協力者登場です
「なるほどねぇ」
水霧は僕が手渡したトランプをしげしげと眺めながらそう呟いた。
「何がなるほどねぇなんだ?」
水霧は僕の質問はまったく無視。完全に無視。まったく僕の言葉を聴いていない。聞く気など皆無。
ふう。
これほどまで僕が並び立てる様に、すばらしい無視ッぷりを遺憾なく発揮していた。
僕は仕方なく、水霧が入れてくれたコーヒーを一口飲んだ。うん。うまい。そういや豆とか如何してるんだろう? 誰か差し入れでもしてるのか? いや、そもそもこいつは飯とかを食う生き物なんだろうか?
うーん。
「ねえ、銀色君?」
「えっ? なんだ?」
僕は水霧の呼びかけに顔を上げる。
ああそうだ。ちなみに銀色って言うのは僕の名前だ。。コレが僕のフルネーム。人に言うと一言目に
「へー珍しい」って大体言われる。そしてそこから二通りに分かれる。
すぐに覚えてくれる奴と、すぐに忘れる奴。何回も言うのは面倒なので前者の方が何となく好感が持てる。
ちなみに僕の目の前に居る、魔女は前者だった。
名乗る前からなんとなく、そんな気はしていた。理由は無い。、あくまでも何となく。
「ありがとうね。コレは有り難く頂いておくわね」
水霧はそう言って、口を尖らせる。そして口笛の甲高い音が理科室に響いた。
ちゃちゃちゃと、小気味いいリズムで聞こえる爪の音。思わず体を強張らせる。聞き覚えある音でして。はい。
やはりと言うか。水霧の背後から顔を覗かせたのは小さい黒い犬。柴犬くらいの大きさだろう。すんすんと鼻を鳴らしながら艶のある黒い体を、水霧の体へとこすり付けている。
何だかその様子を見ていて、緊張していたのがアホらしくなる。うーむ。こうしてみるととても可愛らしい犬じゃないか。とてもあの時僕を襲ってきた犬と同種だとは思えない。いや本当。
水霧は体をこすり付けてくる犬の頭を愛おしそうに撫でてから、輪ゴムで止めただけのトランプを犬の口にくわえさせた。
犬もおとなしくトランプを口にくわえると、またリズミカルな足音を鳴らしながら何処かへ消えていった。ばいばい。犬。
僕は犬を見送った後、笑顔の魔女へと視線を戻す。
「じゃあ、コレで僕の仕事は終わった訳だ」
僕はちょっと鼻高々に言ってやった。
水霧もそんな僕を賞賛するように、素敵な笑顔をその顔に浮かべた。
「いいえ。まだ終わってないわよ」
「いいよいいよ。そんな褒めるなって……」
僕はそう言って水霧の顔を見つめた。
水霧は笑顔のままで何も言わない。そしてじーっと僕の顔を見つめている。
……。
うん。言葉の意味は分かってたよ。
目は口ほどに物を言うって本当だね。
僕はため息をついてがっくりと肩を落とした。面倒だなあ。
「なあ、水霧」
「なあに?」
「僕がお前にやったあのトランプは何なんだ? 結局さ」
「あれ? あれはそうねぇなんて言ったらいいのかしら?」
水霧はうーんとちょっと間を置いてから話し出した。
「子供……」
「子供?」
「うんそうね。子供って言うのがしっくり来るのかしら?」
「いや、知らねえよ」
「ふふっ。あれは私が言った赤いトランプってあるでしょう?」
「ああ」
「それを使った勝負に負けたもの。すなわち敗者に植え付けられた赤いトランプのカケラ。植えつけられた者の生気を吸い取って成長するの。そして、吸い取った養分の一部を親、すなわち赤いトランプへと送る役目も担っているの。まあ、そういう意味では貴方が持ってきたあのトランプは当たらずも遠からずってところかしらね」
「なんだよ。それでも違う事には変わらないだろ?」
「そうなるわね」
「何だよ。じゃあ、結局振り出しか、いやまあ琴坂の結果待ちって事になるのかな」
僕が呟いた言葉に、水霧はえらく食いついてきた。
目を輝かせ僕に詰め寄ってくる。ええ何々? ちょ、そんなにキラキラした乙女成分の濃い視線で俺を見ないでっ。鼻息が結構当たってるから。うわっえ。近い。近いから。
「えっ、ちょっと銀色君。何誰なの琴坂って彼女? ねえどうなの?」
「違うよ、琴坂はただの後輩だ」
「えっ、でも女の子なんでしょう?」
なんでそれが分かる。
「気になるとかそう言うのは無いの?」
「いや、無いな」
水霧は頬をぷくっと膨らまして、心底つまらなそうな顔をした。
そして、浮かせていた腰を椅子に預ける。いやそんな顔されても困るんだけど。
僕にどうしろと?
