いただきます
*下心を隠さないけもみみ三十路×しっかり者だけど純情な女の子
*合言葉は「は、HANZAIだー!!」
*容赦なくセクハラや下ネタを混ぜてる
*当て馬可哀想
*つまりは何でも許せる人向け
それでもよければどうぞ。
「お嬢さん、貴方のご飯に惚れました。結婚を前提に結婚してください。いや、します」
恋へ落ちるには一口で充分だった。名前すら知らないなど些細な事。これから知っていけば良いだけなのだから。その程度で逃してなるものか。
彼女が振る舞って下さった料理を口にした瞬間、本能が叫んだ。彼女こそ長年求め続けていた理想のお嫁さんだと。ならば、する事はただ一つ。
箸を置く。お口に合いましたか?とニコニコ微笑む彼女の掌を両手で握りしめる。そして全力で求婚した。出会って三十分余りのことだった。
「じゅ、呪術師様……?」
「一口惚れです、心よりお慕いしております」
ごちそうさまが来ると思っていた彼女は予想の遙か斜めを行く言葉にぽかんとしていた。この胸の内が伝わるよう、続けざまにたたみかける。
ようやく理解したのだろう。だんだん彼女の顔が赤く染まっていく。あたふた困惑しながら未だ離されない手へ彼女は視線を向けていた。
離島の女性は貞淑だと聞いていたが手を繋ぐ事ですらこの反応とは。色恋沙汰に慣れてないのか、赤面し狼狽える彼女はなんとも愛らしい。
照れから言葉が上手く出せないのだろう。そうやって恥じらう彼女をじっくり舐め回すどころか食らい尽くす勢いで眺めていくうちに気付く。
外見もタイプどんぴしゃだ。肌の艶やかさからしてまだ十代か、どことなくあどけなさの残る顔立ちは素朴ながらも可愛らしい。
声にならぬ悲鳴、びくっと大きく彼女の肩が跳ねた。私が揉むようにして彼女の小さな手を何度も握り込んだからだろう。だが止めない。
少しかさついた手、おそらくこの荒れ方は水仕事。綺麗に手入れされ苦労知らずのそれより働き者のこちらの方が自分にとっては好ましい。
心奪われた手料理だが味だけでなく優しさも一級品だった。倒れるほど空腹だった為に温かく消化の良い品々を出してくれたのだから。
ご飯が美味しくて、若く可憐で、気立ても良い。ますます嫁にしたい。いや絶対にする。意気込みから自然と手に力が入った。
私の熱烈な眼差しが相当応えたのか。耳まで赤に染め上げた彼女は涙目である。あの……と、どもった後、混乱が溶けぬままの彼女が口を開く。
「お、おかわりいかがですか」
勿論めちゃくちゃおかわりした。
◇◇◇◇◇◇
自分は本島のある国で雇われていた呪術師でした。そんな私がこの離島まで旅に出たのには深いふかーい訳があります。
呪術師という生き物はキツイ、危険、嫌われ者。だが政には必要な人材であり、しかし才能が無いとできない。ただ大概すぐに辞める。
と、かなり面倒な職業だったりします。建前上扱う物が扱う物ですから恐れるのは仕方ないにしても待遇悪すぎるんですよ、本当。
だから呪術師の多くは私達、獣人が占めております。理由は簡単、祖母の時代まで本島の獣人は奴隷だった。その影響で未だ迫害傾向にある為。
一応建前上では自由選択の余地があるとうたっておりますが、結局普通の職業には就けないのですよ。私もそうでした。
自分は食べるの大好きですから、できれば料理人になりたかったんですけどね。いやはや差別とは悲しい物です。
まあ自分には合ってたんですけどね、呪術師。この捻くれた性格が功を奏したようです。元が付くとは言え、城では一番の使い手でしたよ。
そのおかげで面倒事引き寄せたのですが。こきつかわれるのは我慢できます。ただそれだけはどうしても許せなかったんです。
元雇い主から娘、ようはお姫様と結婚しろと。優秀な人材の確保と未来に向けて子を備えたいってとこでしょう。冗談じゃ無いと思いましたね。
自分を慕ってくれていたならまだしも野蛮な血を引く下等生物と毛嫌いしてくる相手ですよ。しかも男の噂が絶えないとんだ尻軽です。
何より傍仕えが居てくれなきゃロクに生活もできない典型的な甘やかされきった我儘姫なんぞ、どんなに美味しいご飯積まれてもごめんです。
そう叫びたいのをぐっと堪えて、本音を百枚ぐらい皮に包んで丁重にお断りしたんですね。じゃあなんて言われたと思います?
