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11:花冠

 ようやく眩しさに慣れた目をしっかりと開けて、舞とトルカオは中庭の花壇の間を歩いていく。

 花壇の花はどれも瑞々しく、色鮮やかな花をつけていて、その様はキレイだと思うのと同時に、少し違和感を覚える光景だった。舞は、何だろう、と考えて、あっと気が付いた。

 季節感、というものが無いのだ。



「トルカオさん」

「うん、何?」

「あの、ここの花、全部キレイに咲いてますけど、もしかして魔法の力とか使ってるんですか?」



 そう聞くと、トルカオは少し不思議そうに「うん」と答える。



「不思議だった?」

「あ、はい、咲いてる花が、何だか、季節関係なく咲いてるみたいで、ちょっと不思議です」



 舞が答えると、トルカオは納得したようで「ああ」と言って笑う。



「花壇は全部それぞれに結界が張ってあって、いつでも花がキレイに咲くようになってるんだ」

「へえ……」

「あ、でも、冬だけは雪が積もるから、花は咲かないんだ」

「雪、どれぐらい積もるんですか?」

「うん、たくさん積もるんだ、そうだなあ……あの渡り廊下は、埋まっちゃうぐらい積もるよ」



 そう言ってトルカオが振り返るので、舞も振り返ってそこに見える渡り廊下を確認する。太い柱に支えられた屋根は遠目から見ても高いことが分かる。あれが埋まるというのか。すごい。



「わあ、すご……い」



 感嘆の声を漏らしながら視線を上へ移した舞は、そこで言葉が止まった。

 渡り廊下の屋根よりもずっと高くそびえるそれは、写真や映像でしか見たことの無いものだ。

 トルカオの部屋の調度品や廊下の雰囲気から、なんとなくそんな感じはしていた。それに、メイドが何人もいるというのはきっとそういうことなのかも、とも思っていた。しかし思いがけない形で突きつけられるように答えを得ると、とんでもなく衝撃的なのである。


 まるで迫ってくるような白壁を見上げて、マイはそれが城壁なのだと理解していた。

 つまりこの場所は、やっぱり、『城』なのだ。



「マイ?」



 高くそびえる城壁を呆然と見上げていた舞は、名前を呼ばれてはっと我に返った。隣を見ると、不思議そうな顔のトルカオ。その表情のままで「どうしたの?」と聞いてくる。



「あの、ちょっとびっくりして」

「びっくり?」

「やっぱりここって、お城だったんだと思って、驚いたんです。その、私の世界ではお城って、その中に住むものじゃないっていうか、全然身近な場所じゃなかったから、今そんな場所にいるんだって思うと……びっくりしたんです」



 そう答えると、トルカオはなぜだか眉尻を下げて少し悲しそうな顔をする。えっと思った舞がどうしたのか、と聞く前にその理由はトルカオの口から話された。



「慣れない場所は、居心地が悪い?」



 舞はトルカオの悲しい顔の理由を理解して、そして、安心させるように笑ってみせた。



「そんなことないです、お城ってことにはびっくりしましたけど、でも、トルカオさんが傍にいたら、どこだって居心地のいい場所です」



 あ、何か恥ずかしいことを言ったかもしれない。と舞が気が付いたのは、トルカオが嬉しそうに笑う顔が見えた瞬間だった。



「うん、僕も、マイが傍にいたらどこだって平気」



 おまけに追い打ちとばかりにそう言われてしまい、舞は恥ずかしさに体が熱くなるのが分かった。そうすると腕を絡めて密着したこの状況も急に恥ずかしくなるが、がっちりと絡んだそれを離すことなどできない。できることといえば、ただ恥ずかしさに耐えながら再び歩き出したトルカオについていくことだけなのだった。


 花壇の間を歩いていくと、やがて壁に出会った。

 右と左、どちらに行くのだろうと舞がトルカオの顔を見ると、トルカオはじっと目の前の壁を見つめている。不思議に思ったその時、トルカオが右手をすっと前に出すのが見えた。

 そうして人差し指で、壁に刻まれた一文字の溝をなぞっていく。

 すると、不思議なことが舞の目の前で起きた。



「わ……」



 思わず感嘆の声がもれる。

 トルカオがなぞった先から溝に光があふれると、それは光った傍から枝分かれしながら壁を這っていく。そうしてあっという間にツタのように壁を覆った光は、じわじわとその光を失ったと思うと本物のツタに姿を変えた。