「本当につまらないわね。銀色君はそういうこと無いの? 好きな人とか」
「好きな人ねえ。いや無いな」
「何よ。はあ。本当にあなた高校生? もっと青春らしいことしたらどうなの?」
散々な言われようだ。
そりゃ僕だって何かそういう可愛い子となんかいちゃいちゃしたりしてーよ。
でもなあ、相手が、あっいや待てよ。
琴坂がやたらくっ付いてきたりするのはいちゃいちゃって言うのか?
そうだな、客観的に見るといちゃついている様に見えなくも無いか。と言う事はですよ。僕はもういちゃいちゃしていると言う事になって、そうすると自動的に僕は琴坂と付き合っているように見えるのか?
もしかしたら。いやいや、まてまてそうしたら……。
「どうしたの? 難しい顔してるけど」
「えっ、あ。は、はははは。何でも無い」
水霧は訝しげな顔をしながらも引き下がった。
「そう?」
「そういうお前はどうなんだよ?」
「私? そうねぇ昔はそう言う事もしていたけど、この生活になってからは一切無いわね」
「ああそう」
だろうね。僕ぐらいだろうしこんな所来るのは。
「どう? 銀色君の期待には応えられたかしら?」
「結構です」
「ふふふ、それどういう意味よ?」
「さあねぇ」
「それはそうと、これからどうするの? さっき話しに出た琴坂さんに会いに行くの?」
「いや、今日は帰るよ。何かあったら連絡くれって言っておいたし」
「そう。でもそれなら帰れないわね」
「なんでだよ?」
「九割の確立で連絡あるわよ」
「そうなのか?」
「ええ」
「何時?」
「そうね、掃除の時間が終わった頃」
掃除の時間が三時四十分までだから、それぐらいの時間って事か。しかしなんでそんな事が分かるんだよこの女は。
ああそうか。いやそうだった。こいつ魔女なんだっけ。占いでしょうかね。水晶玉とか使って。ね。
「ん? どうかした? 私の顔になんか付いてる? ってこれありきたり過ぎるかしら? やだ、ヒゲの剃り残し?」
「ええっお前男?」
「違うわよ。ちょっと本気にしないでよ」
そう眉根を寄せながらいってきた。本気な訳ないんだからさ。
「あいあい。分かってるよ。それぐらい。お前は可愛い可愛い女の子です」
「あら。嬉しい。あなたはどこにでもいるような、頭がちょっとだけおかしい男の子ね」
「褒めようよ」
ちょっと本当に凹みそうになった。ああ、気のせいか。僕の心に傷なんて一個も無い。
「あらごめんなさい」
「まったく」
しっかしなあ。こうして見るとどこにでも居るような普通の女の子にしか見えない。そんな子が。ねえ。なんでこいつは、理科室に住むようになったんだろう?
