動かなかった。

攻撃ができたはずのそのタイミングを、あいつはあえて逃したようにさえ思える。

なんのために?


考えてもわからないそれを心の適当なところに置いておいて、その日は何をするでもなく幕を閉じた。




 結局、今の俺に現状でできることはネイトとの特訓くらいだ。

そう考えた俺は翌日の放課後、もはや生活リズムの中心ではないかと思えるほどになっているVRSGのオフラインに飛び込んでいた。


浮遊感のあと、俺の前に現れたのは極楽そうに布団で眠るネイトの姿だった。

その眠るすぐ隣には「起こさないでね」とハートマーク付きで書かれた立て札が突き立てられている。


「幸せそうに寝るなぁ……」

実際にゲームをゆっくりプレイできるとは思っていなかったし、この世界にいられるだけでいいと思っていた。

だからこれでも別にいいのだが……。


「ん……ます、たぁ……」

眠りを漂っているせいか妙に艶っぽい言葉と吐息、そしてモゾモゾと動く寝返り。

相手が数字の塊だと言われても、健全な男子高校生ではなんともムズムズしたことになってしまうのは仕方ないだろう。


「……随分と残念な反応ですねー、健全なら布団に潜り込んでくるくらいはしないとー」

「お、お前起きてたのかよ!?」

ネイトは右目だけそっと開くと悪戯っぽくニヤッと笑う。


「オンラインに接続するのだけはもう少しだけ待ってくださいー」

布団の中から右手を出して力なくフラフラと振ってそう言うネイトに頷いて、その布団の隣に胡座をかく。


「なんか、ここ数日でとんでもないことに巻き込まれてるような気がするな」

実際にはほとんどゲームをしているだけ。現実でのリスクはせいぜい生活リズムが崩れたり勉学が疎かになるくらいだが、死んだりするような危険はない。

それでも現実のように感じられるリアリティのおかげで命のやり取りをしているような感覚を味わえる。


「ほとんど巻き込んでしまったようなものですからねー。如月さんや凛華さんも上からの命令で色々と大変みたいですしー」

「凛華さんは何のためにカンパニーに?」

「あの人は元々、テストプレイヤーとして契約をしているんですー。ゲーマーとしての腕は一流ですからぁー」


ネイトはニコニコしながら時折欠伸し、俺と会話しつつ、眠たげに目を閉じる。


ご主人様(ますたぁ)……」


そう言って俺の手を握るネイト。


いきなり輝いた謎の光がなければ彼女はそのまま再びの眠りに落ちていただろう。


虚空に穿った眩さはその中から1人の美少女をこの世界に招く。

現れたのは肩に届くような銀髪を持つ美少女。

ネイトよりやや背が高く、眠気の感じられない彼女は、俺とネイトからやや距離をとって片膝をつき、頭を下げた。


「ネイト様、管理者(マスター)がお会いしたいとのことです」


美少女の言葉にネイトは頷き、それが俺の二次元(この世界)での今後における大きな分岐点となることを、この時の俺はまだ知る由もなかった。

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