正解は『お前に選択肢など無い』です。おっしゃる通り! 城仕えをクビにされてしまった獣人なんぞ、もう雇ってくれる所とかありませんから。
恐ろしい脅しです。もうこうなってしまった以上、私に残された答えは一つしか残されてません。腹をくくるしか無いですよね。
「では本日をもって私ダンナは王宮呪術師を辞任させて頂きます。
今までありがとうございました。僭越ながら最後にささやかな贈り物を。尊き皆様方に呪いあれ!」
一息で呪いの発動まで終わらせる。我ながら良い仕事しました。目を丸くさせる周囲の方々、そんな意外だったとはいやはや。
こちとらたっぷり根に持ってましたよ。私も獣人です、好戦的なのはご愛敬。僅かな隙に普段から懐に忍ばせていた辞表を叩きつけ逃げ出しました。
場は騒然となったでしょうね。よりにもよってかつて国一を誇った輩に呪われるとは。その上、対策の首輪が効いてない事にやっと気付いたんですから。
ただ呪いと言えど死に至るような物はかけてませんよ。足止めする為のその場しのぎですからね。せいぜい毎日足の小指をぶつけるぐらいです。
もはやこの国には居られません。だからといって別の国へ移っても本島に居る限り、これからも理不尽な目に晒されていくのです。
そう思うとなんだか無性に腹が立ってきまして……自棄になってたんでしょうね。唐突に決めたのです、そうだ離島へ行こう!
離島は昔から人間と獣人が共存している土地、それに呪術師に対しても偏見は無いとか。私の事もおそらく受け入れてくれる事でしょう。
そもそも隠居できる年齢になったら何が何でも移住しよう大昔から考えていたのです。それがちょっと早まっただけ。
何よりご飯も口に合いましたし! 私にとっては死活問題なんです。あと、あちらの女性は貞淑で清楚と耳にしています。あわよくば理想のお嫁さんを!
そこまでわかっていて何故今まで向かわなかったのか。別に国に憎しみはあれど恩義なんぞありませんよ、三十年以上、散々いたぶってくれやがりましたし。
ただあっちへ渡るの凄くお金かかるんですよ。獣人となると足下見られますから余計に。でも幸い今までの給金で足りたので早々にすたこらさっさ。
どうにか無事に移住はできたのですが、その手続きで全財産使い果たしました。それで食いしん坊の私は彼女の店の前にて行き倒れたのでした。
「あの……良ければここで働きますか?」
「女神様!」
「え、ええっ?!」
彼女が落ち着いたのを見計らって今までの経緯を掻い摘み話した所、いたく同情されました。そしてこの申し出、叫ばずにはいられません。
無一文でお礼すらできない上、身元も怪しい私にここまで親切にしてくださるとは。本島だったら容赦なく駐在に突き出されてますよ。
彼女のおかげで食いっぱぐれずに済むと感極まっていた所に「兄の使っていた部屋が開いてるのでそちらにどうぞ」とまさかの一言。
衣食住GETだぜ!などと喜ぶよりも先、一つ屋根の下という展開に驚愕です。まあ当然断りませんけど! 据え膳は遠慮無く頂く主義なので。
「あ、自己紹介がまだでしたね。私は茜と申します」
「アカネさんですか。見目に違わず可憐な名前ですね。
自分はダンナと申します、どうかお嫁さんになってください」
「え、えっと……」
「いや貴方のような素敵な女性相手に稼ぎもない状態で求婚するなんて失礼でしたね。
申し訳ありません。落ち着いたらすぐ呪術師としての仕事も再開いたしますので」
「その……無理、しないでください、ね?」
「私の事を気遣ってくださるのですか、お優しいですね、好きです」
「ぁ、あう………あの、あ、明日から早速お仕事お願いしますので!
