連幕
からりとした、いい天気の日だった。
空はどこまでも高く、雲は染み一つなく白い。
心地いい風の入ってくる部屋で、彼は満足げな溜息をついた。
書類にサインするのもひと段落したし、そろそろ切り上げようか、と思っていた頃に。
扉が叩かれた。
階下の、冷房の効いた部屋には、見知った相手がやや不安そうな表情で待っていた。
「やあ、エリック」
扉を開け、声をかけると、ほっとした顔になる。
「ああ、よかった。心配で来てみたんだけど、どうやら噂はデマだったようだね」
「どんな噂だい?」
小首を傾げて、尋ねる。エリックは、大袈裟に両手を広げた。
「とんでもない噂さ。君が、明日にでも故郷へ帰ってしまうっていうんだ」
「ああ、それは確かにデマだね。……帰るのは三日後だ」
さらりと訂正すると、相手は明らかに顔を引き攣らせた。
「そんな、だって、この家は何も変わってない……」
肩を竦め、ソファにかける。
「家財道具を一切合財持って帰る必要はない。向こうで買った方が楽だ。サイズも使い勝手も違うからね。郷に入れば郷に従えだよ」
大人びた口調で説明すると、呆然としていたエリックへ皮肉げな笑みを向ける。
「おめでとう。これで、教授のお気に入りの地位はまた君のものだ」
だが、次いで発した言葉に、相手は我に返った。
「そんなこと、どうだっていいんだよ! 新学期が始まったところで退学なんて、何を考えているんだ! 研究だって、これからもずっと君の力が必要で」
「ああ。どうだっていいんだよ」
薄く笑みを浮かべて、学友へと呟いた。
もっと、興味深いものが見つかったのだから。
はるか遠い、東の地で。