親も友達も捨てたんだろう。
極普通の生活も捨てたんだろう。
ほかにも色々捨てたに違いない。
そこまでしてなんでこいつはこんなところにいるんだろう。
「本当にどうしたのよ? 本当に私の顔になんか付いてるの?」
「なあ、水霧」
「なあに?」
「お前なんでこんなところに住んでるんだ?」
水霧は驚きの表情を浮かべた直後、顔に妖艶な笑顔を浮かべた。
「銀色君。知りたい?」
「ああ」
「どうして?」
「だって、お前どう見ても普通の女の子だろ?」
「普通? 私が?」
「ああ」
「ふふっ。面白いことを言うのね。そんな事を私に言ったのは貴方が始めてよ」
「そう」
「うんそう。それで、私がこんな生活になった理由だっけ?」
「ああ」
「どうしても知りたいのよね?」
「まあね」
「本当に?」
「本当に」
水霧は笑顔のまましばらく無言で僕のことを見つめていた。
「……貴方の命と引き換えだって言っても?」
「うっ、それは困る」
死ぬのは嫌ですよ。死んだら今までの苦労が水の泡にっ。
「ふふふ。冗談よ」
「何だよ。お前のその手の話は冗談に聞こえないから止めてくれよ」
本当に。本当にやめて欲しい。冗談が本当っぽすぎる。
「ごめんごめん」
「その感じだとどうせ教えてくれないんだろ?」
「うんそう。秘密秘密。乙女は秘密で美しくなるのよ」
水霧は指を唇に当ててそういった。
「まあ、いいよ。言いたくない事を無理に聞く趣味も無いしな」
なんか事情が色々あるんだろ。きっと。そしてそれ以上に問い詰めるのが面倒くさい。
「そうだ、ちょっと前の話は戻るけどさ、トランプの子供って言ったっけ? あれって親が居なくなると子供も消えるのか?」
「そうね、さっき見た限りだと、そうかもしれないわ。さっきも言ったでしょう? 子供は自分が成長する為以外に、親に養分も送ってるって。それはすなわち、繋がっているって事。人間だって、栄養を吸収する器官とと繋がっているでしょ? それと同じね。頭が破壊されたらその器官も死滅するのは自明の理よね」
「でも、植物の根っこは死なねえよな。花が死んでも」
「もう。揚げ足取らないでよ」
むすっとした顔で水霧は言った。僕はははっと軽く笑ってやった。
「ごめん。じゃ、僕はそろそろ行くわ」
「そう? じゃあちゃんと今度は赤いトランプ持ってきてね。楽しみにしてるから」
水霧はそう言って笑顔で手を振った。
ぶううう。
ぶううう。
水霧が言った通りに、掃除の時間終了後の三時五十分に僕の携帯電話が震えだした。
携帯電話の液晶画面には琴坂由枝の文字。
ああ、やっぱりあいつ魔女だわ。きっと僕の死に方とか知ってるだろ。
そう思いつつ通話ボタンを押した。
「せんぱーい?」
「うごっ?」
耳がきーんとする。音圧兵器が僕の鼓膜を激しく揺さぶってる。メーデーメーデー。現在敵襲を受け取ります。お助けを。取り合えず受話器から耳を離したまえ。アイサーボース。と言う訳で耳から危険な物体を引き離す。
とんでもない音量で、琴坂が喋っている。離してるのに良く聞こえるんだけど。
僕は耳に指を突っ込んだまま携帯電話に話しかける。
「いや、ちょっと五月蝿い。もっと音量下げろ。お前は僕の鼓膜を破る為に電話を掛けてきたのか?」
「いや、そんなこと無いです。ごめんなさい。許してください。そうだ、先輩が良かったら私のファーストキスあげちゃいますよ」
「いらん」
僕は即答した。
「あーん。先輩冷たい。でもその冷たさがあたしの燃え盛るあっついハートには丁度良いんですよね。うーんナイス適温」
「そうか。それはよかった」
「はうっー。……気持ちぃ」
最後の言葉は無視。
「で、何の用事だ? 琴坂」
まあ用件はわかっているのだけれども。
「はい。例の赤いトランプについては分からなかったんですけど、死んだ三人のうち二人に共通して関わった人間が居たんです」
共通して関わった人物。
そいつが、親。すなわち赤いトランプを持ってんのか? って言うかもう面倒だから持っててくれ。お願いします。
「で、誰なんだ? そいつは」
「それは後で。ほかにも報告したい事があるので、実際に会って話しましょう」
「分かった」
「じゃあ、五時に超研の部室でお会いしましょう」
「ああじゃあまた」
「はいっ」
元気にそう言った声が聞こえて電話が切れた。うーん。顔をしかめてしまうよ。
つーつーと言う音が鳴っているはずだが、キーンと言う音が五月蝿くてよく聞こえない。やっぱり琴坂は僕の鼓膜を破壊する気なのだろうか。実は嫌われてんのかな。そう考えたらちょっと悲しくなった。ああ、僕の心って結構脆いのかな。
そんな事を考えつつも、パタンと携帯電話を閉じてポケットに仕舞い込んだ。
さて、部室か。その前に教室から鞄とってこないとな。
「なんだまだ来てないのか……」
部室のドアは鍵が閉まっているらしく、ノブを廻してもガチャガチャという音を鳴らし僕の侵入を拒んでいる。僕は鞄から鍵を取り出し部室のドアを開て中へと入る。
スチール製の本棚が壁に右にあり、そこには「月刊ポンペイ」というマイナーな雑誌が多数収録されており、また、超常現象といわれるもの、霊現象、ユーフォーとか宇宙人。それに超能力とかに関する雑誌や資料も綺麗にジャンル分けされて並んでいる。
また、その本棚の向かいのパソコンにも多数そういった資料がインプットされている。
しかし、いつも人がいねえなぁ。本当に活動しているんだろうか?