今日はまだ休んでてください、兄の部屋は二階の突き当たりです!」
仕入れ行ってきますと逃げ出す彼女。その頬は林檎のようになっていた。獣型に戻れば余裕に追いつくが、さすがにそれは酷というものか。
幼い時から謀略渦巻く世界で生きていた私にとって彼女は眩い存在である。ただどうも彼女はいささかお人好し過ぎる。
おかげで助かった身とはいえども少々心配だ。まあ逆に考えてみれば、むしろその位の方が釣り合い取れますね。性悪は私が補えば良いだけです。
運命とやらをこれでもかと感じながら、彼女に指し示された部屋へと向かう。こうして私とアカネさんの新生活が始まったのでした。
◇◇◇◇◇◇
「おうおう兄ちゃん、ここらじゃ見ねえ顔だな」
「最近こちらで働かせてもらう事になった、アカネさんの旦那です」
「えっ」
「っ、ダ、ダンナさん?!」
「旦那ってアカネちゃん……いつの間に」
「えっと、あの、ダンナさんはダンナさんなんだけど、旦那さんじゃなくて……!」
旦那さん。ああ何度聞いても良い響きである、悦に浸ってしまっても許されますよね。自分の名にこれほど感謝したのは初めての事です。
彼女の一言で進む勘違い。誤解を解こうにもドギマギしているアカネさんの言葉は支離滅裂。もう何が何だか分からなくなっているようだ。
まごつくアカネさんはどんな言葉を使っても表せぬ程可愛らしくいつまでも見ていたいが、充分堪能したのでそろそろ助け船を出そう。
「自分の名がダンナなんです、アカネさんに雇われてるダンナ。
なので生憎まだ正式にはアカネさんの夫では無いんですよ。
口説いてる途中です、近いうちに必ずお嫁さんにします、絶対にします」
「お、おう」
滾る熱意を語れば、お客さんは気圧されたようだった。白無垢のアカネさんはきっとお美しいでしょうね、と彼女を見ながら伝えるのも忘れない。
ウェディングドレスも似合うでしょうが、こっちの主流に合わせるべきでしょう。それにしても照れるアカネさんは本当に可愛い。
なんでこんなにも可愛らしい方が毒手にかかっていなかったのか、果てしなく疑問です。今まさに食おうとしている私が言うなと言われそうですが。
そういえば離島では本心を慎むのが美徳なんでしたっけ。男女問わず奥手だからこんなにも清らかでいらっしゃると。自分は全力で押しますけど。
アカネさんは流行病で両親と兄を失って以来、一人でこの食堂を切り盛りしているらしい。つまり十才の時から店主を務めていたと。
通りでしっかりしてらっしゃるわけだ。彼女曰く、先祖代々続けてきた食堂を絶えさせたくなかったらしい。ご先祖思いの所も素敵です。
どちらかと言えば、この付近は田舎に当たる。だから店に来るのは昔からの常連が多いのだとか。先程絡んでいた方もその一人だ。
アカネさんと同じく人間だが私に向ける目に嫌悪は無い。飲食店に獣云々と言いがかりも付けられない。本当、今まででは考えられませんね。
「狐の兄ちゃん、その髪色からして本島の奴だよな。旅行中か?」
「いえ移住ですね。今までは中央国で呪術師をしておりました。
現在は休業中ですが、落ち着いたらお店手伝いつつ再開しますので」
「王国で雇われてた呪術師様か。そりゃありがてえな。
こんな田舎じゃよっぽどの有事じゃねーと派遣されねえし」
そういえば離島は数年前に病が大流行したものの、私達が遠征した時にはギリギリの状態でしたね。呪術師が少ないのはこちらも同じか。
需要がある事に安心する。それにしても感謝されたのはあの時以来か。本島の人間は当然というか、むしろ治させてやってるみたいな所ありますし。
認識の違いでこうも変わるものか。本島の人間達を思い出してげんなりする。ここの人たちが呪術師に理解があって本当に助かった。
