帰るべき場所が知りたくて
ふと、思いついて書いてみたものです。
短い短編となっています。
誰かが言いました。
「全てのものには、帰るべき場所が用意されてるのだよ」と
空の上から押し出された雨粒は地面に落ち、日の光を浴びて、空に帰ります。
魚の中にも、産まれた場所に戻っていく種類がいるみたいです。
では、私はどこに帰ればいいんでしょうか?
私の中では、月日の感覚というものがありません。
ですが、季節は感じとることができます。
といっても、「日差しが暖かいから、春なんだろうか」程度ですけど、ね。
昨日までの雨が止んで、久しぶりに太陽が顔を覗かせています。
「小春ちゃん。起きてる?」
今日も、何やらデカイ箱を背負った友人が訪ねてきました。
寝ている私の目線に合わせて、私の名前を呼んでくれる唯一の友人です。
友人は背負っているデカイ箱の中から、何かを探しているようです。
「あれ、おかしいな? 今日はちゃんと持ってきたんだけど……」
そして、私に持ってきてくれたらしい食べ物をくれました。
私は見たことの無い食べ物に、心躍らせながら噛り付く
「んーやっぱり、ご飯食べてるときの小春が一番かわいい」
友人は、そう言いながら私の頭を触ってくる。
正直、くすぐったい。
私は、友人に止めてほしいと目線を送るっていたが、友人はいつまでも触り続けてきた。
「じゃあ、わたし学校行くからね。ばいびー」
友人は手を振りながら、笑顔で階段を駆け下りていきました。
私は特に何もやることがないので、背を伸ばし、身体を丸めて眠りにおちます。
春の暖かい日差しが、凍りついていた私の思い出を解きほぐしていく
私が、まだ子供だった頃に出会ったボクという男が浮かび上がってくる。
ボクは、いつも変な格好で、変な事をし、変なことを言っていた。
そして、私にたくさんの知識を教えてくれた恩人である。
ボクとの思い出の中で一番印象に残っているのは、やはりあの事です。
ある日、いつものように私はボクが付けたTVを見ていました。
内容は、動物を使った薬物実験だったと思います。
私がそれを見ていると、白い服を着たボクが隣に座り、私にそっと話しました。
「この動物たちの命はどこに帰るのだろうか?」
ボクは画面を見つめながら、震えているようでした。
私は、ボクの膝に手を置きます。
私の帰るべき場所は、ボクの元だと教えたくて
「ありがとう。僕は、君に帰るべき場所を上げられたんだね」
私は頷いて、彼の手をなめました。
画面の中では、何も知らずに楽しそうに鳴いている動物達がいます。
だけど、だんだんとその泣き声は悲痛を含み
そして、最後には何をしても鳴かなくなってしまいました。
「同じ命なのに、なぜ人は他の動物の命に対して、これほどまでに冷酷になれるのだろうか……」
ボクはどうやら、泣いているようでした。
そして、ボクは私を抱きしめながら「ごめんよ。ごめんよ」とずっと泣き続けたのです。
そして場面は変わり、次は私がボクを最後に見たときいなりました。
あの日以来、ボクは白米と野菜しか食べなくなりました。
そして、ボサボサだった髪を全部切りました。
白い服を捨て、紺色の暑そうな服を時間をかけて着終えた後に、私を見ます。
その目は深い悲しみに満ちて、私を抱き上げたその手は凍えるほどに冷たかった。
「すまない。僕の勝手な行いのせいで、君を捨てるような事になってしまって」
ボクは、ボクと似たような格好をした人たちの後に続いて行ってしまいます。
私は、行かないでという意味を込めて力強く鳴きます。
ですが、ボクは振り返らずに私を置いて、門の向こうへ消えていってしまいました。
それから、私はボクを待ち続けている。
雨の日も、雪の日も、焼けそうなほど暑い日も、私は待っている。
だけど、私は日に日にボクのことを忘れていってる気がする。
そして、友人との思い出が増えていってる気がした。
長い眠りから目を覚ますと、私の目の前に友人がいた。
友人は嬉々とした表情を浮かべ、私を抱き上げる。
「お母さんがね、小春を飼っていいって言ってくれたんだよ」
「犬は駄目だけど猫ならいいんだって、お母さん変だよねー」
私は、友人に抱きかかえられた。
そして友人は、私とボクとの距離をどんどん離して行く
「これからはずっと一緒だね。小春」
友人が階段を下りきったときには、私はボクの事を忘れていた。
私の帰るべき場所は、永遠に見つかりそうにはなかった。