僕はきょろきょろと部室を見てからパイプ椅子に腰掛けた。そして、机の上に一冊だけ出ていた雑誌を手に取る。この部室には珍しい漫画雑誌だ。
そのページをぺらぺらと捲りながら時間を潰す。うん。まあ楽しい。一回見た内容だが、それでもそれなりに楽しめるのが漫画のいいところだと思う。
そうして待つこと十分。
「すみませーん。遅くなっちゃいましたぁ」
琴坂だ。
ドアをとんでもなく大きな音を立てて開けた。乱暴だ。ドアに謝れ。
開けた本人は、はあはあと荒い息。だいぶ無理して走ってきたらしい。お疲れ様。そしてドアに謝れ。
「お疲れ」
「いえ。せんぱ、いのふう、為ならばぁ……はあ、ふう例え火の中ぁ、水の中ぁ」
腰に右手をあて、胸に左手。そして視線は天井へ。しばらく息を吸ったり吐いたりして、息を整えた。
整えてから喋れば良かったのに。何故無理して喋っているんだろうか。
「ふう。やっと収まった」
「で、琴坂もう五時を五分ほど過ぎているんだが」
「うー。ごめんなさい」
「別にいいよ。遅れると思ってたし」
「酷いですよー。もっと私のことを信用してくださいー」
「信用して欲しいなら態度で示して欲しいな」
「分かりました。先輩に相応しい女になれるように、今度からは頑張ります。花嫁修業も先輩のためなら頑張れる気がします。サンドバック買って来なくちゃ」
そう言って、きつく拳を握る琴坂。うん。頑張ってもらいたい。
何を頑張るのかは僕の想像力ではちょっとねぇ。分からないよ。
「で、何が分かったんだ? 詳しく聞かせてくれよ」
「はい。で、その前に紹介したい人がいるんですよ」
「ん? 誰」
琴坂は横を向いて手招きをしている。誰かを呼んでいるみたいだ。誰だろうね。可愛いと良いよね。女の子でさ。
「さ、入って入って」
「うん。お邪魔するね」
僕は言葉を失う。多分口を馬鹿みたいに開けて金魚のまねをしていたかも知れない。あやあやこれはこれは。
そう言って入って来たのはおとなしそうな風貌の女の子だった。なんていうか、恋愛シミュレーションのヒロイン的な印象を受ける清楚な美人という感じ。あまりの事態に驚いちゃったよ。落ち着いて落ち着いて。大きく深呼吸をしてみるよ。
制服からすると同じ学校の生徒らしい。
「あー、先輩見とれてるんですかー?」
琴坂はなにやらそう言って、僕のことをぽかぽかと殴りつけた。結構痛いぞ。コレは。
「痛いって。止めろよ」
「先輩の浮気者―」
「いや、止めろって。それより誰だよ?」
琴坂はやっとの事で手を止めてくれた。
「はっ、そういえば……すみません取り乱してしまいました。そうでした。この人はさんと言って、二年D組の人なんですよ」
「はじめまして」
そう言って久遠さんはペコリと頭を下げた。
僕もそれに返すように頭を下げた。
「で、この人がどうしたの?」
「はい。私が死んだ人たちの事を調べている途中で、知り合ったんですけど、死んだ内二人のお友達らしくて、私も協力させてくれないかって。ね」
琴坂はそう言って久遠へと視線を向けた。久遠は小さく頷いて、僕の方へと顔を向けた。
「はい。私はとが死んだのが信じられなくて。あんなに元気だったのに……絶対おかしいってそう思っていたんです。そうしたら丁度、琴坂さんが私のクラスで死んだ原因を探ってるって言ってたから、私も加えてくれってお願いしたんです」
「そうなんだ。ふうん」
ま、そんな事どうでも良いんだけどね。
「はい。どうしても真相が知りたいんです」
「で、久遠さんだっけ?」
「はい」
「死んだ二人とはどういう関係だったんですか?」
「二人とは……理緒と芳香とは親友だったんです」
「なるほど」
要するに親友の不可解な死に納得いかないから、真相が知りたいって事か。そうですか。
「それより中に入ったら? 立ち話もって言うのもなんだし」
「そうさせていただくね」
久遠はそう言って頷いて部室へと入ってくる。琴坂も一緒に。
そうして、僕と向き合うような形で二人は座った。
「で、結局何がわかったんだ?」
「あっ。はい。ちょっと待ってくださいねー」