呪術師とは太古から、言うならば人を呪う術ができる前から存在している職業です。始まりの生業は呪う為ではなく払う事。
大昔、呪いは病を指す言葉だった。つまり呪術師とは今で言う医者だ。だが人を呪う術が確立されてから、だんだん意味が変わってしまった。
人を呪うのはそれ相応の憎悪さえあれば誰でもできます。でも払う術は確立されておらず、呪術師が率先して研究してたんですがそれが仇となりました。
いつしか呪術師こそが人を呪う存在だと認識されていたのです。呪術師とは医術と薬学と解呪を極めた者の称号であって、呪う方はオマケですのに。
まあ稀に『本島の人間共死滅しろ!』と常日頃から思ってるような恨み深い輩は呪う方も得意だったりしますけど、私みたいに。
獣人ってだけで手酷い扱いを受けるのに、憎しみ抱かされながら、こんなブラック職を数十年も続けさせられたんです。そりゃ根性歪むでしょう。
「……あれ、そういえばアカネさん」
「どうしましたか?」
「初めてお目にかかった際、なんで私が呪術師ってわかったんですか?」
「えっ」
「一応隠蔽したつもりなんですが」
船に乗る前から呪術師の証たるローブは着ていなかった。理由は先述の通り。だがよくよく思い出せば彼女は私が語るよりも先に知っていた。
荷物を探られても無いですし。食べ方に呪術師特有の癖でもあったんですかね。いやでも遠征時にこちらの食事作法はマスターしたはず。
単純な疑問だが気付いてしまうと興味が引き立てられる。それに彼女は大変言いにくそう、何か恥ずかしい理由なんですかと怖くなっていた所。
「お香の匂いが、」
「ああ! あれですか。確かに特徴的な匂いですね」
「……はい」
納得する。呪術師をしていた時は毎日浴びていた香りだ。もはや体に染みついてしまっているのだろう。船に分かる人間がいなかったのは幸いか。
にしても迂闊だった。飲食業に強い匂いは厳禁だというのに。獣の分、鼻は利くはずだが体臭まではわからないか。なんにせよ気をつけよう。
狐の兄ちゃん、と会話の切れ間にお客さんからの注文が入った。離れた机まで伝票片手に向かう。その日はいつも通り平和に過ぎていった。
◇◇◇◇◇◇
「てめえ誰だよ」
明確な敵意。久しぶりですね、この感覚などと呑気に考える。刺々しい声で如何にも喧嘩腰で接してきた少年だが自分も面識が無い。
こっちに渡ってからは誰かを敵に回すような真似はしてないはずなんですけど。短気なのか、答えない私に彼は随分苛立ってる。
アカネさんの店で働かせてもらい始めて数日、ようやく今の生活にも慣れてきた。そろそろ馴染みのお客様にも顔を覚えてもらえたはず。
今は閉店時間を迎え、私は店内の掃除を、アカネさんは洗い物を。ただ開閉札を裏返し忘れたのか、突如やってきたお客様を迎えた途端コレである。
「ダンナです」
「旦那って誰の」
「アカネさんですが」
「はあっ?! てめえ何ふざけた事……」
「伊佐治!」
いつもの決まり文句だが胸ぐらを掴まれたのは初めてだ。身長差から彼は上目遣い、眼付けられてる訳ですが野郎からされても嬉しくないです。
ひとまず落ち着かせるのが一番だ。やっと呪術師の仕事を再開できたので、ちょうど手元に気絶……大人しくさせる薬もありますし。
投げ飛ばす事もできますけど危険ですからね、獣人って手加減が苦手でして。なので懐から薬品を取り出しそうとした瞬間、響く怒り声。
その叱咤じみた名呼びにお互い声の方向へ振り向く。そこに居たのは柳眉を逆立てたアカネさんだった。彼女の方からこちらへ近づいてくる。
「何やってるの、伊佐治」
「この狐のおっさん誰だよ」
「失礼な事言わないで! この方は店を手伝ってくれてるダンナさん。
わかったらダンナさんから手を離して」
「……そーかよ。ったく紛らわしい名前しやがって」