 信じられないその光景に、舞は小さく息をのむ。しかしそれだけでは終わらない。

 光から姿を変えたツタはさわさわとその葉を揺らしはじめると、ゆっくり上の方へと移動していく。

 ツタが移動して現れたその場所に、壁は無かった。


 代わりに見えるのは、一面の白い絨毯。舞はその光景に見覚えがあった。

 決して日常的な風景ではない。言葉にするなら、それは、懐かしい光景だ。



「魔法使いしか入れない庭だよ」



 そう言ったトルカオに導かれて、舞はシロツメクサの咲き誇る庭へと進んでいくのだった。


 シロツメクサの絨毯を少し進んだところで、トルカオが立ち止まる。それから、絡んでいた腕がするりと離れていった。しかし離れた温もりはすぐに帰ってきた。

 手をぎゅっと握られ、下へと引っ張られる。地面へ座ったトルカオが手を引いて促したのだ。促されるまま舞も地面へ腰を下ろすと、シロツメクサが手の届く位置に迫った。深く呼吸をしなくてもシロツメクサの香りが存分に嗅覚を満たしていく。



「シロツメクサの匂いだ……」



 舞は懐かしい気持ちを、声に出した。それからトルカオの顔を見て、トルカオがにこりと笑うのを見ると笑い返す。



「私の世界では、河原とか道端にいっぱい生えてて、それで、小さい頃は冠とか作って遊びました、だからすごく懐かしくて……嬉しい、です」



 舞がそう伝えると、トルカオはほっとしたように「よかった」と言う。



「僕も小さい頃、ここで先生に教えてもらって、冠を作ったんだ」

「そうなんですか」

「うん、茎の長い花を選んで、たまに葉っぱも入れるとかわいくなるって、先生が言ってた」



 トルカオはそう答えつつ、手近なシロツメクサへと手を伸ばした。そうして二、三本の花を摘んで冠を編み始めたようだった。

 舞はそんなトルカオの様子を眺めながら、一つのことが気になっていた。


(先生……?)


 トルカオは今、その言葉を何度か言った。

 思い返してみれば、今までにもトルカオは舞の前でその言葉を口にしたことがある。幸いトルカオは冠を編むことに集中し始めたらしく、考える時間はたっぷりとあった。

 いつ聞いたのだったか……と考え、やがて舞は思い出した。


 あの夜だ。


 トルカオの心の内を聞いて、自分も心の内を打ち明けたあの夜。トルカオは寝言で『先生』とつぶやいていた。そしてその時舞は、先生って誰の事だろうと思ったのだ。

 先生は、トルカオに花冠の作り方を教えてくれた人。それは、どういう人なのだろう。寝言でつぶやくほど、トルカオの深いところにいる人なのだろうか。どういう人なんだろう。

 そういえばあの夜、トルカオは『使い魔を得たら何もかも変わるって、先生が言ってた』とかそういうことを言っていた気がする。先生はそういうことをトルカオに教えた人なのだろう。その名の通り『先生』なのだ。

 あれ、そういえば気にしてなかったけど、そもそも『使い魔』って何だろう。魔法に関係するのは確かなんだろうけど、使い魔は魔法にどう関係しているというのか。


(そもそもこの世界は、どういう世界なんだろう)


 それは、ここに来てから舞が初めて感じた疑問だった。しかしそれを深く考える間も無く、トルカオに呼ばれる。



「マイ」

「あ、はい」

「出来たよ」



 そう言ったトルカオの手元を見ると、完成したシロツメクサの花冠がある。ところどころにクローバーが編み込まれている。



「わあ、可愛いですね」

「よかった、それじゃあ頭に乗せてあげるね」

「えっ」



 そう言われ、羽のように軽いそれが己の頭に乗せられたと理解した瞬間、舞の目にはじわりと涙がにじんだ。トルカオが焦ったように名前を呼ぶ声が聞こえる。



「マイ?」

「あ、ごめんなさい、大丈夫です、その、誰かが作った花冠を貰ったのって、初めてだって思い出しちゃって、でも、たぶん、嬉しい涙だから、大丈夫です」



 目元を拭いつつ舞が慌てて言うと、トルカオはほっとしたように微笑んだ。



「……よかった、マイに初めて花冠をあげたのが、僕で、嬉しい」



 ああ、たぶんじゃなくて、やっぱり嬉しい涙だ。またじわりと涙がこみあげてくるのを感じて、舞はそう確信していた。

 それからまた涙を拭うと、舞は「じゃあ今度は私がトルカオさんに花冠を作りますね」と言って、足元に咲くシロツメクサに手を伸ばす。トルカオが「うん」と言うのが聞こえると、舞はまた嬉しくなった。










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