琴坂はそう言って、自分の鞄から皮の表紙の手帳を取り出した。表紙にはでかでかとマジックでマル秘の文字が。皮の表紙にそんな事する奴始めてみたよ。
僕の心の中の突っ込みは当たり前だが琴坂に通じる事は無かったようです。彼女はぺらぺらとページを捲っている。そして真ん中辺りで指の動きを止める。
「あったあったコレだ。エーッとじゃあまず、死んだ二人、理緒さんと芳香さん。この二人はさっき久遠さんが言っていたように、彼女の親友でした。コレはクラスの人が、一緒に居るところをたびたび目撃していると言う事で間違いないと思います。で、この二人なんですけど、結構派手な方たちで、金遣いも荒かったみたいなんですね。ね? 久遠さん」
久遠は小さく頷く。
「はい。ブランド物のバックとかたくさん持ってましたし。エステに行ったとかそんなことも言ってましたから……」
「はい。と言う訳で間違いないです。それで、もうちょっと詳しく調べてみたんですね。金の出所とか。学生がそんなにお金を持っているとは思えないですし」
たしかにそうだろう。資産家の娘とかなら分からなくも無いが。
「で、まずはお二人の家について調べてみました。どうやら一般的な中流家庭のようです。二人とも。とてもじゃないですけどそんなに金があるとは思えません」
「そうなんだ。ところでどうやってそんな事調べたんだ?」
「それは職員室にちょっと忍び込んで、あれをちょっとこうやれば直ぐですよ」
琴坂は邪悪な顔で事も無げにそう言った。なんだよ、あれをちょっとこうやるって。犯罪の香りがするなあ。
「で、じゃあやっぱりオカシイじゃないですか。そんなにお金があるなんて。それで出てきたのが二人は援助交際していたって言うのですよ。それならなんとなく納得ですよね」
「まあそうだなあ」
「で、もう一つ。先輩は『鍵沼バンク』って知ってます?」
鍵沼バンク? なんじゃそら。取り合えず胡散臭いなぁ。
「いや知らないけど」
「そうですか。じゃあ、説明しますね」
琴坂は手帳のページをぱらぱらと捲る。
「あったあった。この鍵沼バンクって言うのは、三年A組の鍵沼丁児って言う男子生徒。コレですね」
手帳にはさんであったらしき写真を僕の前に差し出した。
写真にはいかにも悪そうな男が写っている。頭は何か鳥が頑張って作りました。どうでしょうこの巣は。と言う感じで。
耳と唇が鎖で繋がってるじゃん。こえー。って言うかなんかに引っ掛けたら大変なことになりそうだな。耳と唇がみちみちって。ひー。
「その、こわもてのお兄さんが鍵沼です。で、その鍵沼って言うのは消費者金融の真似事をしているみたいなんですよね。お金に困っている人の事を聞きつけると、その人の前に現れてお金を借りないかって聞いて来るんだそうです。で、貸してくれって言うと快く即金で貸してくれるそうなんですよ」
「でもあれだろ? 金利がとんでもなく高いんだろう?」
「いえ。それが貸した金を一割上乗せするだけでいいんです。ただし一ヶ月以内に返さないとひどい目にあうらしいですけどね。何をされるかまではちょっと分からないですけど」
「そうか。で、それが死んだ二人とどんな関係があるんだ?」
「そうでした。で、そのお二人も鍵沼バンクにお世話になっていたらしいんですよ」
「それで? もしかして鍵沼に殺されたとか言うんじゃないだろうな?」
「違いますよー。で、その二人なんですけど結局お金の工面が出来なくて、一ヶ月経っちゃったらしいんですよ。そしたら、鍵沼が二人に勝負を持ちかけてきたらしいんです」
「何の?」
「トランプです。勝ったら、借金をチャラにしてやるって」
「なんだかおいしい話なんだな」
「ですね。で、二人はそれに乗って負けたんですね」
「それで?」
「その三日後。死亡です」
「ふーん」
と言う事はその鍵沼との勝負に負けた際に、何かをされたって事か。で、その何かって言うのは十中八九、例のトランプの子供を植え付けられたんだろう。でもそれだと疑問が残るよな。
どうして二人はトランプ勝負を誰にも持ちかけなかったか。北原君だってあんなに必死に探していたんだから。そんなちゃらい二人が勝負を誰にも持ちかけなかったのはおかしい。気もするし。
死にたかったからか?