舌打ちと共に手が離される。この方、一回はったおしていいですかね? っと、つい危ない思考が。残念ながら自分も血の気多いんですよね。
そんな事より彼の素性が気になる。見たところ裕福な身なりをしているが問題はそこではない。アカネさんの態度が気になるのだ。
アカネさんは殆どの人は名字呼びだ、私は姓が無いから名前を使われているけれども。なのに彼は呼び捨てである。旧知の仲なのか。
それにこんな素気ない彼女を見たのも初めてで。気心知れてる間なんですかね。見苦しいと言われようとも嫉妬してますよ、はい。
「……何度来ても店は売らないよ」
「意地張るのもいいかげんにしろよ、茜。
ちゃんとした店に紹介状も書く。昔馴染みのよしみだ、相場よりも高く買ってやる。
たいした儲けも出ねえ小料理屋続けるよりよっぽど良いだろうが」
「私はお金が欲しいわけじゃない、お父さん達が残してくれたこの店を失いたくないの!」
私を置いて二人の言い争いは激化していく。私、完全に忘れられてますねえ。ただ妬ましく思うような間柄じゃないとわかっただけ満足だ。
断片的に分かった事から推測するに、おそらくイサジさんとやらはここ一帯の有力者なんでしょうね。店紹介とか土地買い取りの発言からして。
それはどうでもいいんでさておき、彼はアカネさんが店を切り盛りしてる事をよく思ってない。ただの嫌がらせの線は低いでしょう。
おそらく大事な幼馴染みが心配なんじゃないですかね? 私に攻撃的だったのもそのせいかと。アカネさんには伝わってませんけど。
だからといって教えてやる気はありません。一生誤解されていればいい。私は嫌いな人に優しくなんてできませんので。
彼の捻くれた気遣いに激昂するアカネさん。釣られるようにしてイサジさんも声が高くなっていく。さてどうやって間に入ったものか。
「だいたいお前、一緒に店継ぐ奴じゃなきゃ結婚しないとか言ってるけどな、選り好みできる立場か!
そんな男いるわけねーだろ! このままじゃお前嫁き遅れに」
「私が娶りますのでご心配なく」
「……は? こんな寂れた店貰ってお前に何の得が」
「愛するお方の願いを叶えたいと思うのは普通じゃないですかねえ」
「あ、愛って……お前、まさかこいつに惚れてたりするわけ?
こんな女のクセして髪短くて食い意地張ってて料理しか取り柄の無いような平凡な女のどこが」
聞き捨てならぬ発言からつい口出しをすれば、標的が私に変えられた。ふむ、なかなか単細胞な方ですね。その方がやり込めやすくて良いですけど。
そういえば離島の女性は長い髪の方が多いですね。そういう土地柄なんでしょう。だとしても飲食業で長い髪は御法度ですしねえ。
食に興味があるのは私としては好都合だ。一緒に料理を楽しめるし、外食をするにしても店選びのしがいがありますし。
かなり酷い言われようだというのにアカネさんは反応を示さない。聞き流しているのか、それとも真実だと思い込んでいるのか。
どっちにしても私としては許せませんね。無抵抗の女性にあるまじき対応、それ以上に好きな方を罵倒されて黙っているなど男が廃る。
アカネさんがいかに素晴らしい女性か、まだ短い付き合いですが私はわかっていますとも。ぜひご本人にも知っていただくとしましょうか。
「アカネさんは大変魅力的ですよ。まず料理上手な所でしょう。清楚な外見に男心は鷲づかみされてますよ。艶やかな緑の黒髪に可憐な菫思わす瞳の美しさは語るまでも無く、白雪の肌ながら頬は薔薇色でふっくらとしていて愛らしい。色付く蕾のような唇にはつい引き寄せられます。やわらかな声はいつまでも聞いていたい。あとアカネさんのご飯、本当に美味しいです! 小柄で可愛らしくも安産型体型かつ健康なのも良いですよね。楽しそうに食事する所も凄く好みです。もちろん見目だけじゃなく性格もよろしいです。しっかり者で気立てが良いのが素敵ですね。現状に甘えず毎日遅くまで店の改良に努力する姿には尊敬を抱いております。そして私のような輩にすら気配りを惜しまぬ優しさ。丁寧な物腰に控えめでありつつ、芯の強さを持ち合わせるのも素晴らしい。どんな時も絶やさぬ笑顔は見ているだけで幸せな気持ちになります。なにより家事を完璧にこなせて料理も得意と何とも家庭的でいらっしゃる。それに……」
