作戦会議
この作品は2012年5月7日に終了したトカゲルームの本編です。
トカゲルームを読まなくとも話の内容が分かるよう工夫しているつもりですが、もし分かりづらいことなどありましたらお伝え下さい。
また前編「トカゲルーム」
http://ncode.syosetu.com/n8623bd/
も、読んで下されば嬉しいです
感想、ご指摘など書いて下されば幸いです。
本作品「トカゲルーム!」、お楽しみ頂ける事を願っています。
「みんな、放課後で何時空いてますか~言って下さい!」
5月7日、月曜日。ゴールデンウィークぼけでまだボーっとしている中学校の昼休み。
私、神埼千明は、とある一室にいた。
「ほらーみんなー意見言ってよ!何も決まんないじゃん~つまらん~」
さっきから司会として私達の座る丸テーブルの前に立ち、チョークを片手にぴょんぴょんとび跳ねているのは、一年の新田佳奈。努力しているのは分かるんだけど、小さいからあんまり威圧感はない。可哀想に。
「俺は塾とかで忙しいから月・水・金の放課後は無理だし」
私の左に座ってちょっと不機嫌そうにしているのが、三年の鷺村先輩。最初にこの部屋で顔を合わせた時よりは雰囲気は柔らかいものの、やっぱりちょっと顔色をうかがってしまいたくなるような雰囲気だ。
「えー、恭平さん、それはないよー。結構忙しいんだねー」
佳奈ちゃん…なんで二年上の先輩にそんな口のきき方が出来るのでしょうか。お聞かせしてもらいたい。
私は佳奈ちゃんより一つ年上の中二だけど、先輩を名前付けするのにはちょっと抵抗がある。ましてや、鷺村先輩になんて。
先輩は去年の秋に転校してきた、謎のヒトとして有名だった。頭脳明晰、文武両道。おまけに彫が深くて背が高いから、かなり女子の話題になっていた。でも先輩の人を寄せ付けまいとするようなオ―ラからか、先輩に話しかける人などほとんど見たこともなく、みんなただ先輩のことを噂するだけだった。
「考えろよ~恭平さん、は受験生なんだぞ? カ―ナ、もう少し考えろよ」
私の右隣から佳奈ちゃんに冷やかしを入れるのは、佳奈ちゃんの幼馴染で同じく一年の林智也。そう、前にこの部屋に私が来た時、ふとしたことから彼は鷺村先輩に短距離走のコーチを頼んだのだ。先輩は怒って部屋を飛び出してっちゃったけど、佳奈ちゃんがどうにかして説得したらしく、なんと先輩が彼のコーチを引き受けることになったんだ。あの時はドタバタしていてなんか良く分からないまま終わってしまったんだけれど、よくよく考えてみれば先輩にコーチをお願いした智也君の度胸も、機嫌最悪で部屋を飛び出した先輩を短時間で説得した佳奈ちゃんの交渉力も、それでコーチを引き受けた鷺村先輩の…謎っぽさも、普通じゃなかったんだな。
まあ、何はともあれ、今は智也君のコーチをいつ、どこで、どうやってするか、作戦会議中。智也君と先輩だけでもいいんじゃないかな、と思ったんだけど、佳奈ちゃんが「私もアシストするー」と言いだして、気が付いたら私も今日この部屋で集合することになったんだ。
「うるさーい! あんたが走るの教えてもらうんでしょう? 受験生に!!! 謙虚が人間大切なのよぉ」
「いいんだけどさ、ちょっとうっさいよカ―ナ。誰かに気づかれたらどうするんだよ」
「あっ…ごめんなさい」
さっきの調子とは打って変わって素直になった佳奈ちゃんがペコっと頭を下げる。天パの髪がさらさらと肩できらめいていて、可愛い。彼女がこんなに口うるさくとも嫌な気分がしない理由はそこにあるんだと思う。
でも彼女がいくら可愛かろうが、やっぱり私達は静かにしなきゃいけない。
ここは誰にも知られていない、秘密の部屋なんだから。
私はこの個性的な三人とで会ったその日に偶然この部屋の存在を知ったんだけれど、私達の他に知っている人がいるとは思えない。なにしろこの部屋はかなり埃っぽくて、他のヒトが出入りしたようには到底思えない。部屋に乱雑に置かれている生徒たちの作品の名前も、全員知らない。もしかしたら彼らの在学中はここの部屋も使われていたのかもしれないけれど、まあ、そんなことはどうでもいい。
なぜこの部屋の存在をみんなに教えないかって? まあ…誰でも、秘密って人に教えたくないもんじゃないかな。何となく、だけど。私達だけしか知らない場所がある、それだけで、なんか力が湧いてくるきがするんだ。みんなも、そんな風に思ってるはず。別に特別仲のいい4人ではないし、それどころかこの前この部屋を見つけた時まで話したこともなかったような人たちなんだけど、あの日、たまたま見つけた秘密の場所で会った人だってだけで、特別な人達に思えてきてしまうんだ。だから、この人たちとなら、秘密を共有しても、いいかな、みたいな。不思議なんだけど。ばかみたいなんだけど。
「じゃあ、もう運動会まであとわずかだし、出来るだけ早く練習しようということで、明日の放課後、どう?」
「火曜日…うん、OKかな」智也君。
「了解」ちょっと冷たい先輩。
「ちぃちゃんも、いい?」
ちぃちゃん…って、みんな私を見てるし、それ私? 千明だからちぃちゃん…分からなくもないけど。
「あ…はい、大丈夫と思います」
「敬語は使わないでよっでもみんないいなら、明日、頑張ろうね!」佳奈ちゃんが、手をぶんぶん振り回しながらみんなに叫びかけた。声は智也君ににらまれて、すぐにおとしたけど。
「恭平さん、よろしくです」
「しょうがねーなー」
なんだかんだいいながら、みんなが団結している。リレーという一つの目標に向かって、全力で向かおうとしている。
何でここに自分がいるかも分からない私。ここにいてもいいのかな、とちょっと不安になるけれど、埃っぽくて狭いこの部屋で繰り広げられるハイテンポな会話が、なんとなく好きになっていた。
何のため、なんてなくてもいいのかもしれない。
ここにいたい、それだけでここに座っていて、いいんだ。
そう思ったら嬉しくて、思わずぴょん、と椅子から立ちあがってしまった。静かだった私の突飛な行動に驚いたのか、ビックリしたような眼で私を見る三人。我に返って、かぁっと顔が赤くなった。
「みんなといるの、楽しいです。・・・よろしくです」
なんとか言葉を発する。自分のカッコ悪っ!恥ずかしくてうずくまりそうになりながら、呆れられてないかと顔を上げると、そこには三つの優しい笑顔があった。そして、三人声をそろえて、一言。
「「「よろしく」」」
ここにいられてよかった。
そう、強く思った。