いや、それは無いか。借金をチャラにする勝負に乗っちゃうような奴だ。きっとまだ遊び足りなかったんだろう。そんな奴が死にたいなんて思うとは思えない。
となると、子供の移動させかた、トランプ勝負で敗者に子供が移るって事を知らなかった。または勝負自体の禁止。
あるいは勝負自体が禁止された?
いや、禁止されたって言っても、抜け出す方法は幾らでもある気がするけど。単純に学外でやってもいい訳だし。となるとやっぱり知らなかったっていうのが妥当なんだろうか。
あるいは意図的に知らせなかった。とか。
だけどそれじゃあ効率的じゃないよな。だって、死んだら生気をもう吸い取れなくなる。だから、うまい事勝負が続いてトランプが生きてる奴の間を巡る方が効率的なんじゃないだろうか。
その効率的な方法をとらなかった理由。
二人は死ななくてはいけない立場にあったのか?
誰かに恨まれているとか。でも、鍵沼に恨まれていたとは考えづらいよな。逆はあるかもしれないけど。
などと既に答えの知れている問題の途中過程を考えていると僕にお呼びが掛かる。
「ちょっと先輩?」
「えっ?」
琴坂はちょっと心配そうな顔で僕のことを見つめている。
「どうしたんですかいきなり。何か悩み事ですか?」
「いやそう言う訳じゃないよ」
「いきなり黙り込んじゃうから如何したのかと思いましたよ」
「ごめん」
「という感じですね。今のところは」
「なるほど。助かったよ。でも、凄いな一日でこんなに調べるなんて」
琴坂は顔を赤らめて恥ずかしそうに手を頭の後ろに廻した。
「えへへへ。そんなに褒めないで下さいよー。って言いたい所なんですけど、実はこの情報ほとんど、久遠さんから教えて貰ったものなんですよ」
「へえーそうなんだ」
「はい。私も気になってずっと調べていたものですから」
「でも、一人でこんなに情報集めるなんて凄いですよ」
「いえそんな事は。それに友達のことだから最初から知っている事も多かったですし」
「じゃあ、お金に困っていた事も知ってたんだ」
「はい。私にもお金を貸してくれって言ってましたし」
「ふーんそうなんだ」
「でも、私お小遣いそんなに貰っていなかったんで、そんなに協力は出来なかったんですけどね。今思えば無理してでもお金を作って渡してあげればこんな事にならなかたんじゃないかって、そう思って」
久遠はみるみる泣きそうな顔になっていく。おめめに水の貯蓄開始です。
「でも、過ぎたことはしょうがないですよ。ね」
琴坂がすかさずフォローに入る。
「そう……だねぇ」
「そうだ、もう一人の死んだ子の事は分かった?」
「名前だけですね。2年B組、。彼女については後日もっと詳しく調べてみたいと思います」
「分かった。お願いな」
「はい。任せてください。でも、もう調べる必要も無いと思うんですけどね」
「ん? 何で?」
「だって先輩が知りたいのって『赤いトランプ』についてですよね?」
「そうだけど」
「じゃあ、もういいと思うんです。だって、きっとこの鍵沼が持ってるに決まってますよ」
「なんでそんなことが言えるんだよ?」
「だって、鍵沼と勝負した人が死んでるんですよ。しかもトランプ勝負で。それで三日後に死亡。コレって『死のトランプ』の噂と一緒ですよね。と、言うことは絶対この鍵沼が死のトランプを持っているんです。で、先輩の言ってる赤いトランプって言うのは実はこの死のトランプとイコールなんですよ」
「かもな」
琴坂は僕の同意が嬉しかったのか身を乗り出してきた。嬉しそうな顔で。
「でしょう?」
「でも、それは推測だろ? 実際に鍵沼のトランプを見ないことには分からないじゃないか」
「そうですけどー」
「と言う訳で明日は、鍵沼に直接とランプを見せてもらいに行こうか」
「えー? い、いやですよぉ。怖いじゃないですか」
「そんな事言うなよ」
「えー」
「あの、ちょっと」
久遠が申し訳なさそうな顔をして話しかけてきた。
「ん? 何?」
「あの『赤いトランプ』ってなんなんですか?」
