はじまり
凍てついた風が、私をすり抜けてゆく。
気だるげに目を伏せると、アイシャドーの重さを感じた。
頭の中で流れる音楽は、とめどなく。
スラップベースに合わせて、私はハイヒールでリズムを刻む。
―― 今夜は、月が大きい。
夜闇にぽっかりと、まあるく。
一三〇階建てのビルの屋上に立つ私を、虹色に照らし出す。
ひとつに結い上げた髪は風にたなびき。
小ぶりな宝石のピアスは、耳たぶで控えめに輝く。
== 聞こえてる?
ピアスを通して、女性の声が流れ込んできた。
「ええ、聞こえるわ……」
口紅で重くなった唇でつぶやく。
== もうすぐアンドリューがそっちに着くから
「そう……」
== …あとは、……よろしくね
女性の声が少し低くなった。
私の身を案じてくれているのだ。
私はニヒルに微笑む。
「ありがと」
私の命など、いくらでも代わりがきくというのに。
私を取巻く風の音が、変わった。
ゆっくりと首だけ振り向くと、そこにはしかめっ面の男性。
「オイオイ、もう少し歓迎してくれてもいいんじゃないの」
私は形だけ微笑んだ。
「ん……わざわざ、ありがと」
男はやれやれと言うように目を回すと、
「それで、いつ始める?」
「……」
私は視線を前方に戻した。
「おい?」
「あなたは、ここにいて」
「何だって?」
不機嫌そうな男の声は、虚空に響いただけ。
少女の姿は、跡形もなく、消えていた ―――
頭の中で流れる音楽。
スラップベースに合わせて、私はリズムを刻む。
シンコペーションに合わせて、引き金を引く。
硝煙の中を、私は縦横無尽に動き回る。
私以外に、動くモノがなくなるまで………
ザシッ、と砂まみれの地面をハイヒールでこする。
体中のかすり傷が、じくじくと痛む。
上がったままの鼓動の音が、私をさらにハイにする。
けれど。
後ろから声をかけられた……と思った時には。
私の目の前は、真っ暗になっていた。