「やっ、やめろおおおお!! 聞いてるこっちが恥ずかしい! 茜なんか茹で蛸みたいになってんじゃねーか!」
「そういう初々しい所もときめきます」
「もういいっつってんだろ!!」
まだまだ話し足りないのですが、そもそも聞いてきたのはそちらだと言うのに。機嫌は傾くがあまり騒がせるのも何なので言われた通り口を閉じた。
イサジさんはまた眉間に皺を寄せているが、そんな事よりもアカネさんに目を向ける。一瞬視線が合った、でもすぐに俯かれてしまう。
正直その反応たまりません。なんでアカネさんはこんなにも愛らしいんですかね。食べてしまいたいぐらいです、性的な意味で。性的な意味で!
「こ、こんな年の離れた女に夢中になるとか恥ずかしくねえのかよ。その上公言するとかみっともねえ」
「恋に年齢など関係ありませんよ。それに想いは出さねば伝わらぬものです」
こちらの美徳に私は合わせられない。もう意地を張れる程、若くないので。言わず後悔する位ならば後ろ指をさされても伝えてしまうと決めている。
ごちゃごちゃ反論してくるようなら心折れるまで論破するつもりだった。けれどイサジさんは黙り込んで嫌な目を向けるだけ。
いっそ殴りかかってくれれば話は早いんですけどねえ。短気なようで弁えてるらしい。どう対処すべきか悩めば、彼が見せつけるように溜息を吐いた。
いちいち人を腹立たせるのが上手い方ですね。まだ我慢できる範囲なので買いませんけど。一向に挑発に乗らない私へ腰抜けと小さく彼はぼやく。
「……てめえと話してると疲れた、帰る」
「それは申し訳ありません。どうぞ月の無い夜にお気を付けて」
愛想笑いを浮かべて心にも無い謝罪と気遣いを捧ぐ。彼が見えなくなった後、塩を撒こうと決心した私をアカネさんが引き留めた。
私の服を控えめに掴んだアカネさん。ただそれは咄嗟の行動だったらしい。どんな言葉を紡ぐべきか迷っているようだ。
それに私は催促するはずもなく、ただ黙って彼女を待つ。戸惑う姿の愛らしさに自然と微笑みを零せば、手を離した彼女が私に頭を下げた。
「申し訳ありません、伊佐治が失礼な真似を」
「大丈夫ですよ、気にしておりませんので」
「でも……」
そりゃ若干苛立たしさもありましたけど、あんなの本島の連中の嫌味に比べれば可愛いものだ。それにいずれ何倍かにして返すので問題ない。
私だけならまだしもアカネさんに毒突いたんです、必ず泣かす。そんな性の悪い事を考えていると悟られぬよう、いっそう笑みに力が入る。
しばし彼女は困り顔だったがその表情に安心したらしい。アカネさんが相好を崩した。私は口角を更に上げ、さりげなくアカネさんの頬へ掌を当てた。
「あ、あの……ダンナさん……?」
「先程の話ですが私は大歓迎ですよ」
「へ?」
「婿入りでも全く構いませんので。考えておいてくださいね」
彼女の顔は今にも火が出そうになっている、湯気の幻覚は既に見えていた。こんなにも赤々とされるならば口説きがいもあるというものだ。
最初は逃げられていた事から考えて随分進歩したのでは無いだろうか。ここで焦ってはまた逆戻りだろうから、アプローチは気持ち控えめにしておく。
添えていた掌を外して掃除に戻ると彼女に声をかける。驚きからか、口をぱくぱくと動かす彼女。返事は無いがその反応で私は満足したのだった。