「あー、なんだろ? 僕もよく分からんがとりあえずヤバイ物だって言うのは分かってる」
「なんでそれを探しているんですか?」
「えっとー。……内緒」
「そうですか」
久遠は何かしょんぼりした様子で俯いてしまった。気持ちを切り替えたのか顔を上げて違う話題を振ってきた。
「二人で、この事件を調べているんですか?」
「そうですよ。私達二人で調べているんです。えへへー二人の共同作業です」
琴坂が明るくそう言った。
「そうなんですか? 本当に二人だけなんですか?」
「そうだけど……それが? 何か問題でも」
「あっ、いえ……凄いなあって思いまして」
「何が?」
「いえなんとなくなんですけどね」
「ははは。何と無くね」
僕は軽く笑ってからパイプ椅子を引いて立ち上がった。
「じゃあ、帰りますか。もう外暗くなってきてるし」
「そうですね。帰りましょう」
琴坂もそう言って立ち上がった。久遠もそれに続いて立ち上げる。
「あっ、そうだ」
「どうしたの?」
「私ちょっと電話してきます」
「あ、どうぞどうぞ」
「それで、一緒に帰りたいのでちょっと待っていてもらっていいですか?」
「えっ? うんそれはいいけど……」
久遠さんは顔に笑顔を浮かべた。
「よかった。じゃあ、ちょっと電話してきますね」
ぱたぱたと足音を立てて、久遠さんは部室から出て行ってしまった。僕は帰ろうと立ち上がった体を再び椅子へと降ろした。
「……なあ琴坂」
「なんですか?」
「久遠さん? あの人さ本当に死んだ二人と親友だったの?」
「えっどういう事ですか?」
「いや、親友にしては一人だけ毛色が違うなーって思ってさ」
「毛色? ですか」
そう、派手でブランド品を買いあさり、援助交際までしちゃうような奴の友達とはとても思えないのだ。あんなにおとなしい子が。
そうでなくても、友人というのは自分と趣味や意向が合うから友人になるんだろう。まあ、例外もあるだろうけど、かなりの確立でそのはずだ。一体彼女と二人のどこが会ったのだろうか?
派手な学生と、おとなしい内向的な学生。
この構図は友人というよりはむしろ別な付き合い方を連想してしまう。
僕の思い違いならいいのだけど。でもないよなぁ。
「そうだ、噂なんで確定的な情報じゃないんですけど、久遠さん。苛められていたかも。ずぶ濡れで夕方学校周辺を歩いているのを目撃されていたりしてます」
「苛めねえ」
僕がぼんやりとした視線で扉を眺めていると、琴坂が移動してきて僕に耳打ちしてくる。うふふ。なんだよぉむず痒いな。
「やっぱり死んだお二人が、そのあれですかね?」
「うん。だろうね。苛めてた。どうでもいいことではあるよね」
「……先輩もしかしてあの人の事」
僕は琴坂の言葉を先取りして答えておく。
「まあ、そうだな」
「そうですか」
「お待たせしました。それじゃあ帰りましょう」
ドアの外で明るい笑顔の久遠がそう言った。僕と琴坂は笑顔で頷いて立ち上がった。
そして、真っ赤な夕日が差し込む長い廊下を三人で歩く。
どうやら久遠さんは学校の近所に住んでいるらしいことが判明。方向も僕の住む寮に程近い場所のようだった。
僕らはすっかり人の居なくなった下駄箱で靴に履き替える。
下駄箱を挟んで二手に分かれる。いまだに木製のロッカーから靴を取り出し、それに履き替える。今日も何とか終わりそうですねえ。良かった良かった。
ロッカーの向こうの二人も履き替えているらしく、コンクリートの地面をつま先でノックする音がこっちまで聞こえてきた。
とんとん。
とんとん。ばちっ。
ばちッ?
えっと何今の音?
「うぐっ?」
背中に殴られたような衝撃。それは手や足。指先まで流れて僕は体を支えていることが出来ずにその場に倒れこんだ。
僕以外の二人も倒れたらしい。どうっと言う鈍い音が聞こえた。ああ、やっべえ。ミスった。面倒くさいなあ。
「ひゃは。おやすみなさーい」
軽薄なそんな声が僕の耳に聞こえる。
ぼやけていく視界には、口と耳を繋ぐチェーンがぁ……。
……。
意とせず、僕たち三人は鍵沼と対面することになった。